ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん86…福井・三方の高級ブランド梅干 『福井梅』

2007年04月04日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 若狭湾に面して5つの湖が並ぶ、福井県の三方五湖を訪れた際に、五湖のひとつである水月湖に面した宿「ホテル水月花」で昼食を頂いた。食後に、クルマで水月湖に沿った道を走っている途中で、隣の三方湖とつながる水路のそばを通る。このあたりは、三方の名物であるウナギを捕る筒を仕掛けるポイントで、さっき昼食に出てきたウナギもこの辺で捕まったんだろうか、と思い出しながら、ふと対岸に目をやると、そこには見渡す限りの梅林が広がっていた。花の時期は終わり、実の収穫期にはまだ早すぎるようで、よく見るとまだ小さい青梅が、枝にいくつかついているようだ。そういえばさっきから、湖岸を周回する道路の沿道に、「梅コース料理」、「名物・梅風呂」などと書かれた、宿や食事処の看板がちらほら立っている。

 クルマでさらに走ったところで、苔蒸した屋根が今にも朽ちてしまいそうな、古い茅葺き屋根の東屋が湖岸に建っているのを見かけて、何だろうと思ってクルマを停めた。東屋の下には数艘の小船が係留されているから、どうやら古い船置き場のようである。通りがかった農家の人に聞いたところ、この船小屋は、先ほどの梅林へ渡るための船を係留するためのものだという。といっても、このあたりは湖と湖をつなぐ、幅が細い水路の部分だから、対岸までは大して離れていない。簡単に橋を架けられそうだし、その方が行き来がしやすいのでは、と思うが、梅林への侵入者を防ぐためにわざと橋を架けずに、船で通って梅林を管理しているとのこと。たかが梅、というつもりはないが、何だかずいぶん大げさに思えてしまう。

 同行する、福井出身の知人によると、このあたりは日本海側でありながら温暖な気候なため、天保年間から続く「福井梅」という銘柄の、梅の産地だという。中でも、三方湖の湖岸に位置する成出集落から別庄集落にかけては、初春になればあたり一面に梅の香りが漂うほど、梅林が密集してる地域である。福井梅は、種が小さく果肉が多いのが特徴で、この梅で作られる梅干しは、主に贈答品に用いられる高級品とのこと。大相撲の優勝商品にもなっているほどの名誉な梅なのだから、盗人を防ぐために神経をとがらせるのも分かる気がする。ちなみに、梅干し用は「紅映」、梅酒用には「剣先」といった具合に、用途によって使う梅の種類が異なるという。

 クルマに戻ってさらに湖岸を進んだところには、梅の共同選果場の大きな建物も見えてきた。収穫された梅はここへ送られて、大きさによって選別されてから出荷されるのだ。建物の壁には、梅をモチーフにしたイラストが描かれていて、「わが家のナース」とというキャッチフレーズも目に入る。三方の人は、梅のおかげで医者いらずという訳か、などと考えていると、クルマは急に停車した。窓の外には露店が1軒、道路に面してポツンと店を開いている。梅干しを売る露店のようだ。

 三方湖畔の周遊道路、とくに国道162号線から別庄方面へ向かう道路沿いには、休日を中心に梅や梅の加工品を扱う露店が、数多く並ぶ。どこの店も、農家の人お手製の梅干しを売っているため、塩分が濃かったり薄かったり、甘めだったり強烈に酸っぱかったりと、味は店ごとにまちまちだ。この露店の梅干しは1年前の6月に漬けたもので、塩分が20%と強めのため、冷暗所で保存すれば1年は持つという。さらに、ここのオリジナル商品が、青梅を甘酸っぱく炊いた「ぽったり煮」。試しにひと口頂くと、酸っぱいのかと思って身構えていたらトロ〜リと甘く、酸味はまったくない。どうやって作るのか教えてもらおうとしたが、「伝来の製法で秘密だね」と、年齢的にはややトウのたった売店のナースが、怪しげに微笑んだ。

 露店で梅干しを1キロを買い込んだ後、次に向かったのは『梅の里会館』である。農家の所得向上を目指してJAが設置した施設、と聞くと、何やらお堅い施設のように思えるだろうが、要するに梅の選果場と直売所、そして梅製品の加工が体験できる施設が一体となった、まさに梅の里・三方町ならではの施設である。梅大福など2種類の菓子を作る、梅のお菓子づくり体験のほか、梅の収穫期には大人を対象にした、梅酒づくり体験も行われる。隣接して青梅選果場があるため、材料に使う梅の値段は時価。そして梅を漬け込む酒は何と、近所の酒屋で自分が好きな酒を買ってくるシステムだ。梅酒を作る際には焼酎を使うのが一般的だが、日本酒、ウイスキーといったお好みの酒で作ることができるのが楽しい。そしてもちろん、梅干しの加工、販売も行っている。訪れたときに、たまたま梅干しの加工作業を行っていたため、売店の裏にある加工場で、梅干しの製造過程を見学せていただいた。

 まず、梅を1カ月の間塩押しして、まだ色が白い状態で4〜5日網の上に並べて、天日に干す。ちょうどこの段階の梅があったので試食させてもらったが、塩が効き過ぎていて恐ろしく塩っ辛い。先ほどの露店で売っていた「ぽったり煮」といい、三方ではなかなか酸っぱい梅を食べさせてもらえない。この白い梅を保管しておいて、出荷する前に色をつけるために、塩とシソの色汁をポンプで循環させながら、3カ月漬けたらできあがり。着色剤、保存料無しの無添加だ。案内をしていただいた、梅の里会館の人の話によれば、シソに浸けてから3カ月が、おいしそうな色が出るちょうどいい頃合とのこと。できあがって出荷待ちの梅干しを見せてもらうと、確かに口の中に生唾が涌いてくるような、きれいなピンク色をしている。色に魅せられて、ここでさらに梅干しをひと袋、追加で買ってしまった。さっきの露店で買った分と合わせて、わが家ではこの先1年間は、ナースに困ることがなさそうである。

 梅尽くしだった1日を終えて、この日は常神半島の付け根にあたる、若狭湾に面した食見(しきみ)集落にある「民宿きよや」に宿をとった。昔ながらの民家をそのまま使ったところが多い三方の民宿の中でも、ここは広々した客室や、海を眺められる浴室を備えた、旅館並に立派な施設を整えた宿だ。そして夕食の食膳にのぼる魚はすべて、若狭湾でとれる新鮮な地魚ばかり。ヒラメ、アカハラ、イカ、アマエビ、クロダイ、オコゼなどの造りがいっぱい盛られた舟盛りに、メバルの煮付け、カニ足、セイゴの塩焼き、イカの竹の子和えなど、これだけの料理と設備で2食付き1万円ほどとは、結構な安さである。

 すっかり満腹になり、腹ごなしにロビーの近くにある売店をのぞいていたら、ここでも梅干しを売っていた。本日3袋目となる梅干しを買い求めると、「おまけだよ」とさらにひと袋、自家製のをサービスしてもらった。私が漬けたんだよ、とニコニコしながら袋を手渡ししてくれる、おばあちゃんの皺だらけの手は、ナースというより梅干しバ… 。(4月上旬食記)