夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

八月の終りに・・♪

2005-08-31 17:05:00 | 定年後の思い
3時過ぎまで、庭の手入れをしていた。
主庭の草むしりと枝の剪定をした。

もみじの樹木の周辺にスズメ蜂が飛んでいる。
過日、スズメ蜂の巣を取り去ったが、
『私の家は、確かこの辺だわ・・』
そんな風に飛んでいる。

私は日曜日に刺されたので、スズメ蜂を無視した。

先程、風呂から上がって、玄関庭に出たら、
薄日の中で、玉すだれの白い花があちらこちら咲いていて、静寂な庭を彩っている。

暑かった八月も過ぎ去ってしまえば、短い季節だった・・。
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爽やかな朝・・♪

2005-08-31 08:22:00 | 定年後の思い
Tシャツ一枚だと、肌寒いかなぁ、という早朝である。
東京の郊外は、一日中曇り空で、最高気温は28度程度での過ごし易い日となる。

八月の最終日、おだやかな日を期待する。

過日、蜂に刺され中断した庭の手入れをする。
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夏の終り・・♪

2005-08-30 22:07:00 | 定年後の思い
東京の郊外では、夜の七時過ぎに雨が降ってきた。
日中の暑さを流すように、樹木に降り注いでいる・・。

九時過ぎに雨が止み、地表を黒く染め、こおろぎの鳴き声が聴こえた。

しばらくすると、再び雨が静かに空から舞い降りてきた。

そして微風が樹木の間を通り過ぎて行く。
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眠り薬・・♪

2005-08-30 10:45:00 | 定年後の思い
蜂に刺されて、病院より薬を頂いた。

手の腫れを退く塗り薬、解毒用と痛み止めの錠剤を頂き、説明も丁重に受けた。

錠剤の薬を呑むと、風邪薬と同様に眠気がある。

昨日もこの薬を呑んだ後、午前中のひととき眠りの誘惑に勝てず、簡易ベットに横たわった。
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初めてのシステムの復元・・♪

2005-08-29 18:23:00 | 定年後の思い
プリンターが対応できなくて、色々と悩んだ。

以前にハード・ディスクが壊れて、購入時の時点に戻したことも体験した事もあった。

基本的なコントロール・パネルの中で、プリンターの制御があるが反応しなかったので、
やもえず『システムの復元』を試みた。

ヒントは周辺機器の増減でおかしくなった場合と読んだので、試みた。

自分で作った文書などに影響は無く、システムの安定していた日付さえ指定すれば良い、
体験して見て、この機能は昔の汎用コンピュータ考えられない素晴しい機能である。

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蜂の巣、駆除・・♪

2005-08-29 10:24:00 | 定年後の思い
先程、市の環境保全課の方が来宅し、昨日私が刺された蜂の巣に案内した。

もみじの樹木であったが、蜂の巣は、スズメ蜂であった。
直径25センチ大であった。

五月の連休に大幅に枝切りをした後、その後は、はみだした枝をきる程度だった。

この間に主木の先端の中ごろに、蜂は巣作りをしていたわけであった。

来年からは、こまめに全般的に剪定をする。

それにしても、私はこの樹の下で、タバコを喫ったり、思索したりしたが、知らないものほど怖くない、
改めて思った《笑》

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人さし指・・♪

2005-08-28 18:24:00 | 定年後の思い
庭で枝切りをしていたら、蜂の巣を突付っき、病院に行ってきたが、
右手の人さし指が刺され、右手がしびれ、腫れていた・・。

ブログの日記を一通投稿した後、
簡易ベットに横たわり、先程まで本を読んだり、眠ったりした。

今は人さし指の腫れも、一時程から幾分良くは成ったが、何かと不自由である。

この年になって、人さし指の重要性を改めて知った。

明日、市役所の環境保全課の方に、蜂の巣を駆除してもらう予定である。

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艇税蜂に刺さ?E?EΑΑⅠ

2005-08-28 11:15:00 | 定年後の思い
艇税枝切りをしていたら、蜂の巣を突付き、蜂に刺さ?E?E?br>シャ?E爾鰺瓩咾董賊,帽圓①?br>先程自宅に戻ってきた。

右手と首筋、頭の?E瑤鮖匹気?E?br>右?E鵑歪砲澆伴陲?E△修靴討靴咾?E♢△?E里如?br>このキー・インは左手を使って綴ってい?EΑΑ?br>
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東京の郊外は、秋の気配・・♪

2005-08-28 06:53:00 | 定年後の思い
朝の六時前に庭にでると、涼しげな風が私の身体を抜けて、秋の気配を感じさせてくれた・・。

今日は、一日曇り空で、気温が27度程度、と予報は報じている。

『今朝は過しやすくなりましたね・・』
と近所の早朝散策をするご年配から、朝の挨拶となった。

庭の手入れに、日中は専念出来そうである。
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北海道へは、船で・・♪

