昨日はそごう千葉店に出かけました。
家にいてもクサクサするし、遠出は面倒くさいということで。
気分を上げるため、濃紺の麻の着物で出かけました。
この着物、極めて肌触りがよく、涼しいので気に入っています。
11時半に到着し、そごう千葉店では馴染みの喫茶店でビーフカレーとサラダと冷製スープのセットを頼み、食後に紅茶を楽しみました。
最近、珈琲を飲むとドキドキするようになり、紅茶を飲むようになりました。
加齢に伴う嗜好の変化でしょうか。
食後に無駄話などして、お店を出たのが13時。
お昼に90分もかけるなんて休日ならではの贅沢です。
その後6階催事場で催されていた「日本の職人」を観に行きました。
御琴や三味線、尺八など和楽器の店があって、御琴には100万円以上の値が付いていてびっくり。
どんな人が買うんでしょうね。
その他鎌倉彫やら南部鉄器やら藍染やら着物やら漆器やら、多くの我が国が誇る職人技を見せてくれました。
冷やかすだけで何も購入する予定は無かったのですが、印傳の長財布に興味を持ちました。
見れば見るほど興味が湧き、ついに購入。
どれを購入するかで迷いに迷ったのですが、下の写真の物を購入しました。
私は二つ折の財布しか持ったことがありません。
ズボンの後ろポケットに突っ込むことを慣例にしているため、二つ折で無いとダメなのです。
しかし着物で出歩く時にはひどく無粋に見えます。
着物の時は巾着を持ち歩くので、長財布でも大丈夫ということで、今回購入しました。
衝動買いをするといつも軽く脱力します。
もう15時になっていたので喫茶店に入り、ミルクティーを飲んで心を落ち着けました。
ここでもたっぷり一時間過ごしました。
16時から30分ほど本屋を覗き、ミステリー1冊とエッセイ1冊を購入。
その後デパ地下で和食のお弁当を購入して帰路につきました。
シャワーを浴びて焼酎を軽くやりました。
良い休日だったと思います。
昨日から観測史上最大の大型台風が関東、特に千葉県と茨城県を襲うとの報道が繰り返し流されています。
夏休みは昨日で終わり、今日から出勤の予定でしたが、安全な建物から出ずに外出を控えろ、とのことでしたので、大事を取って今日は急遽休暇を取ることにしました。
リスクが高いことを承知で出勤するなんて馬鹿げていますから。
で、小説を読みました。
村上春樹の短編集「一人称単数」です。
この人の書いたものはノンフィクション以外すべて読んでいると思っていたのですが、偶然本屋で見つけて、購入しました。
村上作品は長編が出ると大騒ぎとなり、書店に長蛇の列が出来ることがほとんどですが、短編集の場合そういった現象が起きないため、見過ごしていたようです。
この作者にしては珍しく、私小説的な作品が多かったように思います。
もう70代を迎えることから来し方を振り返るような作品が書きたかったのかもしれません。
それは筆の衰えと言うより、手慰みのような、独特の味わいがあります。
長編を得意とする作家ですが、こういう物も良いと思います。
短歌を詠む女性との一夜をつづった「石のまくらに」。
ビートルズのLPを抱えて高校を歩いていた少女の思い出。
淡い恋の風情が漂う「With the Beatles」。
田舎の温泉宿で喋る猿との幻想的な夢物語を描いた「品川猿の告白」など。
不思議と味わい深い掌編たちです。
村上春樹も円熟の境地に達したのでしょうか。
そうだとすると、味わいの中に、わずかばかりの寂しさがスパイスとなっているような気がします。
読書とは関係無いですが、今日、台風にも関わらず、宅配便で80lの巨大リュックが届きました。
私はキャリーバッグを使いません。
駅なんかで邪魔だし他人様に迷惑をかけると思っているからです。
今までは45lのリュックを使っていましたが、ノートパソコンを入れたり、書類を入れたり、帰りにお土産を入れたりするとギリギリなので、軽井沢旅行を最後に80lに代えることにしました。
これなら余裕たっぷりです。
