昨日、ときおり愛読している生活総合情報サイト【All About(オールアバウト)】を見ていたら、
『 最大5000万円!? おひとりさまの老後に必要なお金 』と題された見出しを見た。
私は年金生活14年生の73歳になる身であるが、5歳若い家内と共に過ごしているが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たったふたりだけの家庭となっている。
家内は相変わらず専業主婦の延長戦として料理、掃除、洗濯などをしてくれるので、
私はせめてと思いながら、平素の買物に関しては家内から依頼された品を求めて、
午前中のひとときスーパー、専門店に独りで行っている買物メール老ボーイとなっている。
そして帰宅後、家内が煎茶、コーヒーを飲みたい時を、
何かと愚図な私でも、素早く察知して、日に6回ぐらい茶坊主の真似事もしている。
こうした中で、私たち夫婦の両親は、今や家内の母だけとなっている。
過ぎし私が定年退職後、年金生活を始める直前に、家内の父が病死され、
家内の母は独り住まいとなったりした。
この当時の家内の母は、日常生活の身の廻りはある程度は出来ているが、
長女の家内は季節の変わるたびに、大掃除、季節ごとの室内のカーテン、布団、暖冷房器具、衣服、庭の手入れなどで、
7泊8日前後で母宅に泊りがけで行ったりし、この間、我が家は私が『おひとりさま』の生活となったりしてきた。
ここ数年は、家内の母の老化と病状で、家内と家内の妹は交互に、
大半は家内の母宅に宿泊して、家内の母の食事、洗濯、掃除、或いは通院の付き添いなどしているので、必然的に多くなり、
この間、我が家は私が『おひとりさま』の生活となっている。
いつの日にか私たち夫婦は、どちらかが片割れとなり『おひとりさま』となるが、
まさかの出来事で、私を残して家内があの世に旅立たれることもあるので、
私は特別演習だ、と自身を叱咤激励して過ごしている。
こうした中、私は恥ずかしながら食事、洗濯、掃除などを若葉マークと称される初心者で、
手抜きをしながら過ごしているが、こうした家事は何かと大変だよなぁ・・と改めて感じ深めたりしてきた。
このような事情を秘めた私は、《・・おひとりさまの老後に必要なお金・・》標題は気になり、
こっそりと読んでしまった。
この記事は、生命保険ガイド 小川 千尋さんの寄稿文であり、
【All About(オールアバウト)】に2017年9月5日に配信された記事であり、
無断であるが転載させて頂く。
《・・最大5000万円!? おひとりさまの老後に必要なお金
一生涯、未婚の人が増えています。
おひとりさまの状態で老後を迎えたときに必要なお金は一体いくら?
65歳以降の家計収支、それをふまえて必要な老後資金、お金の準備の方法を考えてみました。
☆おひとりさまの老後は何かと大変そう
平成27年版・厚生労働白書によると、2015年の生涯未婚率は男性24.2%、女性14.9%、
今後も増えていきそうで、2035年には、男性約29%、女性約19.2%になると予測されています。
おひとりさまのまま老後生活に突入したとき、まっ先に気になるのは「お金」でしょう。
そこで、65歳以降の収支、それをふまえて必要な老後資金、お金の準備の方法を考えてみました。
☆おひとりさまの老後の生活費は?
まず、おひとりさまの老後の生活費は、どれくらいかかるか考えてみましょう。家計簿などをつけていて現在の支出をきちんと把握している人は、
それを元に、60歳以降または65歳以降の支出を推測してみてください。
60歳になると、生命保険料や国民年金保険料(自営・自由業の人)、住宅ローンなど、
支払いが終わる費目があるでしょう。
一方、年齢を重ねると、健康維持費用や通院が増えることによる医療費、レジャー・趣味にかかるお金など、
増える費目もあります。
これらを足し引きすると、老後の支出のスケール感がイメージできると思います。
とはいえ、イメージできない人もいるかもしれません。
そこで、おひとりさまの老後の生活費をデータで探ってみました。
表は、総務省の家計調査年報の中から60歳以上の単身世帯、
つまり、おひとりさまの1カ月の支出を抜き出したものです。
このデータを見て、多いと思ったでしょうか?
