ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん88…ソウル 『ノリャンジン水産市場』の、市場食堂へ持込で朝ごはん

2009年05月24日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 ソウルの台所、ノリャンジン水産市場で出会った魚は、ほとんどが日本の市場で見かけるものばかりだった。海を挟んでお向かいの国だけに、普段食べている魚介の漁場も、似通っているからなのだろう。
 朝5時起きで市場をめぐった締めくくりは、市場食堂で朝ごはんといきたいのは、日本だろうが韓国だろうが同じこと。店で購入した魚介を、調理代を支払えば料理してくれる食堂があると聞いており、散策していて気になった店や魚介をいくつかチェックしておいた。言葉がちゃんと通じるかどうかが気になるが、希望のお魚をうまく朝ごはんにできるだろうか。

 とりあえず、最初に散策した、貝類やタコ、活魚の店が並ぶ通りに戻り、いくつかの店を物色する。こちらが何か買うつもりであることが分かったとたん、鯛やヒラメやアワビといった高級魚介を強く勧める店が多い中、やや奥寄りの店では愛想のいいおばちゃんが、店頭の魚介を好きに見せてくれたので、ここで腰を据えておかず選びといくことに。
 市場を訪れる前は、韓国ならではのローカル魚介を期待していたが、場内を一巡してみると日本でもなじみの魚介がほとんどだったため、逆に何を選べばいいか迷ってしまう。強いて食べ慣れない魚介を挙げると、「ホンオ」と呼ばれるガンギエイ。ホンオフェという刺身が定番料理なのだけれど、エイ特有の涙が出るほど強烈なアンモニア臭が、味の特徴なのだとか。

 店のおばちゃんに、日本にはない韓国ならではの地魚はありますか、と、片言の韓国語で何とか聞いてみたところ、ひとつの水槽を指差した。中には太目のミミズのような、チューブ状の生き物がうようよやっているではないか。
 何と、これもれっきとした韓国のローカル魚介。「ケブル」と呼ばれるこの生き物、刺身にして食べるとナマコのようなコリコリした食感で人気なのだという。日本では魚釣りの餌に使うユムシのことで、危なっかしい韓国語が「韓国でよく使う釣り餌はありますか」と間違って伝わったのではないだろうが。
 韓国ローカル魚は、どれも少々インパクトが強すぎるようなので、「韓国で人気のある魚は何ですか」と、質問を変更。するとチュクミ(イイダコ)、キジョゲ(タイラギ)、そしてチョギ(イシモチ)が挙がった。このあたりなら知っているものばかりで、インパクトも予算も想定内だ。

  

朝食の材料一式。左の写真の大きな貝がタイラギで、ほかイイダコ、ハマグリ。中央のチョギは1匹で意外な値段が…

 イイダコとタイラギは店頭の水槽から、イシモチは店で扱っていないらしく、近所の店から1尾とりよせてくれ、さらにハマグリを4つばかりおまけしてくれた。が、いざ値段を聞くと4万ウォン。プラス調理代は別途2万ウォンとのことで、朝飯に日本円で5000円弱とはあまりに高い。
 イシモチとタイラギが高く、特にイシモチだけで1万ウォン以上になるからこの値段、と、おばちゃんはしきりに言うが、どちらも日本の鮮魚店ではひとつ数百円程度で売っており、ちょっと高いなあ、と思わず交渉が日本語になってしまう。込み込みで3万ウォン(2500円弱)ぐらいにならないか頼んでみても、う~ん、と了解できない様子。

 なら、料理屋で調理代もあわせて交渉してみよう、との、おばちゃんの提案に従ってお勧めの食堂へと移動することに。すると市場の裏の奥へ奥へと進み、人気があまりなくなったところで、寂れた感じの食堂へと到着した。店内にはがっしりした体格の二人連れの男性しかおらず、その横の空いているテーブル席へ着くように、と指示された。
 微妙な雰囲気に心配になってきたところに出てきたのは、韓国ドラマに出てくる世話好きおばちゃん風の女性で、鮮魚店のおばちゃんと二言三言話した後、込み込み4万ウォンでどうか、と提案された。隣の二人組はこちらをじっと見ており、場の雰囲気もあったのでそれで了解。鮮魚店のおばちゃんに2万ウォン、料理屋のおばちゃんにも先払いで2万ウォン支払い、ようやく朝ごはんにありつける。

 

人の気配のない店内に珍客が。猫クンが自分のおこぼれを早くも狙っている?

 値段交渉で頭がいっぱいで、どんな料理にしてもらうかを考えていなかったが、材料を調理場に持っていったおばちゃんは、しばらくしてコンロと鍋を運んできた。鍋の中の澄んだ汁には、イチョウ切りのダイコンと筒切りのネギが入っており、食材の皿にはさばいたイイダコの足と胴、ハマグリが並んでいる。どうやら、韓国の鍋料理「チム」に調理されるようである。
 チムとは蒸す、煮る、煮込むといった意味で、一般的には薄味のだし汁で肉や魚介、野菜を煮込む料理を指す。鍋を火にかけたおばちゃんは、ハマグリを入れ、タコの足をハサミでバチバチと切り、火の加減をして、煮えたタコやダイコンをよそってくれ、と、値切ってしまったにもかかわらず、つきっきりでお世話してくれる。
 勧められて、まだ半煮えのタコの足からいただくと、程よい弾力でムチッ、クイッとかみ切れるのが心地よい。熱の加え方が絶妙なため、タコの香りが強くコクがあり、卵がパンパンに詰まった胴はご飯の甘みがふわり。半煮えのハマグリも、貝のうまみが一番強いタイミングで、ホクホク、汁がジワッと、思わず顔がほころんでしまう。