45lも80lも本来登山用ですが、観光旅行や出張で使います。
山用品は便利ですねぇ。
今日は我が国が連合軍に降伏することを全国民に知らせる玉音放送が流された日です。
一般にこの日を以て終戦と言うべきか敗戦と言うべきか、とにかく戦争が終わった日とされます。
国民は疲弊しきっていたでしょうから、内心ほっとしたという人も多いでしょう。
また、大日本帝國は無敵であって、敗れるはずがないという信念を持って生き続けてきた人々にとっては屈辱の日だったでしょうね。
戦後79年が経って、もはや太平洋戦争は歴史上の事件となりました。
今は多分、次の戦争の戦前なのだろうと思います。
戦争が悪であることは誰もが承知していますが、仮想敵国が何がなんでも戦争で相手を叩き潰すと固く決定してしまえば、戦争から逃れることは出来ません。
いくらアホダラ経のように戦争反対を唱えたところで、それは虚しいばかりでしょう。
戦争を避けるためには地道な外交努力しかありませんが、これも相手が戦うことを決意してしまえば、無駄なこととなり果てます。
結局は叩けば大損するということを知らしめるための軍事力を保持することが最も平和を維持するのに役立ちます。
馬鹿げていますね。
戦いを避けるために多額の税金を投入して強力な軍隊を保持しなければならないなんて。
しかしながら全世界が抑止力のための武装を追い求めているのだとしたら、我が国だけがその愚かな行いを嗤うことはできません。
頭のおかしい人々で埋め尽くされた世界では、自分も頭がおかしいか、おかしいふりをするしか生きていく道はありません。
人間というもの、殺し合いが好きです。
大河ドラマなんかでも、戦国時代や源平合戦、幕末の動乱ばかりが題材に選ばれることを以てしても明らかです。
この愚かな種に生まれてしまったことを呪うばかりです。
昨日は軽井沢から少し足を延ばして信濃鉄道で二駅目の信濃追分に行きました。
かつて宿場町として栄えた追分宿に行くためです。
信濃追分駅、驚愕の無人駅でした。
しかも追分宿まで徒歩で30分もかかるとか。
バスもタクシーもありません。
高原なので暑さはさほどでも無いですが、30分とは参りました。
それでもここまで来た以上、突き進む他ありません。
人けがほとんど無い道を歩くこと30分。
追分宿郷土館なる小さな博物館に辿り着きました。
まずは一安心。
追分宿、あまり宿場町らしい風情がありません。
本陣も脇本陣も残っておらず、旅籠もわずかです。
どちらかというと洒落た喫茶店や骨董店が立ち並んでいて、車で来たと思しき観光客が散策しています。
東京出身の小説家、堀辰雄がこの追分に魅せられ、自宅を構えて終の棲家にしたそうで、堀辰雄文学記念館というのがありました。
こんな山奥の宿場町で美しい文学を紡いでいたのですねぇ。
かつての住まいと書庫が残されていて、非常に興味深く感じました。
あまり長くいられる場所では無かったので、喫茶店で一休みして午前中に軽井沢に戻りました。
かつては信濃鉄道の貴賓室だったというイタリア料理店でパスタとサラダと紅茶のお昼を頂きました。
高原は海の幸に恵まれないだけに、こういう食事が旨いようです。
午後は軽井沢駅南口に広がる広大なアウトレット、プリンス・ショッピングプラザを冷やかしました。
あまりにも広くて、呆然とします。
客も嫌になるほど多く、閉口しました。
それでもいくつかの店を見て回り、バーバリーで売っていた極めて肌触りの良いマフラー、80,000円もしたので、取り合えず今回は諦めました。
どうしても欲しかったら冬に通販で買えば良いでしょう。
その後新幹線で帰宅。
盛沢山な旅行となりました。
今日は軽井沢2日目。
予報は雨でしたが、どうにか一日曇りで持ちこたえました。
ラッキーです。
今日は南軽井沢に在る塩沢湖を中心とした広大な有料公園、軽井沢タリアセンを訪れました。
軽井沢駅からタクシーで20分ほど。
車が無いとこういう時不便です。
バスは本数が少ないし、タクシーだと高いし。
