ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん112…韓国・ソウル 『晋州会館』の豆乳冷麺と、チャングムロケパーク

2009年05月16日 | ◆旅で出会ったローカルごはん

 久々の海外旅行に出かけることになった。前回海外を訪れたのは新婚旅行だから、実に10年ちょっとぶりである。パスポートをたんすの引き出しから取り出してみたら、大判の赤いやつでとっくに切れている。再申請のために、川崎駅の近くのパスポートセンターへと出向き、ついでに川崎で有名なコリアン街のセメント通りへと足を伸ばして、焼肉を食べてキムチを買ってと、しっかり前哨戦を済ませておいた。
 という訳で、行き先は韓国・ソウル。羽田から金浦空港はおよそ2時間半、時差もなく、国内旅行の延長のような距離感である。しかし空港からタクシーで市街に向かうと、車窓には滔滔と流れる漢江に、見慣れぬハングル文字の看板。ソウルの中心的繁華街の明洞に近づくにつれて、次第に気分が盛り上がってくる。

 盛り上がってくるのは気分だけでなく、異国での食欲もまた、同様。冷麺にビビンバ、トッポッキ、ソルロンタンといった定番韓国めしに始まり、本場の流儀にのっとった焼肉、さらに魚市場も郊外にあるとくれば、ローカルごはんにローカルミート、ローカル魚すべて「韓流」で満喫したいところである。
 ホテルに荷物を置いたら、初日のお昼は冷麺からいってみることに。やってきたのは地下鉄の市庁駅からやや歩いたところ、老舗の食事処が軒を連ねる西小門洞にある、『晋州会館』という店である。
 ハングルが四文字書かれた大きな横長看板、ガラス戸の奥にずらり並ぶ細長い卓と、見た感じは日本にもありそうな町の大衆食堂といった感じで、昼時とあって店内は地元客で大盛況。ビジネス街に近いため、平日の昼はサラリーマンで行列ができる人気店なのだという。だから観光客の姿はほぼ見られず、韓国庶民向けのディープな店へ、いきなり来てしまったようだ。

地下鉄市庁駅から2分ほど。店内は大衆食堂風の庶民的な雰囲気

 韓国の情報番組で紹介された旨を示すパネルや、日本の新聞で紹介された記事も飾られているのを眺めながら、個室風の客席へと案内される。壁にはハングルで書かれた品書きが掲示され、唯一読める値段の数字が6000とか8000とか、桁が多いのにちょっと驚く。韓国のウォンは、日本円に直すとざっと10分の1の8掛けなので、480円とか640円となる。計算すると今度は逆に、日本より安いのに驚いてしまう。
 冷麺といえば、日本では焼肉を食べた締めに出される、腰のある麺に澄んだ冷たいスープ、具はキュウリとサクランボで、添えてあるキムチを入れてつるりといただく、といったイメージだろう。オーダーはそんな定番ではなく、店の売りである豆乳冷麺(コングクス)。これとビールを注文すると、まず小皿が色々運ばれてきた。キムチにキュウリの漬物と味噌に、チャプチュもついている。
 さっそく、韓国上陸を祝して、地元のカスビールで乾杯だ。キムチとチャプチェを肴に、冷麺を待ちつつ杯を進めていく。チャプチュは春雨とニンジン、青菜を甘辛く煮てごま和えで仕上げたもので、ビールの突き出しというから気前がいい。太目の春雨はサツマイモの粉でつくられており、ホクホクと舌触りが瑞々しい。全体的にかなり甘めで、よく、ゆうべの残りのすき焼きと例えられる料理だけれど、砂糖をまぶしすぎのすき焼きといったほうが伝わりやすいかも。

 ややしてから運ばれてきた、大振りのボウルほどある金属製の器の中には、クリーム色の豆乳がたっぷり入っていた。これが豆乳冷麺のようだがほかに何も見えず、ただの豆乳スープのようである。スープをスプーンでひとさじすくうと、ドロリとかなり濃厚。大豆から極限まで汁を絞り出したようで、おからが出ないぐらいがっちり絞り切っているのでは、と思ってしまうほどだ。味は際立った甘みに穀物っぽいザラッとした舌触りが独特で、ちょっとジャガイモの冷製スープ・ヴィシッソワーズに近い味わいでもある。
 肝心の麺は、スープの中にすっかり沈んでおり、金箸でたぐるとごてっ、とまとまった手ごたえを感じる。まるでゆで上げをそのまま放り込んだようで、これをほぐしながら豆乳にたっぷりからめ、ズズッと豪快にすすってみる。腰がグイグイ強烈な冷麺らしい麺に、ひんやりとクリーミーな豆乳がしっかりとからみ、これは食が進みそうだ。
 麺は意外に量が多く、ほぐすのが手間な上に腰があるので、食べ進めるにつれて手首とあごがくたびれてくる。それでも、甘みを抑えた濃厚豆乳にどっしりした麺と、穀類の重厚さを楽しみながら、箸が進んでいく。


