狸小路の東の外れに、かつて「富公」という札幌ラーメンの伝説的な名店があった。しゃべると怒鳴られる偏屈な親父が仕切る中、静まり返る店内ですする醤油系ラーメンが実に美味かったのを覚えている。現在は常連だった方が、その場所で流れを汲んだラーメンを供しており、このたびの札幌で学生の頃以来の再訪を楽しみにしていた。が、行ってみると暖簾はしまわれ、無情にも「売切れ」との札が出ている。
期待が高かった分落胆も大きく、代わりの店を探すのも億劫である。なのですぐ隣の「アルコ」とあるジンギスカンに即決。小路の突き当たりの赤のれんをくぐると、コの字カウンターには炭が赤々とはぜる七輪が据えられている。濛々と煙で霞む店内には、ひとりジンギスの客がポツポツと肉焼き中。勢いでパッと入ったにしては、掘り出し物風な店である。
お姉さんに一人前700円をオーダーすると、兜型の鉄鍋のてっぺんに脂身をのせ、野菜をひとつかみドサッ、肉盛りの皿がサッ、となかなか豪快だ。肉は色が変わる程度の焼き加減が食べごろで、モヤシに玉ねぎと一緒に酸味あるタレに漬け、ガバッといけば肉の柔らかいこと。ほっくりかみしめれば肉汁がじわり、クセもくどさもない軽さに、箸がどんどん進む。
肉一人前はモモと肩ロース、バラの合い盛りで、ソフトなのや腰があるもの、厚い部位に薄い部位らジューシーなのに繊維が詰んでいるのなど、食感が様々なので食べ飽きない。あっという間にひと皿クリア、追加するとお姉さんが通りしなに、野菜をドサッと鍋に足してくれるのもありがたい。緑色のおろしニンニクに赤唐辛子の粉を足すと、味覚が変わりさらに食が進んでいけない。
店内をよく見ると、お隣のかのラーメン屋と店内が繋がっている様子だ。二軒は同じ経営で、富公のファンだったというお客さんもよく来店するそう。数度しかお会いしたことないけど、穏やかなおじさんでしたよ、と意外な一面も伺った。常連客が談笑しながら肉を焼き、お姉さんと昔談義に花が咲き。凛とした店内での絶品ラーメンの思い出が、和気藹々なジンギスカン店に塗り替えられる、北の街の夜である。