私は東京郊外の調布市の片隅に住む年金生活の69歳の身であるが、
民間会社の中小業のある会社に35年近く奮戦し2004年(平成16年)の秋に定年退職し、
私の半生は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれ、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思い、年金生活を始めた・・。
そして平素の買物専任者となり、家内から依頼された買物の責務を終えた後、
自宅の周辺の3キロぐらいの範囲にある遊歩道、小公園などを歩き四季折々のうつろいを享受している。
そして、こうした中で感じたこと、思考したことなどあふれる思いを心の発露の表現手段として、
このサイトに綴り投稿するのが、生きがいのひとつとなっている。
日常の大半は随筆、ノンフィクション、現代史、総合月刊雑誌などの読書、
ときおり20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
或いは音楽も聴いたりして過ごしている。
こうした中で年金生活の今でも本屋で、単行本、新書本、文庫本のコーナーを見たりして数冊買い求めたり、
ときには雑誌コーナーで月刊誌、季刊誌、臨時特別号を眺めた後、魅了された時は購入している。
そして、結果として手ぶらとなった時は、古本屋に行ったりして、読みたい本を探し求めて、
早や50数年過ぎている・・。
本日の午前中のひととき、ネットでニュースを検索している中、
ひとつの記事を偶然に読み、そして読み終わった後、溜息を重ねながられ悲嘆させられたのである・・。
この記事は『週刊朝日』の2014年3月21日号に掲載された記事のひとつで、
新潮新書に於いて、作家の楡周平(にれ・しゅうへい)氏が『「いいね!」が社会を破壊する』を上梓した、
書評の記事であった。
この記事の書評のタイトルは、《待ち受けているのは勝者なき世界》という衝撃な命題であったので、
私は読んでしまったのである。
無断ながら、記事の大半を転載させて頂く。
《・・2012年、ある大企業が日本でいう会社更生法の適用を申請した。
イーストマン・コダック。世界最大の写真感光材メーカーである。
デジカメがこれだけ普及したらフィルムや印画紙のメーカーなんかひとたまりもないべ、と私たちは考える。
だが、ことはそう単純でもないらしいのである。
楡周平『「いいね!」が社会を破壊する』はそのコダック社に15年在職し、
現在は作家として活躍する著者による警世の書。
コダック社が窮地に立たされたのは〈あまりにも確立されたビジネスモデル〉ゆえだったと著者はいう。
1ロールのフィルムが売れるごとにフィルム代・現像料・プリント料と3段階の収益がついてくるシステムは
同社を優良企業にしたが、
2000年頃から市場に大変革が起こる。
カメラ付き携帯電話の普及とブログ人口の増加である。
これはデジカメの出現以上にインパクトのある出来事で、以来、人々は写真を撮りまくるも、三つの収益部門はすべて不要。
街のカメラ店も見事に消えた。
新しい業態にさっさと移行すればよかったって?