麺はスープに沈んでいるが、結構な量。豆乳スープは意外になめらかで飲みやすい。
下左が付け合せのキムチとキュウリの漬物。右がビールの突き出しのチャプチュ

 当地に店を構えて40年というこの店の豆乳冷麺は、春先から秋口までの期間限定メニューである。産地指定して契約栽培した国産大豆を、独自の技法で茹で上げて剥き、絞り上げた豆乳スープは、良質な植物性蛋白をたっぷり含み、滋養に効くと評判。真夏の猛暑期には、ソウルで働くサラリーマンの、さっぱりとしたパワーの源となっているという。この豆乳スープに、小麦粉をベースに様々な穀類の粉をブレンドして打った自家製麺が、しっかりとからむ。
 そんな完成度の高いスープと麺だからか、この冷麺には具はまったくないのが特徴である。味付けも豆乳の味一本勝負で、塩気が足りなかったら好みに合わせて、塩を加える仕組み。アジェンマ(おばちゃん)に頼むと、塩をもってきてくれるが、ここは添えられた皿のキムチをつまみながら、麺をすすってみる。
 壁のハングル書きの品書きには、「キムチ白菜・唐辛子とも国内産」とあり、箸でつまむと日本の白菜よりひときれの葉が大きく、辛味が丸くマイルドなので食べやすい。ちなみに日本の盛岡冷麺など、キムチを冷麺の中に入れることが多いが、韓国では冷麺のタイプによっては、入れずに別途いただくのだとか。

 豆乳冷麺は8000Wだからおよそ650円ぐらいと、初日の昼食は手軽な値段にてごちそうさま。引き続いて南大門の市場で屋台を巡るのもいいが、夕食は焼肉の予定なのを考慮。食べるのが中心の旅程だし、少しは観光して消費することも必要だ。
 で、食後はソウルの中心から地下鉄に揺られること1時間。「宮廷女官チャングムの誓い」の、ロケセットパークへとやってきた。 NHKの韓国ドラマの中でも、冬ソナに並んでヒットしたこの作品、宮廷の料理人である女官が様々な事件に出くわしては乗り越える、スリリングなサクセスストーリー。食べ歩きの合間の観光も、料理つながりという訳である。

 宮廷の門をくぐると、日記を持ち出して騒動になった王様の書庫、子供時代に修練した東屋など、見覚えのあるシーンがあちこちにある。亡くなった母親が残した甘酢を入れた瓶を埋めた木の下は人気スポットらしく、ちゃんと瓶が埋めてあった。
 セットの中でも、一番の見どころは宮廷の調理場・水刺間(スラッカン)。チャングムや師匠、友人やライバルが、王様の食膳を整えるのに奮闘していた場所である。井戸がある前庭や、様々な料理器具も並んでいて、ドラマのシーンそのまんま。ドラマでは伝統の宮廷料理が華々しく配膳され、王さまが実にうまそうに箸を進めていたが、セットにはロウ細工の食材しかないのがちょっと残念。

  
  

「チャングム」のドラマで見かけたロケシーンが、パーク内のあちこちで見られる。
右上が甘酢の瓶。
左下が調理場だったスラッカン。

 ならば自身が王様になってみるか、と、ドラマに出てきた衣装を着て記念写真が撮れるので、王様の真っ赤な衣装を着てみることに。庭を見下ろす回廊で写真を撮ってもらい、しばし王様気分であたりをぶらぶら。玉座を眺め、宴の会場を歩いていると、背筋が伸びてお腹もぐっと突き出て、姿勢まで王様のようになってきたような気も。
 チャングムの養父である酒屋のおじさんの実家のセットは、みやげもの屋になっていて、おばちゃんに誘われてトウモロコシ茶をいただき、菓子を味見させてもらった。ひとつは「薬食」といい、もち米に栗や干しぶどう、松の実、ピーナツ、黒ゴマ、赤米を混ぜて蒸し、ごま油で揚げたもの。黒砂糖が入っていて、甘くほっとする味だ。
 もうひとつは「龍のひげ」と呼ばれる、名のとおり白い糸が幾重にも重なったような、見た目も美しい菓子。ハチミツの塊にコーンスターチを混ぜて折って伸ばしてつくるそうで、14度折って引くと糸が1万6384本になるという。こちらは強烈に甘く、歯にがっちりつくほど粘りがあるが、絹糸のような舌触りが高貴な食感。王様のおやつ、との別名もあるそうで、王様のコスプレのあとにはぴったりかも?

 

龍のひげ(左)は綿菓子のようだが、かなり甘い。薬食は名のとおり、体にやさしい味

 日も傾き始めたところで、再びソウルの中心部へと引き返したら、いよいよソウル食べ歩きツアーの本格的スタートである。以下、次回にて。(2009年5月9日食記)