たかはしけいのにっき

理系研究者の日記。

ピペットマン使用時に1つでも行なっていたらバイオ系じゃないリスト

2018-09-10 00:43:19 | 自然科学の研究
 3年ほど前、Facebookを見ていると、ある研究室の先輩が結婚したとの写真をアップしていた。そんなに親しいわけではない先輩で、私の周囲には、融合分野の研究者は多いが、がっつりバイオ系の研究者はそれほど多くはなく、でも、この先輩はがっつりのバイオ系だった。
 日常、よくあることである。SNSをだらだら見ていて、大して関心のない人が結婚したとの写真に遭遇する。でも、私はその時、その先輩がアップしたある写真を見て、かなり考え込んでしまったのだ。それは、結婚式会場のウェルカムボードに描かれた、先輩を模した動物が手にしている、ピペットマン。

 ・・・そうか、この人にとって、ピペットマンというのは、人生の門出に登場するほど、生活の「相方」にも匹敵する存在だと、(少なくとも絵を描いた方には)思われているのだなと悟った。
 それと同時に、少し違和感も残った。ピペットマンを手にしたその動物は、手だけが完全に固定され、顔は違う方向に笑顔を振りまいている。決してピペットマン本体を注意深く見ているわけではないその動物が、何かを描像しているように感じたのだ。創作物は創作者の心情を表すことが本当だとすれば、きっと何度か「ピペド」と唱えながらこの絵を描いたに違いない、と直感した。

 (少々前置きが長くなりましたが、)バイオ系の人にとって、それほど大きな存在である「ピペットマン」。それだけ大きな存在であるのに、ピペットマンの使い方を熟知して実験している人は案外少ない気がします。ピペットマンはただ液体を吸引・吐出するだけの機器ですが、その使用に関しては、かなり面倒なことが沢山あります。ここで、今一度、私が普段から厳禁だと思っている、ピペットマンの使用について以下で述べようと思います。
 ちなみに、ここではギルソンのピペットマンについて述べるので、他のマイクロピペッターや、同じギルソンでもマイクロマンなどについては述べないので注意。

 以下は、行ってはいけないこと、そしてその理由、です。

①チップをトントン叩きつけて取り付ける
 チップを必要以上に奥に突っ込もうとしたり、ましてや思いっきりトントンするのはピペットマンの先端を消耗させ、リークなどの原因になります。絶対にやめましょう。軽くねじって取り付ければOKです。チップラックは、コンタミしにくいように、手前から使うことが重要で、好き勝手なところからチップをとらないでね。これは後の注意にも繋がりますが、チップを手で取り付け直す場合、チップをぎゅっと握るのはNGです。温度差が発生してしまいます。

②目盛を両目で合わせる
 目盛は利き目だけで正面から合わせないと、誤差上げる原因になります。つまり、利き目どっち?と訊いてみて、答えられなかった時点で、実験バイオ系失格です。目盛は、片目を瞑って、量の多いほうから少ないほうへと合わせましょう。下から合わせると、歯車の遊びがあるので、また誤差の原因になります。意外ですが、これも系統誤差の原因になりますので注意しましょう。

③4°C以下or40℃以上の液体を平気で吸引する
 ピペットマンの天敵は、温度差です。温度差で内圧が変わってしまったら、正しい量で吸引・吐出はできません。ギルソンで4〜40℃までですので、気をつけてください。一応、70℃までOKと取扱説明書には書いてありますが、推薦は4〜40℃です。それ以外の温度を吸引する場合は、系統誤差が発生していることを必ず認識して、吸引しましょう。

④斜めから吸引する
 ピペットマンでの吸引は必ず垂直で行うこと。斜めから吸引すると、実際の量は少なくなってしまいます。仮に45度の角度で吸引した場合、誤差率は最低でも5%上がると言われています。200ulで吸ってるつもりが190ulとか、ヤバすぎでしょ?

⑤チューブの底面から吸う
 吸引は必ず液面から浅いところで行うこと。液面から深く刺して吸引すると、水圧で目盛よりも沢山取れてしまいます。これも基本中の基本ですが、急いでる時など注意しましょう。
 それから、なるべく液面の中央部分を狙って吸うのもポイントです。壁面だと系統誤差が大きくなります。

⑥吸引してから吐出までが早い
 吸引はゆっくり行うこと。巨視的には吸引を終えていても、実際に目に見えないところで吸引中であることも多々あります。特にP1000では、吸引に6秒は待つことが推奨されています。吐出もいきなり第二段階まで押さないこと。第一段階を経てから、第二段階までそっと押すのがお作法です。
 もし定量的な実験をするなら、何度か同じ液体を吸引・吐出をゆっくり繰り返し、ピペット内部の空気を平衡状態に近い状態にすると、より誤差を少なくすることができます。

⑦使用後、目盛を最大にすることを怠る
 使用後、特にラボを去る時は、必ず目盛を最大に戻しましょう。ピペットマンの目盛はバネで調節しています。長時間ピペットマンを使用しないなら、バネを自然長に戻しておかないと、経年劣化が極端に早まります。すぐに、正しい量で吸引・吐出ができなくなりますから、注意が必要です。

 上記を心がけていても、ピペットマンそのものがコンタミしていたら、意味がありません。先端部分の部品を分解して、錆びていないか塩析していないか、中まで確認したり、Oリングを確認したり、点検を必ず月1回は行うようにしましょうね。
 どんなに正しく使っていても、3-5年で、先端部分は買い替えが推奨されています。エアロゾルの発生は、どうしようもありませんから。近くに古そうなピペットマンがあったら、ぜひチェックしてみてくださいね。

 でも、おそらく、ここに書いたことは、30年後には完全に意味がなくなっているでしょう。ラボオートメーション化が進み、殆どの研究者が分子生物学実験用ロボットを使用しているだろうから。
 30年後にSNSのようなものがあって、誰かバイオ系の人の結婚式の写真を見たときは、ウェルカムボードの動物が自然現象そのものと既存の理論だけを見つめ、ピペットから解放されていて欲しいなっと小さく思っていたりする。それは何かしら痛みを伴う変化なのかもしれないけれど、私たちにとって重要な変化だと思うのだ。

 そして、その第一歩として、正しく自然現象という名の現実を見据えるようになる第一歩として、まずは、生物学実験を実際に行う多くの方に、ピペットマンを正しく使用できるようになって欲しいなと願っている。
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