トシの読書日記

読書備忘録

読み方の問題

2018-07-03 16:52:52 | か行の作家



「群像」6月号読了


月に一度掲載される中日の夕刊の「文芸時評」という、ほぼ1面を使ったコーナーがあるんですが、それに、この文芸誌に掲載されている北条裕子という新人作家の「美しい顔」というのと乗代雄介「生き方の問題」が取り上げられていて、どちらもかなり絶賛の体であってので、気になって購入してみたのでした。ちなみに評者は佐々木敦です。


まず北条裕子「美しい顔」。本作品はことしの群像新人賞を受賞しています。3・11の東日本大震災を扱った小説です。しかし、あの震災を扱った小説で、こんなにその震災に対して真正面から、まともにぶつかっていった作品ってのは今まであったんでしょうか。自分は寡聞にして知りませんが、まぁ新人ならではというところなんでしょうね。


主人公の17才の少女サナエが語り手で、7才の弟と避難所での生活を余儀なくさせられながら、行方不明のの母を探し歩き(しかしその時点で母は亡くなっていることを確信している)、そして母の遺体と対面したあと、弟と共に新しい人生を歩み始めようという、ストーリーとしてはそんな展開なんですが、作中」の「私」ことサナエの心情がずっと綴られていく中で感じたこと、以下に述べてみます。


被災した人達が暮らす避難所にマスコミのテレビカメラが入るわけですが、「私」のマスコミに対する痛烈な批判の目がまずすごいです。そして、テレビに紹介されるたびに救援物資がどんどん届くようになって、「私」は逆にマスコミを利用するようになります。「母とまだ対面できないかわいそうな少女」の役を演じながら。このあたりの裏返しの皮肉な感じ、その筆力がすごいです。


被災して何もかも失ってしまった人とそうでない人。その「そうでない人」が被災者を支援する時の「自分は関係ないけど、これだけの施しをしたんだから許されるよね」的な感覚を、これでもかというくらい暴いています。読んでいて「自分も多分にそんなところあるよなぁ」という思いもあり、非常に辛かったです。


そしてなんと、読後に知ったんですが、この著者は被災者でもなんでもなく、しかも被災地に行ったこともないと言うじゃありませんか。ほんと、びっくりしました。ということは、「そうでない人」を筆者自身も含めて断罪するくらいの気持ちで書いたんでしょうか。


とにかくすごい作品でした。これ、次の芥川賞候補になるんじゃないでしょうかね。


と、ここまで書いて、ついこの間の新聞を読んでびっくり仰天です。本作品が既刊の震災を扱ったルポルタージュの書籍の中に記載されている文章とそっくりな部分があり、それで盗作ではないかというんですね。まぁ参考文献を明示してなかったのはよくないとしても、そのルポに書かれている文章と全く同じ文章が使われているとあっては、「参考」にとどまっていないどころか、盗作と言われても仕方がないかと思います。


芥川賞のノミネートは取り消しになるにしても、群像新人賞はどうなるんでしょうか。今後の動きを見守っていきたいと思います。


そして乗代雄介「生き方の問題」。この作家、名前はなんとなく聞いたことはあったんですが、作品を読むのは初めてでした。


2才年上の従姉妹へ宛てた手紙というスタイルで小説は進んでいくんですが、この作家、うまいですね。子供の頃からの親戚づきあいを経て、24才になった「僕」が「会いに来てほしい」と従姉妹に請われるままに行った、その顛末が書簡形式で綴られていきます。


まぁ内容としては自分はどうということもない感想を持ちましたが、プロットの組み立てといい、作中のいろんな場面での言い回しといい、なかなかの使い手であるなと。


「群像」という文芸誌にふさわしい作品であると、思いましたね。

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