夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

『愛妻の日』、77歳の私は、ささやかな私たち夫婦の定年後の生活を思い馳せて・・。

2022-01-31 13:49:43 | 喜寿の頃からの思い

今朝、ぼんやりと新聞を読んでいる中で、
何かしら毎年1月31日は、日本愛妻家協会が制定した「愛妻の日」、
と明記されていて、何かと無知なことが多い私は、知らなかったょ、
と微苦笑したりした・・。

私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅み住む77歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く72歳となる。


そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後40数年の古ぼけた戸建てに住んでいる。



こうした中、いつものように午前中のひととき、
まばゆい冬の陽射しの中、冬のスポーツシャツの上にカーデガン風のフリースで、
私は独りで自宅の周辺にある遊歩道、公園、住宅街の小道を歩いたりした・・。

私の住む地域は、住宅が密集している地域であるが、
生家も近くにあり、私は結婚前後5年間を除き、早や70年を過ぎているので、
人出の少ない処、時間帯を選定して、閑静な所を歩いたりした・・。

一昨年の2月以来、新型コロナウイルスの烈風に伴い、
幾たびの緊急事態の中、何かと制約が多く、私は生まれて初めて、
苦手なマスクをしながら、「三密(密集、密接、密閉)」を避け、過ごしてきた・・。
しかしながら本音としては、閉塞感を感じながら、自粛疲れとなったりしていた・・。


そしてぼんやりと歩きながら、私は昨年の9月で満77歳となったれしてきたが、
私は50代の後半から、私の大切な6人の友人、同世代の知人が不幸にして大病に遭遇して、
やがて逝去され、幾たびか冥福をしたりしてきた・・。

こうした中、良き人は早くもあの世に旅立ち、

何かとつたない人生航路を歩んだ私は、こうして生きている・・。

このようなことが走馬灯のように、それぞれの御方のしぐさ、言葉を思い馳せたりした・・。


私は65歳に糖尿病、その後は74歳に心臓を悪化させて入院したりしてきたが、
私と同世代の人と談笑したりすると、何とか同じように日常生活は過ごせる・・、
と微苦笑を重ねたりしてきた・・。
こうした中で、まさかの予期せぬ出来事は家内が3年前の5月に大病して、
未だに体調は万全でないことである。


家内が入院して、手術を受けた後、
私はもしかしたら家内はこの世を去ってしまう・・と心の片隅に思いながら、
心痛な思いで過ごしてきた・・。

やがて退院後、私たち夫婦は、一日を大切に過ごそう、とお互いに言い交したりしている。 


こうした中で、私たち夫婦は、終活のあらゆる想定できることを、
話し合ったりした・・。

たとえば延命治療はしない、希望する葬儀、墓地、
その後の『おひとりさま』の日常生活費、希望される生活状況など、
考えられる範囲を整理したりした。

そして私は、恥ずかしながら掃除、洗濯、料理などの家事に関しても初級であり、
家内より特訓を受けたりしている。

この世は無念ながら、たとえ仲良し恋しのご夫妻でも、
やがて、いつの日にか、どちらかがあの世に旅立ち、
残された御方は『おひとりさま』になる生活が予測される。
私も家内に先立たれて、独りぼっちの『おひとりさま』になることもあるので、
ときおり漠然としながら、思案をしたりしてきたのは60代の半ばの頃であったりした。


私たち夫婦の両親は、今や家内の母だけとなっている。

私が2004年(平成16年)の秋に定年後する直前に、 家内の父が病死され、
家内の母は我が家より遠い地で、独り住まいとなっている。

ここ10年は、家内の母が『要介護』となり、長女の家内と家内の妹が交互に、 家内の母宅に宿泊して、
家内の母の食事、洗濯、掃除、或いは通院の付き添いなどしてきたが、
家内が大病した後、家内の妹が孤軍奮闘してきたが、
家内の母が『要介護・3』となり、やむなく家内は老人介護施設にお世話になったりしている。

過ぎ去る年、家内は6泊7日前後で、家内の母宅に行っている時は、
私は我が家で加速された独りぼっちの『おひとりさま』の生活を過ごしてきた。


この間、17年近く前から、独りぼっちの『おひとりさま』の生活を過ごしている中、
いつの日にか、家内が私を残して、あの世に旅立ち、
まさかの遭遇で、 私が『おひとりさま』になること考えられると思い馳せたりしてきた。




こうした思いもあり、 愛妻を亡くされた倉嶋 厚さんの著作『やまない雨はない』、
徳岡孝夫さんの著作『妻の肖像』、 垣添忠生さんの著作『妻を看取る日』、
川本三郎さんの著作『いまも、君を想う』、 新藤兼人さんの著作『愛妻記』、
それぞれの各氏の愛妻の終末の病状、そして告別の死、

その後の『おひとりさま』の生活状況を多々教示されてきた。

そして私は、川本三郎さんは恥ずかしながら同年であるが、これ以外はすベて年長の御方たちである。


私は年長の御方たちから、少なくとも人生の機敏を深く学び、今日に至っている。




我が家の戸締りの責任者は、もとより主(あるじ)の私であり、
夜の9時過ぎには、玄関、台所、お風呂場などを点検する時、
『ハイ、OKです!』
と指差し確認し、若き自衛隊の諸兄に負けないように、元気な声で言ったりしている。

もとよりボケては恥ずかしいから、このように言動をしたりしている。

この後、居間でテレビを視聴しているか、雑誌を読んでいる家内に、
 『戸締り・・終了致しました!』
と私は家内に報告したりする。

その直後、 『ご苦労であった!』と家内は私に言うのである。

私の現役サラリーマン時代に於いては、
ご苦労さまでした、と家内は何かと従順で優しく労(ねぎら)いの言葉をしていたが、
どうしてなの、と私は不思議に思ったりした。

その後、思い当るとすれば、家内は以前にNHKの連続ドラマの『篤姫』を視聴した頃からで、
お姫さま、或いは奥方に影響されたのか、
このような言葉を私にするようになっていることが多い。



ご近所の方の奥様たちから、私たち夫婦の年金生活を見かけると、
仲良し恋しねぇ、と社交辞令のお世辞を頂くこともある。

しかしながら実際は日常生活の中で、ときおり私が失敗事をしたりすると、
平素は『あなた・・』と呼ばれるのに、
『ボケチンねぇ・・』と家内から微笑みながら私に苦言される時もある。

こうした私たち夫婦は40数年寝食を共にして過ごしてきたが、
私としては、この世で最も気楽に、裏表もなく談笑できる人生の相棒となっているので、
人生の幸せな時を享受している。
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女性に憧憬を深めている私、ここ10年前後の女性の年代の名称、遅ればせながら学び・・。

2022-01-30 18:00:43 | 喜寿の頃からの思い

私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。

こうした中で、本日、私は家内のボディ・ガード兼お供の荷物持ちで、
駅前に買い物に行ったりした。

主たる目的は、家内が過ぎし日に老眼鏡を駅前にあるメガネ店で、
改めて作ったりしたが、乱視が少しあるので、微調整が必要と思われ、
私たち夫婦は、このメガネ店に訪れたりした。

そして経験豊富と思われる40代の男性の担当者に、
新調したメガネを家内は検診などをする為に、検査室に行っている間、
私は店内の待合室で待機していた・・。



この間、私は持参した本を読んだりした中、
ここ10年前後の女性の年代の名称を遅ればせながら学び、微笑み返しをしてしまった・・。

何かしら30歳前後の女性を『アラサー』、
40歳前後の女性を『アラフォー』、
50歳前後の女性を『アラフィフ』、
60歳前後の女性を『アラカン』、
このような女性の年代の名称は、ここ10年前後は使用されている、
と私は学んだりした。

ここ10年、少し不明な女性の世代が、英語に苦手な私は、
どのような世代なのょ・・困苦してきたが、
これで心が晴れ、微笑んでしまった。

しかしながら、私と同世代の70代の女性の名称がないので、
ささやかな私の人生経験を思い馳せて、
『慈(いつく)しみ』の世代と命名したが、
英語で表現は・・慈愛(mettā, メッター)・・かなぁ・・微苦笑している。


私は1944年(昭和19年)の秋に、農家の児として長兄、次兄に続いて三男坊として生を受け、
そして妹ふたりの間に育ち、長年サンドイッチのような中で、過ごしてきた。

やがて小学2年生の頃から、父の妹である叔母が未婚だった当時、
都心に住んでいる友人が来宅して、私は言葉、しぐさ、表情に魅了されて、
素敵な綺麗なお姉さん・・と感じたりして以来、何かしら女性に憧憬を深めたりしてきた・・。 

このような深情を秘めて私は、何かと無知なことの多い私でも、
少し成長したかしら、と微笑んだりしている。



尚、この後、駅前のスーパーで買い物をしてきたので、
帰宅は午後5時過ぎとなり、我が家としては、遅い帰宅となり、
お互いに、少し疲れた・・と私たち夫婦は、微苦笑した・・。
 

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3回目のワクチン接種、72歳の家内は『予約』完了して、77歳の私は微苦笑して・・。

2022-01-29 13:47:29 | 喜寿の頃からの思い

私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。

こうした中で、昨年の12月の頃、新型コロナウィルス  予防接種の追加として、
三回目の接種が公表されて、
私は後期高齢者に伴い、私の住む市より、過ぎし1月20日に、
『新型コロナワクチン 追加(3回目)接種のお知らせ』が郵送されてきた。

そして私は1月21日、『個別医療』を選定して、最寄りの内科専門医院に行き、
接種の予約をして、まもなく1月27日午前9時に接種と決定した。

やがて予定通り27日に私は接種したが、何かと鈍い私は、
肩の近くに注射した処は少し腫れたが、軽い痛みで、夕方には感じることなく、
いつものように入浴したりした・・。



家内は72歳に伴い、65歳~74歳の『高齢者』グループに所属するので、
私の住む市より、『新型コロナワクチン 追加(3回目)接種のお知らせ』は、
1月27日より郵送を開始する、と市報で報じられていた・・。

そして私は、我が家の門扉の近くにある郵便受け入れ箱を、
昨日の28日に午前中に、そして午後の2時に見たりしたが、
未着かょ・・、と心の中で呟(つぶや)いたりした。

この後、居間に居る家内に、
『XXちゃんさぁ・・接種の予約の通知・・まだ未着です・・』、
と明るく大きな声で言ったりした。

私は体力が衰え、ときたま物忘れもあり、
せめて若き自衛官に負けないように、たとえ寝食を共にした家内でも、
はっきりと明るく大きな声で、数年前から言ったりしている。



