ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん70…松江 『五歩屋』の、宍道湖七珍料理スズキ・ウナギ編

2007年04月08日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん


 空を染める絶景の夕焼けに、思わず言葉を失い…

 各地を旅して食べ歩いていると、いろいろな土地で夕日を眺める機会がある。山の稜線へ、水平線の彼方へ、ビルとビルの谷間へ。旅の空の下に身を置いているせいもあり、ゆらゆらと揺れながらゆったりと沈む陽を見届けていると、何だか感傷的、厳粛な気持ちになってしまう。
 宍道湖へと沈んでゆく、ここ松江の夕日は、「日本の夕陽100選」にも選ばれているという。昼間に宍道湖大橋から見た、きらめく湖面に青い空、幾筋かの雲が流れる開放的な風景が、夕刻にはどのような表情に変わるのだろう。飲みに繰り出す時間よりちょっと早めに宿を出発。松江温泉近くの湖岸園地へと自転車を飛ばし、土手に腰を下ろして日没を待つ。
 ややすると右手の湖岸沿いの遠方へと、日がゆらゆらと揺れながら沈んでいった。さて一杯やりにいくか、と立ち上がったその時。湖上を見上げて、思わず息を呑む。陽が没してやや時間をおいてから、日没地点を起点に、湖上に広がる雲にあでやかなグラデーションが描かれていく。黄色から橙色、さらに紅色、茜色、薄紫色、紫紺…。刻々と変化した後に、徐々にあたりを闇が支配。10分ほどですっかり、夜の帳が下りてしまった。

 絶景の日没というのは、眺める人の気持ちを一緒に鎮めていくのだろうか。今日は宍道湖の名物「宍道湖七珍」で一杯やる予定だが、チェックしていた観光客で賑わう有名店には、何だか足が向かない。予定を変更、繁華街の京店界隈に行くのはやめにして、湖近くの松江温泉界隈を少しぶらぶら。まるで日没と同時に深夜になってしまったかのように、道行く人の姿のない温泉街の一角に、ぼんやりと明かりが灯るのを見かけ、誘われるようにこの『五歩屋』の暖簾をくぐることに。
 先客のいない長いカウンターの入口隅に落ち着くと、お姉さんが「どうぞ」とおしぼりを運んできてくれた。見たところ家族経営の店らしく、ご主人と息子さんで板場を仕切り、それぞれの奥様方に娘さんで接客している様子。店の奥は居間なのか、「サザエさん」の音声と子供のはしゃぐ声も聞こえてくる。そういえば時計を見ると、18時半過ぎ。それにしてはお客の姿は座敷に数組のみと、ちょっとさびしいか。いずれも地元の馴染み客のようで、週末のひと時を思い思いに憩っている。

 どことなく静かな雰囲気の店内にぽつんと身を置き、突き出しでビールを黙々と進めていると、酔いが回るにつれて今度は、やけに人恋しくなってくる。瓶が空になる頃には、すっかりいつもの調子に戻り、ビールの追加とともに親父さんに景気よく、肴の注文だ。
 「『宍道湖七珍』の料理を、ぜんぶ出してください」
 「…あいにく、ふたつか3つぐらいしかできないんだけど」
 地元御用達の飲み屋じゃ、よそ者が好みそうな郷土料理は出さないのか。やっぱりチェックしておいた有名店にしておかった、と思いきや、どうもそのせいではないらしい

「相撲足腰」の七珍料理、冬なら全部そろうけど?

 宍道湖七珍とは、宍道湖が育んだ7種の魚介のことを指す。宍道湖はその広大な景観とは対照的に、実は結構浅い湖で、沿岸部で数メートル、深いところでも10メートルほどしかない。加えて大橋川で中海を経て日本海とつながっているため、淡水と海水の混じった「汽水湖」。このような環境のおかげで、沿岸の各水域によって塩分濃度が異なるため、種々様々な魚介が棲息している。
 七珍はいずれも、そうした宍道湖の名物魚介。すべて挙げるとスズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ、シラウオ、コイ、シジミ。地元では頭文字をとってスモウアシコシ、つまり「相撲足腰」と覚えるのだそう。
 親父さんによると、七珍の魚介がすべて揃うのは冬のみ、秋口のこの時期は、1年の中でもそろう品数が少なめという。店によっては類似の魚種をつかったり、よそ物を使ったりして七珍をいつも「すべて」揃えているところもあるらしいが、
 「うちの店も七珍の料理をいろいろやっているけれど、食材が揃わない時期にはあえて無理して出さない」
 親父さんの言葉は、うちで出す料理はすべて宍道湖天然の食材にこだわっているということだから、頂ける料理は少ないながらもそれはそれで期待ができる。

