たかはしけいのにっき

理系研究者の日記。

決めつけないで 4

2011-06-23 02:39:38 | Weblog
 どんなことだって仮説に過ぎない。
 理論的に示されていることのすべては近似から抜け出すことはできないし、きちんと確立されているように思っている理論だって、そのすべては仮説の域を出ていないのだ。

 自然科学ほど堅いと思われているモノだって仮説なんだから、ヒトの振る舞いの解析なんて、仮説もイイとこ。ほとんどは勝手なイメージに過ぎないし、
 「だからそーやって決めつけないで。」

 でも、これは前にも書いたことだけど、自然科学というのは、これくらいのスケールの自然現象については、この理論で非常に精度よく理解することが出来ます、ということまでちゃんと定量化するので、非常に厳密なんです。これは、もちろんヒトの振る舞いに対してだって応用できるはずで、こういうことをしたら明らかにこうである、とか、こうならばこう、って理論は存在していて、ある程度は精密に予測、理解することができる。
 それを言葉にした時に、喜ばれたり、怒りをかったり、その後の展開は色々だけど、正しいことを把握することだけは出来る。っで、こういうことに対するディスカッションを、自然科学の研究以上に、鍛練にやるべきだと思っている。じゃなきゃ、高いレベルでの優しさだとか喜びだとかを掴めるはずが無い。

 他の人との事を話すことはもちろん、自分たち同士についても自分たちで解析しディスカッションをする。教科書はどこにも存在していないから、自分で執筆していくしかないけど、理系科目なんかよりも遥かに簡単なレベルをきちんと書けていない人は多い気がする。
 確かに、自分であたって、自分で行動して、実験して、比較検証、理論化しなきゃだから、受け身な感じでは絶対に学べないけど、じゃぁ、何のために生きてんの?って話になってくるしさ。誰かがいて、ホンモノがあってこその、人生なんだから、ちゃんと、1人ひとりが人間関係学の研究者になっていかないといけないよね。

 そして、このように苦労して得られた理論も、所詮は、仮説であることに注意しよう。どんなに感情を加味しても(他人の感情を加味しない理論は論外)、どんなに特異的な物理系を語ったとしても、あくまで仮説なわけで、
 『やっぱり決めつけないで?』

 気持ちを気持ちのまま受け取ったり感じとったりすることを忘れないでいよう。解析をしたとしても、感情をそのまま感情で受け取り、それを感情依存で行動することも大切だ、っていう理論を持っとくことによって、ちゃんと心でも動けるようになっていければいい。そうすれば、決めつけ過ぎずに済むかも。

 感情で動き過ぎてもいけないし、思考で動き過ぎてもいけない。俺はどちらかというと思考で動きがちだから、思考で、感情で動くんだ!、と規制する。
 その表現方法が開拓されつくしていないから、なんでもかんでも、仮定して、既知にしちゃう。

 そう、別に、誰も、本当に決めつけているわけじゃないのだ。
 違う感情が起因になっていたり、理想の裏返しだったりする。

 っけ、幼いなぁ、って、『やっぱり決めつけないで!』
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