少ないと思ったでしょうか?
それとも、こんなものかと思ったでしょうか?
この世帯の住居費は、月1万円台なので、持ち家の人が多いと推測できます。
さて、表の支出を元に、65歳以降の毎月の支出をアバウトに設定してみると、
持家の人は月15万円くらい、賃貸の人は月20万円くらいでしょうか。
ただし、この支出は、入院費やリフォーム代などの大きな支出は、
考慮していない「基本生活費」です。
☆おひとりさまの老後の収入は?
次に、おひとりさまの老後の収入を考えます。その柱は、やはり公的年金でしょう。
表は、職業別・男女別で65歳以降にもらえる年金額の目安です。
この表の年金額を元に、会社員男性は月16.5万円ほど、会社員女性は月10万円ほど、
自営・自由業の男女は月6.5万円がもらえるものとします。
少子超高齢社会が進む一方の日本においては、今後、年金額は、徐々に引き下げられていくことが想定されますが、
それは考慮しないことにします。
ねんきん定期便が届いている人は、それで、自分がもらえる年金額を確認してくださいね。
なお、親の遺産をもらえるかも、という人がいるかもしれませんが、
それは「もらえたらいいね!」程度で、自分の老後資金としてアテにしないほうがいいでしょう。
今の親世代も長生きで、亡くなる頃には財産が残っていないかもしれないので。
☆おひとりさまの老後で不足する金額の目安は?
表は、基本生活費の不足分をざっくりと計算してみたものです。95歳までは長すぎると思うかもしれませんが、今後、90歳超えは当たり前ですし、
100歳超えも珍しくない世の中になるので、65歳から30年分は見込んでおくべきです。
また、表の「プラスα」は、以下のような資金です。
どれくらいの金額を見積もったらいいか不明なため、プラスαとしました。
自分で見積もって、不足額に足してください。
- 60~65歳までの生活費で不足する分
- 年金受給額の目減り分 (将来的に20~30%減額される見込み)
- 基本生活費で賄えない医療費・介護費用
- 持家の人は基本生活費で賄えない住宅の維持費 (リフォーム費用など)
- 自立して生活できなくなった際の住居費
(持家にせよ、賃貸にせよ、今の住まいが終の棲家になることはないと思って。
他人の力を借りないといけない状態(要介護状態)になると住み替えが必要になることも) - 葬儀代・お墓代
- その他 (レジャー、趣味、旅行など、これだけは譲れないことにかかるお金)
このプラスアルファ分もふまえると、老後資金として必要な額は、
最も少なくて済む会社員男性でも、2500万~3500万円、
最も多い自営・自由業の男女は、6500万~7500万円とも想定できます。
しかもこの金額は、公的年金制度が揺らがないという前提での金額です。
☆おひとりさまの老後資金はどうやって作る?
