無意識日記
宇多田光 word:i_
 



リズムを脱ぎ捨てたFINAL DISTANCEは、ひとことで表現すれば「落ち着いた曲調」である。ヒカルが通り過ぎる風のような快活な曲調を用いる場合、のちのEasy Breezyのようにそのまんま「何かが横切っていくような」過程を示唆する。DISTANCEにもその傾向が見てとれて、というかその曲調だから歌詞をそういう風に捉えやすくなるのだ。『今ならまだ間に合うから』『やっぱり I wanna be with you』と歌われると「"これから言いにいく"感じ」がする。

ところが、FINAL DISTANCEはFINALである。FINALというとついつい「FINAL ANSWER?」と訊いてしまいたくなるのが人情というものだが(?)、まさにこの曲では「最終的な答え」に辿り着いたのであり、そう解釈して考えると最後の『やっぱり I need to be with you』は、『言葉で伝えたい』という願いそのままに、相手にことばを、直接言う事が、告げる事が出来たのではないかとは思うのだ。

だから、FINAL DISTANCEはこの後に歌詞がない。DISTANCEでこの後に延々英語で何か言ってるのは、まだまだ続きがあって、自分自身であれ相手であれ説得じみた思案を巡らせなくてはならなかった。FINAL DISANCEでは、実際に言葉に出して伝えてしまったのだから、それ以上言葉を紡いで思いを巡らす必要がなくなったのである。まぁ、御存知のようにここからのヒカルのAd Libは絶品なのだが。

この解釈の筋で行くと、まるでDISANCEはFINAL DISTANCEに向けて叙述トリックを仕掛けていたかのように思えてくる。たった一ヶ所、wannaをneed toに変えただけで異なる物語を描いてみせたのだヒカルは。だからFINAL DISTANCEは生まれたし、次の3rdアルバムでも重要なポジションを占める楽曲として収録されていた。ここら辺が、他のリミックス曲とは違う所以である。ほぼ同じメロディー、ほぼ同じ歌詞でも異なる物語なのだから。DISTANCEは思案を巡らせながら希望を掛ける曲であり、FINAL DISTANCEは思いを決して言葉を告げた曲である。後者の方が結婚式のムードに合うのは、これが言葉を介して約束に向かう曲だからだ。厳粛や神聖といった属性は、何かが決まって約束されて後戻りできない場合に儀式の中に取り入れられるのであって、FINAL DISTANCEがそういう物語であり且つそういった曲調であるのは偶然ではない。そうなるべくして、そうなったのだ。


にしても、そういう解釈が成り立つのだとすればこの話は随分と最初の方に戻らないといけなくなるな…。そこら辺からまた次回。

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あんまり「やっぱり」と書き過ぎるとゲシュタルト崩壊が起こるなぁ。

FINAL DISTANCEの"Final"にはどういう日本語訳が適当か、という話題は昔から何度も語られてきた。光は結局なんつってたっけ。忘れてしまったが(ぉぃぉぃ)、辞書を引くと「最終の、最後の、決定的な」とある。まぁどれもかわらない。ただ、もうひと踏ん張りニュアンスを伝える為にこの形容詞の副詞型"finally"も見てみることにすると、「最終的に、最後に」というのに加えて「ついに、とうとう」というややくだけた日本語がくる。こちらの方がFINAL DISTANCEのFINALのニュアンスがより伝わり易いだろう。"最終的な距離"とは「ついに[辿り着いた/やってきた/見いだした/わかった]ディスタンス」という感じである。こちらから加えれば"やっと落ち着く場所に来た"といった所か。

他方、"やっぱり"の日本語訳の代表的なものは"after all"だろうか。"総ての後で"という意味だが、いろいろと考えられる可能性を考慮に入れた上でなお結論は同じだった、みたいな雰囲気だ。

いわば、この「やっぱり」はDISTANCEからFINAL DISTANCEへの布石となっているのだ。当時のヒカルのインタビューを考え合わせると別にそれは意図的ではなく結果論に過ぎないが、DISTANCEのリレコーディング・バージョンもしくはバラード・バージョンがなぜタイトルをこう変えたのか、という点においてこの"やっぱり"は大きな意味をもつ。"結論が出た"という事だからだ。

先般触れたように、DISTANCEの歌詞はポジティブではあっても、何か結論が出たのかどうかはわからない状態だ。『今なら間に合うから』と唄うからにはまだ「間に合った」訳ではないのである。唯一、何か一歩進んだかなと感じさせていたのが『やっぱりI wanna be with you』の一節であったか、という感じだ。爽やかで快活な曲調は、そのまま未来への期待と不安を抱えた心の躍動であったかのようだ。リズムの強いトラックはそれを示唆している。

そこでリズムを脱ぎ捨てたFINAL DISTANCEは…という話からまた次回。

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