無意識日記
宇多田光 word:i_
 



『SCIENCE FICTION』の冒頭は、まるで『First Love』を押し退けるようにして『Addicted To You』が居座っている。やはり、「このアルバムはただのベストアルバムではない」と主張する為には、リレコーディング・バージョンでスタートすることが必要だったのだろう。

前回チラッと触れたように、SFをひとつの作品としてみた場合、『光(Re-Recording)』と『traveling(Re-Recording)』は曲順の流れの中で要所を任されている事から、ある意味消去法でこの『Addicted To You(Re-Recording)』が選ばれたようにもみえる。

英語インタビューでだったか(うわリンクが出てこないぜ)、ヒカルはリレコーディングの選曲について確信が持ち切れてない旨を告白していた。その中でも特にこの『Addicted To You』に関しては不安が大きかったのだと思う。

だが、寧ろその不安が“的中”したように思う。悪い方に、ではない。10代の頃の、こどもでいるには大人過ぎて、でも大人になるにはまだ早いという不安定な時期の心理を歌った歌詞に、四十路を超えた今のヒカルが生み出せる「不安」がそれくらいしかなかったように思えるのだ。

6年前の『Laughter In The Dark Tour 2018』や最近のテレビ出演をみても、ヒカルが生歌唱などに不安をみせる機会や割合は随分減っている。流石にコーチェラのような普段と違い過ぎる環境や状況は対応が難しかったかもしれないが、こちらとしても生歌に不安を抱えるようなことはほぼない。元々苦手(というか経験不足)な生歌ですらそうなのだから、創作面で何らかの不安をみせることはもう皆無といっていい。創作中は大変だろうが、ひとたびヒカルが世に放っていいと判断したものはことごとくが大丈夫だ。

『Addicted To You』の歌詞を聴き返してみるに、既存のレパートリーの中では今のヒカルから最も遠い心境を歌っている歌だと言っていい。再録の選曲が発表になる直前に(前日か前々日だった)、Hironから「今のHikkiが中毒を歌ったらどうなるか聴いてみたい」と言われて「確かに」と頷いた覚えがある。それくらいに、感情移入しにくい歌詞なのだ。

裏を返せば、ここでの感情移入しにくいという「不安」さえクリアしてしまえば、『SCIENCE FICTION』というアルバムにはもう不安要素は殆ど無くなると言ってもよかった。斯くして、いきなりその「最大の課題」に取り組んでからベスト選曲を聴かせていくという流れは見事にハマった。的を射たという意味での「的中」なのである。(“中”という感じは訓読みに「あたる」「あてる」がある)

実を言うと、『Addicted To You』は、オールドファンにとってもそこまで人気が高い曲でもない。確かに初日出荷でミリオン、累積出荷でダブルミリオン、年間6位の特大ヒット曲なのだが、発売当時話題になったのはそのPVでみせたヒカルのルックスの変化の話だった。PVやジャケットは話題になるのに歌には注目が集まらないというわけのわからない状況だったのだ。そりゃ一所懸命制作した方としては苛立ちが頂点に達するのも已むなしであったろう。そもそもが色々と不安定な楽曲なのだった。それをこうして、形式上「宇多田ヒカル史上初のオールタイムベスト」と呼ばれる作品の冒頭に起用したというのは、生々しさやリアルタイム感という意味で非常に効果的であった。ヒカルも、「ホントにこれでよかったのかな??」と思いながら発売後の反応を伺っていたかもしれない。そこのところの評価は、読者の皆さんひとりひとりが判断してくれればいいかなと思います。

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