たかはしけいのにっき

日々の「日記」を書いています。
何かを書いたからといって、実際に「そう思っている」とは限りません

8. 放任と管理/『研究コントローラー』

2016-08-31 12:03:26 | ネット小説『研究コントローラー』
 以下はフィクションです。実在の人物や団体などとはいっさい関係ありませんし、サイエンティフィックな内容についても実際には正しいことではないことも含まれます。

前のお話 7. 桜タワー/『研究コントローラー』

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2016年8月31日(水)

 「では、皆さん、普段掃除しているように、掃除してみてください」
 研究コンサルタントの野崎正洋先生が水島研究室のメンバーにむけてそう言うと、少しだけ私に視線を向けた。少し広い実験室に緊張感が走る。有機合成や物性物理などの実験室と異なり、全体に白を感じさせる実験室。高級感という意味では医学部は随一かもしれない。水島研のメンバーたちはどうしたら良いものか?という表情をしながらも、そそくさと各人の担当についた。十分にキレイな部屋に感じたが、野崎先生の視察中の指示には必ず意図がある。
 「この研究室はどうかな?山下くん」
 私は野崎先生に愛想笑いだけを返しながら、視線を床に移した。野崎先生はそんなことを気に留める様子も無く、仁王立ちしている水島教授に微笑を向けながら言葉をかけた。
 「水島先生は、普段、どこを掃除されるのですか?」
 いかにも真面目そうな女子学生が一人、「何を訊いてるんだ、コイツは?」と言わんばかりの表情で振り向いた。水島教授は驚いたように野崎先生を見つめ、少々怒ったように返した。
 「私は教授ですよ?」
 野崎先生は平然としながら、さらりと返した。
 「貴方はこの研究室の責任者のポジションですよね?ここは貴方に分け与えられている部屋ですけど、貴方自身が掃除をしないわけですか?」
 水島教授は、生まれて初めて見た生き物に対面したかのような目で、野崎先生を見つめた。
 「野崎さん。貴方はもう少し大学の事を勉強した方がいいかもしれませんね。普通、大学の教授は論文指導や授業などで忙しくてそんなことはできませんし、貴方の言い方は、教授である私に対して失礼です。そんなことを言う人は、私の長い研究人生のなかで、初めてですよ」
 「なるほど。これは依頼者である澤田教授に報告しなくちゃいけないかもしれないなぁ。それに利害関係がない私のような相手に、教授である私に対して、なんて、権威主義が身体に染み付いているみたいだ」
 水島教授は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、それ以上何も言う事もなく、その場を離れ、居室に戻った。

 京阪大学医学部基礎系生体機能学教室の澤田教授の研究室は、RC研究生の一人、斉藤結衣佳が潜入している教室である。斉藤結衣佳は斉藤自動車のお嬢様で、3人のうち唯一自らRC研究生へ志願した勇敢な女の子。彼女からの情報によって、同じ医学部基礎系のゲノム情報学プロジェクトの水島研究室が怪しいということになった。なんでも、水島研はここ1年ほど、やたら失踪の多い研究室として医学部内で認識されており、彼女の友人で被害者候補の一人も、この研究室の一部の実験装置を使用していたらしい。研究コントローラーと名乗る一連の大学院生・若手失踪事件の重要参考人と思われる人物から野崎先生が受け取った手紙に添付されていた被害者リストと照合してみると、被害者候補のうち7人もこの研究室に何らかのカタチで関わっていたことが明らかになった。そして、野崎先生が自ら水島研究室を調べることとなり、澤田教授を通して、研究コンサルタントとしてこの水島研に調査にやってきたのだ。
 それにしても、野崎先生の言い方・考え方は、水島教授のような権威主義者には容認できないであろう。私が昨年度まで所属していた東都科学大の有機合成教室であった村松研でも受け入れられないだろうに、それ以上に権威色が強い医学部でも態度を変えないなんて、この人はいったいどういう育ち方をしてきたのだろう?まぁ、その村松研も野崎先生の力によって解体させられたわけだが、いま思えば権威主義に迎合する姿など、私が野崎先生と出会ってから一度も見た事が無かった。