やがて私は、夕方の4過ぎに、読書の時間として、
ベットに横たわりながら、音楽ジャーナリストの柴 覇典(しば・とものり)さんの著作された
『平成のヒット曲』(新潮新書)を読んだりした・・。

たまたま私は音楽業界に1970年~2004年まで務めたが、
定年退職後の2005年~平成の終わりの2019年までの動向を学びたく、
3日前に書店で買い求めた一冊であった。

やがて5時半過ぎに読み終え、居間に戻ると、
『あなたの待ち焦がれた接種の予約の通知・・先程、配達されましたわょ・・』、
と家内は微笑みながら、私に言ったりした。

『明日、早めに『XX内科』に予約に行ってくるょ』、
と私は家内に言ったりした。



そして本日、『XX内科』の土曜日だけは、午前8時から診察開始で、
15分前より受付開始であったので、
家内の65歳~74歳の『高齢者』グループに所属する御方は、
多くの御方が『予約』に殺到すると思い、7時半過ぎに私は到着した。

しかしながら昨年の6月の第1、2回目のように、
予約通知書の到着の翌日には、100人近く列をなして、私は驚いたりした。

こうした体験があったりしたが、今回に限り、
私はと同世代の『後期高齢者』の御方が、6名ほど3回目の接種で来院され、
私は微苦笑してしまった。



やがて私は受付に行き、市から郵送されてきた家内の『接種券番号』の付いた
『新型コロナウィルスワクチン 予防接種済証(臨時接種)』の書類、
国民健康保険証、当院の診察券を提出して、
『家内の3回目の接種の予約を・・』
と私は、受付の美麗な御方に言ったりした。

まもなく『ご希望日・・ございますか』、
と私は言われて、
『なるべく早めの日で・・午前中お願いします』、
と私は応(こた)えたりした。

結果的には、家内の3回目の接種日は、2月18日午前9時30分、となったりした。

やがて帰路に向かいながら、何かとせっかちな私は、
私は後期高齢者に伴い、1月27日に接種でき、
家内は高齢者に伴い、2月18日に接種の予定、
となったりして、微苦笑をしたりした。



そして猛威を振るうオミクロン株の流行により、新型コロナウイルスの感染爆発は、
まだまだ収まりそうにないので、無力な私は、ため息ばかり重ねている。

私自身も家内も、私の住む都心の郊外でも、余りにも長きの規制に、
自粛疲れで、ときおり閉塞感を感じる時もある。

もとより政府、厚労省、感染学の専門家、病院などの医療関係者などの英知を総力結集して、
やがて終息するまで、制約の多い規制の日々があっても・・
無力な私でも、自身の命を大切にして・・乗り切ろう、と思い重ねている。
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年金手帳が廃止になるけど、処分してしまっていいの? 使い道はある?、私は学び、多々教示させられて・・。

2022-01-28 13:27:50 | 喜寿の頃からの思い

先程、ヤフージャパンより配信されたニュースを見ている中、
『 年金手帳が廃止になるけど、処分してしまっていいの? 使い道はある? 』、
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。

こうした中で、私は過ぎし2004年の秋に年金生活を始めた時、
『年金手帳』は失くしたら大変と思い、銀行の貸金庫に保管している。

何かしら過ぎし日に、年金手帳が廃止になる、とテレビのニュースで視聴したが、
具体的なこともわからず、今日に至っている。

このような心情のある私は、今回の記事、真摯に学びたく、
記事を読んだりした・・。



この記事は、ときおり私が愛読している【ファイナンシャルフィールド】に於いて、
1月27日に配信され、無断であるが記事を転載させて頂く。

《・・

ファイナンシャルフィールド



☆年金手帳が廃止になる理由



☆年金手帳が廃止になったら処分していいの?

☆廃止となっても年金手帳の使い道はある?

☆年金手帳は処分せず所持しておこう

 
今回、今後の年金手帳の扱いに関して、丁重な記事を読み、
多々教示されたりした。

そして私も家内も年金手帳を所有する身であり、
今後、物忘れも考えられるので、従来通り銀行の貸金庫に保管する、
こうすれば失くすことはないよなぁ・・、微笑んだりしている。

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新型コロナワクチン予防接種の3回目、77歳の私は本日終えて、少し安堵をして・・。

2022-01-27 12:23:23 | 喜寿の頃からの思い
私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。

こうした中で、昨年の12月の頃、新型コロナウィルス  予防接種の追加として、
三回目の接種が公表されて、
私は後期高齢者に伴い、私の住む市より、過ぎし1月20日に、
『新型コロナワクチン 追加(3回目)接種のお知らせ』が郵送されてきた。

そして私は1月21日、『個別医療』を選定して、最寄りの内科専門医院に行き、
接種の予約をして、まもなく1月27日午前9時に接種と決定した。



この時、前回接種したのは『ファイザー』製であったが、
別の接種『ファイザー』製の『コミナティ筋注』にしますょ、
と私が信愛している医院長より伝えられた。

帰宅後、こっそり『コミナティ筋注』を、ネットで見たりした。

《・・新型コロナワクチン「コミナティ筋注」は、SARS-CoV-2 による感染症の予防に対するワクチン
として製造販売承認(特例承認)を 2021年2⽉14⽇に取得し、国及び地方自治体による新型コロナ
ワクチン接種事業におけるワクチンとして接種されております。・・》

このように明記されていたので、何かと高齢者を大切にする国が保証するから、
大丈夫だよなぁ・・と微苦笑したりした。




本日、新型コロナウィルスワクチン予防接種の3回目を受ける為に、
私が予約した最寄りの内科専門医院に行き、無事に接種を受けたりした。

そして受付の若き女性より、大切な書類ですょ、と私に言いながら、
『新型コロナウィルスワクチン 予防接種済証(臨時接種)』、
A4サイズの通知証を私は受け取ったりした。

何かしら今回の第3回目の接種明細であった。
接種年月日、製造元『ファイザー』製の『コミナティ筋注』、接種場所、
記載されていた。

この下段に『新型コロナワクチン1、2回目接種記録』、
それぞれの接種年月日、製造元メーカー、Lot Noが明記されていた。

やがて我が家に向かう帰路、ぼんやりと第1回目、第2回目の接種した時、
思い馳せたりした・・。



昨年の6月5日に1回目の接種を受け、接種前の体温は36.1度で、
直後に何ともなかったので、平素の通り買い物、散策をした後、夕寝を一時間した後、
わずか微熱が出て、36.6度であった。

そして入浴を断念して、寝る前の11時に、
検温したら、平熱の36.2度となり、微苦笑したりした。

この間、一回目のワクチン接種の問診の時、医院長より、
『XXさん・・特に二回目の接種後に、強く痛みを感じた場合に備えて、
お薬をお出ししましょうか・・』
と微笑みながら、私に言ったりした。

そして何かと小心者で感受性の強い私は、
『お願い致します・・何分、気弱な身でして・・』
と私は微笑みながら、医院長に応(こた)えたりした。

こうした私は、炎症を抑える薬、喉の腫れや痛みを抑える薬、
熱を下げる薬・・と称されているイブプロフェン錠を3日分を頂き、
2回目の6月26日の接種後の副反応に備えてきた・・。



そして昨年の6月26日、予定通り2回目の接種を受け、
帰路、明日は雨に備えて、コンビニに寄って、
少しばかり買い物をして帰宅した・・。

接種を受けて3時間過ぎているが、
何かと鈍感な私は、平素の体調と変わらず、微笑んでしまった・・。

もしかしたら何の変化もなく、明日の朝を迎えられるかも知れない、
と漠然と思ったりし、少しばかり安堵した・・。

しかしながら過ぎし日、ワクチンに詳しい北里大学の中山哲夫特任教授がテレビに出演されて、
「1回目のワクチン接種から免疫が働くまでには、10日間から2週間はかかるとみられ、
それまでは免疫応答は何も出ておらず、感染防御能はまずない。

そこから少しずつワクチンの効果が出てくる。
2回目の接種から1週間ぐらいして中和抗体ができることで、
感染や重症化を抑える強い免疫になる。

一方で、ワクチンは2回接種したとしても、
必ずしも100%感染を抑えるわけではないので、
安心して・・あちこち外出していいわけではない。
油断しては、いけない」と私は視聴しながら、学んだりしてきた・・。



こうしたことを学んできた私は、国民の多くがワクチン接種終え、
お互いに自粛すれば、やがて新型ウィルスの烈風が終息化となる・・。

こうした中で、日常生活は蘇(よみが)り、マスクもはずして、遠慮なく談笑でき、
旅行に行けるよなぁ・・と空を見上げながら、祈願したりしている。

このような希望を秘めてきた私は、何かしら国民の半分は自粛しているが、
残りの半分ぐらいは自粛疲れで、
レジャー、旅行、人出の多い街に遊びなどで、自在に過ごしている、
とテレビのニュースで知り、小心者の私は動顛してきた。

しかしながら私も家内も自粛疲れで、ときおり閉塞感を感じる時もあり、
新コロナが終息したら、国内旅行に行こうよねぇ・・合言葉のように過ごしてきた・・。



現状の
感染急拡大に伴い、
「まん延防止」の中、
もう一度、スタートに戻り、体力の衰えた私でも、ガンバロー、
とおでこに『終息』と朱記された鉢巻をして、自身を叱咤激励をするのも、
ひとつかしら、と夢想したりしている。

尚、家内の『高齢者』74歳以下のグループは、私より一週間後に案内書を郵送する、
付記されていたので、
後期高齢者の75歳以上のグループより、一週間ぐらい遅れて、接種できる、
と思ったりしている。

追記《28日午前11時半》
「コミナティ筋注」に関しては、アメリカのファイザーと
ドイツのバイオンテックが共同開発する新型コロナウイルスワクチン。
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70代が「老い」の分かれ道、よぼよぼの80代にならないための過ごし方、77歳の私は学び、多々教示させられて・・。

2022-01-26 15:20:32 | 喜寿の頃からの思い

先程、ときおり愛読している公式サイトの【 ダイヤモンド・オンライン 】を見ている中で、
『 70代が「老い」の分かれ道、よぼよぼの80代にならないための過ごし方 』
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。


こうした中で、私は70歳の頃から体力の衰えを実感し、
時折もの忘れもあり、独り微苦笑をする時もある。

過ぎし日に、厚生労働省の公表によると、2016(平成28)年時点で、
日本人の健康寿命は、男性が72.14歳、女性が74.79歳と推計され、
平均寿命と健康寿命の差は、男性約9年、女性約12年と報じられている。


もとより「健康寿命」は、日常的に介護を必要としないで、
自立した生活ができる期間であり、
私は昨年の9月で、満77歳の誕生日を迎え、
何んとか男性の健康寿命には、何とか乗り越えている、と思ったりする時もある。