<私がここで言いたいのは、企業自体の存続ではありません。
そこで働く人たち、つまり個々人の雇用など、イノベーションの波に襲われたら最後、
簡単に崩壊してしまう時代になったのだということなのです>。
同様の現象は、ネット書店に席巻されて中小書店が消えた出版業界でも、
ネット配信でCDショップが消えた音楽業界でも観察できる。
新聞もいずれ同じ道をたどるだろうし、コンビニも同じ運命にある……。
注意すべきは、これが単なるノスタルジー系の「昔はよかった」という話ではないことだろう。
<少し前の時代まで、イノベーションは多くの雇用を産み、社会を豊かにするものを意味しましたが、
今は全く違います>。
雇用は崩壊し、知的労働にも対価を払わず<待ち受けているのは勝者なき世界>。
技術革新の結果がコレかと思うとゾッとする。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
私は東京オリンピックが開催された1964(昭和39)年の秋、
映画の脚本家になりたくて大学を中退し、アルバイトをしながら専門養成所で映画青年の真似事をしたり、
その後に契約社員をしながら文学青年の真似事したが、やがてはかなくも挫折した。
その後はやむなく安定した人生航路に軌道修正し、企業に中途入社する為に、
コンピュータの専門学校に1年ほど学んだりした。
その上、幸いご近所に住まわれている大企業の経営陣のお方のご尽力もあり、
この当時、民間の大企業であった映像・音響メーカーに中途入社できたのは、
1970年(昭和45年)の春であり、25歳の時であった。
その後、入社した大企業の音楽部門のひとつがレコード会社として独立され、
私も異籍させられて、これ以降は定年まで音楽分野に勤めることになった。
そして私が勤めてきた中小業の多い音楽業界は、
1970、80年代はそれぞれのレコード会社は躍進したが、
1990年代を迎えると、特に外資系は、世界市場の中でアメリカに続いて、日本が第二位となり、
抜きん出た市場となり、本国の要請で利益の追求が厳しくなり、
各会社は総合見直しとなり、会社間の統廃合もあり、人員削減も行われはじめた。
そして1998年(平成10年)に売上の主軸となるCDがピークとなり、
この少し前の年からリストラ烈風となり、
私の勤めた会社も同様に、早期退職優遇制度の下で、上司、同僚、後輩の一部が業界から去ったりし、
人事異動も盛んに行われたりし、 私も50代のなかば1999年(平成11年)の新春、
取引先の物流会社に出向を命じられた。
もとより出向身分は、会社に直接に貢献できる訳もなく、まぎれなく戦力外なので、
私は本社に30年近く勤め放り出され、屈辱と無念さが入り混じ、
私でも失墜感もあり都落ちの無念さを感じたが、
半年後から何とか馴染み、自分の敵は自分だ、と思いながら精務した。
この間、出向先の物流会社も大幅なリストラが実施されたり、
私が30年近く勤めてきた出向元の会社でも、リストラ烈風となる中、
私の同僚、後輩の一部が定年前の退社の連絡、或いは葉書で挨拶状を頂いたりし、
私は出向先で2004年〈平成16年〉の秋に定年退職を迎えたのである。
そして、私は出向身分であったので、何とか烈風から免れたのも事実であり、
定年前の退社された同僚、後輩に少し後ろめたく、退職後の年金生活に入った理由のひとつとなった。
この間の音楽業界は、デジタル機器の進化に伴い、シロウトでも簡易に録音可能な時代となり、
ミキサーはじめ、そして楽器を演奏されるアーティストが仕事が少なくなり、
一部の人だけが生活できる状況となり、多くの方は転業を余儀なくされた。
その上にデジタルの音楽配信が波及すると、CDよりも対価が遥かに少なくなり、
作詞、作曲される方はもとより、歌い手の方たちにも対価が激少しているのが、
昨今の情況でもある。
更にネットが普及している中、ネットで無料に聴けるサイトも多くなり、
多くの方が利用される時代の到来となっている。
こうした中で、CDの売上も減少して、音楽商品の販売店も統廃合が実施されたり、
或いは転業されて、街の中にあった音楽商品の販売店も消え去った。
こうした国民の社会状況のを的確に明言したのは、『週刊朝日』の2014年5月2日号に於いて、
『読者数は減ってない? 作家が“本の売れない理由”を語る』の記事である。
作家の楡周平(にれ・しゅうへい)氏、作家・林真理子(はやし・ふみこ)氏の対談であった。
一部を無断ながら、転載させて頂く。
《・・
楡:去年の大晦日の夜7時のNHKニュース、つまり昨年最後のニュースの中で、
「出版業界はこれだけ縮小している」というのをやってたんですよ。
ピークだった1996年、これは私がデビューした年ですが、そこからいまは5分の3に減ったというんです。
17年間で40%縮小してるんですね。
林:音楽もパソコンやスマホにダウンロードするようになってから、CDが売れなくなりましたよね。
バブルのころは100万枚売れてた国民的大歌手も、いまは1万5千枚しか売れないというから、慄然としますよ。
楡:じゃあその人の音楽が聴かれてないのかというと、そんなことはないんですよね。
ただ、みんなコンテンツに対してお金を出さなくなった。