 「うーん、どうも水島研では、掃除したという既成事実をつくるためだけに掃除をしているように感じる」
 水島研のメンバーが最終的にゴミを一カ所に集め、ゴミ袋を捨てに行くために集まったところを見計らって、野崎先生が語り始めた。リーダー格の、おそらく博士課程の学生だろう、自信に満ちあふれた様子で野崎先生を見つめている。メガネに軽く手をかけながら、野崎先生に対して今にも何かを語る素振りを見せた。野崎先生を見つめてはいるが、どこを見ているのかわからないような視線をしている。こういうタイプは、実は自分固有の価値観がない。理系の男の子に多いタイプだが、私はこういうタイプが苦手だ。いわゆるガリ勉系。推薦入試で大学に入学した私のようなタイプを心から莫迦にしながら、私のルックスだけについては価値があると思っているから、余計に厄介だ。
 「仰っている意味がわかりませんね。そもそも、野崎先生は医学部の研究室について、どれくらいあかるいのですか?」
 ガリ勉くんは野崎先生に挑むように言った。野崎先生の回答を楽しみにしているような素振りもあるが、基本的には、医学部出身以外の人間が医学系の研究室に口を挟むな、と言っているようにも聴こえる。
 「私に意見するとは、君は見込みのある研究医になりそうだね。私がコンサルタントとして適任かどうかに答える前に、将来有望な研究医様に1つ質問がある。医学系の研究室において、掃除の目的とは何かな?」
 見事だ。おそらく野崎先生は、何百人もこういうタイプを見てきているのだろう。相手の質問に答えず、その質問を褒めた上で、質問で返した。将来的に臨床医になり、泊をつけるために博士号を得ようとしているかもしれないのに、その可能性も思い切って除外している。事前調査でもしているのだろうか?とにかく、崩し方としては上出来だ。
 「そんなこと・・・、医学部に限った事じゃないとは思いますが、ホコリやゴミを集めることです」
 さらりと答えたガリ勉くんに対して、野崎先生は勝ち誇った表情をした。そして、ガリ勉くんに指をむけながら、さらりと言った。
 「ほら。君は、掃除をしたという結果として、ホコリを求めている」
 野崎先生の演説に慣れている私には、想像がつく。ここから相手に喋らせないのだろう。
 「まるで、ホコリさえ大量に取ってくれば、掃除をしたのだからそれで良いだろう、と言わんばかりだ。だから、よくよくラボの細かい随所を見てみなさい。例えば、あのPCRが置いてある棚の上のところ。ほら、この裏側、こんなにホコリが貯まっている。掃除が単なる習慣化になってしまっている証拠だ。こういうところを掃除せずに、君たちはPCRをかけているのかい?こういう細かいところを見過ごして、同じところを掃除しまくっても意味が無いのは明らかだろ?」
 ガリ勉くんは言い返すタイミングを伺っている。だが、野崎先生の研究医様に対する進言は止まる気配をみせない。
 「実験系のラボにおける掃除の目的・・・、それは、クリーンな環境を保ち、実験以外に不必要な無駄を排除すること。ホコリを集めることが目的では決してない。この2つの言葉の違いは僅かであるが、決定的に違う、確かな差だ。掃除は現実を見ることが得意でなくては、無意味な行為になりがちなんだよ。そんな基本的なことすらわかっていない君に、私がコンサルタントとして適任かどうかを示す必要はない。それに今回の水島研究室の視察は、医学部長である澤田教授が名指しで私に依頼してくださっているのだ。学生の君にはそんなことを言う権利さえない」
 野崎先生から調査をしたいと言い出したのに、よくもまぁ、いけしゃあしゃあと澤田教授の依頼だと言える。まぁ確かに、表向きは野崎先生の言う通りだから仕方ないのだが。野崎先生は、そう言い残すと、ガリ勉くんの反論を一切待たずに、突然に実験室の外へ出た。広い廊下だ。医学部の研究棟は、他の学部に比べて全体的に広い気がする。野崎先生はいつになく真剣な表情をしている。先ほどまでのおちゃらけた様子は皆無だ。
 「山下くん。私が、あの歯向かってきた彼と話しているときに、視線をフローサイトメーターのほうへ向けた人間はいたか?」
 私は思いがけない野崎先生の質問にビックリした。
 「フローサイトメーターですか?」
 「あぁ、そうか、山下くんは、有機合成が専門だったね。フローサイトメーターは、ラボの出入り口側の左奥にあった、黒い四角い箱みたいな機械だよ。大きなパソコンが一緒においてあった。どちらもSomyの製品だったかな」
 私は野崎先生が言っている機器を思い出しながら、水島研究室の全メンバー8名を思い出していった。
 「いえ、誰一人、そんな素振りはなかったと思いますが・・・、正確には後で確認してください。野崎先生の指示通り、スマートグラスの録画モードはずっとオンですし、だいたいのラボメンバーは撮影できていると思いますから」
 「了解。すると、あの彼と少し話す必要があるな」
 そう言うと、野崎先生は実験室に戻っていった。部屋に戻るなり、先ほどのガリ勉くんが野崎先生に反論してきたようだ。残念ながら、遅れて入った私には聴こえなかったが。
 「ところで、あのSomyのフローサイトメーターだけど、主に誰が使ってるのかな?」
 野崎先生がそう質問すると、ガリ勉くんが得意げに答えた。
 「あぁ、あれは、今、あんまり誰も使ってないですよ。去年は何名か使っていたんですが。なんならログをチェックしますか?」
 野崎先生は頷き、彼をフローサイトメーターのところまで足を運ばせた。他のメンバーは、皆、ゴミ捨てに行ったのだろうか。そう思って周囲を見渡すと、すでに自分の実験台で自分の仕事を始めている者もいた。
 「誰も使ってないわりに、この周辺は細部までやけにキレイだ。この、斉藤って人は誰だい?」
 「その人は、野崎先生の依頼人である澤田先生のところで研究されている人ですよ。あ、でも、正式には澤田研の人じゃなかったと思いますが」
 「この人の他に、最近、この機器を使ったであろう人は誰かいるかい?」
 野崎先生は口調ががらりと変わっている。今は完全に優しいお兄さんモードだ。ガリ勉くんにとって、このギャップは、先ほど恥をかかされたのも忘れるほどなのだろう。
 「実はこのフローサイトメーター、しょっちゅう誤作動するんで有名で、よく業者の人が、ここに来ますよ。といっても、最後に来たのは7月の終わり頃で、お盆前だったかと思いますが」
 「なるほど。その業者の人はいつから担当している?」
 「えっと、去年の1月くらいかな。この装置は2013年くらいからあるんですが。前は誤作動なんて一度も無かったんですが、この1年間くらいはやたらに多いですね」
 「わかった、ありがとう」
 そう言うと、野崎先生は水島研究室を出て行く素振りをした。おっと、と短く言いながら、野崎先生は水島研の全員に聴こえるように次のように言った。
 「皆さん、耳だけこちらに意識を傾けてください。作業を続けたままで結構ですので。まずは掃除を徹底すること。論文を書く前に、もっともっと基本的な事からきちんとしましょう。掃除は現実を見る作業。現実に存在しているホコリから決して目を逸らさないこと。ほら、このドアも、全然掃除していない。いくらラボの中を掃除しても、入り口にこんなにホコリがあったら同じこと。というわけで、掃除が完璧にできるようになったら、またアドバイスに・・・、来ることがあるかもしれないね」
 そう言いながら、研究室を後にして、階段を降りていく。私はそんな野崎先生の後ろに付いていきながら、念のため、意見を言った。
 「あのぅ、視察が終わったこと、水島先生か澤田先生に話さなくて良いんですか?」
 野崎先生はめんどくさそうに、私に言った。
 「心配ない。あとでメールしておく。それよりも結衣佳くんと一刻も早く話さなくては」
 “メール”と言われて、私はパラレルスマホではない、プライベート用のスマホを確認したくなった。彼から連絡が入っているかもしれない。私のせいで、祥太くんがいなくなり、直樹もいなくなってしまった。そんな憔悴しきった私を・・・、理系のなかの鬱屈とした環境に傷ついていた私の心を慰めてくれた彼に、今すぐにでも会いたい。そんな気持ちを抑えながら、私は野崎先生のあとをついていった。