しかしながら私の友人、知人の7人は、すでにあの世に旅立っているし、
或いは私より8歳ご年配の知人は、心身溌剌とされている御方もいて、
あくまで健康寿命も男性の平均であるよなぁ・・と思ったりしている。



こうした中、あと3年生かされれば、私は80歳の誕生日となるが、
何とか健康寿命で迎えたい、と念願している。

こうした深情のある私は、今回の《・・70代が「老い」の分かれ道・・
よぼよぼの80代にならないための過ごし方・・》って、
どのようなことですか、遅ればせながら学びたく、記事を読んでしまった。

この記事は、高齢者専門の精神科医として名高い和田秀樹さんの
著作『70歳が老化の分かれ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(詩想社新書)より抜粋された記事で、
【 ダイヤモンド・オンライン 】
に於いて、1月26日に配信され、
無断であるが、記事の殆どを転載させて頂く。


《・・ 
●平均寿命は延びたが、健康寿命は男女とも75歳に届かず
 

人生100年時代ということが語られて久しくなりましたが、
実際に人々、とくに女性は90代まで生きることが、当たり前の時代になりました。

おそらく今後も医学の進歩が進むでしょうから、
100歳というのは、夢物語ではなくなることでしょう。  

ところが日常生活にまったく制限なく生きていられる健康寿命の延びは、
平均寿命の延びに追いついておらず、男女とも75歳に届いていません。  

要するに、70代をうまく生きないと、長生きはできても、よぼよぼとしたり、
介護を受ける期間の長い高齢者になってしまうということです。  

一方で、高齢者というのは、とても個人差の大きい年代です。
2016年の時点で、男性の健康寿命の平均は72・14歳、
女性は74・79歳ということになっていますが、これはあくまで平均値です。

男性でも80歳を過ぎて矍鑠(かくしゃく)とした現役の経営者や学者、
そしてフルマラソンを走るような人がいる一方で、
60代から要介護状態に陥ってしまう人がいます。
 
今回、高齢者専門の精神科医として名高い和田秀樹さんの書物に導かれて、
これからの人生100年時代に際して、現在の70代の日本人は、かつての70代とは違うことを、
敗戦後からの時系列に具体的に学んだりした。

若々しく、健康になった70代の10年間は、人生における「最後の活動期」と命名され、
70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決める、と提言されていた。



私はあと3年で、生かされれば
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1年間の介護費用「平均100万円以上」だが、「お金をかけすぎた介護」の罠、77歳の私は学び、多々教示させられて・・。

2022-01-25 11:26:36 | 喜寿の頃からの思い

先程、愛読している幻冬舎の公式サイトのひとつの【幻冬舎ゴールドオンライン】を見ている中、
『1年間の介護費用「平均100万円以上」だが・・・
           「お金をかけすぎた介護」の罠』、
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住む年金生活の77歳になる身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた一軒屋に住み、ささやかに過ごしている。

こうした中で、私たち夫婦にとって難題は、
やはり晩秋期の不安は、いつの日にか、介護・要となり、
『介護支援・1、2』、そして『介護要・1、2』ぐらいまでは、
何んとか自宅で過ごしたいと念願している。

この後の『介護要・3』になってしまった時は、
頼れる子供もいないので、在宅介護は難題と思い、やむなく介護施設にお世話になると思われる。

そして私たち夫婦は、家内の母は我が家より遠方にひとり住いの生活をしていたが、
やがて『介護要・3』となり、3年前より介護施設にお世話になっているが、
介護コスト、内容については、私は家内から聞いたことはあったが、
恥ずかしながら忘れてしまった。



しかしながら私たち夫婦は、いつの日にか介護に遭遇する確率も高いと思われ、
遅ればせながら学ぼうと思い、記事を読んでしまった。

この記事は、【幻冬舎ゴールドオンライン】に於いて、1月24日に配信され、
無断であるが、記事を転載させて頂く。

《・・

幻冬舎ゴールドオンライン

☆「1年間の介護費用」は医療費も含めて100万円以上!?



☆平均69万円もの「一時的な費用」は本当に必要か?

☆「介護のための住宅リフォーム費」を軽減する制度

 
今回の記事、自宅で介護する場合、
介護する御方、介護される御方の多彩な具体的なアドバイスを学んだりした。

私は生活、介護などに不安を感じた時は、
高齢者とご家族のための総合相談窓口と称せられる『地域包括支援センター』が、
私の住む調布市にある。

そしてそれぞれの地域包括支援センターには、
社会福祉士、主任ケアマネジャー、保健師等の専門職がいる、
と私は知人から学んできたので、介護の第一歩と思ったりしている。



何よりも今回の記事で学んできたことは、
《・・「過度なバリアフリー」は、身体機能を衰えさせる一因・・》、
『介護』になってしまった時は、基本な日常生活のこと、
起きる、食べる、身軽な動き、入浴など、自身の為にしょう、
心の中で呟(つぶや)いたりした。
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オミクロン、隔離に四苦八苦、自宅療養急増10万人、77歳の私は学び、涙を浮かべて・・。

2022-01-24 14:18:19 | 喜寿の頃からの思い

私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
今朝、いつものように配達された読売新聞の朝刊を読んだりした・・。

まもなく31ページの『社会』面の見出しには、
『 自宅療養
         隔離困った 』と横書きで大きく見出しされ、
そして縦書きには『 急増10万人 前週の5倍超 』、
と大きく見出しされていた。

もとよりオミクロンの強い感染力に寄るものであり、
震撼させられながら記事を読んだりした。

たまたまこの記事は、読売新聞オンラインにも、掲載され、
私は読売新聞を52年ばかり購読しているよしみに甘えて、
多くの御方と共有いたしたく、あえて転載をさせて頂く。



《・・

読売新聞オンライン




☆2度目の感染



☆ホテルに入れず

 
私は記事を読み終わった時、涙を浮かべていた・・。

過ぎし日、私はテレビのニュースを視聴して、動顛させられた・・。

何かしらの政府の新型コロナウイルス対策分科会の尾身茂会長が、
変異株「オミクロン株」対応について、
「人流抑制より人数制限」と発言されていた・・。

《・・繁華街などで人出が増えれば、感染拡大に拍車が掛かるとの懸念が拭えないからだ。
2年以上に及ぶコロナ対策の転換を提起したと受け取れる発言だけに、
政府は対応に苦慮している。

「オミクロン株の特徴にふさわしいめりはりのついた対策を打つ必要がある。
人流抑制ではなく人数制限がキーワードだ」。

尾身氏は19日、「まん延防止等重点措置」の対象拡大を了承した分科会の終了後、記者団にこう表明。
「ステイホームは必要ない。
渋谷駅前の交差点がいくら混んでいてもほとんど感染しない」とも指摘した。

この発言が波紋を広げるのは、オミクロン株の感染力が
デルタ株の「3~4倍」(専門家)とされるにもかかわらず、
行動制限を過去の感染拡大時より、緩めることを容認するかのような印象を与えたからだ。・・》


感染学の英知のある尾身 茂さんが、《・・人流抑制ではなく人数制限がキーワード・・》、
まぎらわしい発言をされて、これじゃ学童も高齢者も、わからないょ・・、
と私は責任あるお方の発言かょ、と心の中で怒ったりした。

政府の新型コロナウイルス対策分科会の会長としての立場は、
もとより国民に実態と予測を提示して、行動を抑制させ、終息させるメッセージをして、
これを政府が具体的に国民に実施の提示をするのが、責務なのに・・、
と無力な私は、落胆をしてきた・・。

今回の悲惨な状況が続くニュース・・やりきれない実態に、
無力な私は、まぶたが熱くなり、涙を浮かべながら、
震撼したりしている。
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“高齢者の文章”、そして読みやすい読点(テン)の打ち方、77歳の私は学び、やがて微苦笑して・・。

2022-01-23 15:15:29 | 喜寿の頃からの思い

先程、文藝春秋が運営されている多彩なニュースサイトの【文春オンライン】を見ている中で、
『「明日は、楽しみにしてるよ」「体調に、気をつけてね」
      “高齢者の文章”や“おじさん構文”には本当に“読点”が多いのか?
   読みやすい読点(テン)の打ち方とは? 
』、
と題された見出しを見たりした・・。

私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
若き20代の前半に於いて、映画青年やがて文学青年の真似事をして、
あえなく敗退した身である。

過ぎし2004年(平成16)年の秋に、民間会社を定年退職した後、
多々の理由で年金生活をしている中、たまたまブログの世界を知り、
これ以来、パソコンの故障、国内旅行、入院をしていない限り、
殆ど毎日投稿を重ねてきた・・。


              
                                              
こうした私の根底には、私の幼少時代から年金生活している現在までの生きてきた心の軌跡を発露して、
自己表現のひとつとして、心の証(あかし)として残したいからであった。

そして年金生活を過ごしている今、日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
                    
私は綴る際は、自身のその時の心に素直に綴るようにし、
あとで振り返った時、あの時はこのような思いで過ごしていたのか、
何より自身に対して、その時の思いの心情を大切にしているひとりである。

恥ずかしながら数多くの駄文を綴ってきたが、
ひとえに自身の為の心の軌跡の発露、と言っても差し支えない。

こうした中で、60代の投稿文の内容は、やはり幼年期~現役サラリーマン時代の想いでが多く、
或いは年金生活を過ごす実情を脚色もせず、数多くの投稿文を綴ってきたりした。

そして70代になると、自身の体力の衰えを実感した為か、
健康、病気、介護、葬儀、家計などを学んだことに、
私の思いを前後に加味した投稿文に変貌した内容となり、
まるで餡子(あんこ)の入った『お饅頭(まんじゅう)』のような投稿文となり、独り微苦笑する時もある。                                   
                                 

               
                                                  
こうした中で、私は投稿文の時に、多くの方に読んで頂きたい自己顕示欲もあり、
投稿文の中では、読点(テン)を多くして、改行も多くして、
3行ぐらいの後には、一行分は空間を開けるようにしている。

或いは10年近く前の頃から、何とか写真を添付することが出来たので、
乏しい筆力を補(おぎ)いながら、カット代わりに写真を掲載したりしている。
         
私はブログを投稿する際、ひとつのテーマを決めて、真摯に、ときには楽しく綴ることもあるが、
不勉強の為に筆力が乏しいながら、最後までお読み頂けるように試行錯誤をしたりしている。

しかしながら私の投稿文の内容は、あふれた思いを伝わるように熱意ばかりで、
一気呵成に書き上げてしまい、ときには長き投稿文になったり、
投稿文を送信した後、読み返したする時、つたない綴りが多いので反省する時もある。
               