9時の開園ちょうどに到着。
チケットを購入していざ、タリアセンへ。
広い湖を取り囲むようにしてアスレチックや小さな遊園地が併設され、レストランも充実しています。
いい年をして恥ずかしながら同居人と足漕ぎボートに乗りました。
足漕ぎボートで湖に出てみると、鴨が何羽も追っかけてきます。
そういえば鴨の餌を売っていて、ボートに乗りながら餌を与える人が多いのだと思います。
鴨たち、私も餌をくれる人だと勘違いしたようです。
お生憎様。
ただで餌などやりません。
ただし、鴨が至近距離にやってくるのは迫力がありました。
ボート遊びを終えて、園内をしばし散策。
かつて軽井沢の森林に建っていたサガンの翻訳で知られる朝吹登水子邸を移築した建物を冷やかしました。
クラッシクな建物は独特の味わいがあります。
昨日軽井沢の別荘地を見て思ったのですが、世の中にはとんでもない金持ちが結構いるのですね。
羨ましいかぎりです。
朝吹邸もその一つ。
誰か私に別荘を買ってくれないでしょうか。
その後レストランでハンバーグとサラダと冷製スープの昼食をいただき、食後の珈琲を飲みました。
かなり濃い珈琲で、私好みなのが嬉しい。
さらに湖の周りを徒歩で一周。
雨は降りませんでしたが、昨夜の雨のせいか、気温は低いながら蒸しました。
まぁ、曇りですんだだけでも有難いのですが。
続いて隣接するエルツおもちゃ博物館と絵本の森美術館を見学。
絵本はともかく、素敵なヨーロッパの古いおもちゃがたくさん並んでいて、テンションが上がります。
少々疲れて、路線バスで軽井沢駅前に戻り、喫茶店で珈琲とチーズケーキでしばし休息。
宿に戻ってシャワーを浴びました。
今夜はおいしいと評判のイタリアンを予約してあります。
ビールやワインを飲みすぎないようにして、夕飯を楽しみたいと思います。
今日から2泊3日の軽井沢旅行。
我が家を7時半に出て、9時半には軽井沢駅に降り立つことができました。
私がよく行った奥日光は中禅寺湖畔に比べると軽井沢はそれほど涼しくないというイメージを持っていたのですが、東京駅の新幹線のホームが異常に暑かったせいか、軽井沢駅に降りた瞬間、涼しいと思いました。
ガイドブックに載っていたサイクリングのモデルコース、わずか6キロメートルであったため、徒歩で見て回ることにしました。
自転車のスピード感では感じられない良さも悪さも徒歩ですと実感できると思ったのです。
まずは森林の中にある雲場池へ。
軽井沢の森林地帯はどこも立派な別荘が建っています。
私のような庶民には信じられないようなお金持ちがたくさんいるのですね。
少し嫉妬。
雲場池、マイナスイオンがたっぷり出ている感じでした。
ただし入口にはレンタサイクルがたくさん停まっていて少し白けました。
その後モデルコースに従って御前水を目指しましたが、どこを見ても同じような森と別荘で、迷ってしまいました。
それでもどうにか行きつきました。
明治天皇が休憩したとかで、だから御前水だそうです。
ここはホテル鹿島の森というリゾートホテルの庭にあり、まずはそのホテルで昼食。
オムライスが2,500円もしました。
しかしチキンがゴロゴロ入ったチキンライスに分厚いプレーン・オムレツが載っていて、味もよく、値段だけのことはあります。
食後に私には珍しく、紅茶をいただきました。
なんとなく、高原リゾートには紅茶が似合うような気がしたのです。
すっかり満足して再び森林の中を歩き始めました。
森の小さな教会、軽井沢ユニオンチャーチを目指しました。
途中、旧軽銀座を歩いたのですが、小じゃれた店が立ち並び、原宿のような人出で、ここだけは暑かったように感じました。
教会では白人の青少年から成る管弦楽団がコンサートを開いていました。
休憩を兼ねて教会のベンチに座ってしばし鑑賞。
私はクラシック音楽には詳しくないため、何を演奏しているのかも、うまいのか下手なのかも分かりませんでした。
その後万平ホテルを目指しましたが、改装のため休館しており、入ることは叶いませんでした。