 15時過ぎ。二条の近くの喫茶店に入った、私と野崎先生は、そろそろRC研究生の斉藤結衣佳さんが来るはずだと思いながら待っていた。私と斉藤結衣佳さんは初対面になる。北東大学に潜入している吉岡くんとは先週に同じような仙台市内の喫茶店で会ったが、無口な体育会系で、私としては接しやすい印象を抱いた。彼に新しいパラレルスマホを渡すのが本来の目的だったが、研究室の現状も少し聴けた。彼の潜入しているラボは山井研究室といって、かなりの放任主義らしい。そのせいか、普段からほとんど研究室に人がいないらしいのだ。今回の水島研究室はその逆だ。一挙手一投足を管理されている研究室メンバーが粛々と仕事に取り組んでいる様子だった。
 野崎先生のわりには珍しく、この喫茶店は完全に個室の店ではない。窓際の日当りの悪い席で、お客さんの入りはまばらだし、普通の喫茶店よりは1つ1つのボックス席が閉鎖的ではあるから話をするのに問題は無いとは思うけど・・・、野崎先生は京都周辺の土地に詳しくないのだろうか?それともそもそもそんな店はこの辺にはあまりないのか?
 「あ、野崎せんせーい、こんにちわー」
 後ろから声がした。振り向くと、斉藤結衣佳さんらしき人物が私のことを見ながら野崎に挨拶をした。清楚っぽい服装をしながらも、莫迦っぽい印象を与える童顔な顔。のわりに少しダラしない身体のラインが目立つ。目鼻立ちがくっきりしているわりには、しっかりナチュラルメイクをしている。右手の薬指だけ、ネイルアートをしている。自分でやったのだろうか?サロンに行ったのか?この雰囲気で、本当に医学部に潜入している大学院生なのか?丸の内のOLの平均点よりやや下位といった印象だ。
 「この人はどなたですか?」
 彼女は私の側に座りながら、そう言った。野崎先生が「ほら、前に連絡しただろ?山下美弥子さんだよ、私の雑用を引き受けてくれている」と言うと、「あぁ」と短い声をあげながら、「こんにちわ」と言ってきた。私も「こんにちわ」と返しながら、あー、こういう女、嫌い!と思った。
 「結衣佳くん、さっそくだが、少し聴きたい事がある」
 斉藤結衣佳は野崎先生を見つめ始めた。
 「なんですかぁ?」
 私がいるにも関わらず、野崎先生に対して、語尾をのばすような、この態度だ。私がいなければ、野崎先生に対して敬語も使わないに違いない。
 「水島研のFCM(フローサイトメーター)、最近使っているのは君だけか?」
 斉藤結衣佳は右手人差し指で唇とほっぺたの間を抑えながら、考えている素振りを見せた。
 「そうですね。私も最近使い始めたのでなんとも言えませんが、はい。私の独占状態です」
 「業者の人がよく点検に来るらしいんだが、話した事はあるか?」
 野崎先生がそう言うと、斉藤結衣佳は私のほうを少し見ながら、答えた。
 「いいえ。見た事も無いです。あの装置、そんなに大事なんですか?」
 野崎先生は真剣な表情で言葉を選びながら答えた。
 「あぁ、水島研関連の被害者候補7名全員が、あのFCMを何らかのカタチで使っていた」
 私は驚きながら野崎先生を見つめた。
 「結衣佳くん。本当に気をつけなくてはならないが、FCMを使えている現状はラッキーだ。私がそのように研究テーマを選んだつもりはないからね」
 「人工的に作成した非線形的に振る舞う油滴からマウスまで、運動形態を解析していくなかで、スケールフリーな生命らしい特徴を見出すのが私のテーマではあったのですが、遺伝子改変したある種の細胞が、同じ株のはずなのに個体差として振る舞いが異なるところがありまして。蛍光顕微鏡の観察で、リポフェクションが上手くいっていないものが入ってしまったことは明らかになったのですが、それがだいたいどのくらいの割合か知りたかったので、FCMを使ったのですが・・・」
 「その失敗は、RCとしては、大成功と言える。引き続きFCMを使えるように研究テーマを誘導していくようにしよう、まぁ、誰かに殺されかねないが」
 私は斉藤結衣佳のこの発言を訊いて、はじめて、この人、理系なんだ、っと感じ取った。
 「おそらく、その業者の人というのが怪しい。水島研内に怪しい人間がいないとすると、部外者として最も怪しいのは、業者の人になる。あのFCMだけやけに掃除が行き届いていた。その業者の人が掃除をしている可能性が高い。何かの痕跡を残さないためなのか、本能的に自分の痕跡を残したくないだけなのかわからないけどね。それに、水島研関連で、はじめて失踪があったのが2015年2月。その人が担当についてから、一ヶ月だ。だから十分に気をつけては欲しいが、FCMは使い続けてほしい。その業者の人と探れるようになるまでね」
 業者の人が、失踪になんらか関わっている?どうやって?まぁ、私たちが考えていてもあまり有意義にはならない。野崎先生の指示に従っていればいいのだ。
 「わかりました。いざとなったら逃げるから大丈夫でーす。ねーねー、それより、野崎せんせー、私、ケーキ食べたい。いいでしょ?」
 真面目に犯行内容を考えそうになっていた私を差し置いて、斉藤結衣佳は何も考えていなかった。野崎先生の了解を得ると、斉藤結衣佳は店員を呼んだ。
 「このチョコレートケーキで」
 生クリームがとなりについていて、とても美味しそうだ。「山下くんは?」と野崎先生から促されたが、お昼は天ぷらそばを食べたせいで、まだ、お腹がいっぱいになっている私は断った。
 「吉岡くんが潜入している放任主義の山井研とは対称的に、水島研はかなりの管理主義だったんじゃないですかぁ?まぁ、澤田研も管理主義ですけど、あそこまでじゃないので」
 斉藤結衣佳がそう言うと、野崎先生は身体を背もたれにあずけながら、リラックスした様子で答えた。
 「対称的ではないけど、まぁ、そうだね」
 私は驚きながら、野崎先生に質問した。
 「対称的じゃないって、どういうことですか?放任主義と管理主義。対称的じゃないですか」
 私が所属していた村松研は、今日視察した水島研以上に管理主義だっただろう。なんと言っても、助教の先生がお昼ごはんの時間をストップウォッチで計っているのだから。だから、この野崎先生の微妙な一言がどうにも気になったのだ。私がそう言ったところで、斉藤結衣佳が頼んだケーキが運ばれてきた。オーダーしてから本当にすぐに運ばれてきたなぁと思う。最近のレストランや喫茶店は本当に便利だ。私も斉藤結衣佳も野崎先生の答えを待っている。店員が完全に下がったところで、やっと野崎先生が語りだした。
 「山井研究室は、山井教授がなーんにも指導していない放任主義。ありゃ、多くの修士課程の学生が、ほんのちょこっと進捗した成果を、無理矢理に修士論文にまとめているパターンだ。まぁ、さすがに博士はそうはいかないだろうから、博士課程での留年が多いわけだ。一方の水島研究室は学生に対して、実験のたびに教授の指示が入る。もっとも水島研の連中は、自分たちが指示に従って作業しているだけだということにさえ気がついていないのだろうし、だから実験研究の基本である掃除すら自分で思考しようとしていない。彼らが当たり前になっている研究進捗のやり方こそが、そもそもの水島教授の指示だからだ」
 放任主義の山井研と管理主義の水島研。この両者は、やはり対称的だと思える。
 「放任と管理、この2つはまったく異なる原理に一見すると見える。だが、その本質は、いかに教育をさぼって、研究進捗をそれなりにでっちあげ、業績をあげるか?、という点に集約される点で、同一だ。誤魔化し方が異なっているだけ。山井教授は、あれで多くの学会実行委員のオサを務めていらっしゃる。確か去年までは学科長だったし、今年は入学試験実行委員のオサだったはずだ。論文業績が少ないぶんを外の仕事でカバーして、体面を守っているつもりなのだろう。研究室内部をおろそかにしてしまっているにも拘らず、外の仕事をやけに引き受けてくるのが放任主義の研究室のPIの特徴だ。そして、水島教授は、正式にはすでに定年を迎えた後の特任教授で、他人に対してスケジュール管理的な側面を出しながらも、昨年度、勤務時間中に国会前でデモ行為を行ったりしている。そんな自由奔放なことをするくらいなら、若い世代にポストを空ければ良いのに。あの世代は全共闘の影響もあって、やたらに反権力主義で個人の自由を主張する。つまり、放任と管理は、どちらも、俺は偉いんだ!、という勝手な気持ちをどう表現するか?というだけの差しかないんだ。発現の仕方が違うだけなんだよ。この勝手に振り回される側としては、両者はそんなに変わらない」
 なるほど。要するに、自分勝手な教員について「自分に管理的、他人に放任的」「自分に放任的、他人に管理的」と2種類いるのは確かだが、学生などの弱い立場が被害を被る瞬間は、そんなに変わらないということか。まぁ、確かに。放任主義の研究室では、「君が勝手に自由にやってたんだろ?」と言われて変な評価をされそうだし、それで何年も留年させられることの大義名分にされそうではある。管理主義の研究室でも、ほんの一回の自由度を逆手にとられて「私が指示したのに、それを無視して、君がこれをやったのだろう?」と言われて、同じようになりそうである。野崎先生は、自分の言葉を聞いている素振りを魅せながらも、黙々とケーキを食べている斉藤結衣佳のほうを向いた。
 「それ、美味しい?」
 斉藤結衣佳は驚いたように野崎を見つめながら、ゆっくりと答えた。
 「はい、甘くて、とっても美味しいですけど」
 そう言うと、野崎先生はあきれた表情を見せて、また語りだした。
 「まったく、最近のお嬢様は、これだから困る。そんなものが美味しいわけがないだろう」
 この発言は流石に斉藤結衣佳も気に入らなかったようで、ムっとした表情を魅せた。
 「私が美味しいって思っているのだから、それでいいじゃないですか?」
 それは確かにその通りだ。味覚のセンスまで、野崎先生にどうこう言われる筋合いはない。
 「じゃあ、結衣佳くん、生クリームとホイップクリームの違いは何かな?」
 「え?」
 「生クリームが動物性。ホイップクリームが植物性。本来、そういうチョコレートケーキについてくるのは生クリームなんだけど、そのクリームは明らかにホイップクリームだ。ホイップクリームそのものが悪いわけではないが、そのクリームにはショートニングが入りまくっていて、無理に甘くしている。長期保存できる用に添加物も入っている。そのなかには発がん性物質として名高いトランス脂肪酸も多く含まれているだろう」
 斉藤結衣佳は食べる手を止めて、野崎先生をじっと見ている。
 「ケーキに生クリームが付いてくるのは、本来、ケーキの甘さを口の中で抑えるため。甘さを促進させるためではない。最近、どのクリームをみても病的に白くて、私はそういうものを食べる気がしない。生クリームは、卵白のせいで少し黄色がかり、牛乳の味が全面にするのが普通。まぁ、保存が利かないから、最近じゃあ、少しお金を出す必要がある店でしか食えないが、結衣佳くんはお嬢様だろ。なぜ、そのアドバンテージを活かしていない?」
 斉藤結衣佳は野崎に反論した。まだまだ余裕がある表情だ。
 「そんな事言ってたら、野崎先生、なんにも食べられなくなっちゃいますよ!」
 「現代日本人はそもそもが食べ過ぎなのだ。単に満腹感を得るためではなく、身体に必要な栄養源を接種するのが食事の本来の目的だ。さっきの掃除の目的のロジックと同じだね」
 そう言うと一瞬私のほうを向いて、言葉を止めた。そして、すぐに言葉を続けた。
 「だから、自分の味覚として旨い!と感じるモノと身体が欲しているモノとを、リンクさせなくてはいけない。これが子供がしなくてはならない唯一のことだ。確かに経済格差が広がる現代、旨いモノを旨い!と感じられる味覚をすべての人が持つ事は難しい。だが、結衣佳くん、君は明らかなお嬢様だ。お嬢様で味覚が正しく成長していないのは致命的だと言わざるを得ない」
 「なによ!別にいいじゃない!!おやつのケーキくらい、何を食べても!」
 「あ、いや、私が言いたいのはそういうことではなくて、このように、世の中には、すでに、当たり前だと思っていることのなかに、誤魔化していることが沢山含まれているということ。当人が気がつかないうちに、誤魔化しに利用されていることが沢山ある。だって、君は、この誤魔化しを、美味しいと感じてしまっているんだよ?だから味覚もその1つだし、放任や管理が行き過ぎている研究室に所属している学生も同じことだ。彼ら彼女らは、自分たちが被害にあっていることにすら気がついていない点で、厄介なんだ。掃除をやらされて、研究内容や将来に至るまで自然と管理されているのに、研究はそういうもの、人生はそういうものだと思っている。放任だから、まともな指導を受けておらず、留年を繰り返しているのに、自分の能力が低いから仕方ないと思っている。それは、まるで、このホイップクリームが美味しいって思ってしまうことのようだなぁ、と思って」
 斉藤結衣佳は明らかに拗ねている。彼女の反応に対して、珍しく焦って冗談にしようと言葉を続けている野崎先生を見て、私は少し野崎先生が嫌いになった。私は飽き飽きして、プライベートのスマホを見た。すると、彼から連絡が入っていた。私は二人の目を盗んで、スマホを操作し始めた。
 ―そっちはどう?何か変わった事はあった?
 当初、たわいもないことを連絡できる関係に私は満足していた。先々週から付き合いはじめた私たちは、それだけでは満足できなくなっていた。祥太くんは真面目で優しいけど、死ぬ死ぬ詐欺をしてくるほどに男らしくない。直樹は男らしくてかっこ良かったけど、浮気性でチャラくて優しくなかった。でも、彼は、両方の良いところを持っている。真面目で、誠実で、優しくて、男らしくて、強い。そんな彼のところに早く帰りたいと切に思った。