このような深情を重ねてきた私は、
今回の《・・“高齢者の文章”や“おじさん構文・・》って、どのようなことなの・・、
そして《・・読みやすい読点(テン)の打ち方・・》学びたく、
記事を読んでしまった。

この記事は、
『三省堂国語辞典』編集委員など国語辞典編纂者の飯間浩明さんの寄稿文であり、
【文春オンライン】に於いて、2021年7月6日に配信され、
無断であるが転載させて頂く。


《・・

☆年配者はよくテンを打つのか

いきなり名前を出して恐縮ですが、作家の坂井希久子さんがツイッターで、
お父さんから来たメールの文面について、
〈読点の打ち方が高齢である〉と評しています(2021年5月24日)。

新型コロナウイルスワクチンの予約がなかなか始まらず、
〈政府の、対応の、悪さには、凄く腹が立ちますね!〉と怒っていたそうです。

 
ワクチン接種の進行状況については、私なりに思うところはありますが、
この文章の眼目はそこではありません。

読点(テン)の打ち方に世代差があるのか、どう打てば読み手に伝わりやすいのか、
ということを考えてみたいのです。

坂井さんのお父さんの文を見ると、〈政府の、対応の、悪さには、〉
と文節ごとにテンを打った部分があります。

国語の教科書ではこういう打ち方はあまりしません。
では、これは年配者の打ち方かというと、必ずしもそうではなさそうです。

国語辞典を作る私は、利用者からの感想文を読む機会がありますが、
年配の人の文章でも、テンを使わずに長文を続けるものがあります。

「何十年も前に買った辞書をずっと使い続けてきましたが最近は俳句の会にもよく顔を出すようになったので思い切って新版を求めました」(実例に基づく作例)

テンの打ち方は、書き手の個性や、その時の必要などによって変わります。
いら立つ気持ちを強調する効果を狙って、あえて文節ごとにテンを打つ場合もあるでしょう。



☆若者から見れば「句読点オジサン」

年配の人の文章にテンが多い、と若い人たちが感じるとすれば、
それはLINEなどの文章をイメージするからではないでしょうか。

一般に、若い世代は、LINEを含むSNSの文章で句読点をあまり使いません。

「英語のリスニング能力低すぎて先生の言ってること全然わからん もっと勉強しないと授業ついて行けんくなるかも」(作例)
などと、少し長い文でもテン・マルなしですませます。

一方、上の世代では、一般的な文章を書くのと同じ感覚で、
SNSでもテンを使う人がいます。
それで、若者の目からはテンを多用しているように感じられるのでしょう。

テンの多い文は、いわゆる「おじさん構文」の特徴のひとつにも挙げられています。

2017年4
月、ツイッターで「オジサンになりきろう講座」というのが投稿され、
おじさんっぽいLINEの文章の特徴が紹介されました。
やがて、これが「おじさん構文」として広まりました(正確には「構文」というより「文体」です)。

 

その「おじさん構文」のひとつに「句読点オジサン」というのがあります。

〈明日は、楽しみにしてるよ。/体調に、気をつけてね。〉

顔文字や絵文字は使わず、句読点の多い文を書きます。
現実に、こんなふうにテンを乱打するおじさんが何パーセントいるのか、それは知りません。

ただ、ごく控え目にテンを打つ年配者でも、
テンをまったく使わない若者と比較すれば、十分「句読点オジサン」に分類されるでしょう。



☆昔の人は多くテンを打ったか

テンの乱打というと思い浮かぶのは、細菌学者・野口英世の母シカの手紙です。
海外にいる息子・英世に対し、早く帰国してほしいと頼む内容です。
1912年に書かれました。

〈おまイの。しせ〔出世〕にわ。みなたまけました〔驚きました〕。
わたくしもよろこんでをりまする。
なかた〔中田〕のかんのんさまに。さまにねん〔意味不明〕。よこもり〔夜籠もり〕を。いたしました。〔下略〕〉

シカが文字を覚えたのは少女時代で、幕末のことでした。
寺の住職にお手本を書いてもらい、繰り返し練習したといいます。
この手紙は彼女の独学のたまものです。

全文を読むと、文節ごとに「。」(現在のテンおよびマルに相当)を打っている箇所が複数あります。
シカは漢字が書けませんでした。
「。」を多用したのは、仮名が長く続くのを避けようとしたからでしょう。

ただし、昔の人がみな、シカと同じようにテンを多く打っていたわけではありません。

歌人・与謝野晶子は、同じく1912年にヨーロッパに渡った際、こんなはがきを次男に送りました。

〈カアサンハズヰブン〔随分〕クルシカツタデスノオルドー汽車〔北急行〕ハシマヒニ百円カラタカクナツタノデスカラカアサンハフツカホドアサニパントカフヘー〔コーヒー〕ヲノンダダケデナニモタベマセンデシタ。ダカラナホツカレマシタ。〉

これだけ長い文章で、テンは使わず、マルも2か所使っているだけです。
読みにくいからテンを打とうという発想は、この文章にはありません。



☆20世紀になって句読点が定着

筆に墨をつけて続け書きをするのが普通だった昔、
文章を書きながら句読点を打つことは一般的ではありませんでした。

句読点に類するものは、漢文訓読などのために古代から使われていましたが、
日常生活で文章を書くときは、テンもマルもなく続けていました。

たとえば、「枕草子」の冒頭。

〈春はあけほのやう\/しろく成行山きはすこしあかりてむらさきたちたる雲のほそくたなひきたる夏はよる月の比はさら也やみも猶ほたるの多く飛ちかひたる〔下略〕〉

古典の教科書では句読点と濁点を打って読みやすくしていますが、原文はこんな感じでした。
現代の人々がLINEでテンを打たないのは、古典の方式に立ち返ったのだと考えることもできます。

句読点の定着までにはいろいろ試行錯誤がありましたが、
現在のように広く定着したのは、実に20世紀に入ってからです。

学校教育で句読点を教えるようになり、
人々は自分で文章を書くときにもテンとマルを使うようになりました。

初期の教科書を見ると、今よりも若干テンが多い印象を受けます。
それが、何年も経たないうちにこなれてきたというか、現在とさほど変わらない感じになりました。

したがって、昔の教育を受けたからテンが多い文章を書くとか、
今の教育を受けたからテンが少ないとか、そういうことはなさそうです。



☆本多勝一さんの「2大原則」

日本語の文章で句読点を打つ習慣は定着しましたが、
理想的なテンの打ち方については、学校教育が始まって100年以上経っても、
いまだに共通理解がありません。

多くの人は、なんとなく一息入れたいところでテンを打つ、
というのが実情でしょう。

1906年に「句読法案」、
戦後の1946年に「くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)」というのが出ています。

でも、これはテンを打つルールをずらずら多く箇条書きにしたものです。
一般の人々がこれを覚えて使うには、高いハードルがあります。

そんな中、ジャーナリストの本多勝一さんが提唱したテンの打ち方は画期的でした。
本多さんは〈長い修飾語が二つ以上あるときその境界にテンをうつ〉
〈語順が逆になったときにテンを打つ〉という2大原則を立てました。

詳細は『〈新版〉日本語の作文技術』
『〈新版〉実戦・日本語の作文技術』(ともに朝日文庫)にまとめられています。
この原則に従えば、必要なテンは打てるという趣旨のことを、本多さんは述べています。

この原則は記憶しやすく、私も影響を受けました。
ただ、私自身は、これとはちょっと違う原理に基づいてテンを打っているような気もします。



☆私の「テンの打ち2か条」

私なりのテンの打ち方を、本多さんにならって2か条にまとめると、こんな感じでしょうか。


第1条・「出来事」と「出来事」の間に打つ。

テンとは何のために打つのか、根本のところを考えてみると、
要するに、話が次に進んでいる(論理が展開している)ことを表すために打つのです。

話というものは、複数の出来事がつながってできています。
その出来事と出来事の切れ目にテンを打てばいいのです。

たとえば、冒頭に紹介した長い文――
「何十年も前に買った辞書をずっと使い続けてきましたが最近は俳句の会にもよく顔を出すようになったので思い切って新版を求めました」

この文には3つの出来事が記されています。すなわち、
(1)辞書をずっと使い続けてきたこと。
(2)最近は俳句の会に顔を出すようになったこと。
(3)思い切って新版を買い求めたこと。

この3つの出来事が明瞭に区別されるようにテンを打つと、以下のようになります。

「何十年も前に買った辞書をずっと使い続けてきましたが【、】
最近は俳句の会にもよく顔を出すようになったので【、】
思い切って新版を求めました」

このように、出来事と出来事を分けることができれば、
テンの役割の大部分は果たされていると考えます。


第2条・割り込んだ部分の直前に打つ。

もうひとつは、誤読を避けるための原則です。
たとえば、「次男はヨーロッパに行った母からはがきをもらった」という文があるとします。

「次男はヨーロッパに行った……」まで読むと、一瞬「次男が行ったのかな?」と思います。
その直後に誤解は解けますが、読者にとってはストレスです。

この文で骨格となるのは、「次男は母からはがきをもらった」の部分です。
そこに「ヨーロッパに行った」という句が割り込んでいるのです。
そこで、その割り込んだ部分の直前にテンを打ちます。

「次男は【、】
ヨーロッパに行った母からはがきをもらった」

これで、次男がヨーロッパに行ったと受け取る読者は減るはずです。



☆よりよく伝わる文章にするためのテン

このほか、実際に文章を書いていると、個人的なルールは次第に増えていきます。
たとえば、「ただし」「したがって」のような接続詞の後にもテンを打ったほうが、
論理展開が分かりやすくなります。

あるいは、「ここではきものを脱いでください」のように仮名が続く場合、
誤読を防ぐために「ここで、」とテンを打つこともあります。

細かいことを追求すれば、条文が増えていくのがルールの常です。
ただ、私自身が「テンを打つべきか、打つべきでないか」と迷うのは、
上に述べた2つの場合がほとんどです。

よりよく伝わる文章にしたいと思うとき、
この「テンの打ち方2か条」は、われながら重宝しています。・・ 》

 
今回、国語辞典編纂者の飯間浩明さんの寄稿文に導かれて、
《・・“高齢者の文章”や“おじさん構文”・・》、
お若い方のLINEを含むSNSの文章の句読点の実態、
或いは古来よりの文体まで、多彩に学び、教示されたりした。


こうした中で、私は日頃は、随筆、近現代史などの読書、
或いはブログ上で、
私は特に数多くの50代以上の皆様の投稿文を読ませて頂いている。



こうした中、いつも感じられることは、日記として綴られている場合は、
その人なりの思いをその御方ご自身の言葉で、淡々と綴られているのに、
圧倒的に感動を覚(おぼ)えたりしてきた。