残念。
さらに川のせせらぎも涼し気なささやきの小道を散策。
癒されます。
最終目的地の軽井沢駅近くの矢ケ崎公園へ。
広大な池があり、鴨が泳いでいました。
さすがに歩き疲れて駅前の喫茶店でアイスコーヒーをいただき、疲れを癒しました。
宿は森林に在るリゾートホテルではなく、格安の駅前のアパホテルを取りました。
今回は車ではなく電車で来たので駅前のほうが便利だと思ったのです。
途中、迷ったりしたせいか、2万歩を超えてしまいました。
心地よい疲れです。
これから駅向こうのアウトレットのレストラン街に行って一杯やる予定。
まずは良い一日だったと思います。
今日は午前中墓参りに行きました。
私の実家ではなく、同居人の父とわずか18歳にして病死した妹が眠る墓です。
久しぶりに行ったら雑草が生え放題で、掃除に難儀しました。
しかもこの暑さ。
頻繁に木陰で休憩を取りながら、2時間もかけて掃除を終え、線香に火をつけて拝みました。
義妹はもう33回忌を終えています。
とっくに成仏しているものと思います。
義母はかろうじて生きていますが、そう長くないことは疑いようの無い事実です。
義母が亡くなってしばらくしたら墓仕舞いを考えなければならない状況に追い込まれます。
私たち夫婦以外にはお参りする人などいませんから。
では私たち夫婦が亡くなったら?
私の実家は寺なので、その寺の共同墓地というか無縁仏のための塔というか、そういう物があるので、そこに入れてもらいたいと思っています。
今でこそ54歳は現役バリバリですが、ひと昔前は55歳が定年。
もう定年を迎える年なのです。
もう就職して33年目になってしまいました。
愚行を繰り返した33年であったと思います。
もう十分だという気がしています。
仕事はもちろん、生きることさえも、もう十分です。
今朝は朝一番で内科に行きました。
4カ月に一度の血液検査のため、採血があったからです。
その後しばし休んでそごう千葉店に行きました。
今使っているバスタオルが大分くたびれてきたからです。
ネット通販でも良いのですが、身に着ける物と同様、手触りを確かめてから購入したいと思いましたので。
で、少し高いけど極めて肌触りの良いバスタオルを2枚購入。
その後昼食を摂り、本屋へ。
文庫本の小説を2冊購入。
帰宅してから、かねて購入してあった歌集を読みました。
「また猫と」という猫の挽歌集です。
歌人は大の猫好きで、多くの保護猫を飼ったり、里親とのパイプ役になったり、猫無しの生活は考えられない人のようです。
私はたまに愛でるくらいなら良いですが、飼うのは犬も猫も絶対に嫌です。
実家で犬を飼っていたことがあり、野良猫を餌付けしたりもしていました。
犬猫は当たり前ですが生きているので、その体温が暑苦しく、しかもほぼ確実に10数年で死んでしまうし、金はかかるしで、私にとって良いことは何もありません。
で、「また猫と」。
不謹慎 かもしれないが猫の死は ひとのそれよりこたえてしまう
老猫と居て 代わり映えしない日が 当たり前ではなくいとおしい
起きたけど いた猫がもういない世界 また起きたけどまたいない世界
看取るまで じゃなくそこから立ち直る までが「猫を飼う」っていうこと
これらの短歌群。
混じりけ無しの猫への愛情が感じられます。
それにしても人はいつから猫を飼うようになったのでしょうね。
犬はおそらく狩猟などで役に立つので飼い始めた理由がなんとなく想像できますが、猫は単に愛玩する以外、何の役に立たないはず。
せいぜい鼠を捕まえるくらいでしょうか。
しかし世の中には多くの猫好きがいて、せっせと猫の世話をしています。
なんでも米国では、男が猫を飼うのはオカマみたいで格好悪いとされているとか。
男なら大型犬、というのが常識だそうです。
そんなことまで男女差別しなくても良いのに。
猫の挽歌集、猫好きでなくてもその寂しさ、切なさが心を締め付ける作品になっています。
どうか老猫が安楽な最期を迎えむことを。
