トシの読書日記

読書備忘録

生きることの寂しさ

2018-06-12 17:15:44 | か行の作家



幸田文「おとうと」読了



本書は昭和43年に新潮文庫より発刊されたものです。自分は当時小学生でした。「流れる」「黒い裾」等、その独特の文体で読む者を魅了する、幸田文の長編小説です。


しかし、本作品は、あの「流れる」のようないわゆるパキパキした文体とはまた一味違った感じで、なんというか、姉の弟を思う心情の描写がなんとも細やかで情感にあふれ、これはこれでまたいいですねぇ。


姉、げん、弟、碧郎。父は高名な文筆家で、悪意はないのだが、子供に対する挙動が冷たい継母。この一家四人の話なんですが、姉のげんの目線で物語は語られていきます。


不良グループに入って万引きをしたり、ビリヤードに凝って父からお金を借りてばかりいる弟の碧郎に、姉のげんは不満を抱いたり、弟なのに自分より年上の大人の男のように感じて驚いてみたりと様々な感情を読む者に見せます。


そしてある日碧郎は結核にかかって入院します。ここから話の流れは大きく変わっていくわけですが、この、姉の弟に対する看病の健気さに思わずほろりとさせられます。約一年の闘病ののち、碧郎は若くして亡くなってしまうのですが、そのシーン、ちょっと引用します。

<「御臨終です。お悼み申し上げます。四時十分でした。」
こんな、そぼんとした、これが臨終だろうか。死だろうか。見るとみんなが立っていて、母だけに椅子が与えられていた。父は合掌し、母は祈りの姿勢をしてい、誰も動かず、ざわめきもあり、しんともしていた。これが死なのだろうか、こんな手軽なことで。>

万感迫ったようなお涙ちょうだいの文章にしないところがさすが幸田文です。実に上手い。


こんな幸田文もいいですね。



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