出版業界も市場が縮小し続けていますが、みんなが本を読まなくなったのかというとそうではなくて、
図書館の貸し出し数はずっと右肩上がりなんです。
林:そうなんですよね。
女性誌の「節約特集」なんか見ると、必ずといっていいほど「本は図書館で借りましょう」とあって、
本を買う人は変わってる、節約しない人みたいな書かれ方じゃないですか。
楡:読者の絶対数はそんなに減ってなくで、要はタダで読むことを覚えちゃったんです。
全国の図書館の貸し出し状況が見られる「カーリル」というサイトがあるんですけど、
あっという間に予約が埋まるんです。
みんな自分のお金を出したくないんですよ。
いままで本を買い支えてくれたコア層の一つは、団塊の世代だったと思うんですが、
その団塊の世代が定年退職して時間がある、じゃあ本を買うかというと、そうはならない。
林:図書館に行くんですよね。
楡:僕らは小屋がけ(芝居小屋をつくって芝居をすること)してるわけですよ。
そこでお代をいただいて、そのお代に値するかどうかはお客さんに判断してもらって、それで生きてるわけですよね。
ところが、活字の世界でお金を得ることに対して、すごくネガティブな反応を示す人たちがいるんです。
林:そうなんです!
昔、イザヤ・ベンダサンが「日本人は水と安全はタダだと思っている」と書いてましたけど、
いまは情報がタダだと思ってますよね。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
こうした社会状況を私は学び、少なくとも音楽業界、出版業界もそれぞれの分野のブロが少なくなり、
衰退している現状に、無力な69歳の私は悲嘆している・・。
このようなことをとりとめなく思いながら、
何よりも怖いのは、《雇用は崩壊し、知的労働にも対価を払わず》の世界は、
主要国の混迷を深めて、やがてそれぞれの国家の衰退を招くことであり、
作家の楡周平(にれ・しゅうへい)氏の乾坤一擲(けんこんいってき)のような命言、
《勝者なき世界》でもある。
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民間会社の中小業のある会社に35年近く奮戦し2004年(平成16年)の秋に定年退職し、
私の半生は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれ、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思い、年金生活を始めた・・。
そして平素の買物専任者となり、家内から依頼された買物の責務を終えた後、
自宅の周辺の3キロぐらいの範囲にある遊歩道、小公園などを歩き四季折々のうつろいを享受している。
そして、こうした中で感じたこと、思考したことなどあふれる思いを心の発露の表現手段として、
このサイトに綴り投稿するのが、生きがいのひとつとなっている。
日常の大半は随筆、ノンフィクション、現代史、総合月刊雑誌などの読書、
ときおり20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
或いは音楽も聴いたりして過ごしている。
こうした中で年金生活の今でも本屋で、単行本、新書本、文庫本のコーナーを見たりして数冊買い求めたり、
ときには雑誌コーナーで月刊誌、季刊誌、臨時特別号を眺めた後、魅了された時は購入している。
そして、結果として手ぶらとなった時は、古本屋に行ったりして、読みたい本を探し求めて、
早や50数年過ぎている・・。
本日の午前中のひととき、ネットでニュースを検索している中、
ひとつの記事を偶然に読み、そして読み終わった後、溜息を重ねながられ悲嘆させられたのである・・。
この記事は『週刊朝日』の2014年3月21日号に掲載された記事のひとつで、
新潮新書に於いて、作家の楡周平(にれ・しゅうへい)氏が『「いいね!」が社会を破壊する』を上梓した、
書評の記事であった。
この記事の書評のタイトルは、《待ち受けているのは勝者なき世界》という衝撃な命題であったので、
私は読んでしまったのである。
無断ながら、記事の大半を転載させて頂く。
《・・2012年、ある大企業が日本でいう会社更生法の適用を申請した。
イーストマン・コダック。世界最大の写真感光材メーカーである。
デジカメがこれだけ普及したらフィルムや印画紙のメーカーなんかひとたまりもないべ、と私たちは考える。
だが、ことはそう単純でもないらしいのである。
楡周平『「いいね!」が社会を破壊する』はそのコダック社に15年在職し、
現在は作家として活躍する著者による警世の書。
コダック社が窮地に立たされたのは〈あまりにも確立されたビジネスモデル〉ゆえだったと著者はいう。
1ロールのフィルムが売れるごとにフィルム代・現像料・プリント料と3段階の収益がついてくるシステムは
同社を優良企業にしたが、
2000年頃から市場に大変革が起こる。
カメラ付き携帯電話の普及とブログ人口の増加である。
これはデジカメの出現以上にインパクトのある出来事で、以来、人々は写真を撮りまくるも、三つの収益部門はすべて不要。
街のカメラ店も見事に消えた。
新しい業態にさっさと移行すればよかったって?