 山岡研究室に行かなくなってから、もう2ヶ月か。あれから、もともとの所属である都王大の渡辺研究室に少し顔を出したり、彼女の香奈と会ったり、村川と飲みに行ったりしたが、基本的にはこの桜タワー北棟の33階にいる。野崎は「戸山くんにはこのスペースだと広すぎるかな?」などと言っていた。野崎には悪いが、この部屋を最初に見た時、桜タワーのわりには狭いなと思った。しかし、いまは、この部屋が何故か広く感じる。この2ヶ月、俺はすっかり変わってしまったかもしれない。物思いにふけりながら、野崎が作ったRC式モールス信号のテキストを開いて、ネットサーフィンをしていた。どうしても、スマホに手が伸びる。パラレルスマホではなく、プライベート用のスマホだ。別にGPSを利用したゲームをやりたいわけじゃない。位置情報がまるわかりだと野崎にキツく止められていて、なかなかのストレスではあるが。
 香奈や村川はかなり汎用性の高いSMSを使っているが、”彼女”との連絡はそうはいかない。マイナーなSMSアプリを使わざるを得なかった。野崎にバレたら一大事。アプリを開くと、なんとその”彼女”から返信が入っていた。「みゃーこ」と表示が出てきて、彼女の顔を思い浮かべる。
 ―ううん。特にはないかな。野崎先生は相変わらずだけどね。早くワタルに会いたいよ〜
 俺は自分の口角が上がるのを感じながら、どんな返信をしようか少し考えた。早く帰ってこい、と送ろう。だって、一度に二人の女と付き合うコツ、それは、放任と管理をそれぞれに使い分けることだからだ。香奈とはこの2ヶ月、1週間に一度くらいしか連絡をとっていないが、会えば仲良くしていた。美弥子は先々週に付き合い始めたばかりで、お互いの部屋を行き来しまくってるわけではないが、それまでも頻繁に連絡を取っている。そして、今のところ、すべてがうまくいっている。
 どうして、こうなってしまったのだろう?香奈を裏切るつもりはなかった。だけど、あのとき、美弥子が村松研での苦難を話してくれたとき、どうしても抱き合わなくてはいけないような空気を察してしまった。彼女はズルい。受け入れ準備オーケーですという表情の作り方が天才的だったのだ。いや、よくよく考えると、抱き寄せるまでで止めておけば良かったかもしれない。そのあとに、手を繋ぎながらキスしたのが問題だったのだ。後悔はそれなりにあるけど・・・、でも、今はそれでイイと思っている。香奈と美弥子、どちらも幸せにしたい、と真剣に思ってしまっている。この状態って、良くないよなぁ。そんなことを思いながら俺は美弥子に返信した。
 「野崎先生のおもり、お疲れ。俺も早く会いたい。早く帰ってこいよ」
 そう送ると、すぐに返信があった。
 ―さっき野崎先生に言われたんだけど、しばらくこっちにいることになりそう。どうしよう?
 “しばらく”ってどのくらいだろう?1ヶ月以上なら、放任と管理を逆にするか。俺はそう思いながら、”しばらく”の真意を美弥子に訊こうと思った。

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9. 社会統計力学と機械学習/『研究コントローラー』に続く

 事前に読んで添削してくれた方、有り難う御座いました。
 さて、やっと3月分のときの内容が回収できたなぁと。こっから、あと4回で終わらせられるか(笑)
コメント

「ズートピア(Zootopia)」の感想 -現代社会の差別における「たとえ話」-

2016-08-27 03:12:38 | ディズニー
 さて、またしても今更になってしまいますが、久々のディズニータグ、今回は、「ズートピア」の感想を書いてみようと思います。
 最初に見たのは結構前なんですが、書くのがだいぶ遅くなってしまいました。以下、ある程度、見た人を前提に書きますが、あまりネタバレしないように書いていきます。

 現代社会の「たとえ話」として、これほど精緻な作品も他にないだろうと思う。流石ディズニー。だから、目が離せないんだよなぁ。本作品は、主に差別のたとえ話となっています。
 肉食動物と草食動物、大きい動物と小さい動物、ずる賢い動物と泣き虫な動物。これらが、現代の、人種差別、宗教差別、世代間格差、学歴差別などのたとえ話となっていて、全然関係ないおとぎ話なのにも拘らず、自然と作品に入り込んで、最終的には泣けます。

 ウサギ史上初の警察官ジュディが、ずる賢いキツネのニックとペアを組んで、ある奇怪な事件の謎を解く、というのが主なお話の流れです。
 最初、ジュディの幼少期から始まって、ジュディのお父さんが「お父さんとお母さんは、夢を諦めたから、幸せになれたんだ」という言葉をジュディにかけます。このときに、「ディズニーのわりには、格言の逆説をかなりダイレクトに伝えてくるな」っという印象があったのですが、本作の深すぎるメッセージを掴むためには、これくらいは前提知識みたいなんもん。夢を諦めた方が手っ取り早く幸せを掴めるけども、それで本当にイイのか?、というようなことを考えたいのであれば、他のディズニー作品を見てください、ってことなのでしょう(アラジン、魔法にかけられてetc.)。

