ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん40…鹿児島・天文館 『熊襲亭』の、キビナゴに豚骨、薩摩料理の数々

2006年02月24日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 熊本で1泊して、友人と天草の魚を肴に旧交を温めた翌日は、九州の南端の鹿児島まで一気に移動する。新八代駅へ出て、そこから九州新幹線に乗り換えると、鹿児島中央駅までは30分ちょっととあっという間。中心街である天文館に到着したのは17時過ぎで、ちょうど酒が恋しくなる時間である。天文館は学生の頃に数人の仲間と訪れたことがあり、名物のキビナゴの刺身を肴に薩摩焼酎を空けまくったものだ。いわば、青春思い出の地である界隈を、その時に入った店はどこだっただろう、などと記憶をたどりながら歩いていると、格式ありげな立派なたたずまいの料亭に出くわした。堂々たる店構えに躊躇していると、「もうやってますよ、どうぞ」と中からお姉さんに迎えられ、そのまま店内へ。太い木の梁がむき出しの店内は、まるで薩摩の旧家のよう。鹿児島の繁華街にいるとは思えない雰囲気である。

 そんな外観や内装から分かるように、この熊襲亭は、鹿児島屈指の歴史を誇る薩摩料理の老舗だ。豚骨、キビナゴの刺身、酒ずしなど、定番の薩摩料理が各種揃っており、代表的な一品料理のセットを頼んで薩摩焼酎を傾けることにした。せっかくだから地元でしか飲めない銘柄を頼もうと、お兄さんに聞くと「お湯割りなら、『燃ゆる想ひ』はいかがでしょう」。市内の相良酒造が醸造元で、有機栽培のサツマイモを下田七窪の名水で仕込んだ希少な品だ。まずは薩摩揚げとキビナゴの刺身、そして「黒じょか」という平たい急須のような酒器に入った焼酎も運ばれてきた。さっそく黒じょかを傾けて一杯。あらかじめ6対4に割ってあり、まろやかなのどごしの後、胃の中でチリチリと熱い。

 おかげでどんどん進むから、くっと空けては揚げたての薩摩揚げをガブリ。ワサビ醤油で頂くのが鹿児島流で、皮がサクッ、中はほっこり熱々で、魚の香りがとてもいい。材料の魚介は白身がおいしいエソのほか、近海でとれるアジやイワシ、トビウオ、サバなど、旬の新鮮な魚なら何でもいいとか。中にゴボウやニンジンといった具を入れることもあり、「うちの薩摩揚げの具は5種類で、何が当たるかはお楽しみです」とお兄さん。ちなみに自分の薩摩揚げには、大きめのニンジンがひと切れ入っていた。

 そして、焼酎にさらによく合う学生時代思い出の肴はやはり、キビナゴだ。キビナゴとは、錦江湾など鹿児島の近海でとれる、体長10センチほどの小魚のこと。とれたてを刺身で食べるのが一番で、素手で頭とワタ、骨をとって腹開きにする「手開き」にして酢味噌につけて食べるのが地元流。半透明の身に銀の鱗がキラキラ、黒のラインもくっきりと、見るからに鮮度がよさそうだ。小魚なのに身が厚く、口に運ぶとトロリと甘い。自家製の辛子酢味噌とも相性もバツグン。勢い、焼酎が進んでしまうが、調子に乗って学生の頃のペースで飲んでしまうと、後で大変なことになってしまう。このあたりからはお湯を自分でもう少しプラスして、6対4をさらに2倍ぐらいに割って頂く。

 薩摩料理の数々と学生時代の思い出を肴に、気持ちよく酔いが回ってきたところで、最後の料理である豚骨が運ばれてきた。豚の骨付きあばら肉を味噌と酒、黒砂糖、ショウガなどを加えて煮込んだこの料理、中華料理の角煮と混同する人も多い。しかし豚骨には脂の少ないあばら肉を使い、さらに調理の際には脂を極力そぎおとし、長時間煮込んで余分な脂を落とすなど、角煮に比べてかなりあっさりしている。この店の豚骨は鹿児島特産の薩摩の黒豚を、地場産などの味噌と砂糖で3時間以上かけて煮込んである。見た感じは味が濃くくどそうだが、箸をかけるとほろりと崩れ、辛さも甘さもほんのり。脂身もほとんどなく、豚肉の旨みが純粋に味わえる。「うちでは隠し味に、焼酎をちょっと加えています。また味付けに醤油を使わないのも、角煮との違いなんです」とお兄さん。ゼラチン質のトロトロのところが体にいいそうで、おかげで安心して焼酎も進む。

 学生の頃なら黒じょかを軽く追加していたが、残りを薄めに割って飲み干すと相当顔が赤い。博多、熊本と連日、昔の友人とのはしご酒で少々くたびれ気味なようなので、ひとり酒のこの日は少々自粛して? このあたりで店を後に。そういえば旅行中に、トリノオリンピックが始まっていたのを思い出し、ホテルで休みつつちょっと見てみるか。酔いが醒めての締めくくりは名物の薩摩ラーメン、といくことにしよう。(2006年2月12日食記)