また、亡くなった猫 が安らかであらむことを。
今朝は半年に一度の視野検査のため、千葉大学医学部附属病院に行きました。
大学病院はとにかく待たされます。
視力検査で待たされ、視野検査で待たされ、診察で待たされ、会計で待たされ、合計2時間ばかり待たされたでしょうか。
どうせ待たされると思っていたので、未読の小説を持っていき、文庫本で229頁、軽やかな文体で読みやすく、待ち時間の間に読み終わってしまいました。
近頃お気に入りの桜井美奈の「私、死体と結婚します」を読みました。
比喩的なタイトルかと思いきや、本当に死体と結婚してしまいます。
結婚間近で同棲しているカップル。
明日には入籍しようというタイミングで、女が帰宅すると、男が寝室で冷たくなっています。
女は看護師で、一見して死んでいると分かってしまいます。
古いヒーターを使用したがゆえの一酸化中毒とみられます。
しかし女は、冬の北海道での出来事から、4日くらいは死体は腐らないだろうと思い、わずかでも新婚生活をおくりたいと、男の死を隠したまま、役所に婚姻届を提出し、それは受理されます。
もちろん、違法行為です。
夫愛しさのあまりの狂気じみた行動です。
しかしそこには、夫への愛情だけではなく、夫とその父親、幼い頃からの夫の親友が絡んだハチミツの違法輸入が関わり、それが要因か、女の幼い妹が事故死していたことが示唆されます。
男女は互いに魅かれあい、お付き合いをして結婚を約束するわけで、それは愛情ゆえです。
ただし女の側には、犯罪を含めた、男の隅々までを知り尽くしたいという欲求があったことが分かります。
読む者を翻弄しながら、物語は疾走し、大団円へと向かいます。
この作者、サスペンスを描きながら、王道からは外れるのかもしれませんが、特異なシチュエーションを作り上げるのが得意なようです。
気楽に親しめる内容になっています。
明日からから8月15日(木)まで土日を含めて7日間の夏休みです。
7日間も休めるなんて正月休みとお盆休みくらいなので、嬉しいですねぇ。
しかし、明日は朝から眼科受診のため千葉大学医学部附属病院に行かなければなりません。
もともと緑内障のため近所のクリニックに通っていたところ、主治医から点眼治療だけではなく、手術も検討すべきだと、紹介状を渡されて千葉大学医学附属病院に初めて受診したのが3年半前。
それ以来、2か月に一度の通院でクリニックに通って、薬を処方され、半年に一度、2月と8月に千葉大学医学部附属病院に検査のため通っています。
40代、50代での手術は感染症のリスクが高いため、様子をみましょうと言われ続け、もう3年半が経ちました。
明後日はコレステロールの薬をもらいに近所の内科クリニックを受診予定。
4か月に一度の血液検査のため、採血を行う予定です。
それらが済んで1日おいて、8月12日(月)~8月14日(水)まで軽井沢に2泊3日の小旅行を予定しています。
コロナ禍で旅行を自粛し、以前は毎年中禅寺湖畔をはじめとする避暑地を選んで旅行に行っていたのですが、最後に旅行に行ったのがもう6年も前、蓼科高原に行って以来です。
そのせいか旅行も億劫になり、新幹線で東京駅からわずか1時間で行ける軽井沢を選びました。
軽井沢、避暑地というわりには涼しさは中途半端です。
過去、最もよく行ったのが標高が高いせいで本当に涼しい奥日光の中禅寺湖畔あたりです。
しかし眼の悪化とともに車の運転が怖くなり、眼科医からも運転はリスクが高いので、通い慣れている通勤路以外は走らないほうが良いと言われ、イロハ坂を上るなんて論外だということも、軽井沢を選んだ理由の一つです。
定年退職したら早速運転免許は返納しようと思っています。
涼しさも中途半端で人ばかり多い軽井沢に行くのはどうかと迷ったのですが、6年ぶりということで軟弱な避暑地を選びました。
私はまだコロナが完全に終息したわけではないと思っているのですが、世間ではコロナは終わったものとして扱っています。
