たかはしけいのにっき

理系研究者の日記。

後悔しない準備

2010-09-20 00:52:56 | Weblog
 今日は自分の高校の文化祭に行ってきました。なーんにも、変わって無かった。
 1年前の自分も、もちろんそうだし、自分が高校生の時、7年前くらいの自分も、確認したいことが多かった。そして、見事にそれは満たされた。やっぱり、色んな意味で、こっちを選んで正解だったな。

 物質的に、決して、閉じた系ではないけれど、そこにあるモノは、何年か前、確実に俺も使っていたものだ。自習室の机とか、ロッカー、階段、汚いC棟、そして、先生たち。
 周りにいる人間の種類も、8年間のなかで、一切変わっていないんだと思う。同じところで困っている人、同じ所で悩んでいる人、同じところにプライドを持ち、同じ部分にコンプレックスを持ち、その持ち方や考え方も、そっくり。

 そんな2つの連続性を感じた時に、高校名、言葉そのものに、感謝したい。

 『そっか。忙しそうだけど、決まって良かったんじゃん?』
 「まあね。」
 『俺もなんとかなったし、お互い、なんか、これからが見えてきそうで、良かった良かった。』
 「これで、どうにか、役に立つことができる、一歩を、踏み出すことが出来た、ってところかもね、あの時みたいに。」
 『っま、俺は、お前の5年くらい後ろを歩いてる気がするけど。笑』
 「無駄な謙遜はいらないよー。」

 『いやー、でも、今、また、あの時と同じ場所で、高校生見てて、思うけど、それでも、結構、特異だったと思うよ?』
 「俺みたいなんは、埋もれるから。見えてないってこともあるんじゃない?」
 『まぁ、そうかも。細かい人間関係の様子を見てるとさ、すごく懐かしいっていうか。。こっちの子が喋って、それで違う子が自分の所属している集団の誰かに気を使って、喋って。』
 「俺ら、その関係図とか、書き出そうとしたりしたもんね(笑)」
 『この辺の人は、こっちの集団で、、このグループは和み系、って名前にしよう!、とか、やってたねー(笑)。朝、黒板に書き出したら、どんなんなるかなー、とか言ってさー。』

 そんな感じのことを喋ったのも、もう、一年も前か。

 どんな場所に行っても普通の場所なんか無いし、かといって、どんな場所に行っても特異なルールは少ない。一般大衆に準ずる集団なんか存在しないし、かといって、この世界ではこうだから!、みたいな事も、ほとんど存在していないのだ。
 だとしたら、その場所で出会う、自分にとっての、特異な人を大事にし続けることが俺の一番の強みだから、言葉の表面じゃなくて、行動や感情で、信頼関係を確認したいよね。

 あの頃の自分たちと同じような状況であろう行動や言葉の端端(≒感情)が垣間見えた時、ただただ、俺らのように、いや、俺ら以上に、上手くいってくれと、願うばかりだ。
 そして、同時に、優秀な下の世代は、なんなく突破できると、期待している。

 さて、、今いる集団に対しても、何年後かに、そう思えるのか??
 きっと、思えるよね。だって、だいたいの集団は、同じような振る舞いをするんだから。だから、悔いのないように!
コメント
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