 この「ズートピア」のすごいところは、単に差別する側と差別される側に分かれていて、差別される側がかわいそー、という単純構造に終始していないところ。差別されていることを公に前提とした差別されている側の差別、もしくは、明らかにそれぞれの人生のなかでの努力の度合いor個人が不利益を被りうるがみんなにとって重要な選択によって現在の違いがあるにも拘らず、みんな一緒でしょ?平等でしょ?、と平等化されてしまうことの差別、などの、なかなか一見すると考えにくい差別を、うまく表現しているところが、本当に上手。さらに、ここに、多数派・少数派の物理法則が関与してくるあたり、本当にマジでガチで上手なたとえ話だなっと思います。
 まぁ、俺としては、最近本当に感じることだけど、自然科学内の分野間格差、理系と文系における利益・不利益を語った時の「でも、学問の本来は、貴賤はないはずでしょ?」と現状を一切加味しない起源への絶対視というのは、こういう問題をはらんでいるんだよなぁ。何を持って、どの時点で、対等とすべきか、というのは、本気の本気で思考していかないといけないことなのに、ここにマジョリティのロジックと需要と供給のロジックが入るから、複雑な現象が意外と簡単に理解できたようにみえるんだけど、ほんの少し摂動を与えてしまえば(何かの事件が起きれば)、大きな対立となってしまう危険が常に存在し続ける。(いや、たとえばだけど、俺、本気で、本来的なことを言えば、大学教養課程までの積分がきちんとできる博士号取得者って、それだけで無条件で年収700万円を最低ラインにしたくらいで、やっとトントンだと思うよ?そんなん、多数派のロジックと、短絡的な需要と供給の関係から、絶対に無理な(気がする)んだけどさ)

 この、いわば、アンバランスが定常化してしまったバランスに対して、バランスに戻そうとする力のなかに差別意識を感じとったキツネのニックが、ウサギのジュディに「俺が怖いか?」と試しに襲いかかるような素振りをするシーンは、ものすごく視聴者に恐怖を植え付けます。単なる「草食動物を食べる肉食動物の本能」として理解したい気持ちと、「平等と仲良し」を信じたい気持ちが葛藤するからです。このシーンは、本作品の俺のベストシーンです。ディズニー、うますぎる。本当に怖い。キツネがウサギを食べてしまうかもしれないから怖いのではなくて、俺自身が、このシーンをキツネの短絡的な本能として理解しそうになるから、怖いのです。

 もちろん現実は、本作品と違って、こんなに簡単に原因が解明されるわけもなく、その解決法が発見されるわけも無く、いつまでもいつまでも、生物学的な違いの存在に悩まされるわけですが、そこは「ありのまま」でいられない、「すべてにチャレンジする」気持ちを持って、一人ひとりが、世間を少しでもより良くするしかないのだと思います。
 そう、この作品は、「アナと雪の女王」の「ありのままで〜」だけで理解してしまっている多くの視聴者に、「そうじゃないですよ?」と教える役目も持っているのかもしれません。まぁ、当たり前ですが、「アナと雪の女王」は「ありのままでいい」なんて言ってる作品じゃないわけです。

 アナ雪やラプンツェルで、だいぶディズニー哲学が精緻化してきていて、今後どうするんだろう?と思っていましたが、さらに先のTrue Loveをディズニーは提供してくれています。二体系で帰結していたTrue Loveを多体系に拡張した作品と言えるでしょう。俺としては、アナ雪の続きとしても見ることができました。エルサの魔法の脅威はアナには受け入れられたわけですが、あの国の国民すべてに受け入れられたのかどうか?の描写が一切なかったですから。このエルサの魔法の脅威を、そのまま今回の作品内の肉食動物の脅威と同一化して作品を見ることができると思います。
 ただ、この多体系のTrue Loveについて、すべてを説明し尽くしているほどめちゃくちゃ精緻か?と言われると、そこまでではないので、、この次の作品がまた楽しみですね。

Shakira - Try Everything (Official Video)
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教育の本質「やらされる」

2016-08-20 01:44:26 | Weblog
 Twitterってのはどうも使いにくくて、何故かって140文字しか書けないのよね(←根底を否定してます笑)。
 今日も、"貧困っつったって国立&奨学金とかあるじゃん、個人の努力で打破できるでしょ"的な流れに対して、

 "教育の本質というのは「やらされる」ことにある。俺も含めてある程度の高学歴な人間というのは、自然とやらされてきたからこそ、自然と情報を得られている。自分で選択肢を精査できる人は、すでに基礎ができているということで、世の中には、それすらできない人が沢山いるのだ。それを忘れてはいけない"
 "だから、教員が学生に気を遣う必要は一切なし!「これやれ!」でいいのだ。そうすれば「やらされてよかった〜」っていう昔の学生がどんどん出てくるようになる。これこそが教育の本質。自分に必要な勉強を精査できている時点で、その人にその教育は必要ないのだから"

 とツイートしたんですが、これが、俺のアカウントの割にはそこそこリツイートされまして、、俺的には「え?」って感じで、なんとなく、みんな勘違いしているんじゃないかなぁと思って(別にすべての俺から発せられた言葉は俺から発せられた瞬間に俺のものではなくなってるので、どうでもいいっちゃいいですし(だから逆に責任も取りませんが)、リツイートしてくれた方にどーとも思ってないんですが)、一応、皆さんとは昔のよしみがありますから笑、ここでは、この俺の2つのツイーツ(ツイートの複数形)にたいして、たらたら言葉を重ねてみようと思います。

 いやね、俺が危惧したのは、みんな頭の中で次のように変換してるんじゃないかなぁと。(もちろん、1つ目だけを読んでリツイートした場合、自然と生きているだけで自分がアドバンテージがあることへの謙虚さに共感している可能性はあるとは思いますが、、実は、深く考えると、その場合でも、以下のエクスキューズが成り立ちます)

 "教育はやらされることなんだから、先生のいうことは何でもきこう!"
 →"先生は偉いから、ほとんど好き勝手やってもオッケー"
 →"従ってるヤツがヒエラルキー上部に行ける"

 まぁ、ここまで行かなくても、権力者に媚びうっているように聴こえなくはないので、「おうおう、たかはしけいも、学生卒業して、ついに媚び諂い始めたか?」とか思われるとシャクですので、真意を言いますけど、このツイーツ、教育者側に対しても、学生側に対しても、めちゃくちゃ厳しい発言ですからね?ここまで書かないと、文章を深く読もうとしない人には伝わらないのかもしれませんが、だから、、どーもTwitterは使いにくいんだけどね。

 あのね、大前提、今多くの大学の学部学科(特に文系)で採用されている、"学生が学びたい科目を自由に主体的に選択できます!"と耳障りのよい言葉で謳っている選択科目のシステムがクソなのは言うまでもないことなんですよ、俺的には。みんな、よっぽど大学のカリキュラム編成にやる気がないのだな、っと思うわけ。
 だってさ、シラバス読んで、「あー、これ俺に必要だわー」って分かったら、どのレベルであったとしても、その科目をわざわざ授業で受ける意味ないでしょ?特にGMARCH以上の大学だったらマジで意味なくて、「この内容、俺の将来に、必要だわー」ってわかるんだったら、じゃぁテメーで勝手に勉強すりゃーいいじゃねーか、って話じゃん。教育ってのはそもそもがそういうもんじゃない。そういう意味で、教育は「やらされて」、数年経ってやっと「あー、これ俺に必要だったんだわー、絶対一人じゃ気がつかないわー」という「ゆらぎ」を与える目的でして、そうならないとあかんねん。だから、本来的に言うと、必修科目以外、意味が無い。(当然、自分で「ゆらぎ」を与えられる賢い人もいます、俺みたいに笑)

 ね、賢い人なら、これはわかるでしょ?だから、たいていの(体系的にモノゴトを学んできていない、限りなく文系に近い理系である)生物系の人ってのは、熱力学くらいはやらないとなぁーという意識は、ほんの少しはある。生命はエントロピーが・・・、とかってビッグネームは言ってるしー、って思うから。だけど、量子力学や、まして相対論なんて、やろーとしないわけよ、絶対。一部の天才は別ですよ、当たり前だけど。でも、たいていの場合(99.9%)、自分が生物系として「役に立たない」と決めつけているから、やるわけがない。だから、ここがクリティカルに効いてきて、思考力に隔たりができてしまう。だって、物理学科に所属してれば、強制的にやらされてきているから。厭だったかもしれないけどやらされたからこそ、思考力の向上や世界の描き方として意味があることがわかってる。(だからね、あらゆる異分野との共同研究に対して、お互いの良いところをミックスさせてー、みたいな、そんな甘っちょろい考え方じゃ、融合分野なんて無理なわけ。そんなキレイごと言ってられるのは、本当の意味での共同研究をやってないからです。まず、どっちが賢いかを明らかにして、思考力の下方は同じ高さまで登ってきてもらわないと。そうじゃないなら、せいぜい、申請書や報告書に「書ける」くらい。え?それで十分?あなたって、やる気ないのね、別に良いけど。って、話が、だいーぶ、それました笑)