その時流に乗って、楽しんできたいと思っています。
30年も前に刊行された黛まどかの句集「B面の夏」を昨夜読みました。
この人の名前はもちろん30年前から知っているし、代表的な句のいくつかはなぜ覚えたのか分かりませんが、諳んじることもできます。
それなのに句集を読まなかったのは、この人、もしくはその周辺のファン達のイメージが恋愛依存的な雰囲気を醸し出し、気持ち悪くて面倒くさいように感じたからです。
改めて読んでみると特段恋愛依存とは感じませんでした。
ふらここや 恋を忘るる ための恋
のような句が恋愛依存的に感じたのかもしれません。
公園デートでしょうか、ぶらんこに乗りながら前の恋を忘れようと新たな恋を求めているというほどの意かと思います。
また、こんな句。
夜桜や ひとつ筵(むしろ)に 恋敵
なんて、怖いですねぇ。
私が最も好む句は、
飛ぶ夢を 見たくて夜の 金魚たち
です。
近頃では高校の国語の教科書に載っているのだとか。
一生を狭い金魚鉢で過ごす金魚でさえ、せめて夢の中では広い世界を飛び回りたいのでしょうか。
もはや大御所となり、いくつかの大学で客員教授を務めているそうです。
一口に30年と言いますが、それは途方もなく長い年月です。
30年前、私は24歳で、仕事にも少し慣れ、悪い遊びを覚え、天下を取ったような気持ちでいました。
まさか30年後、今の私のような疲れて冴えないおっさんが出来上がろうとは思ってもみませんでした。
近頃お気に入りの桜井美奈のミステリー「殺した夫が帰ってきました」を昨夜読みました。
タイトルが極めて刺激的です。
DV夫を崖から突き落として殺した女。
その後独身と偽ってファッションデザインの会社に勤め、充実した毎日を送ります。
しかし罪の意識に苛まれるのも事実。
そして夫殺害から5年も経って、記憶を失った夫が帰ってくるのです。
崖下で奇跡的に生き残ったのか、はたまた化物か、とにかく女は記憶を失ってすっかり優しくなった夫と奇妙な同居生活を始めます。
女の不幸な生い立ちが語られ、様々な登場人物が真実に近づき、あっと驚く結末を迎えます。
謎が重層的に絡まる物語で、何を書いてもネタバレになってしまうので、これ以上は書きません。
切ない真実に、つい、落涙を禁じ得ませんでした。
昨日はイオンモール幕張新都心に出かけました。
夏になるとよく訪れます。
夏は暑すぎて外散歩が出来ないため、歩くために空調の効いただだっ広いイオンモールは快適で便利だからです。
普段運動などしない私にとっては散歩くらいしか体を動かすことがありません。
散歩は私にとって死活的に重要です。
犬のように。
イオンモール幕張新都心へは東関道を使って車で20分ほど。
11時半頃に着いて、まずは洋麺屋五右衛門で昼食。
その後歩き始めました。
同居人の体重が過去最も重くなってしまい、近所のジムに通い始めて一か月半。
食事制限はしていないのに2キロ痩せたと同居人は喜んでいます。
これまでほとんど運動をしていなかったのに突如として運動に目覚め、スポーツ用品売り場が見たいとか言いやがります。
色々見て回り、トレーニングウェアを2着購入。
私は本屋で小説2冊と歌集を1冊、句集を1冊購入しました。
なんちゃって貝の口(帯の結び目) をマジックテープと思われる帯に突っ込み、腰ではなく腹で巻いたグズグズの着方で浴衣を着た青少年と安そうな浴衣女性のカップルをやたらと見かけました。
なんちゃって貝の口、存在は知っていましたが見るのは初めてです。
しかも大勢。
ちゃんと着ている者は見る限り一人もいませんでした。
要は七五三の着付けと一緒です。
スマホで調べたら幕張ビーチ花火フェスタなる花火大会を開催の由。
なるほどと頷きました。
開始は19時15分からですが、お昼前からイオンモールをうろついています。
いくらなんでも早すぎるだろうと心の中でツッコミを入れざるを得ませんでした。
なんだかんだで8,000歩歩き、珈琲を頂いて帰宅。
良い土曜日でした。