<私がここで言いたいのは、企業自体の存続ではありません。
そこで働く人たち、つまり個々人の雇用など、イノベーションの波に襲われたら最後、
簡単に崩壊してしまう時代になったのだということなのです>。
同様の現象は、ネット書店に席巻されて中小書店が消えた出版業界でも、
ネット配信でCDショップが消えた音楽業界でも観察できる。
新聞もいずれ同じ道をたどるだろうし、コンビニも同じ運命にある……。
注意すべきは、これが単なるノスタルジー系の「昔はよかった」という話ではないことだろう。
<少し前の時代まで、イノベーションは多くの雇用を産み、社会を豊かにするものを意味しましたが、
今は全く違います>。
雇用は崩壊し、知的労働にも対価を払わず<待ち受けているのは勝者なき世界>。
技術革新の結果がコレかと思うとゾッとする。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
私は東京オリンピックが開催された1964(昭和39)年の秋、
映画の脚本家になりたくて大学を中退し、アルバイトをしながら専門養成所で映画青年の真似事をしたり、
その後に契約社員をしながら文学青年の真似事したが、やがてはかなくも挫折した。
その後はやむなく安定した人生航路に軌道修正し、企業に中途入社する為に、
コンピュータの専門学校に1年ほど学んだりした。
その上、幸いご近所に住まわれている大企業の経営陣のお方のご尽力もあり、
この当時、民間の大企業であった映像・音響メーカーに中途入社できたのは、
1970年(昭和45年)の春であり、25歳の時であった。
その後、入社した大企業の音楽部門のひとつがレコード会社として独立され、
私も異籍させられて、これ以降は定年まで音楽分野に勤めることになった。
そして私が勤めてきた中小業の多い音楽業界は、
1970、80年代はそれぞれのレコード会社は躍進したが、
1990年代を迎えると、特に外資系は、世界市場の中でアメリカに続いて、日本が第二位となり、
抜きん出た市場となり、本国の要請で利益の追求が厳しくなり、
各会社は総合見直しとなり、会社間の統廃合もあり、人員削減も行われはじめた。
そして1998年(平成10年)に売上の主軸となるCDがピークとなり、
この少し前の年からリストラ烈風となり、
私の勤めた会社も同様に、早期退職優遇制度の下で、上司、同僚、後輩の一部が業界から去ったりし、
人事異動も盛んに行われたりし、 私も50代のなかば1999年(平成11年)の新春、
取引先の物流会社に出向を命じられた。
もとより出向身分は、会社に直接に貢献できる訳もなく、まぎれなく戦力外なので、
私は本社に30年近く勤め放り出され、屈辱と無念さが入り混じ、
私でも失墜感もあり都落ちの無念さを感じたが、
半年後から何とか馴染み、自分の敵は自分だ、と思いながら精務した。
この間、出向先の物流会社も大幅なリストラが実施されたり、
私が30年近く勤めてきた出向元の会社でも、リストラ烈風となる中、
私の同僚、後輩の一部が定年前の退社の連絡、或いは葉書で挨拶状を頂いたりし、
私は出向先で2004年〈平成16年〉の秋に定年退職を迎えたのである。
そして、私は出向身分であったので、何とか烈風から免れたのも事実であり、
定年前の退社された同僚、後輩に少し後ろめたく、退職後の年金生活に入った理由のひとつとなった。
この間の音楽業界は、デジタル機器の進化に伴い、シロウトでも簡易に録音可能な時代となり、
ミキサーはじめ、そして楽器を演奏されるアーティストが仕事が少なくなり、
一部の人だけが生活できる状況となり、多くの方は転業を余儀なくされた。
その上にデジタルの音楽配信が波及すると、CDよりも対価が遥かに少なくなり、