そして日々の日常生活の過ごした方、或いは人生の思いを学び、
こうしたお考えで、この人生を過ごされているのか、と教示されることが圧倒的に多く、
お住まいの地域、これまで綴られた人生航路の軌跡に思い馳せながら、
何よりも生きた人生の教科書、と確信を深めたりしている。

こうして読ませて頂きながら、つたない私は秘かに励ましを感じたり、微笑んだりして、
確かな人生の底知れぬ哀歓を学びながら、年金生活を過ごしたりしている。

しかしながら、長々と読点(テン)もせずに、書物の 論文のような文体で綴られ御方もいるが、
途中で私は読みくたびれ、私は断念する時もある。
せっかく公開して下さっている投稿文・・残念だなぁ・・と微苦笑する時もある。
 
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運動には、がん予防効果がある、 1日15分でもコツコツと続ける、77歳の私は学び、多々教示されて・・。

2022-01-22 15:13:43 | 喜寿の頃からの思い
先程、ときおり愛読している公式サイトの【 日刊ゲンダイヘルスケア 】を見ている中で、
『 運動には がん予防効果がある 1日15分でもコツコツと続ける 』
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。


こうした中で、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
歩くことが何より健康体の源(みなもと)と思い、そして適度な熟睡する睡眠、或いは程ほどの食事が、
セカンドライフの私なりの健康体の三種の神器として思い、年金生活を丸17年を過ごしてきた。


そして私は何よりも認知症、心筋梗塞など恐れ、
殆ど毎日のように自宅の周辺3キロ範囲にある遊歩道、公園、住宅街を歩き、
ときおり認知症だけは勘弁してねぇ・・と秘かに祈願しながら歩く時もある。



こうした中で、何かと気弱な私は、がんにも遭遇しないでほしい、
と念願している。

私の父は、私が小学2年生の時に肝臓を悪化して病死され、
この後、3か月後に祖父が胃がんで亡くなり、
やがて私が53歳の時に、母を婦人系のがんで死去されたりしてきた。

或いは私の知人が大腸がんに遭遇して、入院先に私は見舞いに行った時、
何かしら激しい痛みで苦痛を浮かべて、私は震撼させられたりした・・。

こうした深情のある私は、今回の《・・運動には・・がん予防効果がある ・・》、
真摯に学びたく記事を読んだりした・・。

この記事は、すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパートの
中川恵一・東大医学部附属病院放射線科准教授の連載寄稿文のひとつで、
【 日刊ゲンダイヘルスケア 】に於いて、1月22日に配信され、
無断であるが、記事を転載させて頂く。



《・・肝炎や肝臓がんのリハビリに、体操を。
そんな取り組みを続けているのが、久留米大の研究チームです。

タオルを使った運動やスクワットなど15分ほどでできる内容で、
週1回患者を集めて行っているそうです。

筋肉は、第2の肝臓といわれ、
肝臓がんの人のうち筋肉がある患者と衰えた患者を比べると、
ある患者の方が長く生きることが分かっています。

チームはそこに着目し、「肝炎体操」と名づけた体操を取り入れているそうです。

運動はがんの予防につながる(写真はイメージ)
運動はがんの予防につながる(写真はイメージ)



久留米大の取り組みは、肝炎や肝臓がんなど病気を発症している人が対象ですが、
病気になっていない人も、ぜひ運動を生活に取り入れてほしい。

細切れの運動でもよく、最近発表された台湾での研究によると、
毎日15分の運動でも、がんや心筋梗塞などの予防になり、
死亡数が14%低下し、平均余命が3年延びることが分かりました。


がんを心配する方は、食事を気にします。
欧米の高脂肪食は、大腸がんのリスクで、
逆に野菜や果物などに含まれる食物繊維やビタミン類は、
がんの抑制にかかわっていますが、食べれば食べるほど、
がんが減るわけではありません。

つまり、月並みですが、食事はバランスが大事です。


その点でいうと、運動はやればやるほど、がん予防につながります。
1日15分より、1時間の方が、週に1回より、毎日の方が効果的です。

私も毎朝、仕事の前にジムで汗を流しています。
特に男性では、大腸がんや肝臓がん、すい臓がんは、活動量が増えるほど発症リスクが低い。


WHO(世界保健機関)や米国のガイドラインで、
1日30分、週5日以上の運動が推奨されるのは、
運動が健康維持のカギであることに、ほかなりません。

「健康日本21」が勧める1日30分以上、週2回以上は、国際的にみるとかなり控えめ。
もっと積極的に運動してほしいと思います。



運動が、なぜがんを予防するのか、詳しいメカニズムは解明されていませんが、
スウェーデンの研究結果が興味深い。

手術で肥満を改善した糖尿病患者と重度の肥満と糖尿病がある患者に分けて、
21年間(中央値)追跡。

すると、肥満を改善すると、がんの発症リスクが37%低下。
さらに肥満と血糖コントロールの両方を改善すると、がんの発症が60%減少することが分かりました。


運動も、肥満と糖尿病の改善に貢献するので、この研究結果は注目でしょう。
ただし、激しい運動は、活性酸素を増加させるため、逆効果に。
ウオーキングなど適度な運動を、毎日続けることを心掛けてください。 ・・ 》

 
今回の記事、《・・運動には・・がん予防効果がある・・》、
そして《・・1日15分でも・・コツコツと続ける・・》と学び、
77歳の体力の衰えた私でも、朗報かしら、と微笑んだりした。

私はあと3年で、生かされれば
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高齢者のオミクロン感染、2回目ワクチンの効果消失で死者・重症者「激増」危機、私は震撼させられて・・。

2022-01-21 15:49:05 | 喜寿の頃からの思い
先程、愛読している公式サイトの【 日刊ゲンダイDIGITAL 】を見ている中、
『 高齢者のオミクロン感染がヤバい
         2回目ワクチンの効果消失で死者・重症者「激増」危機 』、
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。



こうした中で、新型コロナウィルス  予防接種に関して、
私は後期高齢者に伴い、昨年の5月に私の住む市より、通知を受けて、
『集団接種』を避けて、『個別医療』を選定して、最寄りの内科専門医院で接種を受けたりした。

そして第一回目の接種は、昨年の6月5日、
この後の第二回目の接種は、昨年の6月26日であったりした。

家内は私より少し若い高齢者に伴い、私より三週間ぐらい後に、接種を受けたりした。

この間、ワクチンに詳しい北里大学の中山哲夫特任教授がテレビに出演されて、
私は多々教示されたりした。

何かしらワクチンは2回接種したとしても、

必ずしも100%感染を抑えるわけではないので、
安心して・・あちこち外出していいわけではない。
油断しては、いけない、と私は視聴したりした・・。

こうしたことを学んできた私は、国民の多くがワクチン接種を終え、
お互いに自粛すれば、やがて新型ウィルスの烈風が終息化となる・・。



このような希望を秘めてきた私は、何かしら国民の半分は自粛しているが、
残りの半分ぐらいは自粛疲れで、
レジャー、旅行、人出の多い街に遊びなどで、自在に過ごしている、
とテレビのニュースで知り、小心者の私は動顛してきた。

しかしながら私も家内も自粛疲れで、ときおり閉塞感を感じる時もあり、
新コロナが終息したら、国内旅行に行こうよねぇ・・合言葉のように過ごしてきた・・。



この後、昨年の12月の頃、新型コロナウィルス  予防接種の追加として、
三回目の接種が公表されて、
私は後期高齢者に伴い、私の住む市より、昨夕の1月20日に、
『新型コロナワクチン 追加(3回目)接種のお知らせ』が郵送されてきた。

そして私は本日の1月21日、『個別医療』を選定して、最寄りの内科専門医院に行き、
接種の予約をして、まもなく1月27日午前9時に接種と決定した。

家内の『高齢者』グループは、私より一週間後に案内書を郵送する、
付記されていた。
 
このような新型コロナウィルス  予防接種に関して行動してきたが、
今回、『高齢者のオミクロン感染がヤバい  2回目ワクチンの効果消失で死者・重症者「激増」危機』、
どのようなことなの・・と思いながら記事を読んでしまった。

この記事は【 日刊ゲンダイDIGITAL 】に於いて、1月21日に配信され、
無断であるが、記事を転載させて頂く。


《・・また医療崩壊が起きてしまうのか。

若者に感染が広がっているオミクロン株が、
とうとう重症化しやすい高齢者へ、ジワジワと広がり始めている。

高齢者の感染が増えているのだ。
第5波でも最初に若者の感染者が増加し、遅れて高齢者に感染がうつっていった。
このままでは、第6波も同じ道をたどりかねない状況だ。


■医療崩壊招いた第5波再来か

全国で最も早くオミクロン株が拡大した沖縄県では、
70歳以上の感染者の割合は、4日時点で3・5%だったが、18日には8・3%に上昇。

沖縄県疫学統計・解析委員会によると、18日に367人だった入院者数は、
今週末までに650~750人に増える恐れがあるという。

東京都の70歳以上の感染者の割合は現状、約4%だが、
この先、沖縄同様、急速に拡大しかねない。

ヤバいのは、高齢者の感染が増えることで重症患者が増加し、医療逼迫を招くことだ。

既に東京都では19日時点で、国基準の重症者数が313人と、
1週間前から約1・5倍以上に増えている。

高齢者へのワクチンの2回目接種は、昨年7月末に対象の約8割が完了。
すでに約半年が経過しているから、予防効果が、ほとんど消えている恐れがある。



神戸大病院の研究チームが、3回目接種を済ませた医師65人を調査。
オミクロン株の感染を抑制する「中和抗体」の保有率は、
2回目のワクチン接種の2カ月後は23%だったが、6カ月だと5%に低下するという。

重症化しやすい高齢者の大半が、“ノーガード”状態になっているということだ。

昭和大医学部客員教授の二木芳人氏(臨床感染症学)はこう言う。

「現状は、ワクチン接種対象外の子供や、社会活動が活発な若年層に感染が広がっています。
こうした若年層が家庭にウイルスを持ち込み、高齢者に感染させるリスクが高まってきています。

オミクロン株は、弱毒化しているといっても、
抵抗力の弱い高齢者が、重症化する可能性は拭いきれない。

重症患者が次々と入院することになれば、病床に余裕がなくなるだけでなく、
多くの医療従事者が対応に当たらざるを得ませんから、医療崩壊を起こす恐れがあるでしょう。
ブースター接種を早期に進める必要があります」

医療崩壊を招いた第5波のように、
入院できずに、自宅で死を迎える患者が出てしまっては最悪だ。・・ 》

 
今回の記事を読みながら、何かと小心者の私は震撼させられたりした・・。

そして感染拡大を防ぐために、おひとりおひとりが、「相手と身体的距離を確保すること」、
「マスクの着用」、「三密(密集、密接、密閉)」を避けるといった、原則が、
何よりの国民の責務と思ったりしてきた。