65歳までに、貯蓄と退職金などで、老後に必要な額を準備できているのが望ましいのですが、「ムリ!」という人が多いかもしれません。
しかし、おひとりさまであろうが、おふたりさまであろうが、生きていれば必ず訪れる老後です。
しかも、相当、長いと覚悟しなければならない老後です。
老後資金を作る努力は惜しみなくしたいもの。
その方法として、ありきたりですが、3つ上げました。
老後資金作りには、奇道はありません。
ひたすら、王道の方法で作るのみです。
1.生涯現役の覚悟で働く
もはや、悠々自適なセカンドライフは、一部のお金持ちだけに許されたものだと肝に銘じてください。
生涯現役を貫けといっても、現役並みの収入を得ろということではありません。
たとえ少額でも収入を得られれば、老後資金の目減りを抑えられます。
それに、働き続けることは適度な緊張感があって認知症や引きこもりの防止にも、つながるでしょうし、
人とのコミュニケーションがなくならないなど、様々な効果が期待できます。
2.お金に働いてもらう
いわゆる「運用」や「投資」をするということですね。
老後資金の一部を投資信託や株式に振り分けたり、積み立てをしましょう。
3.不労所得を得られるようにする
寝たきりとまではいかなくても、身体がきかなくなって、働きたくても働けなくなることもあります。
そんなときに備えて、不労所得を得られるようにするといいでしょう。
不動産の賃貸収入や何らかのインセンティブ収入が得られると心強いですよね。
最後にひと言。老後資金を作るためには、努力は惜しみなくと書きましたが、
「今の生活を楽しみながら」を忘れないでください。
人は、老後資金を作るためだけに、生きるわけではありませんから。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
この記事は、おひとりさまの方に、老後の不安で特にお金に関して寄稿文であり、
優しく的確に明示され、多々教示された。
私は中小業の民間会社に35年近く奮闘して、2004年(平成16年)の秋に定年退職となり、
多々の理由で始めたが、この当時からも経済状況も変貌し、
今回の現在の状況に適応した『おひとりさま』のお金に関して寄稿文である。
私は過ぎし62歳を迎えて、まもなく、知人のひとりの奥様が病死されて、
この知人は『おひとりさま』となり、私たちの多くは哀悼をしながらも、動顛してしまった。
こうした根底には、私たち世代の周囲の男性の多くは、60代で妻が夫より先に亡くなることは、
考えたこともなく、こうしたことがあるんだぁ、とこの人生の怜悧な遭遇に深く学んだりした。
これ以来、私は、まさかの出来事で、私を残して家内があの世に旅立たれて、
私は『おひとりさま』となってしまうことを、漠然としながらも思案を重ねたりした・・。
昨今、まもなく2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、
やがて2038年には推計約170万人もの人が亡くなる“多死社会”のピークが来ると学んだりしてきた。
こうした中で、伴侶失うつらさ 同士と癒やす動き、広がる時代の到来すると、
漠然としながらも私は感じ深めている。
私たち夫婦は、いつの日にか、どちらかが亡くなり、遺(の)された方が、
『おひとりさま』になることは、漠然としながら私たちは話し合うこともある。
こうしたことは私は幾たびか投稿文に記載してきたので、簡略した形式で記載する。
私は2004年(平成16年)の秋に定年退職し、多々の理由で年金生活を始め、
私は、いつの日にか私は、家内より先にあの世に旅立つことを思い、
残された家内が生活に困苦しないように、私は公正証書の遺言書を作成したのは、
定年後の年金生活を始めて、まもない時であった。
私たち夫婦は無念ながら子供に恵まれなかったので、一代限りの身であり、
私は家内には、俺が死んだ時は家族葬で、和花と音楽に包まれて、出来うる限り質素にして貰いたい、
とここ15年ぐらい言ったりしてきている。
そしてお墓は要らず、死者は土に還る、という強い思いがあるので、
樹木葬のある墓地の里山に埋めて頂きたい、と私は独断と偏見である。
その後、四十九日の納骨が終われば、何らかの雑木の下で永久に安らかに眠る、という考えの持ち主である。
そして残された家内は、旅行か何かの機会に時、気が向いたとき、お墓参りをしてくれれば良い。
数年に一回でも良いし、或いはそのままお墓参りなどしなくて、
ご自分の余生を楽しんだ方が良い、と私たちは話し合ったりしてきた。
こうした中で、家内には自宅を処分して、マンションの小さな部屋を買い求めて、