 続いておばちゃんが運んできた皿には、解体されたタイラギがのっていた。貝柱とヒモ、ワタをそれぞれつくりにしてあり、醤油と一緒に添えられた薬味は、コチュジャンでもごま油でもなくワサビだ。おばちゃんが、刺身は醤油とワサビね、といった感じで、ワサビをたっぷり? よそってくれた。貝柱をひときれいってみると、歯ごたえはサクサク、甘みはホタテより控えめな分、潮の香りが鮮烈で、鮮度の良さが良く分かる。
 すると、唐突に隣の二人組から声をかけられ、びっくりして振り向くと鍋に何かを入れろ、と、手振りで示している。さらにひとりが日本語で「しゃぶしゃぶ、しゃぶしゃぶ!」。タイラギの貝柱を、チムの汁にくぐらして食べてみろ、とのことらしく、軽く汁をくぐらして食べてみると、刺身よりも潮の香りが引く分、甘みが突出してきてこれはうまい。

  
 

4万ウォン(約3000円ちょっと)でこの料理は、なかなか豪華。上左がタイラギの刺身、
上右が「チム」のイイダコとタイラギ、ハマグリ。下左がチョギの塩焼き。下右は隣の親父のおごりのつぶ貝

 そうした様子からするとどうやら、店のおばちゃんも隣の二人組も、市場の奥まったこんなところに日本人がやってきたのが、単に気になっていただけのようだ。それが、「しゃぶしゃぶ」のやりとりをきっかけに、双方ともにあれこれと話しかけてくるようになった。料理代の件で少々緊張していた自分も、おかげですっかりリラックス。「メッチュジュセヨ、アジェンマ(おばちゃん、ビール!)」といってしまえば、あとは二人組との魚談義が盛り上がる。
 日本のチャムチ(マグロ)は高い、でもパンオ(シラス)は安くてうまいね。チュンオ(ニシン?)とチョンモ(つぶ貝?)の刺身を頼んだから、こっち来て食べないかい、酢味噌でいくとうまいよ、などなど。英語と身振り手振りをメインにしつつ、酔っ払っているから通じるかどうかお構いなしの日本語、韓国語もとりまぜながら、会話が成り立っているのが不思議といえば不思議かも。

 こんな早朝から飲んでいるのだから、市場で働いている人なのかと思ったら、聞くとソウル市街のフライドチキンの店のオーナーとのことだった。こちらも自己紹介をして、お互いに素性が分かってひと安心。卓には18度という韓国のウイスキーも追加され、先に酌をすると、韓国で目上の人の前で酒を飲む際のマナーを教えてもらった。
 体をそむけて口を手のひらで覆い、杯をグイッ。最初にビールを飲んでいたから、ちゃんぽん飲みは「ポカン」といって悪酔いするぞ、なんてことまで教えてくれる。50過ぎだが若く見えるだろう、とか、子供が兵役で2年ほど海軍に行っててね、とか、だんだん飲み屋の普通の世間話になってきた。

 

親父さんを記念に1枚。ソウルで人気のチキンのチェーン・TWOTWO CHIKINのオーナーで、
ヨンムンドとヨンサンドの店をお持ちとか

 残りの一品が運ばれてくる頃には、結構な酔いだったけれど、ディスカウント交渉してまでオーダーした料理だから、すべて平らげなくてはもったいない。「センソングイ」とお隣が教えてくれたイシモチの塩焼きは、皮目がこんがり香ばしく、もっちりした白身はトロリとした甘みが魅惑的。ハタハタにちょっと似た、クリーミーな味わいで、小振りながらも品のいい味わいが後をひく。
 思いがけず酒量が多くなったせいもあり、朝食にしては満腹になってきたが、チョギもキジョゲも高いから、残すともったいないよ、と話すお隣。聞いたところによると、実はイシモチもタイラギも、韓国では結構高い魚介なのだそうである。
 タイラギは貝類の中では最も高価で、イシモチも中型のもので一尾1万ウォンぐらいが相場。さらに塩を振ったイシモチを天日に干した、「クルビ」という加工品になると、5万ウォンぐらいするのだとか。考えてみれば、鍋1人前に刺身ひと皿、焼き魚の3品で3000円ちょっとなのだから、日本でもまあ値段相応。地元の相場を理解していなかったため、鮮魚店のおばちゃんに悪いことをしたかもしれない。

 お隣はさらにビールを追加してくれようとしたけれど、そろそろ出ないとこの後訪れる予定の、王宮見学に間に合わない。これ以上赤ら顔になって王宮に入れないと大変なので、ここらで引き上げることに。ご馳走になった分を払おうとしたら、いいから財布をしまえ、と身振りで伝えるお隣さん。感謝の言葉がうまくつたわらないのがもどかしく、握手をして店を後にした。
 帰りにさっきの鮮魚店の前を通ったら、おばちゃんが相変わらず店番をしているのが目に入る。やや気まずい気分で挨拶をしていくと、にっこり笑って「また来たら寄ってね」と店の名刺をいただき、少しばかりホッとした気分で、足早に駅へと向かう。
 言葉があまり通じないながらも、市場の人情味は万国共通だったのに感激。一方で、知っているつもりで知らなかった高級魚介のおかげで、後味がちょっとほろ苦い。そんなソウルの市場の朝ごはんだった。(2009年5月10日食記)