作詞、作曲される方はもとより、歌い手の方たちにも対価が激少しているのが、
昨今の情況でもある。
更にネットが普及している中、ネットで無料に聴けるサイトも多くなり、
多くの方が利用される時代の到来となっている。
こうした中で、CDの売上も減少して、音楽商品の販売店も統廃合が実施されたり、
或いは転業されて、街の中にあった音楽商品の販売店も消え去った。
こうした国民の社会状況のを的確に明言したのは、『週刊朝日』の2014年5月2日号に於いて、
『読者数は減ってない? 作家が“本の売れない理由”を語る』の記事である。
作家の楡周平(にれ・しゅうへい)氏、作家・林真理子(はやし・ふみこ)氏の対談であった。
一部を無断ながら、転載させて頂く。
《・・
楡:去年の大晦日の夜7時のNHKニュース、つまり昨年最後のニュースの中で、
「出版業界はこれだけ縮小している」というのをやってたんですよ。
ピークだった1996年、これは私がデビューした年ですが、そこからいまは5分の3に減ったというんです。
17年間で40%縮小してるんですね。
林:音楽もパソコンやスマホにダウンロードするようになってから、CDが売れなくなりましたよね。
バブルのころは100万枚売れてた国民的大歌手も、いまは1万5千枚しか売れないというから、慄然としますよ。
楡:じゃあその人の音楽が聴かれてないのかというと、そんなことはないんですよね。
ただ、みんなコンテンツに対してお金を出さなくなった。
出版業界も市場が縮小し続けていますが、みんなが本を読まなくなったのかというとそうではなくて、
図書館の貸し出し数はずっと右肩上がりなんです。
林:そうなんですよね。
女性誌の「節約特集」なんか見ると、必ずといっていいほど「本は図書館で借りましょう」とあって、
本を買う人は変わってる、節約しない人みたいな書かれ方じゃないですか。
楡:読者の絶対数はそんなに減ってなくで、要はタダで読むことを覚えちゃったんです。
全国の図書館の貸し出し状況が見られる「カーリル」というサイトがあるんですけど、
あっという間に予約が埋まるんです。
みんな自分のお金を出したくないんですよ。
いままで本を買い支えてくれたコア層の一つは、団塊の世代だったと思うんですが、
その団塊の世代が定年退職して時間がある、じゃあ本を買うかというと、そうはならない。
林:図書館に行くんですよね。
楡:僕らは小屋がけ(芝居小屋をつくって芝居をすること)してるわけですよ。
そこでお代をいただいて、そのお代に値するかどうかはお客さんに判断してもらって、それで生きてるわけですよね。
ところが、活字の世界でお金を得ることに対して、すごくネガティブな反応を示す人たちがいるんです。
林:そうなんです!
昔、イザヤ・ベンダサンが「日本人は水と安全はタダだと思っている」と書いてましたけど、
いまは情報がタダだと思ってますよね。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
こうした社会状況を私は学び、少なくとも音楽業界、出版業界もそれぞれの分野のブロが少なくなり、
衰退している現状に、無力な69歳の私は悲嘆している・・。
このようなことをとりとめなく思いながら、
何よりも怖いのは、《雇用は崩壊し、知的労働にも対価を払わず》の世界は、
主要国の混迷を深めて、やがてそれぞれの国家の衰退を招くことであり、
作家の楡周平(にれ・しゅうへい)氏の乾坤一擲(けんこんいってき)のような命言、
《勝者なき世界》でもある。
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