ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

後悔

2022年08月04日 | 精神障害

 4月に今の部署に異動になってから、今までとは打って変わって組織内で注目されることになり、張り切っていました。
 しかし、注目されるということは、それだけ仕事量も多く、仕事の質もより高度なものが求められるということでもあります。

 これは精神疾患を抱える私にはしんどいことです。
 すでに職場に完全復帰してから丸10年を超え、職場は私が精神病患者だと知ってはいても、もう治ったんでしょ、とでも言いたげな扱いです。

 精神疾患は、重度のものでなければ、服薬・休養の後、普通の人扱いするとよく治る、と聞いたことがあります。
 今、まさしく私は普通の人扱いされており、それが良い方に働いて、大量の精神病薬の服薬と併せ、功を奏しているのかもしれません。

 しかし、今正気を保っているからと言って、明日も正気を維持しているとは断言できないのが精神疾患の怖ろしいところ。
 今の私はたまたま10年以上正気でいられたというだけの話です。

 病気休職の最後の3か月、私はうつ病や双極性障害の患者が職場復帰を目指して訓練するリワークプログラムに参加しました。
 それによって今も普通に働けている者は数えるほどで、私の主治医は私のこれまでをサクセス・ストーリーと呼んで賞賛します。

 過去のあれこれを考えると、よくも復職に成功し、通算30年も働いてしまったと、奇妙な感慨を覚えます。

 そして、プルーストの長大な小説「失われた時を求めて」ではないですが、職場の建物を見るだけで、様々な思い出が胸を去来して、私を憂愁に誘います。

 すべてはその時々の私が判断した行動の積み重ねのうえに成り立っているわけで、ああしてこうしてこうなったと、自身が一番よく知っています。
 自身の判断の結果だから後悔などしない、と言いたいところですが、だからこそ私の後悔の念は根強いものです。

 高校進学の際の受験校の選択、大学進学、就職。
 辞めたい辞めたいといつも思いながら、安定した収入を求めて今まで辞められず、膨大な時間を無駄にしてしまったこと。
 全ては失われた時であり、やり直すことなど出来ようはずもなく、ただ後悔ばかりが先に立ちます。 

 では今、辞めたら?

 もうあらゆることに意欲を失ってしまった私は、生活の糧を得るだけで精一杯になってしまいました。
 後悔する気力さえないというのが偽らざる心境です。

 精神障害の発症に伴い、病気の克服が人生の目的のようになってしまい、それが成った今、私は目的を失ってしまったかのごとくです。
 しかし、病気克服は手段であって、目的ではありません。
 病気克服はより良い生活のための手段であり、人生の目的とはおのずと異なります。
 それなのに、何をとち狂ったか、私は手段を目的化してしまったのです。
 そのことに気づかぬまま、何年も、私は病気を克服したことに満足していました。
 ここでもまた、私は貴重な時間を無駄にしてしまいました。

 後悔ということ、時間を無駄にしたという実感と喪失感なのではないかと思います。

 その喪失感が、私を発症前の、呑気だった時代へと向かわせます。

 膨大な自由時間を無為に過ごした学生時代。
 その無為が、今となってはかけがえのない時間であったと感じます。

 20代、初めての一人暮らしに浮かれて、実家ではできなかったことを楽しみました。
 小さなことでは、カップラーメンを食い比べること。
 実家住まいの時はカップラーメンを食したことが無かったので。

 バブルの残滓があった時代、飲みに行ったりカラオケに行ったり、若手職員が総勢10人も集まり、海水浴に出かけたり、花火を見たり。

 アパートに招待した女性も何人か。

 その中の一人と、今も一緒に暮らしています。

 30代。
 役がついて、まだまだ気力体力に満ち、私は天下を取ったような気分でした。
 28歳ですでに結婚していましたが、30代が一番女性にモテました。

 まさに輝かしい時代。

 そして36歳。
 小泉改革という名の役人イジメが苛烈を極め、私はうつ病を発症したのでした。

 ここで、私の記憶は暗転します。
 正直、症状がきつかった頃のことを、ほとんど思い出せません。
 この空白の数年間を経て、私はすべてを諦めたただの大酒飲みに変貌したのでした。

 肝硬変になった肝臓は、どんなに治療してももとに戻ることは無いと言います。
 ぬか漬けのキュウリが生のキュウリに戻ることが無いように。
 同じように、精神障害を発症したら、発症前に戻ることは無いように思います。

 平凡な人生を平凡に生きていく術を身に着けるために服薬治療をするだけです。
 医者はとにかく平凡であること、小さな幸福を感じられるようにすることを求めます。
 その甲斐あって、すっかり洗脳された私は、医者の言う寛解に至ったのです。

 退屈な寛解。

 私はこの退屈を背負って、時折、猛烈な後悔と憂愁の念に襲われ続けるのでしょうね。
 嗤うべし。
 双極性障害患者の、成れの果てというわけです。


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