瀬戸内海ならぬ「瀬戸内会」という集まりが、年に数回催されている。名のとおり、瀬戸内沿岸各市の観光担当者や、旅行やレジャーのマスコミが、情報交換という名目で集まる会合である。各市からの情報発信はもちろん、そこは気候温暖な瀬戸内に面した土地柄、出される郷土料理や地酒の数々もまた、情報発信の一環。ありがたくそんな情報のご提供も頂きつつ、会話も滑らかになったところで活発、というより闊達な? 交流を楽しませてもらっている。
今回は幹事が岡山市とのことで、最近全国的に注目を浴びるようになった岡山の地魚・サワラを使った料理という趣向である。場所は地下鉄の新宿御苑前駅の出口すぐに隣接する、『美苑寿司』というお店。瀬戸内や周辺でとれた魚介をネタにした握りをはじめ、各種岡山の郷土料理も味わえるとあり、岡山県東京事務所のサイトにも載っている、東京でおすすめの岡山の味の店のようである。
奥の座敷が今日の宴の会場だが、卓の上にはものすごい量の瓶がずらり。幹事の岡山市をはじめ、今日参加する倉敷、福山、呉、下関、広島に四国の松山の各市から持ち寄られた、様々な酒類が並んでいる。銘柄酒造米である雄町米で醸造した岡山の冷酒、酒どころ・西条の地酒といった日本酒はもちろん、呉の海軍ワイン、美作の柚子リキュール、福山のくわい焼酎、さらに山口産のオレンジジュースなど。いずれも味わいたいような、混ぜると大変危険なようなラインナップが勢ぞろいだ。
とりあえずはビールでの乾杯で開宴、各市からの情報を聞きながら、それぞれの市の酒を瀬戸内の魚介を肴に頂きつつ、宴は進んでいく。大和ミュージアムや海軍グルメで注目の呉。政令指定都市化が間近の岡山。倉敷帆布や児島ジーンズといったクラフトの人気急上昇中の倉敷。100羽以上のペンギンが大集合する、しものせき水族館「ぺんぎん村」オープンが話題の下関。この春開場の新市民球場に加え、担当者の趣味でPerfumeもPRの広島。さらに2008年の「崖の上」効果プラス、2010年の「龍馬伝」でさらなる入込客増を狙う福山に続き、2009年には「坂の上」効果を期待する松山などなど。こんな景気だが観光面においては、瀬戸内エリアはなかなか活気が感じられる。
そして先付けの数品に続いて、サワラ料理がさっそく登場。サワラといえば西京焼きや塩焼きといった、焼き物が一般的だが、岡山ではサワラは生で食べるのが当たり前。皿の上にはほんのりピンク色のつくりが、きれいに並んでいる。
せっかくなので幹事より、岡山のサワラをPRして頂いたところ、岡山はサワラの消費量が全国一で、日本で水揚げされるサワラの6~7割が、岡山で食べられているのだという。瀬戸内で漁獲されるもは、県内の日生港で水揚げされるほか、旬である秋から冬は九州の壱岐や対馬、五島などで揚がるものも、岡山に集まってくる。だからサワラの魚価は築地ではなく、上物が集まってくる岡山中央卸売市場で決まるほどだ。
また非常にデリケートで身割れ・身焼けしやすい魚のため、水揚げ後は乱暴につかんだり、尾を持ってぶらさげるなどもってのほか。まるで子供を抱くように両手でそっと持ち、1本ずつ氷を入れた箱詰めにして扱われるという。今日いただけるサワラももちろん、そうした本場・岡山から取り寄せたものだそうである。
背側と腹側では身の色が違う、サワラのつくり(この店のは撮っておらず、ともに資料画像)
岡山でつくりを味わった際、サワラは腹側と背側で、身の色や脂ののりが異なると聞いたことがある。この日のはピンク色なので、脂ののった腹側のさくだ。背側はややすみっぽく、脂が少なくあっさりしているという。ひときれ頂くと確かに柔らかく、舌触りがサラリときめ細かい。時節柄、脂ののりはまずまずで、トロリとした甘味がよく分かる。サワラの旬は前述のとおり、晩秋から冬場にかけてだが、魚編に春と書くように、岡山では春を告げる魚とされている。おかげで今日は、ひと足早い春を味わわせてもらった気分である。