金曜の夜、小説を読んで過ごしました。
読んだのは桜井美奈の「幻想列車 上野駅18番線」です。
先般この作者の「私が先生を殺した」という上質なサスペンスを読んで気に入り、他の作品も読んでみようと手に取った1冊です。
内容は「私が先生を殺した」はサスペンス、「幻想列車 上野駅18番線」はファンタジーというか寓話というか、とにかくこの世の存在では無い者が登場します。
心に傷を持った者が上野駅の隅、人けの無いベンチに座っていると、不思議なことが起こります。
テオと呼ばれるぬいぐるみのように可愛らしい架空の生き物が、その外観からは不釣り合いな乱暴な口調で鍵を渡し、秘密のドアを開けるよう誘います。
ドアを開けるとレトロな一両編成の列車(一両で列車というのは変ですが)が止っています。
上野駅には存在しないはずの18番線
テオに促されるまま列車に乗ると深く真っ黒な瞳の車掌がにこやかに待っています。
この車掌、とんでもないくらいの美青年です。
そこで、誘われた者は不思議なことを聞かされます。
一つだけ、消したい記憶を消してあげる、というのです。
そして列車は記憶を消した後の近未来と消さなかった場合の近未来を見に発車するのです。
この物語では4人の登場人物が同じシチュエーションでそれぞれの記憶を消す旅が描かれ、連作短編集の体裁を取っています。
音楽家を目指し、目標のピアニストへの茨の道を進むか、安定を求めて教師になるかに悩む音大生。
彼は少年の頃小さな音楽祭で入賞した記憶を消せば音楽にさして興味を持たないで済んだのではないかと悩んでいます。
彼は記憶を消すのでしょうか。
事故で幼い息子を亡くし、さらに一年も経たずに愛しい妻まで病で亡くした男。
彼は息子の事故の記憶を無くしたいと思っています。
しかしそれは、妻との結婚をも忘れて、独身生活を続けてきた、という人生にならざるを得ません。
苦しい記憶とともに愛しい記憶までも無くしてしまうことを選ぶのか。
痴漢にあったことを忘れたい女。
幼い頃義父を突き飛ばし、頭をぶつけて亡くなったことを、自分が殺したと言って苦しみ続け、その記憶を消したいOL。
それぞれ心に闇を抱え、消してしまいたい記憶がありますが、それを消すと消したことに伴って良い記憶をも無くしてしまうという究極の選択を迫られます。
そしてエピローグにいたって、車掌こそ、50年以上前にすべての記憶を消してこの世の者ではなくなった当事者だということが示唆されるのです。
平易で読みやすい文章にそれぞれの主人公の葛藤が綴られます。
記憶とは何だろう。自分を作っているのは、記憶なのだろうか。
という登場人物のつぶやきは、記憶に拘束されざるを得ない人間の本性を突いていて秀逸です。
難を言えば平易であるがためにかえって子供っぽく感じられる文章でしょうか。
昨日は4週間に一度の精神科通院日でした。
最近仕事が増えて落ち込み気味で、今も多くの精神病薬を飲んでいますが、もうずいぶん前、初めて精神科で処方され、救われたと感じたドグマチールを処方してほしいと主治医にお願いし、処方してもらいました。
思えば今までたくさんの薬を試してきました。
合う物もあり、水を飲んでいるかのように効かない薬もありました。
精神病の薬というのは飲んでみなければ効果があるかどうか分からないようなところがあります。
内科の薬、例えば解熱剤などは、誰が飲んでも効くと思いますが、精神というもの、まだ得体が知れず、脳の一部に作用して薬効を得るわけですが、これがじつに難しい。
解熱剤の例でいえば、熱を測ればその効果はすぐに分かりますが、精神科の薬はあくまで患者がどう感じたかに依るところが大きく、脳内を検査して効いているはずだと推測は出来ても、患者が効果を実感できなければ意味がありません。
そういう意味では、ドグマチールは私にとってお守りみたいな物です。
ただこの薬、承認されたのが1973年と古く、その後多くの新薬が開発されたため、最近はあまり使われなくなりました。
効いてくれると良いのですが。