もとより政府、厚労省、感染学の専門家、病院などの医療関係者などの英知を総力結集して、
やがて終息するまで、制約の多い規制の日々があっても・・
無力な私でも、自身の命を大切にして・・乗り切ろう、と思い馳せたりしている。
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寒の内この時節、77歳の私が、心の中で唄うふたつの歌、思い馳せて・・。

2022-01-20 13:18:01 | 喜寿の頃からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の77歳の身であるが、
今朝、ぼんやりとカレンダーを見ると、『大寒』と明示されていた。

やがて天気情報を見ると、朝の6時は、マイナス2度、昼下がりは7度前後、
夜の6時は5度前後・・冬晴れのおだやかな一日となります、
と報じられていた・・。

今朝は、何かと鈍感な私でも、今年一番の寒い朝と感じたので、
やはり『大寒』だよねぇ・・と心の中で呟(つぶや)き、微苦笑したりした・・。



この時節は、過ぎしの5日に『小寒(しょうかん)』を迎え、寒さの始まりの『寒の入り』と伝えられ、
この頃から寒さは厳しくなり、そして本日の20日には『大寒(だいかん)』を迎えて、
一年で最も寒い時期と古来から伝えられている。

そして『小寒』から『大寒』までの15日間、
その後の『大寒』から2月4日の『立春(りっしゅん)』までの15日間の合計30日間を『寒の内』と
古人から長らく伝えられてきている。

もとより『小寒』、『大寒』そして『立春』の『寒の内』は、
旧暦であるので、今の暦に於いては2月中旬頃から始まると思われるが、
私の住む地域でも、寒い時節となる。

こうした中、私は自宅の周辺を散策して、冬晴れの中、落葉樹の冬木立に見惚れたり、          
ときにはこの地域でも小雪舞い降る時もある。

          
      
 ☆ 過ぎし4年前、小雪が降った ☆


こうした時、私は何故かしら『冬景色』の歌を心の中で唄ったり、
人影のいない遊歩道の中で、かぼそい声で『冬景色』を唄ったりしているのが、
定年後の年金生活の中で多くなっている。
http://www.youtube.com/watch?v=r3sZKBnr6t4
【『冬景色』 作詞・作曲 不詳  文部省唱歌、唄・芹 洋子、合唱・東京放送合唱団 1984/1 放送 】

私の幼年期、私の住む地域でもこの当時は、
田畑が広がり雑木林もある緑豊かな農家の児として育ち、私は心のふるさとの限りない情景として、
齢を重ねるたびに愛惜が深め、このような深情を秘めているひとりである。



この歌は、1913年(大正2年)に刊行された『尋常小学唱歌 第五学年用』が初出と知られているが、
作詞はどなたが創られた不明であるので、この創られた御方に心を寄せたりし、
ときおりこの歌を聴いたりすると、どなたが歌っても、私は涙ぐんでしまう時が多い・・。

遠い幼年期を想いださせるのか、
或いは失ってしまった純粋な心を甦(よみがえ)させようとする
もうひとりの自分に哀歓を寄せているのかは解らない。

何より、この作詞の日本語は、はかなく美しい。

私は詩の世界は、恥ずかしながら理解する素養はないが、
声により唄いつながれて行く言葉の結晶である作詞の世界は、少しは解るつもりである。




 
こうした中、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
歩くことが何より健康体の源(みなもと)と思い、そして適度な熟睡する睡眠、或いは程ほどの食事が、
セカンドライフの私なりの健康体の三種の神器として思い、年金生活を丸17年を過ごしてきた。


そして私は何よりも認知症、心筋梗塞など恐れ、
殆ど毎日のように自宅の周辺3キロ範囲にある遊歩道、公園、住宅街を歩き、
ときおり認知症だけは勘弁してねぇ・・と秘かに祈願しながら歩く時もある。

私の住む世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅みの地域は、
この三寒四温の時節は、冬晴れに恵まれることが多い・・。          

こうした中で、容姿は制服のようになった冬の長袖のスポーツシャツの上に、カーデンガン風のフリースを着て、
冬の長ズボン、そして冬の帽子を深くかぶり、ウォーキング・シューズで足元を固め、
そして紳士バックを園児のように斜め掛けにして、颯爽と歩いたりしている。

しかしながら天上の気候の神々が、御機嫌が悪い時は、
北風が吹き、寒さが増すので、やむなく防寒着を着込んで、歩いたりしている・・。

そして体力の衰えた私は、人生は気合いだ、と自身を叱咤激励をしたり、
或いは夏の暑さを思い浮かべて、 足早に歩いているのが実情である。



こうした時、ときおり  ♪しあわせは 歩いてこない  だから歩いて ゆくんだね・・ 
何かと単細胞の私は、1968年(昭和43年)の頃に流行(はや)った
【『三百六十五歩のマーチ』の歌を心の中で唄い、歩く時もある。

このように私は、水前寺清子さんが唄った『三百六十五歩のマーチ』の歌に、
ときおり叱咤激励されて、 何とか健康寿命の範囲にいられるので、
作詞された星野哲郎さんに感謝をしながら、
私にとっては『三百六十五歩のマーチ』の歌は、心身のビタミン剤だ、
と思いを深める時もある。



やがて『立春』の2月4日を過ぎ、この後の女の子が全国民から祝杯される
3月3日のひな祭りと称される『桃の節句』を迎えて、
英語に何かと苦手な私でも、『Spring has come (スプリング・ハズ・カム)』、
と心の中で呟(つぶや)いたりしている。

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日本人がやりがちな「寿命を縮める」3大悪習慣 、77歳の私は学び、多々教示された・・。

2022-01-19 14:57:22 | 喜寿の頃からの思い
先程、ときおり愛読している公式サイトの【東洋経済オンライン】を見ている中で、
『 日本人がやりがちな「寿命を縮める」3大悪習慣
       ~ 「不健康で早死にする人」「健康で長寿な人」の差 ~ 』
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住んでいる年金生活の77歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
そして私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。


こうした中で、私は70歳の頃から体力の衰えを実感し、
時折もの忘れもあり、独り微苦笑をする時もある。

過ぎし日に、厚生労働省の公表によると、2016(平成28)年時点で、
日本人の健康寿命は、男性が72.14歳、女性が74.79歳と推計され、
平均寿命と健康寿命の差は、男性約9年、女性約12年と報じられている。


もとより「健康寿命」は、日常的に介護を必要としないで、
自立した生活ができる期間であり、
私は昨年の9月で、満77歳の誕生日を迎え、
何んとか男性の健康寿命には、何とか乗り越えている、と思ったりする時もある。


しかしながら私の友人、知人の7人は、すでにあの世に旅立っているし、
或いは私より8歳ご年配の知人は、心身溌剌とされている御方もいて、
あくまで健康寿命も男性の平均であるよなぁ・・と思ったりしている。



こうした中、あと3年生かされれば、私は80歳の誕生日となるが、
何とか健康寿命で迎えたい、と念願している。

こうした深情のある私は、今回の《・・「寿命を縮める」3大悪習慣・・》って、
どのようなことですか、と思いながら、記事を読んでしまった。

この記事は、精神科医で作家の
樺沢 紫苑(かばさわ ・しおん)さんの寄稿文であり、
【東洋経済オンライン】に於いて、2021年2月21日に配信され、
少し古い記事であるが、寿命に関して時空を超越する命題であるので、
無断であるが、記事を転載させて頂く。



《・・ 
「人生100年時代」という言葉を、最近よく耳にします。
筆者のもとには、「そんなに長生きしたくない」という意見も届いていますが、
ほとんどの人は、100歳まで生きられません。

100歳まで生きられる人というのは、あくまでも健康に気遣った「良い生活習慣」を送った上で、
進歩した医療や科学技術を享受できる人です。

たとえば、糖尿病、高血糖、過度の肥満など、生活習慣病を抱えた人が、
90歳や100歳まで生きるのは、かなり難しい。

また平均寿命に対して、「健康寿命」という考え方があります。
大きな病気を抱えず、生活に制限を受けずに、生きられる期間が健康寿命です。

病気で、入退院を繰り返したり、要介護状態になったりしても、
果たして、それは幸せな老後と言えるでしょうか。



健康寿命を伸ばすために、どんな習慣が必要か。
どんな悪習慣を優先して改善すべきか。

筆者は精神科医なので、今回は体だけでなく、メンタル面の健康も配慮した上で、
健康寿命を伸ばすための3つのポイントを紹介します。

死亡率を大きく上げる「運動不足」

「日本人の健康寿命を削る習慣」は、大きく分けて3つあります。
まずは3位から紹介していきましょう。


☆第3位 運動不足

運動習慣が、健康に与える影響はかなり大きい。
たとえば、死亡率なら50%、心臓疾患なら60%、がんなら30%。
糖尿病なら58%、認知症なら50%のリスクを減らせるという研究結果があります。

逆に、運動不足の人は、正常な人の2倍以上の病気のリスクを抱えている
という見方もできます。

しかし、医者が「健康のために、運動してください」と言ったとしても、
ほとんどの人は「時間がありません」と拒絶します。

運動を、そこまでハードルの高いものと思わないでも大丈夫です。
健康のために、必要な運動量と運動時間については、さまざまな研究がありますが、
最近の研究複数によれば「1日20分の早歩きでOK」というものが多い。

また、アメリカ国立がん研究所によると、
1日10分の早歩きで、寿命が1・8年延び、
週に150分の早歩きで、4年半寿命が延ばせることも明らかになっています。


1日10分で効果あり。
1日20分(おおよそ週150分に相当)で4年半の延命効果。すごい効果です。
毎日の通勤時間を「早歩き」にするだけで、この基準は楽々クリアできます。
運動不足と感じる人は、まずは「1日20分の早歩き」を実践してみてはどうでしょうか。



☆第2位 孤独

「孤独と健康には、関係があるの?」と疑問に思った人も多いかもしれません。
しかし、孤独が健康に与える悪影響は、甚大です。

アメリカ・ブリガムヤング大学の研究によると、
「社会的なつながりを持つ人は、持たない人に比べて、早期死亡リスクが50%低下する」
といいます。

この死亡リスクは、1日15本の喫煙に匹敵。


また、過度の飲酒(アルコール依存症)の2倍、運動不足と肥満の3倍も健康に悪いといえます。

孤独を感じる人は、正常な人と比べて死亡率が1・3~2・8倍、
心疾患が1・3倍、アルツハイマー病のリスクが2・1倍、認知機能の衰えが1・2倍高まります。

また、うつ病は2・7倍、自殺念慮が3・9倍と、メンタルに対しても甚大な悪影響を及ぼすのです。

孤独というのは、人によって感じ方が異なります。
家族と同居していても、つながりを感じられなければ、孤独です。

飲み友達が多くいても、いざというときに相談できる友人がいなければ、
それは孤独かもしれません。

少子高齢化がこれからさらに加速する日本。
高齢者にも若い人にも、単身世帯が増加しているので、孤独に悩む人の増加が予想されます。
もしも健康的に生きたいのなら、「積極的につながりを求める生活」を心がけたいものです。


人は寝ないとどうなるのか?