 ということは、なんらかの意味があるカリキュラムをきちんと組んで、それを強制的に全員に受けさせないと、教育として意味が無いということになる。これができている学部学科は非常に少ないですが、日本の大学にもちゃんと存在しています。残念ながら偏差値には依存していませんが。
 これが、いかに大変なことか(教員側)。これに従って、とにかくついていこうとすることって、いかに大変なことか(学生側)。

 いや、ちょっと待って!だったら、何を信用すればいいかわからないじゃん!お前が否定している生物系だって(別に否定してないんですけどね。体系的に学んでないって言ってるだけで)、ちゃんとした教育カリキュラムをしているかもしれないじゃん!、従ってみる価値あるかもしれないじゃん!!
 →そういう生物系の学科もあるにはあると思いますよ、当然。だけど、他の学問に比べて、率は低いと思います。まとめられるなんて心外だ!、と思うのであれば、俺にもっとそう思わせてください。

 知識ないと価値が判断できないし、そのカリキュラムが結果的(最終的)に必要か否か、わからないんじゃ、どうしよーもないじゃん。
 →はい。その通り。どうしようもありません。思考力だけで突破しようとすると、ね。でも、子供や重複障害者の方を見てください。親がいない状況で、誰に従うべきか?誰についていくべきか?たいてい、正しく判断します。こういうときこそ、思考力以外の能力、直観と感情が大事です。心意気を買う、ってのは、本来このことでしょ?

 "全然わかんねーけど、なんかすごい気がする!何が何でもついていきたい!!"
 こう想える先輩や先生は、周囲にいますか?持続しますか?

 "全然わからないけど、きっとスゴい未来に連れて行ってくれる気がする!何が何でもついていきたい!"
 こう想ってもらえる生徒が、何人いますか?何年そう想ってもらえてますか?

 この2つの気持ちが、教育される側とする側の両者に存在しているというエクスキューズが、この2つのツイーツにはつくわけです。

 ここまでわかったら、ぜっっったい、みんな、あんなにリツイートも「いいね!」もしないと思うんだよなぁ笑
 わかってて、リツイートしてるなら、かなり希望が持てるけども。

 あぁ。ふわっと思ったことをツイートするって、めんどくせーなぁ、俺の場合。笑
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理不尽こそが女の魅力

2016-08-15 07:11:44 | Weblog
 理想を語ると"現実を見ろ"と言われ、現実を語ると"本当のことは言うな"と言われる。 このような態度の相手が自然科学分野の研究者なら、その人は向上心が無いから即刻(研究者どころか)理系を辞めた方がイイと思うし、このような態度の男は女の子にモテないだろう。
 自分で現状を何も変えようとしない人間は、何をしていても無駄で非効率で混沌としてしまうのである。

 このような人が現代社会に多いことは、俺が意見を言うときに、非常に弊害になる。なぜなら、俺が理想を語った内容が、どうせ空想だろ?、と思われてしまうからである。
 理想と空想は明らかに違う。この区別のできない人があまりに多い。理想は現実に根付いている未来への指針だが、空想は複数の願いが原理的に共存しない世界のことを呼ぶ。

 自分の心の内部に含有している複数の願いが原理的に共存して叶うかどうかの考究を詰めていない状態のまま、つまり理想化させずに空想のままにしてしまっているのにも拘らず、他人における、個人(や、俺の場合は、俺の周囲の複数の人間)の複数の願い同士をself-consistentに解いた帰結としての、現実に根ざした理想に対して、それは所詮くだらないお前の勝手な妄想なのだから、現実を見ろ!、そして、その現実は、なるべく誤魔化して語れ!、とやってしまうのは、俺にとってものすごくストレスであるし、はっきり言って、調子が悪いと、こういう態度を感じると誰とも一切会話したくもなくなるときもある。
 人間の願いを成長剤として現実から未来へと根ざしている論理の筋道と、自分勝手な複数の願いが原理的に共存しない混沌状態とを、同列に語るべきではない。

 しかしながら、この、空想好きの自称現実主義者が、前例主義のような怠惰さを生み出す諸悪の根源だ!、とは、決して言えない。

 空想、、それもまた一興である。空想は、理想と等しく、尊い。俺は、俺自身の空想を語るのは苦手であり、理想を語る方が遥かにラクではあるのだが、だからといって、他人の空想を訊くのは好きである。

 人生の本質は、無駄と非効率と混沌である。効率ばかりを追い求め、無駄が一切無く、非常に秩序だった人生などは、後世に語られることもなく、なんの面白みも無く、楽しくもない人生であろう。
 多くの男が、何故か、原理的にその複数の願いが共存できないことばかりを言う、わがままな女に惹かれてしまう原因は、ここにある。理不尽こそが女の魅力なのだ。

 ね、人生って、原理的に失敗できないでしょ?
 現実に根ざした理想を語り、日々邁進したとしても、直観で複数の願いを夢見ながら、現実は厳しいと嘯いていても、絶対に成功するようにしかできていない。

 だから、あなたの好きなほーをとって、楽しめればそれでいいのだ。
 本当は、両方のチャンネルを持ってるとイイんだけどね。
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相談メールの目標とルール

2016-08-10 02:11:16 | Weblog
(2018.8.14更新)

 相談メールを募集してから1年以上が経ちまして、こんな俺なんかに、まぁそれなりに相談してくれる人がいらっしゃることがわかりまして(週1or2人くらい)、有り難い限りです。これ、俺、かなり本気でやっていますので、どしどし相談してくださいね。

 というわけで、読者の皆さん、なにか俺に相談したいことがある人(研究生活、大学受験、大学院受験、これらとは全然関係ない内容)、このブログのご意見・ご感想、お困りのことがございましたらsoudan.atamanonaka.2.718_あっとまーく_gmail.com(_あっとまーく_を@に変えて)まで、ご連絡・お便りをお待ちしております。どんな内容でも構いません。メールでの内容は決して口外しませんし、このブログで紹介したりも絶対にしませんので(相談者の方が望むのなら別だけど)、お気軽にどしどし、送ってください。askでもいいですよ。

 こちらで実際の例を紹介しています→「教職、研究室仮配属、他大の院で迷ってます」 -相談メールの実際の例-
「研究のモチベーションが保てません」-相談メールの実際の例-
 もし、公開しても良いという方は、その旨も書いていただけると幸いです。プライバシーは守りますし、公開前に「こんな感じで公開します」と確認もします。


 んなわけで、今日は、これまで何人かメールしてきてくれて、そのなかで、俺が相談メールに関して守っていくルール、これからの相談メールで目指すことを、箇条書きで紹介しようと思います。
 思いつく順です、スタート。

 1. 俺は相談者に見返りを求めない

 相談してくれるだけで有り難い、というのが本心です。どのような内容でも、自分が求められて嫌な人はいません。少なくとも俺はそうです。
 なので、それ以上のことを、決して相談者に求めません。

 ですから、相談者の方のプライベートを詮索する気もありませんし、こちらから何かをお願いするということもありません(これまでに何名かの相談者の方に、どこでこのメールアドレスを知ったのか教えてくれ、というようなことを訊いたりしましたが、そのようなことも今後は一切しません)。見返りがないからこそ、全力で相談にのれるわけで、本気の人助けじゃないなら意味がありませんから。