ちなみに、岡山のサワラを全国区にしたのは、その名も「ミスターサワラ」という仕掛け人。当時、岡山商工会議所の赤木啓二さんという方で、サワラのPRを通じて岡山の観光の活性化に尽力したことで知られる。サワラに関する知識の深さもさることながら、キャラクターもなかなか個性的。紋付袴にミスターサワラの文字入りのたすきをかけ、映画「釣りバカ日誌」に出演したサワラの実物大フィギュア「サワ吉クン」を掲げてニコニコ、といういでたちで、市の方ももちろん知っている有名人だ。マンガ雑誌「ビッグコミック」の、築地魚河岸を舞台にしたマンガにも、そのまま描かれて登場したこともあるのだとか。
岡山のサワラ仕掛け人、赤木さん(資料画像)
同じく瀬戸内のローカル魚介である、歯ごたえグイグイのタコのつくりや、丸々太いゆでシャコをつまみ、同じく岡山特産の香りプンプンの黄ニラの卵とじをいただいたところで、本日のもうひとつの主役が、大きな寿司桶によそわれてどっこいしょ、と運ばれてきた。岡山を代表する郷土料理、祭り寿司の登場である。寿司飯の表面には、錦糸卵にシイタケ、レンコン、サヤエンドウ、さらにエビや小魚に切り身など魚介類もいっぱい。名のとおり、見た目から華のある寿司で、岡山地方で古くから祭りや祝い事といった、「ハレ」の日に振舞われた料理である。
サワラに続き、今度は倉敷市の方に祭り寿司のPRを頂くと、料理の成り立ちには江戸期に岡山藩主だった、池田光政が出した質素倹約令が関係しているという。贅沢に対する厳しい取締りの中で、どうしてもうまいものを食べたい、と考えた人間が、寿司飯の中に山海の幸を混ぜ込んで見えづらくして、ばれないように食べることを思いついたそうである。華やかな料理の由縁が倹約令、とは意外だったが、食に対する欲求に対しては、いつの時代も知恵が回るものだ、と妙に納得してしまう。
エビの赤、卵の黄色が色鮮やか。まさにハレの寿司
という訳で、ハレの宴の幹事に直々によそっていただき、錦糸卵と切り身を酢飯にのせてガバッ、とひと口。のっていたのは酢締めにしたサワラで、白身がホロリと柔らかく、つくりと比べると身の味がくっきりしている。西京焼きなどでも分かるように、サワラは調理を加えるとご飯によく合う魚で、酢締めもどんどん進んでしまっていけない。
そしてもう一種類の魚介は、頭を落として丸々1尾のった小魚で、これも岡山を代表するローカル魚介のママカリだ。これまた倉敷市の方にそのユニークな名の由縁を説明していただくと、食卓に出すとあまりに美味しいのでつい飯=「まま」を借りにいくから、その名がついたそうである。
体長10~15センチ程度の小魚のため、包丁でおろすのは至難の業。そこで丸ごと酢漬けにして骨ごと柔らかくして食べるのが地元流で、このように寿司ダネにするのに適している。なりの割には白身がしっかりついていて、引き締まった身がしゃっきりと、サワラの酢締めと対照的。グイグイとかみしめるたびに、旨みがあふれてくる。酒の肴にもぴったりだが、酒のほうは借りに行く必要はないほどあるから大丈夫。
と、本日の主役料理2品を味わったあたりから、少々記憶が怪しくなってきた。各市の方と話が盛り上がるたびに、それぞれの土地の銘酒を差しつ差されつ、とやっていたため、体内で酒も闊達に懇親会を始めてしまったようだ。
各市の観光PRも、幹事市である岡山おすすめの郷土の味覚も、とりあえずここまで綴れたのならば、酔いつつもまずまずの情報収集? ということで宴たけなわ。「瀬戸内はひとつ!」の一本締めをして、やたら重く感じる鞄を提げて、少々おぼつかない足取りで帰途に着く。
定期を出そうと駅で鞄を開くと、何と呉の「海軍ワイン」と、福山の「くわい焼酎」が1本ずつ入っていた。酔ったせいで鞄が重く感じたのではないのは分かったが、これはおみやげにいただいた物なのか、それともこれこそ酔った勢いで鞄に…?(2009年2月6日食記)