☆第1位 睡眠不足

「2007年の日本における危険因子に関連する非感染性疾患と外因による死亡数」という報告によると、
原因別に最も健康に悪いのは、「喫煙」、「高血圧」、「運動不足」、「高血糖」、
「塩分の高摂取」「アルコール摂取」となっています。


高血圧と高血糖(糖尿病)は、原因というよりもすでに病気、またはその予備軍ですから、
死亡率を高める健康習慣という意味では、喫煙と運動不足がトップといっていいでしょう。

ただし、この研究結果には「睡眠不足」が含まれていません。
ランキングの下位を見ても出てこないので、そうした分類自体を行っていないようです。

睡眠不足の悪影響が現れてくるまでには、10年、20年以上の年月を要するため、
非常に統計がとりづらい。
睡眠不足は、時間差でジワジワと悪影響が訪れる、非常に怖い悪習慣でもあります。

個別の研究でみると、睡眠時間が6時間未満の人は正常な人と比べて、
がんが6倍、脳卒中が4倍、心筋梗塞が3倍、糖尿病が3倍、認知症が5倍、
鬱病が5・8倍、自殺率が4・3倍も、リスクが高いという結果が見られます。

これらの疾病リスクは、喫煙に匹敵、病気によっては喫煙のリスクを凌駕しています。

ということで睡眠不足が、精神科医の筆者が考える最も健康に悪い生活習慣です。

最近では、睡眠中にアルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβ蛋白が
脳の中で洗い流されることがわかりました。

つまり、睡眠不足の人は、アミロイドβ蛋白が洗い流せずドンドン溜まっていくため、
認知症のリスクがとても高いわけです。

10年、20年先も健康的に長生きしたければ、きちんと眠ることをおすすめします。
睡眠時間が6時間未満だと睡眠不足、
健康のためには「7時間以上の睡眠」が必要だと覚えておきましょう。


☆健康と長寿を守る「3つ習慣」

以上が精神科医の視点で見た「寿命を削る3つの悪習慣」です。

もし内科の医師が悪習慣を選ぶとしたならば、「食事」と「喫煙」が入ったかもしれません。
しかし、今回はあえてそれらをはずしました。
なぜならば、食事の指導をしても、それを守れる人が、ほとんどいないためです。

特に糖尿病、高血圧、肥満の人(またはその予備軍)にとって、
食事の改善は極めて重要ですが、実際は指導をしても、多くの人が守れません。

だから、食事よりも取り組みやすい「睡眠不足」や「運動不足」の改善から
取り組むことをお勧めしています。

喫煙も同様で、喫煙者にとって、それは健康を阻害する悪習慣であることは既知のものです。
有害性を今さら指摘したところで、禁煙する人も少ないでしょう。

健康を守るためには、やれることからやっていくことが重要です。
今回紹介した「7時間以上の睡眠」、「つながりを大切にする生活」、「20分の早歩き」は
食事制限や禁煙よりも比較的取り組みやすいものなので、ぜひ実践してみてください。・・ 》

 
今回、精神科医で作家の樺沢 紫苑さんの寄稿文に導かれて、
《・・ 日本人がやりがちな「寿命を縮める」3大悪習慣 ・・》、
具体的に多々教示させられたりした後、独り微苦笑を重ねたりした・・。

私は年金生活を過ごす中

過ぎし一昨年の2019年、予告もなく私は、
新年そうそうの1月3日の夜10時過ぎ、心臓の左胸が圧迫され、強く痛みを感じて、
やむなく救急車で循環器専門の『榊原記念病院』に搬送されたりした。

やがて『胸膜炎』(急性冠症候群)と病状とされ、
しばらく経過観察したく・・ と担当医師から宣言され、
結果的に8泊9日の入院となったりした。

この時に、大学一年の夏季合宿にタバコを喫い始めて、
長年こよなく愛煙者だったが、これを機会にタバコにお別れとなったりした。

こうした根底には、やはりタバコは身体に良くないと、医師から進められて、
何かを断念しなければ、この先はないと思い、断腸の思いで禁煙したのは本音であった・・。

そしてお酒に関しても、お酒大好きの呑兵衛の私は、
65歳の時に糖尿病と診断され、これ以来は懇親会、旅行、冠婚葬祭を除き、
5日毎に
500CCの缶ビールをたった1本となっている。

そして恥ずかしながら糖尿病の予備軍として、信愛している内科病院に、
4週間ごとに通院している。


このような実態であるが、私なりの 

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マスク生活で喉(のど)の老化が進む・・危険な”誤嚥性肺炎”を防ぐ4つの対策、私は学び、多々教示されて・・。

2022-01-18 15:54:42 | 喜寿の頃からの思い

先程、ときおり愛読している【介護ポストセブン】の『暮らし』を見てる中で、
『 マスク生活でのどの老化が進む・・
       危険な”誤嚥性肺炎”を防ぐ4つの対策【医師監修】』、
と見出しを見たりした。

この記事は、『女性セブン』の2021年7月22日に掲載された記事で、
関連の【介護ポストセブン】に於いて、2021年8月14日に配信され、
少し古い記事であるが、マスク生活が継続されている今日、
遅ればせながら学びたく、無断であるが記事を転載させて頂く。



《・・ 
新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が進められているが、
いまだマスクを手放せない状況が続いている。

マスクで会話が減ったぶん、のどを使わなくなった人が増えているという。
このままの状態が続くと、のどは老化し、誤嚥性肺炎のリスクも上がると専門家は話す。

そこで、日常生活で無理なく続けられる誤嚥性肺炎を防ぐ対策を専門家に伺った。

【1】タオルストレッチで呼吸筋を鍛える

誤嚥性肺炎を防ぐためには、“誤嚥しかかったとき”に、せき反射がスムーズに起こるよう、
呼吸筋(肋間筋[ろっかんきん]・横隔膜)を鍛えることが重要だと、
池袋大谷クリニック・大谷義夫さんは言う。

「肺そのものは、鍛えられませんが、
呼吸筋はタオルストレッチをすることで、鍛えることができます。

腕を上下に動かせば横隔膜が、体を横に倒せば肋間筋がほぐれるので、
胸郭(きょうがく)が開きやすくなり、肺活量が増えます。
全身のストレッチにもなるので、入浴後に行って」(大谷さん)

その方法は以下の通りだ。

■タオルストレッチ

【1】両足を肩幅に開いて立ち、タオルを肩幅の広さで両手に持ち、
   鼻から息を吸いながら、両手を上げる(横隔膜を意識し、お腹をふくらませる)。

タオルストレッチ1
呼吸筋を鍛えるタオルストレッチ。鼻から息を吸いながら両手を上げる


【2】口からゆっくり息を吐きながら腕をおろす(お腹が元に戻るよう、横隔膜を意識する)。
   【1】【2】を5回繰り返す。

タオルストレッチ2
腕をおろす際お腹が元に戻るよう、横隔膜を意識する


【3】再びタオルを持ち上げ、ひじを伸ばしたまま、息を吐きながら体を右側に倒して左脇を伸ばす。
   反対側も同様に、左右5回ずつ行う。

タオルストレッチ3
【1】~【3】までの動作を左右5回ずつ行う


【2】うがいで口腔機能を高める

日常生活に違和感なく、“のどトレ”を組み込むなら、
「いつも行っている動きを利用するといい」と、
「東京都健康長寿センター」歯科口腔外科部長の平野浩彦さんは言う。

「誤嚥性肺炎の予防に役立つ口腔ケアと、
口腔機能を高める効果が同時に期待できるのが、
“ブクブクうがい”と“ガラガラうがい”です。

ブクブクうがいは、口を閉じて水が鼻やのどに入らないようにして行うので、
口唇とのどの奥が鍛えられます。

ガラガラうがいは、唇やのどの開け閉めの機能を連動させて行うもので、
のみ込む機能を鍛える高度なトレーニングになります」

いずれも歯磨きや外出から帰った後など、日常的にやっている動作。
トレーニングをしているという意識を少し持ち、いつもより長めに行うだけで
充分に“のどトレ”効果が得られる。


☆“ブクブクうがい”と“ガラガラうがい”

【ブクブクうがい】

   口に水を含み、ほお全体をふくらませて10秒ブクブクして水を吐き出す。
   これを3回繰り返す。
   歯磨き後のうがいを少し長めにするイメージで。

のどトレに有効なブクブクうがい
10秒ブクブクして水を吐き出す

【ガラガラうがい】

   口に水を含んだまま、のどの奥で15秒ほど、ガラガラしてから水を吐き出す。
   無理に上を向くと首を傷める恐れがあるため注意すること。

のどトレに有効なガラガラうがい
のどの奥で15秒ほどガラガラしてから水を吐き出す

【3】葉酸でのどの老化を防ぐ

    食生活でも、のどの老化を予防できる。
    それには、ビタミンB群の一種である「葉酸」を積極的に摂ることだ。

   「葉酸は、細胞の合成や修復に深くかかわっており、DNAの合成にも欠かせない栄養素。
   胎児の発育に不可欠で、妊婦さんに推奨されていますが、
   脳内神経伝達物質であるドーパミンの合成にも重要な役割も果たしています。

   ドーパミンの分泌量が減ると、のみ込む力が低下しますが、
   葉酸の摂取で、高齢者のせき反射の低下が改善できることも確認されています」(大谷さん)

   葉酸は、ブロッコリーやほうれん草、モロヘイヤなどの緑の野菜、枝豆、レバー、うになどに豊富に含まれている。

【4】食後に横になるときは左を下にする

    誤嚥を防ぐためには、「食後90分は、横にならない方がいい」と、大谷さんは言う。

   「胃はカーブしているため、体の右側を下にすると胃が食道よりも上になり、
   重力の関係で逆流を起こしやすくなります。

   誤嚥性肺炎の原因の7割は、睡眠中や横になっているときに
   唾液や胃酸が気管に流れ込む『不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)』というものです。

食後、横になっている女性のイラスト
どうしても横になりたいなら左側を下に

     肺炎を防ぐためにも、食後は横にならない方がいいですが、
    どうしても横になりたいなら左側を下にする習慣をつけましょう」(大谷さん)