2005-08-27 20:04:00 | 定年後の思い
私の夢のひとつである。

昭和37年の高校の修学旅行の時は、
上野から夜行列車に乗り、青森から青函連絡船に乗り継いで、
函館が観えた時の光景は忘れない。

私は北海道が何となく、心身ともに波長があうので、
家内と度々行ったが、全て飛行機を利用してきた。

ある北海道に住む著名人の方が、
あるエッセイで船便で来道するのが最良です、
といったような綴りを十数年前に読んだことがある。

それから、私の夢が始まった・・。

四年前頃、雑誌の『サライ』で、国内航路のフェリーの特集記事があった。

この中には、新潟港から小樽港が紹介され、
特等A個室でテラス付きの記事が綴られていた。

家内と私の定年退職後は、
この部屋を取って北海道に行き、適当に周遊した旅をしょう、
と退職記念旅行と決めた。

昨年の秋に定年退職だったが、家内の父が亡くなり、ちょっと慌しくなったので、
延期とした。

一週間前、団体観光ツアーでこの航路を利用し、ランクアップすればこの船室が取れる、
旅行プランがあったので、申し込んだ。

家内とたった五分で決め、旅行施行も確約した。

この秋、私共の念願の1泊2日の船旅は、こうした想いで出かける。



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二極化の社会と生活・・♪ ③

2005-08-27 10:45:00 | 定年後の思い
先程、別?E?E畋魁Χ乏擇箸鵑棔曚?br>私の?E紊瞭?E?E験茲燃悗鵑世海箸鯆屬蠅泙靴拭ΑΑ?br>
お読み頂け?E弌♢い任后?br>
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鈴虫、こおろぎの鳴き声・・♪

2005-08-27 09:50:00 | 定年後の思い
昨夜、台風一過したので、前日の寝不足を感じていたので、早目の夕食とした。

私共は、夕食だけは一時間程度ついやいている。
一日の出来事を家内とゆっくり話し合う習慣は、寝食を共にして、ここ三十年は変わらない。

現役時代、たとえ真夜中の十二時過ぎても同じであった。

夕食後、玄関庭で煙草を喫っていたら、門扉の近くで鈴虫が鳴いていた。

風は夜風であったが、爽やかに私の身体を吹き抜けていく・・。

台所に近い所で、こおろぎの鳴き声も聴こえてきた・・。

しばらくすると、こおろぎは鳴きやんだ。

鈴虫の鳴き声に圧倒され、
気弱いこおろぎは鳴き声を潜めているふうに感じた。


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二極化の社会と生活・・♪ ③

2005-08-27 09:06:48 | 時事【社会】
私は定年退職後の一年生である。
無職で年金生活を始めてから、生活が一変した。

収入面に関しては、年1000万以上のサラリーマンの身から、
年金に於いて私は昭和19年生まれなので、
年金の一部として報酬比例部分が150万円前後となり、
62歳になると満額の270万円前後となる予定である。

従って、55歳前後になると家内と退職後の生活基本プランを
財政面を含めて、話し合った。

国内旅行は私共の共通の趣味なので例外とし、これ以外の生活費は年金生活者らしく
堅実に行ない、程々の貯蓄で補う、というのが我が家の基本プランとなった。

定年前後に家内の父が亡くなったので、色々と私の退職関連を含めて
多忙な時を季節を数ヶ月過した後、本年の一月頃から落ち着いた生活となった。

日常の買物は私の役目となり、色々とスーパー・マーケットがあることを実感した。
成城にある『石井』、近くにある『いなげや』、ボックスストアと称する格安の『サンディ』の3店を使い分けている。

コンビニは原則として使わないが、近くの『ショップ99』、雑誌が置いてある『セブンイレブン』も利用している。

年金生活を始めてからは、高級食材の『石井』は来客がある時か、
贈呈する際に利用するくらいとなった。

買物は、京王線の『仙川駅』周辺に本屋に用事がある時は利用するが、
通常は『いなげや』、『サンディ』を使い分けている。
お一人様2点限り、というディスカント商品も憶えた。

私はこうして日常の買物から、様々な生活階層を学んだ。


《続く》

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二極化の社会と生活・・♪

2005-08-26 19:52:00 | 定年後の思い
最近の社会は、中流階層があいまいとなり、二極化という怪物がここ数年に於いて到来しています。

このことにインパクトされ、自説と私の周辺をとりまく状況も交えて、綴りの始めました。

別日誌『続・極楽とんぼ』に綴りましたので、お読み頂けましたら、幸いです。
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二極化の社会と生活・・♪ ②

2005-08-26 17:46:30 | 時事【社会】
私は世田谷区の隣接した調布市に住んでいて、実家の近くに一戸建てで生活を営んでいる。

実家の親族は、世田谷区や調布市に住んでいる人々が多い。
親族はスーパー、マンション、駐車場とか経営している人々もいれば、
街中の商店とか、農業とか、サラリーマンをしている人もいる。
あるいは団地に住み、ひっそりと一人住まいをしている人もいる。

私は『成城学園前』を最寄駅として、35年間サラリーマン生活をしてきたので、
この駅の商店街の推移を観てきている。

実家で生を受けたのが、昭和19年なので、調布の商店、農耕地の移ろいも
観てきたり、
或いは成城周辺の移ろいも少年、青年期を通して、多少知っているつもりである。

いずれにしろ、敗戦後の移ろいは、日本の各地で観られたように、変貌した。
ただ、私の周辺はちょっとした変貌が著しい、と思ったりしてきた。

この変貌を少しでも想いだし綴ることができれば、
現代の二極化の社会と生活に纏わる実態の一面を明示出来るか、
と思索したりしている。

私にとっては、ある面に於いて、ちょっと辛い心境もあるが、
匿名の利点を梃子に綴ることが出来たら、良いと考えている。



《続く》
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