トシの読書日記

読書備忘録

淡々とした凄絶さ

2011-02-28 16:55:24 | か行の作家
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「象」読了



またまたカーヴァーであります。地元の小さな本屋に何の期待もなく立ち寄ったところ、なんと、同作家の春樹訳の本が5冊も並んでいて、一気に「大人買い」しようかと思ったんですが、前に読んだ短編がダブって収められているのも何冊かあったので、2冊を買うにとどめておきました。


本書はカーヴァーの最晩年の時期に執筆された短編、全七編が収録された短編集です。やはり、年を経るに従って文章が練れてくるというか、初期のころの「風呂」とか「ぼくが電話をかけている場所」なんかの文章を徹底的に削ぎ落とした、見方によってはぶっきらぼうなイメージは、なりをひそめております。


最初に収められている短編「引越し」のラスト部分、ガツンと胸に響きます。引用します。




《ジルはカタログのページを繰っているが、ふと手を止める。「これこれ、こういうのが欲しかったのよ」と彼女は言う。「まさにぴったりだわ。こんなに思いどおりってのもなかなかないわね。ねえ、ちょっと見てくれない?」でも僕はそんなもの見ない。カーテンがなんだっていうんだ。「ねえ、そこから何が見えるの?」とジルが尋ねる。「何なのよ?」
そう言われてもべつにたいしたものが見えるわけじゃない。ポーチの二人はしばらく抱き合っている。それから家の中に入る。電灯がつけっぱなしになったままだ。でもやがて彼らもそれに気づいたらしく、灯が消える。》



ものすごくネガティヴで引越し魔の母親と、それをうとましく思いつつそれでもあふれ出る親子の情を抑えられない息子の、もどかしいような心情がラストの数行で見事に表現されています。まさに短編の名手ですね。


あと、印象に残ったのは「ブラックバード・パイ」。老夫婦が郊外に家を買って移り住み、平穏な日々を送っていたはずが、ある夜、夫が書斎で書き物をしていると、ドアと床のすき間から手紙が差し入れられる。なんだろうといぶかしみつつその手紙を読んでみると、なんと妻からの三行半なんですね。びっくりしてドアをあけて居間の方へ行こうとするんですが、なんだか気後れがして足が進まない。また部屋に戻って手紙を読み返してみると、あるとんでもない事実に気がつくんです。その手紙は明らかに妻の筆跡ではない!どうしていいのかわからないまま、部屋を出て再び居間の方へ行くと、家中の明かりがすべて点けられていて、おまけに玄関のドアが開いていて、そこに着飾った妻がスーツケースを傍らにして立っている。びっくりして玄関の方へ行くと、庭に2頭の馬が現れる…


まぁシュールというか、不条理というか、好きですね、こういう小説。


訳者あとがきを読んでみると、村上春樹が、いかにカーヴァーを愛しているかということがよくわかります。そして、改めて村上春樹の小説を思い返してみると、春樹は、明らかにカーヴァーに影響されているということに気づかされます。



所用で出たついでに本屋に寄り、以下の本を購入。



内田百「ノラや」
堀江敏幸「ゼラニウム」

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