 2. なるべく一回の返信で完結するようにします

 相談メールが来て、こちらから何も質問せずに、相談者にとって必要な言葉を返すことができるのがベストです。メールは一回の返信で完結するように返す。これまでも、これからも、これを常に目指していきます。
 このためには、実際の相談メールに書いてある内容以上のことを読み取る必要があるわけですが、俺は、そのへんの単なるガリ勉くんと違って、マジで頭良いので、その点はご安心ください。あなたが文章を書くプロでなくても、文章から本当の悩みを抽出してきて、それに対してクリティカルに言葉を投げる自信があります。どんな相談内容であっても。それが研究生活関連に限定されるなら、容易いことです。

 3. 相談に関しては1分1秒を争って、なるべく早く返します

 人をもっとも不安にさせる行為は、何も音沙汰がないこと。俺のところにメールを投げてくれる相談者は、最後の最後、救いを求めて手を伸ばしているのかもしれない。俺なんかにメールを書いてるわけですから、最後の砦である可能性もそれなりにある。メールをいつまでも放っといて、俺がその手をはらってしまったら、最悪、自殺されてしまうかもしれない。だとしたら、俺には、なるべく早くメールを返信する義務があります。
 どんなに忙しくても24時間以内に返すことを心がけています。まぁ、飛行機に乗っていたり、こちらが精神的にきついこともあるので、この数字に関して確約はできませんが、たとえば1週間とか開けてしまったら、ここで大々的に相談メールを募集している覚悟が足りないことになってしまいます。

 ちなみに言っときますけど、なんか暴言を言ってきたり、このページの批判とか言ってきたら、無視しますけどね?笑 批判も訊かないんですか?より良くしないんですか?いや、友達でもない人に、そんなん言われて、信用できます??このページを批判とかしてる暇があったら、自分でブログやYouTubeで自分が思うようにやったらいいんですよ。
 あ、、普通の相談メールや普通のこのページや音声の感想の場合はちゃんとメールをお返ししますので、普通に書いてくれればいいんですよ。普通に思ったことを書いてくれれば。

 4. 絶対的に相談者の方の味方になります

 俺に相談してくれる時点で、もうすでに、仲間です。俺の味方です。
 ですから、こちらが相談者の方を否定することは決してしません。一時イラっとされたとしても、最終的には相談して良かった、と思わせられるようなメールを書くことを心がけています。

 5. 思考力・洞察力を本気で使います

  本当に助けたい人のために、もしくは、いつそういう人が現れてもイイように、ネット上の不特定多数の相談を訊いておくことで、誰かを助ける、より良く変える、ということの覚悟とスキルを養う。このために、この相談メールの企画をやっています。
 だから、俺は、この件に関しては、めっちゃ本気です。親身になって、どんな相談でも受け付けますので、俺が頭を抱えてしまうような相談を、ぜひぜひお待ちしております。


 こんなもんですかね。まぁ、途中で方針が変わるかもしれませんが(その場合は、きちんと伝えます)、今のところは、こんな感じです。
 んなわけで、これからも、このページと、YouTubeチャンネルと、これに関わってくれてる俺の友達を、よろしくね。

相談メール募集について
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愛しい誤魔化しに翻弄されて

2016-08-08 02:58:13 | Weblog
 自分のこれまでの行いの正当性を信じ切るために、ヒトは様々な誤魔化す術を学んだ。
 これまでの人生で、多種多様な誤魔化し方を見てきたが、その基本原理はそこまで難しくはないように思う。

 ヒトは、自分自身を誤魔化したいとき、自分がよく知っている事柄については複雑化を図り、自分がよく知らない、もしくは、自分の思考力では理解できない事柄については、単純化したがる。この事柄についてよく知ってる俺が、このように単純化しているわけだから、読者が読む価値はあるはずだ笑。
 この基本原理さえ抑えておけば、様々な相手の弱みとレゾンデートルを掌握することができる。(ちなみに、相手が研究関連の人間で、無能な単なる言葉ゲッターであれば、どの分野であれ、喋って5分で俺はこれを引き出せる)

 例外的な事項に終始し、無知な相手に対して、自分の知識でねじ伏せようとする無能さは、その事柄しか自信のない証拠。
 どうせ男なんて全員若い女の子が好きなんでしょ?、と言い切ってしまう女が意外と純真だったりするのと同様に、どうせこうでしょ?と無根拠に決めつけたり、それをさらに超えて、そんなことを考え始めるのは頭がおかしいヤツだ、と無意味化してしまう無能さは、その事柄に劣等感がある証拠。
 これらを引き出した時点で、あなたの勝ち。超ムカつく、諸悪の根源であれば話は別だが、この時点で、真実の探求よりも、さっと身を引いてしまうのが得策である。(まぁ、ここから真実を探求せねばならない点が、研究界の難しいところではあるんだけどね。それが仕事ですから)

 真実を掌握することよりも大切なことは沢山あるし、劣等感を引きづり出しても楽しいことは少ない。
 だとしたら、他人の誤魔化しを、そのまま、そっと見守ってしまう方が、得策だと俺には思える。

 愛しい誤魔化しに翻弄されて、いつまでも見守っているだけじゃ、ダメなんだけどね。。
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La ligne Maginot

2016-08-05 01:54:18 | Weblog
 世間体を身につけようとすると、実力が身につかない。
 夢を掲げ続けながら実力を高めたいのであれば、世間や多くの人から指差されて笑われても大丈夫なくらいに、まずは、自分の想いを屈強にしておかなくてはいけない。

 本来というか、事実はこれなのだが、多くの人は、世間体と実力を両方得ながら、つらいのは今だけで、未来には夢を持って生きていけると思っている。

 例えば、俺のもとには、もっと社会的に成功してから意見を言った方が良い、と人生の先輩面をしながらアドバイスをしてくる厄介者が定期的に現れる。こういうヤツは、もっともウザイし、たちが悪い。自分の方が明らかに頭がいいと思っている時点で俺の前から消えてくれればいいのに、いい人のスタンスを出しながら俺を利用してくるからだ。
 世間的に成功しようと政治力学の作用反作用を考えることだけに注力した時点で、自分の意見は失われる。自分が権威になったときに、この失われた部分を認識しながら、自分の本来の意見を上手く抽出し、それだけを言うことは成功者のうち1%もできないだろう。過去の一点から現在までの履歴についての自分をスパイとして否定しながら、スパイとしての成功後に、過去の一点以前の本来の自分の意見だけを宣言することは超絶的に難しい。というより、原理的に不可能だと言っても過言ではない。

 世間体を得ようと思った時点で、本当の実力をつけることもできないし、ホンモノの関係を得ることも不可能なのである。
 全世界を敵に回しても君のことを愛している、と言えてしまう、幼くも純粋な気概は、そこまで間違ってはいないのだ。

 前提として、何をするにしても、未来への想像力を高めることは重要である。
 自分の複数の理想が原理的に実現可能かどうかを思案し、それらに折り合いを付けていかなくては、たとえ政治力学に終始し、権威を得た後に実力をつけるのだ!と常に考えていただけの人生を目指すのであったとしても難しい。この部分をきちんと考えていないから、不倫とかが流行るわけで。。本命に世間体的要素を求めながら浮気相手に心の繋がりを求めたり、具現化されるはずのない未来をその逆に押し込めてみたりする。

 まぁ、だってさ、自然科学の研究で例えれば、誤差論知らないヤツが書いてるのが大半なのに、論文出すことに信仰を捧げているのって、よくよく考えてみると、超危ういでしょ?何かで名を馳せたいと思っても、現在のシステムの中で無難に最高に評価されたいと考えているくらいに、皆、怠惰なのだ。
 こういう本末転倒さは、実力と政治力学は等価交換が可能だという発想をベースにしているわけで、そんなわけないのにね。生きていくために、ということを超えて、そこに一生懸命になるなら、その、難攻不落だと信じている要塞の欠陥を見つけたら、きちんと直面して真っ先に改善しなくちゃいけないのに、政治力学に注力するようなやる気のない連中は、道徳や哲学は何も役に立たないモノの代名詞として切り捨ててしまうから、そういうことにも気が回らない。

 それは、権力者が無駄に反権力でありながら、これを兼任する責任者たちが、いかに自分が責任を取らないか?、ということしか考えられないくらいのクズだからである。

 この部分を変えるためには、、打開するためには、、まぁ、確かに、、全世界を敵に回しても、2人で逃げ出すくらいしか、解決策が思いつかないかもなぁ笑
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結婚式に行きたくないと思ったら -博士が結婚式に行かないと決断する前に-

2016-08-02 23:43:23 | 自然科学の研究
 あなたは結婚式に誘われて、「正直、行きたくない」と思ったことはありますか?
 新郎新婦に対して普通程度に祝福の気持ちはあるのだけど、、どうして、行きたくないって思っているの?その気持ちはどこから来るのかな?