 という訳で、いま食べれられる七珍料理は、相撲足腰の中で「す」「う」「し」の3種。もちろん、頂ける魚種は全部いってみることにしよう。品書きによると、スズキは奉書焼のほか、つくり、バター焼きがある。シジミはシジミ汁やバター炒めのほかに、ニンニクと唐辛子で炒めたオリジナルも。そしてウナギは蒲焼や白焼きのほか、ドジョウのように柳川にもできるとのこと。七珍にはそれぞれ、定番の郷土料理があるけれど、この店ではそれとはまた違った料理法も楽しめそうだ。

年中無休なのは、スズキとシジミのみ

 とりあえずスズキは定番の、奉書焼で頂くことに。奉書焼は宍道湖七珍料理の中でも、代表的な料理のひとつで、文字通りスズキを奉書紙に包んで蒸し焼きにした料理。まるまる1匹使う料理なので、値は張る上に食べきれるか心配なのだが、品書きを見ると何と、わずか数百円とある。
 この店ではありがたいことに、「切り身」の奉書焼もしてくれるのだ。おかげで、ひとりでも手軽に注文できるのがうれしい。奉書を留める蝶結びをといて、紙をバリッと開くと、中からスズキの姿身、ではなくて切り身がちょこん、と座っているのが何だか面白い。ほんのり焦げた紙から、香ばしい香りが漂ってくる。
 箸をつけると純白の身は瑞々しく、紙に包んで焼いてあるため味がしっかりと封じ込められているよう。皮目のゼラチン質の部分もトロリと濃厚、薬味にもみじおろしとわけぎが添えられているが、ポン酢だけで食べるのが一番だ。スズキは本来、土の香りがする魚だが、その香りがくせのないぎりぎり。いわば宍道湖の風味、といった感じだろうか。

 宍道湖での湖魚漁は、松江近辺でのシジミ漁を始め宍道、平田といった宍道湖沿岸で広く行われており、小型定置網漁や刺し網、延縄漁など、海水面の漁業と同じく様々な漁法が用いられている。宍道湖のスズキは定置網のほか刺し網や延縄で漁獲され、晩秋から初冬にかけてのちょうどこの時期、水温が低くなった頃に脂がのって味が良くなるとされる。ご主人によると、スズキは七珍の中では通年扱っており、いつ訪れても確実に食べることができるとか。
 「シジミやスズキの漁をやっている人は、1年中漁ができるから収入が安定するけどね」
 と話すように、七珍のうち通年で漁を行えるのは、実はこのスズキにシジミぐらい。ほかの七珍はほぼ、冬場しか漁をしていないのである。宍道湖七珍の漁業免許は魚種によって違うため、春から秋は農業をやっている「兼業七珍漁家」も珍しくないという。
 またスズキとシジミは、七珍の中でも比較的漁獲が多いほうだが、それ以外は魚種によって結構漁獲量に差がある。再び「相撲…」の順に追うと、「も」のモロゲエビは10センチほどのクルマエビの一種で、極めて希少。ほとんどが手長エビを代用している。「あ」のアマサギは聞きなれない魚かもしれないが、ワカサギのこと。これも漁獲は年々減少の一途をたどっているという。逆に「こ」のコイは漁獲が極めて多く、近頃は同じ冬の魚でもフナのほうが珍重されているほどとか。

値段は養殖の数倍! 希少な希少な天然ウナギ

 そんな漁業事情もあり、七分の三とはいえれっきとした七珍料理を頂けるのだから、厳粛な気持ちで? 味わわなければ。「す」の次は、希少なモロゲエビの「も」をとばして「う」のウナギ。これまた店独特の料理法「ウナギの柳川風」でいってみよう。
 ドジョウの柳川鍋のように、刻んだ蒲焼をゴボウと一緒にダシで煮て、溶き卵をかけてできあがり。熱々の小土鍋から、レンゲですくってまずはウナギから頂く。トロトロに煮えているのに身の味はしっかり、もったりとした味わい。スズキよりも土の香りが強いが、ウナギの「らしさ」がよく分かる味か。ドジョウの柳川と比べるとちょっと上品、酒の進む味だな、と地元・松江の米田酒造の地酒「豊の秋」で口をすすぎ、もうひと切れ。ウナギに加え、卵に山芋も入っていて、旅の終盤にスタミナがつく一品だ。

