トシの読書日記

読書備忘録

韻を踏んでみました

2009-07-11 11:18:26 | か行の作家
桐野夏生「IN」読了


こういう作家は、自分はまず読まないんですが、「山口瞳の会」会長の中野さんが桐野夏生が好きなんだそうで、「IN」を買って読むのを楽しみにしているとブログに書いてあったので、ついつられて買ってしまいました(笑)


読後、まず思ったのは、「まぁ買って読まなくてもよかったかな」と(笑)少なくとも新刊で1600円出してまで読む必要はありませんでした。まぁおもしろいんですよ。おもしろいんですが、なんというか、浅いというか…


主人公である女性作家と編集者のW不倫の愛憎劇がこの小説の一つの軸になってるわけですが、これがなんともはや、どろどろという感じでちょっと辟易させられました。それともう一つの軸である緑川未来男の著作「無垢人」に出てくる○子を主人公にした小説を執筆するための取材から次々に明かされる意外な事実というものがあるんですが、これもねぇ…ちょっといかにもテレビドラマ的というか…。おまけにその「無垢人」の一部を掲載してあるんですが(もちろん桐生夏生の創作)、島尾敏雄の「死の棘」を下敷きにしてあることは明白で、もちろんそのことをあげつらうつもりは全然ないんですが、その内容がまた陳腐!


久しぶりにはずしました(苦笑)

執拗なまでの人間に対する愛情

2009-07-11 11:04:23 | さ行の作家
庄野潤三「愛撫/静物」読了



昭和24年から35年にかけて発表された7篇の短編集。最後の「静物」は18章からなる、中編といっていいくらいの小説です。


初期短編集ということで、「静物」以外の6編は、今まで自分が読んだ庄野作品とは、かなり趣を異にしたもので、正直、少々面食らいました。人が人に対する感情、それが夫婦であったり、友人であったり、会社の同僚であったりするわけですが、その感情のありようの執拗なまでの掘り下げ方が、「夕べの雲」「せきれい」等を読んできた自分には、同じ作家とは思えないような一種の違和感といっていいくらいのものを覚えたんです。

しかし、よくよく読んでみれば、その掘り下げた先に見えてくるものは、やはり庄野潤三特有の温かいまなざしであり、人間を肯定する慈愛に満ちたものであったりするわけです。

本書の最後に収められた「静物」、もうこれは5年後に発表されることになった「夕べの雲」と同じ空気感をもつもので、「あぁ庄野潤三だ」と、なにか、ほっとした気持ちで読むことができました。


庄野潤三のルーツを探る意味では非常に貴重な作品集ということができると思います。

嘘八百の愛すべき世界

2009-07-11 10:56:48 | あ行の作家
伊丹十三「日本世間噺大系」読了


ふと本棚を見て目に止まったので再読してみました。


いやぁほんとおもしろいですね。書いてあることはきっと全て作り話なんでしょうが、まるで「見てきたかのような」ほんとの話っぽくしてあるところが伊丹十三の面目躍如たるところです。この自由自在に話を拵える手腕というか頭のキレの良さ、まさに天才です。

平成九年に亡くなったということですから、もう12年経つんですね。惜しい人を亡くしたもんです。

天衣無縫の人

2009-07-11 10:17:56 | た行の作家
武田百合子「富士日記」(上)(中)(下)読了


その昔、「ひかりごけ」で文学界を騒然とさせた武田泰淳の妻の日記です。

ずっと以前、「メロディアス・ライブラリー」で小川洋子が紹介していて、ずっと気になっていて、えいやっと3冊まとめて買ってしまいました。

読み始めてすぐ思ったのは、どれか1冊でよかったかなと(笑)まぁ日記ですから、そんなに頻繁に事件が起きるわけでもなし、毎日が淡々と進んでいくわけです。ただ、この日記にちょっと特徴があるのは、この夫婦は富士山麓に家を建てて、東京と、この富士の家を行ったり来たりする生活をするんですが、日記に記されているのは、富士の家のことだけなんですね。まぁそれで読みやすいといえば読みやすいんですが、でも苦行のような数日間でした(笑)


なんだかなぁと思いつつずっと読み進めていくと、(下)の半ばあたりから旦那さん(泰淳)の具合が悪くなり、日記は急に緊迫の度合いを増してきます。そして最後、泰淳が脳血栓で倒れ、山小屋で療養しているところで日記は終わるんですが、そこの最後のところ、ちょっと引用します。



「御二人が帰られても上機嫌は続き、花子(娘)と私相手に「かんビールをポンと・・・・・」をくり返し、手つきをし、ねだる。ダメと言うと「それではつめたいおつゆを下さい」と言う。花子「ずるいわねえ。それもやっぱりかんビールのことよ」と笑う。それからまた「かんビールを下さい。別に怪しい者ではございません」と、おかしそうに笑い乍ら言う。私と花子が笑うと、するとまた一緒になって笑う。(中略)私と花子、起きて明朝を待つ。向かいの丘の新築のマンションに、いつまで経っても灯りが煌々とついている部屋が二つあって、(中略)眠くなりそうになると、その部屋をみつめて夜が明けるのを待った。夜中ずっと雨が降って、風も強くなった。朝になると風はやんで、小ぶりの雨だけになった。



ここでこの日記は終わります。なんともおかしいこのやり取りの中に、そのおかしさと共に夫人と娘の泰淳に対する強い愛を感じずにはいられません。


途中の日記の中にも、この武田百合子という人の天真爛漫というか、天衣無縫っぷりが存分に発揮されている箇所が多々あり、そこもなかなかおもしろかったです。


「苦行」と言いましたが、(下)あたりからは相当真剣に読んでましたね(笑)おもしろかったです。

2009年上半期まとめ

2009-07-11 09:52:35 | Weblog
今年の上半期に読んだ本の中からベスト20を選んでみました。



《1》 村上春樹「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」
《2》 堀江敏幸「河岸忘日抄」
《3》 村上春樹「1Q84」Book1 Book2
《4》 村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」(上)(下)
《5》 山本昌代「緑色の濁ったお茶あるいは幸福の散歩道」
《6》 庄野潤三「夕べの雲」
《7》 堀江敏幸「未見坂」
《8》 井上荒野「雉猫心中」
《9》 小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」
《10》富岡多恵子「逆髪」
《11》大江健三郎「さようなら、私の本よ!」
《12》車谷長吉「贋世捨人」
《13》丸谷才一「横しぐれ」
《14》辺見庸「もの食う人びと」
《15》堀江敏幸「おぱらばん」
《16》ポール・オースター著 柴田元幸訳「幻影の書」
《17》藤枝静男「田紳有楽/空気頭」
《18》山口瞳「居酒屋兆冶」
《19》車谷長吉「業柱抱き」
《20》富岡多恵子「仕かけのある静物」



いつものことなんですが、6位くらいから下はそんなに厳密ではありません(笑)
やっぱり2冊以上あるのは自分が前から好きな作家ですね。

なんだかんだ言ってもやっぱり「1Q84」はすごいです。でも「世界の終わり--」には負けますが(笑)あと、この半年で収穫だったのは富岡多恵子を再発見できたことと、堀江敏幸を堪能できたこと、車谷長吉の世界を知ったこと、小川洋子の新刊が相変わらずおもしろかったことですかね。


さてさて今年後半はどんな喜びを与えていただけるのでしょうか。本ってほんとおもしろい!