 どうもどうも、はじめまして。私の名前は「たかはしけい」と申します。私は普段、大学や研究所で学術的な研究を行う、いわゆるアカデミックな場に身を置いています。研究職や博士課程のことを知らないと、旧帝大などのある一定レベル以上の大学で研究員や博士課程の学生として研究を行っていると、「高給取りだろ」っと思うかもしれませんが、全然そんなことはありません。もちろん、月収としては色々でマチマチだったりしますが、准教授以上でないといわゆる正社員ではないため、若い時期、いわゆる結婚適齢期には、不安定な雇用を余儀なくされます。その准教授だって、「特任」とか付いて任期付だったりするわけですから、かなーりブラックな世界です。私の場合、昨年度は手取りで月々30万円ほどもらっていましたが、今はゼロです。これでも真面目に研究してるつもりですし、(多くはないけど)論文も書いてはいるんですが。
 さて、そんな不安定な毎日のせいなのか、友達や先輩後輩の誰かから結婚式or披露宴に来てくれないか?と言われると、ほぼ100%、行きたくない!と直感的に思います。なんやかんや、出費がかさむし・・・。

 まぁ、お金の問題というのもそうなんだけど、それ以上に行きたくない理由が、他にもっとある気がします。だって、本当にお金だけが問題なんだったら、誰かに借りれば良いし、友達だったらご祝儀を待ってもらえば済むことです。
 本当の気持ちはどこにあるのか?何を基準に結婚式に出席するべきか?今日はそんなことを考えてみましょう。

 まず、それにしても自分の気持ちが全然わからなくて、結婚式に出席したくない!、と誰かに言うと、高確率で言われる言葉が
 「でも、自分が結婚するとき、呼ぶ人いないと困るでしょ?」ということ。。
 うーん、なるほど。それはそうかもしれない。でも、不安定な生活をこのまま続けるか、社会に順応するか、その選択が常に迫られながらも、不安定になってしまったとしても大学院に残るという選択を取り続けている私にとって、それって、あまりに実感できなくて、よくわからないのだよね。確実な結婚の予定が立ってるなら別なんだけどさ。

 ただ、この「自分が結婚するときに困る」というコメントはとても示唆的です。結婚式というシステムは、「結婚式って、みんながみんな、するもんでしょ?だから、少しずつお金だして、参加し合いましょう」で成り立っているのね。ここに旧世代的な価値観が入っている部分があるのかぁと気がつかされます。
 だから、この結婚式というシステムに(第三者的にでも)介入するためには、まず、交通費と3万円くらいは、いつでも、ぱっと出せる程度には安定的な職に就いている必要があって、その上で、いずれは自分も結婚するということを心に固く誓わなくちゃいけないわけですね。

 この、みんながみんな結婚するだろ、という同調圧力のことを、広義には「功利主義」と呼びます。この功利主義的な価値観を結婚に適応させるのは、今の時代、なかなか無理があるのかもしれません。だって、別にあなたがアカデミックな世界に所属していなくとも、日本の生涯未婚率は、ずいぶん前に10%を突破してる訳ですから。10人に1人は一生結婚しない。
 これは実はかなり大きな値です。各政令指定都市には100万人いますから、各都市に10万人は生涯一度も結婚しない人がいるということですから。全然マイノリティではない。

 この部分を無視して、「いや、でも、自分が結婚するときに、誰も参列者がいなかったら困るでしょ?」と言われても、納得がいかないのは当然です。まして、アカデミックポジションのように不安定な職種を選ぶ人が、こう言われても「は?」っと思うのは当然です。まだ私のように、本当に結婚したくなったら、いつでも学校の先生にでもなるかなー、会社員もいいかもなー、と不純なことを思ってる人はいいかもしれませんが、本当にこの道一本で生計を立てていくんだ!と躍起になってる無給の人からしたら、殴られても仕方ないくらいのコメントです。

 で、こういうことをたまーにふわっと結婚式推進派の人に話すと、たいてい次のコメントが返ってきます。
 「でも、そういう人生や、そういう道を、君自身が選んでいるんだから、しょーがないんじゃないの?」

 なるほど。これにも一理あります。私自身がアカデミックなどという不安定な道を選び、それも好きなことをやっているのだから、こういうことで悩むのは仕方ないと。
 これは、「不安定でブラックな社会だってわかってたわけだから、それは個人で選べたことだろ?そのぶん貴方にはメリットがあったわけでしょ?」と言われているわけで、「あなたが勝手に同調圧力に従わなかっただけでしょ?」と言われているわけです。このように、権利や自由選択を真っ先に考える考え方を基盤として生きる人を、「リバタリアン」と呼びます。

 確かにマジョリティに適応しない理由は、私がリバタリアンだからこそ、だったのかもしれません。だとしたら、不安定な道を選んだ時点で、結婚式に参加する権利は無く、誘われても悩まずに断るのが筋です。だって、同調社会に従わない時点で、結婚式への参加権がないわけですから。
 一方、私に対して「いやいや、冠婚葬祭はちゃんと出席しろよ。収入?しらねーよ、お前が勝手にそういう道を選んだんだろ?」と言うのであれば、一個人に対して、功利主義の側面とリバタリアンの側面を両方要求している訳で、これは無理な話です。まぁ、私の友達にそんな人はいませんが、こういう無理を聴いてはいけません、自分が壊れてしまいます。

 さて、困りました。どうにも決着がつかない。どうも釈然としないのです。
 リバタリアンと決めつけられて、じゃあ自由なんだから出席しないよ!、というのも納得できないし、功利主義的な価値観を軸に、私だけが損するとしても最大多数の最大幸福として私も出席するべきだ!、というのも、どっちも納得できない。少なくとも私は。

 そんなわけで、私は、ここまで考えて、やっとこさ、結婚式に行くか行かないかの判断基準を導きだすことができました。

 結論は簡単です。美徳の精神。自分がどうありたいか?という理想主義で決めます。これしかありません。
 私は、結婚式に招待された場合、「結婚式を挙げるカップルがホンモノの愛だと私自身が感じられたら、その結婚式には絶対に出席したい」こう思っています。

 その場合、どんなに他の(いわゆる)無難な(普通の人生をおくっている)参列者の誰かから「まだそんなことしてんの?」とバカにされたり、誰かの子供をみんなで可愛いと言って、少し合間が空いた時に、集団でいるとそこまで目立たないが、確固たる同調圧力至上主義的価値観を持っている誰かが私の耳元でそっと「どう?結婚したくなった?子供欲しくなった?」と言われて傷ついても、新郎新婦がトゥルーラブである限り、出席したい。出席させてもらいたい。心からおめでとうと言いたい。それが私の理想です。

 私は、自分がどんな状況であれ、これを軸にしたいと思っています。


 ただし、、矛盾するのも人生。自分の哲学に自分の行動が矛盾して、何が悪い!少なくとも、自覚して矛盾するのは、悪くないだろ?
 たとえ真実の愛だと思わなくても結婚式に行く時があってもいいし、たとえ真実の愛だと思っても結婚式に行かない時があってもいい。俺は、このくらいのゆらぎがあってもイイと思っているし、基本的には俺が何をどうしようが大丈夫でしょ?

 基本コンセプトを決めてから、そこから各対象について揺らがすことそのものが本質なのかもしれない。なんか、量子力学をもう一回習った気分。

 ・・・というわけで、マイケル・サンデル教授はスゴい、っという話でした笑
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