 さすがは宍道湖産の天然ウナギ、と言いたいところだが、天然物のウナギはよその土地と同様、今や宍道湖でもとても貴重なもの。延縄や筒漁で漁獲されるのだが、市場に出回ることが少ないため、大きさや質も数が揃いづらいから、料理屋で取り扱うにも手間暇のかかる品という。加えて値段の方も、養殖物の何と倍以上。地物の天然ウナギを食べたいなら、前もって店に予約をした上で、それなりの予算が必要らしい。
 特にウナギは七珍の中でも人気の品目だけに、市街でウナギを扱う店をあちこちで見かける。実際には、浜名湖や鹿児島などの養殖ウナギもかなり使われているようで、お昼に鰻丼を頂いた店で、どこのウナギなのか聞いたときに、返事に歯切れが悪かったのを思い出す。
 この柳川鍋に使うウナギも、あいにく宍道湖産ではない、と苦笑する親父さん。宍道湖の天然ウナギの味を尋ねたところ、
 「身がしっかり締まって歯ごたえがあり、養殖のように脂が多すぎず、脂の味が素直でくせがない。骨も気にならないほど柔らかく、蒲焼向きかな。皮が固いが、かみしめるといい味が出る」
 純粋の天然物のウナギは、以前「最後の清流」四万十川の河口の町・中村で頂いたことがある。小振りな蒲焼ひと切れだけで、その実力を存分に堪能したことを思い出し、今日のところは未知なる天然物に思いを馳せつつ、熱々の柳川を満喫することとしよう。

 希少な魚介である「あ」のアマサギも今宵はとばし、いよいよ宍道湖を代表するローカル魚介・「し」のシジミの登場だ。以下、次回にて。(2006925日食記)


旅で出会ったローカルごはん86…福井・三方の高級ブランド梅干 『福井梅』

2007年04月04日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 若狭湾に面して5つの湖が並ぶ、福井県の三方五湖を訪れた際に、五湖のひとつである水月湖に面した宿「ホテル水月花」で昼食を頂いた。食後に、クルマで水月湖に沿った道を走っている途中で、隣の三方湖とつながる水路のそばを通る。このあたりは、三方の名物であるウナギを捕る筒を仕掛けるポイントで、さっき昼食に出てきたウナギもこの辺で捕まったんだろうか、と思い出しながら、ふと対岸に目をやると、そこには見渡す限りの梅林が広がっていた。花の時期は終わり、実の収穫期にはまだ早すぎるようで、よく見るとまだ小さい青梅が、枝にいくつかついているようだ。そういえばさっきから、湖岸を周回する道路の沿道に、「梅コース料理」、「名物・梅風呂」などと書かれた、宿や食事処の看板がちらほら立っている。

 クルマでさらに走ったところで、苔蒸した屋根が今にも朽ちてしまいそうな、古い茅葺き屋根の東屋が湖岸に建っているのを見かけて、何だろうと思ってクルマを停めた。東屋の下には数艘の小船が係留されているから、どうやら古い船置き場のようである。通りがかった農家の人に聞いたところ、この船小屋は、先ほどの梅林へ渡るための船を係留するためのものだという。といっても、このあたりは湖と湖をつなぐ、幅が細い水路の部分だから、対岸までは大して離れていない。簡単に橋を架けられそうだし、その方が行き来がしやすいのでは、と思うが、梅林への侵入者を防ぐためにわざと橋を架けずに、船で通って梅林を管理しているとのこと。たかが梅、というつもりはないが、何だかずいぶん大げさに思えてしまう。

 同行する、福井出身の知人によると、このあたりは日本海側でありながら温暖な気候なため、天保年間から続く「福井梅」という銘柄の、梅の産地だという。中でも、三方湖の湖岸に位置する成出集落から別庄集落にかけては、初春になればあたり一面に梅の香りが漂うほど、梅林が密集してる地域である。福井梅は、種が小さく果肉が多いのが特徴で、この梅で作られる梅干しは、主に贈答品に用いられる高級品とのこと。大相撲の優勝商品にもなっているほどの名誉な梅なのだから、盗人を防ぐために神経をとがらせるのも分かる気がする。ちなみに、梅干し用は「紅映」、梅酒用には「剣先」といった具合に、用途によって使う梅の種類が異なるという。