☆教えてくれた人

大谷義夫さん/池袋大谷クリニック院長。    
    呼吸器内科のスペシャリスト。著書に『肺炎を正しく恐れる』(日経プレミアシリーズ)などがある。 

平野浩彦さん/東京都健康長寿医療センター歯科口腔外科部長。   
    80歳で20本の歯を残す「8020運動」に加え、健康長寿につながる「オーラルフレイル管理」の重要性を発信している。

取材・文/山下和恵 イラスト/うえだのぶ  ・・ 》

 
 
今回、マスク生活で喉(のど)の老化が進む・・危険な”誤嚥性肺炎”を防ぐ4つの対策、
具体的に学んだりした・・。

もとより
誤嚥性肺炎は、食べ物や飲み物、唾液などを飲み込むことを
嚥下(えんげ)と言われている。

健康な人であれば、嚥下すると、口から食道を通って胃に入っていきます。

しかし嚥下機能が低下すると、食べ物などが、口から気管に入ってしまいます。
これが誤嚥(ごえん)です。

誤嚥性肺炎は、細菌が唾液や食べ物などと一緒に誤嚥され、
気管支や肺に入ることで発症する疾患です。
このようなことを私は学んできたので、怖い病状である。

今回、《・・”誤嚥性肺炎”を防ぐ4つの対策・・》と学び、微苦笑をしたりした。



そして何かと不器用な私は、掲載されているイラストを見ながら、
こっそりと《 ブクブクうがい 》、《 ガラガラうがい 》をしたりして、
あと3年で80歳の誕生日、何とか健康寿命で迎えたい、と祈願したりしている。
コメント (2)
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年を重ねて“失う人”と“身につける人”の違い、77歳の私は学び、やがて微笑みを重ねて・・。

2022-01-17 12:31:58 | 喜寿の頃からの思い

私は年金生活18年生の77歳の身であるが、
先程、ときおり愛読している【介護ポストセブン】の『暮らし』を見てる中で、
『 年を重ねて“失う人”と“身につける人”の違い
         「マンネリ化した生活を変えるのがカギ」』、
と見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住む年金生活の77歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、古ぼけた戸建て住んでいる。

そして私より5歳若い家内も、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

こうした中、私たち夫婦は経済的に贅沢な生活は出来ないが、
『働らなくても、何とか生活ができるので助かるわ・・』、
と家内がときおり、 呟(つぶや)くように私に言ったりする。

『そうだよねぇ・・』
私は苦笑しながら応じたりしている。



私は民間会社に35年ばかり勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職となり、
この当時は大企業も盛んにリストラが実施されていた・・。

私が定年後に新たな職場を探しても、これといった突出した技術もなく、
何よりも遠い勤務先の出向先で、私なりに5年間ばかり奮闘して、
体力も気力も使い果たしてしまい、やむなく年金生活を始めた・・。

そして定年前のサラリーマン時代の私は、数多くの人たちと同様に多忙で、
家内は我が家の専守防衛長官のような専業主婦であり、日常の洗濯、買い物、料理、掃除などで、
家内なりの日常ペースがあり、この合間に趣味などのささやかな時間で過ごしてきた。

そして定年後の年金生活を始めた私としては、このペースを崩すのは天敵と確信し、
平素の買物専任者を自主宣言したりした。

或いは昼食だけは、お互いに制約することなく、自由な時間で、
お互いに殆ど我が家で、きままに食べたりしている。

そして午後から夜の大半は、私は随筆、ノンフィクション、現代史、総合月刊雑誌などの読書、
ときおり20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、 或いは音楽も聴いたりしている。

こうした中で、家内は料理、掃除、洗濯などを従来通りしてくれるので、
せめて家内が煎茶、コーヒーを飲みたい時を、私は素早く察知して、
日に6回ぐらい茶坊主の真似事もしている。



こうした中、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
歩くことが何より健康体の源(みなもと)と思い、
午前中のひととき、自宅の周辺にある公園、遊歩道、住宅街の歩道を歩いたりして、
四季折々のうつろう情景を享受している。

そして無念ながら忘れることもあり、ときおりデジカメで撮ったりして、
記憶のかたみとしている。

こうした中で、私たち夫婦の共通趣味のひとつの国内旅行を幾たびに重ねてきた・・。



こうした年金生活をしてきたが、今回の《・・年を重ねて“失う人”と“身につける人”の違い・・》、
学びたく、記事を読んでしまった・・。

この記事は、『女性セブン』の2022年1月1日号に掲載された記事で、
関連の【介護ポストセブン】の『暮らし』に於いて、1月12日に配信され、
無断であるが、記事を殆ど転載させて頂く。

《・・「えっ、この人、私と同い年なの!?」
テレビを見ていて、同世代の出演者の若々しさに、驚いたことはないだろうか。

テレビの中に限らず、新しい趣味を見つけて、いつも楽しそうにしている友人や、
それほど収入は変わらないはずなのに、老後の暮らしに余裕を感じる同世代のご近所さんなど、
「一体、あの人と私は、何が違うのだろう」と不思議に思うことがある。

ここで、「どうせ私なんて」と落ち込んでしまう人は、危険信号。
年を重ねてから「失う人」と「身につける人」の間には、
境界線が存在し、ネガティブな思考は悪循環を生み出してしまう。  

自分がどちら側の人間なのかを知り、「失わない人」になるにはどうすればいいのか。
達人たちが、“身につける極意”を伝授する。



☆老後「刺激のない生活」を望むと、感情が老化する

2021年8月に81歳の誕生日を迎えたデヴィ夫人は、
自身のブログに<我、八十一にして 今だ 果敢に挑戦す>(原文ママ)と抱負を掲げた。

その宣言どおり、2021年はテレビでデヴィ夫人を見ない日はないほどの大活躍だった。

デヴィ夫人のように、年齢を重ねても、貪欲に新たな挑戦を求める人もいるが、
大多数の人々は、年を重ねるとともに「落ち着きたい」、「いまの暮らしを維持したい」など、
「刺激のない生活」を望む傾向にあるのではないか。

ブレインフィットネス研究所ディレクターで脳科学者の杉浦理砂さんは、
「後者には『感情の老化』が見られる」と指摘する。

「人間は年齢を重ねると、意欲や創造性をつかさどる脳の部位『前頭前野』の機能が低下します。
すると、映画や小説などに、昔よりも感動しなくなったり、
悩み事を抱えやすくなったり、やる気が起きず、
何に対しても興味が湧かないといった『感情の老化』が生じます。

感情の老化は、容姿や体力など目に見える変化と違って、
本人も周囲も実感しにくいため、見逃されることが多い。
しかし、実は感情の老化が先に起こり、それに伴う意欲の低下が全身の老化を早めるのです」

視力や筋力の衰えは、健康診断などで数値として、自覚することができるが、
内面の衰えは、病院では発見できない。
若いときと比べ、新たな挑戦を億劫だと感じるならば、それは感情の老化が進んでいるサインだ。


☆「もっと知りたい」という好奇心を持つ

だが、安心してほしい。
「感情の老化は、改善できる」と杉浦さんが続ける。

「鍵となるのが『好奇心』です。
なんでもいいから、まずは自分が興味や関心を持てることを見つけましょう。

『もっと知りたい』という好奇心を持つことによって、
脳の前頭前野が刺激され、『心のアンチエイジング』が進みます。

実際に、好奇心がある人とない人では、見た目や脳年齢が異なることが
研究や調査により示されている。

好奇心が旺盛な人ほど、認知機能の低下が抑えられ、
好奇心を失った人は、集中力や記憶力の低下が進みます。

マンネリ化した刺激のない生活は、最も感情の老化を促進させる。
それゆえ、高齢者こそマンネリ化した生活を変える努力が必要なのです」



■「好奇心」を刺激する ちょっとした行動変化

【1】最新曲を聴いてみる

     脳の側頭葉にある「聴覚野」という部分が刺激され、認知機能の向上につながる可能性がある。

【2】散歩のルートを変えてみる

     四季折々の植物や、いつもとは違う風景を眺めて「楽しい」と感じるとドーパミンが分泌される。

【3】新しい商品、レストランを試してみる

     新しいものを食べて「おいしい」と感じるなど、成功体験の蓄積がモチベーションにつながる。

☆教えてくれた人

   杉浦理砂さん/ブレインフィットネス研究所ディレクターで脳科学者  ・・》

 
今回、《・・年を重ねて“失う人”と“身につける人”の違い・・》、
遅ればせながら77歳の私は学び、多々教示させられたりした後、
独り微笑みを重ねたりした・・。
                     
私は亡き母の遺伝を純粋に受け継いだ為か、
恥ずかしながら男の癖におしゃべりが好きで、
年金生活の2004年の秋の当初からでも、
何かと家内と談笑したり、
ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。

そして私は、新コロナウィルスの烈風の以前は、
遊歩道、公園などを散策していると、見知らぬ男性、

女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしてきた。



こうしたある日、私は遊歩道で、落葉樹が紅葉、黄葉に染められた情景を眺めていた時、
女性グループのおふたりから、話しかけられたりした。

こうした中で、私は、『74歳の身ですが・・体力の衰えを実感しています・・』
と微苦笑しながら、私は言ったりした。

『あらぁ・・うちの主人は71歳ですが、貴方はお若いわ・・』
とひとりの御方から社交辞令のお世辞を頂いたりした。



或いは、新コロナウィルスの烈風の前の10年は、
OB懇親会と処して、年に一度の集会に私は出席している。

こうした時、上司だった御方たち、或いは同世代の数多くの人と盛んに談笑したりしている中、
数人から、XXさんは感性もお若いですょ、と私は社交辞令のお世辞を頂くこともある。

或いは女性グループの中で談笑している中、たまたま音楽の話題となり、
私が勤めていたレコード会社とは、他社の『いきものがかり』を定年後に偶然に聴き、
何かと吉岡聖恵(よしおか・きよえ)ちゃんの歌声に、励まされていますょ、
特に『YELL(エール)』は、高齢者の私でも心身のビタミン剤ですょ、と私は言ったりした。

こうしたささやかな体験も、さることながら、
殆どの私と同世代の御方、そして60代の御方は、
実年齢より10歳ぐらいは、お若いと感じたりしてきた。



私の根底には、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。

こうした中で、過ぎし私が65歳の高齢者入門になった時、
遅ればせながら、ドイツ出身のアメリカの詩人のサミュエル・ウルマンさんより、
ひとつの詩を学び、これ以来ひそかに人生の後半戦の格言としている。

       青春とは、人生のある時期ではなく、心の持ち方を言う
                                                        岡田義夫さんの訳詩

このように私なりに年金生活を享受している。
コメント (2)
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