生きがいとして趣味を強くして、老後を過ごして欲しい、と私は幾たびも言ったりしてきた。
しかしながら、この世は予測できないことも多々あり、
まさかの出来事で、家内に先立たれることも考えられるので、
私が『おひとりさま』になってしまうこともある。
私は家内が亡くなった時は、世の中はこのようなこともあるの、
と茫然(ぼうぜん)としながら失墜感を深めて、やがて四十九日を終えて、樹木園に行き、埋葬をすると思われる。
そして家内に先立たれた時、こうした古ぼけた家でも小庭の手入れも含めて維持管理するのは、
私たち夫婦の長き航路を歩み、愛惜感もあり、苦痛が増したりするので住めないだろう、と私は改めて感じている。
やむなく小庭のある古惚けた一軒屋を処分し、大きな公園が隣接した場所で、
小さな2DKのマンションに転居すると思われる。
こうした独り身の『おひとりさま』になった時の私の日常生活は、
付近の公園で四季折々の情景を眺めながら散策したり、
スーパーでお惣菜コーナーの売り場で買い求めたり、本屋に寄ったりして、数冊を購入する。
そして小さな2DKの12畳は居間として、少し大きめのテープルを置き、壁一面に本と映画・音楽の棚で、
テープルにはバソコンを置き、窓辺のバルコニー越しにマンション敷地内の大きな樹木が数多く観え、
食事もこのテーブルを使い、四季折々の常緑樹、落葉樹の情景を眺める。
そして付近の区立の小公園を散策代わりに、毎日のように歩く。
こうした中で、週たった一度だけ定期便のような居酒屋に行き、
中年の仲居さんと談笑し、からかわれながら、純米酒を二合ばかり呑むだろう。
そして私は家内の位牌の代わりに、定期入れに愛用した革のケースに、
家内のスナップを入れて、いつも持ち歩くと思われる。
こうした日常生活を過ごすと思われる・・・。
或いは私が身も心も溌剌で、体力が現在と同じような時は、古惚けた我が家で住むことも思案したりする。
過日、私たち夫婦は最寄の銀行に行った帰路、ある地域福祉センターを通り過ぎ、
センターから何かしら集会があったらしく、談笑と歓声が私は聴こえてきた・・。
やがて私たち夫婦は、遊歩道を歩くながら、
『僕がおひとりさまになったら・・家に閉じ込まらなくて・・ああした地域福祉センターで、
定期便のように通うと思うょ・・』
と私は家内に言ったりした。
私は亡き母の遺伝を素直に受け継いだ為か、男の癖に小学5年生の頃から、おしゃべりが好きで、
年金生活の今でも、何かと家内と談笑したり、
ご近所の奥様、ご主人さまと話し合ったりすることが多い。
もとより地域包括支援センターは、《・・介護の必要がなくても、誰でも利用できる。・・》、
《・・介護予防のための体操教室や談話会など・・》を知り、微笑んだりした。
私はおひとりさまになってしまった時、相変わらず古惚けた自宅を出て、
トボトボと歩いて、地元にある地域包括支援センターに殆ど毎日通い、数時間を過ごす・・。
そして私はコーヒーを飲みながら、或いは昼食を共に頂きながら、70代が多いと思われるが、
XXさん、と私は呼ばれたり、やがて同世代の女性からでも、
XXちゃん、或いはXXクンと苗字で、呼ばれることを夢想したりしている。
この後、コーヒー代、昼食代を支払い、わずか700円以下が多いと思われ、
何よりも数多く同世代と共に数時間を気楽に共有して、談笑できるので安らぎのひとときと思える。
やがて帰宅後は、この日の夕食、翌日の朝食の為にスーパーに買物した後、
自宅付近の遊歩道、公園を散策する。
その後は、随筆、ノンフィクション、小説、近現代史、総合月刊雑誌などの読書とし、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴くと思われ、独りを愉しむ時を過ごす。
このように過ごせば、たとえ私は『おひとりさま』になっても、
心身のバランスをとり、何とか生活ができる、と思ったりしている。
しかしながら、実際に家内に先き立たれてしまった時、
私は悲嘆と失墜感の中、どのような言葉、しぐさ、心情になるかは、
世の中も理想と現実が違うように、こればかりはその時になってみない判らない、と思い深めたりしている。
そして私の晩秋期の最大難関は、介護・要になった時、
いつまで介護を受ける必要な期間が判らず、やがて永がられば本人の自己負担額が増し、
こうした中で、資金不足となり、やがて介護難民になることである。
私は裕福層には遥か遠い年金生活の身であるので、
介護施設の入居費、そして毎月の負担額が余りにも高価に、昨今も学びながら溜息を重ねたりしている。
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