 クルマに戻ってさらに湖岸を進んだところには、梅の共同選果場の大きな建物も見えてきた。収穫された梅はここへ送られて、大きさによって選別されてから出荷されるのだ。建物の壁には、梅をモチーフにしたイラストが描かれていて、「わが家のナース」とというキャッチフレーズも目に入る。三方の人は、梅のおかげで医者いらずという訳か、などと考えていると、クルマは急に停車した。窓の外には露店が1軒、道路に面してポツンと店を開いている。梅干しを売る露店のようだ。

 三方湖畔の周遊道路、とくに国道162号線から別庄方面へ向かう道路沿いには、休日を中心に梅や梅の加工品を扱う露店が、数多く並ぶ。どこの店も、農家の人お手製の梅干しを売っているため、塩分が濃かったり薄かったり、甘めだったり強烈に酸っぱかったりと、味は店ごとにまちまちだ。この露店の梅干しは1年前の6月に漬けたもので、塩分が20%と強めのため、冷暗所で保存すれば1年は持つという。さらに、ここのオリジナル商品が、青梅を甘酸っぱく炊いた「ぽったり煮」。試しにひと口頂くと、酸っぱいのかと思って身構えていたらトロ〜リと甘く、酸味はまったくない。どうやって作るのか教えてもらおうとしたが、「伝来の製法で秘密だね」と、年齢的にはややトウのたった売店のナースが、怪しげに微笑んだ。

 露店で梅干しを1キロを買い込んだ後、次に向かったのは『梅の里会館』である。農家の所得向上を目指してJAが設置した施設、と聞くと、何やらお堅い施設のように思えるだろうが、要するに梅の選果場と直売所、そして梅製品の加工が体験できる施設が一体となった、まさに梅の里・三方町ならではの施設である。梅大福など2種類の菓子を作る、梅のお菓子づくり体験のほか、梅の収穫期には大人を対象にした、梅酒づくり体験も行われる。隣接して青梅選果場があるため、材料に使う梅の値段は時価。そして梅を漬け込む酒は何と、近所の酒屋で自分が好きな酒を買ってくるシステムだ。梅酒を作る際には焼酎を使うのが一般的だが、日本酒、ウイスキーといったお好みの酒で作ることができるのが楽しい。そしてもちろん、梅干しの加工、販売も行っている。訪れたときに、たまたま梅干しの加工作業を行っていたため、売店の裏にある加工場で、梅干しの製造過程を見学せていただいた。

 まず、梅を1カ月の間塩押しして、まだ色が白い状態で4〜5日網の上に並べて、天日に干す。ちょうどこの段階の梅があったので試食させてもらったが、塩が効き過ぎていて恐ろしく塩っ辛い。先ほどの露店で売っていた「ぽったり煮」といい、三方ではなかなか酸っぱい梅を食べさせてもらえない。この白い梅を保管しておいて、出荷する前に色をつけるために、塩とシソの色汁をポンプで循環させながら、3カ月漬けたらできあがり。着色剤、保存料無しの無添加だ。案内をしていただいた、梅の里会館の人の話によれば、シソに浸けてから3カ月が、おいしそうな色が出るちょうどいい頃合とのこと。できあがって出荷待ちの梅干しを見せてもらうと、確かに口の中に生唾が涌いてくるような、きれいなピンク色をしている。色に魅せられて、ここでさらに梅干しをひと袋、追加で買ってしまった。さっきの露店で買った分と合わせて、わが家ではこの先1年間は、ナースに困ることがなさそうである。

 梅尽くしだった1日を終えて、この日は常神半島の付け根にあたる、若狭湾に面した食見(しきみ)集落にある「民宿きよや」に宿をとった。昔ながらの民家をそのまま使ったところが多い三方の民宿の中でも、ここは広々した客室や、海を眺められる浴室を備えた、旅館並に立派な施設を整えた宿だ。そして夕食の食膳にのぼる魚はすべて、若狭湾でとれる新鮮な地魚ばかり。ヒラメ、アカハラ、イカ、アマエビ、クロダイ、オコゼなどの造りがいっぱい盛られた舟盛りに、メバルの煮付け、カニ足、セイゴの塩焼き、イカの竹の子和えなど、これだけの料理と設備で2食付き1万円ほどとは、結構な安さである。

 すっかり満腹になり、腹ごなしにロビーの近くにある売店をのぞいていたら、ここでも梅干しを売っていた。本日3袋目となる梅干しを買い求めると、「おまけだよ」とさらにひと袋、自家製のをサービスしてもらった。私が漬けたんだよ、とニコニコしながら袋を手渡ししてくれる、おばあちゃんの皺だらけの手は、ナースというより梅干しバ… 。(4月上旬食記)