T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1939話 [ 「いのちの停車場」を読み終えて 7/7 ] 7/8・木曜(雨・曇)

2021-07-08 09:46:56 | 日記・エッセイ・コラム

                      

第六章 父の決心 3/3

「あらすじ」

 そして、4日後、父との約束の朝になった。

 咲和子は仙川を自宅に呼んだ。処置の立ち合いのためでもあり、「第三者の医師」という立場で死亡診断書を書いてもらうためでもあった。

 父は仙川に「徹君、世話になるね。これは私自身の人生の最終章、『死を創る』ための処置だ」とおごそかな声で言った。

 あの晩、父は咲和子に、「人間には、誰でもが自分の人生を自由に作ることが認められている。そうであれば、人生の最後の局面をどのように迎え、どのように死を創るか――これについても同様であるはずだ。その正当性を、すべての人に理解してもらいたい」と、自分の考えを滔々と語ったのだ。

 患者の生死に関与するのが医師の仕事であるなら、死を創ることを支えるのも医師の務めだと言いたいのだろう

 もしも、自分が金沢に戻った意味があるとすれば、それはこの行動にあるのかもしれない。

 咲和子が覚悟を決めた瞬間だった。

 野呂がビデオカメラをセットした。それは父の希望であった。

 咲和子は、「それではこれより、永続的な疼痛緩和のために鎮静薬の調剤を始めます」と、ゆっくりと口にした。

 父のレシピにそって、鎮静薬を小さな点滴バッグに入れた

 咲和子が持つ針が、父の静脈の血管壁に吸い込まれるように入った。生理食塩水が静脈内にスムーズに落ち始める。

 咲和子は、「では、鎮静薬の連結を開始します」と、処置内容を宣言する。

 先ほどの鎮静薬を入れた小さな点滴ボトルを、つまみをオフにしたままで点滴ルートの分岐部に接続した

「やっと楽になれる。咲和子、ありがとう。本当にいい娘で誇りに思うよ。くれぐれも言っておくが、これは疼痛治療のひとつだ。ありがとう」

 父は咲和子を安心させ力づけてくれようとしていた。

 父の右手が点滴のつまみに大きく伸びかけた。ただ、その直後に布団の上にふらりと舞い戻り、改めて間合いを図るかのような姿勢に入る。右手の甲はそこで小刻みに動き、鎮静薬の点滴をオンにする真の機会をうかがっているのだと感じられた。

 しかし、突然、父の手がだらりベッドから垂れ下がる

 仙川が血相を変えた。咲和子も異変に気づいた。脈を図るとすでに父は死んでいた

 仙川は父の死をゆっくりと手順通りに確認する。

「午前9時50分、ご臨終です」

 咲和子は野呂に礼を言って、ビデオカメラのスイッチをオフにさせた。

 仙川は、「そうだこれを」、と言って、父から預かったという封筒を咲和子に手渡した。

 父の手による手紙だ。

<安楽死は私自身が望んだことだ。私の望みを叶えてくれてありがとう。咲和子は決して、決して自分を責めないように……>

 最後まで咲和子を案じてくれていた。

 しばらくして、咲和子は仙川と野呂に深々と頭を下げて、「やはり、私は、警察に行きます。あのビデオを持って」と告げた

 咲和子に迷いはなかった。

 仙川は、「何を言っているんだよ。殺してもいないのに」と、大声を出した。

 しかし、咲和子は、「幸いなことに、私にはまだ時間があります。もし許されるのなら、この後もまた患者の側に立って白衣を着られたら……」と言って、もう一度二人に頭を下げて、スマートフォンに110と打ちこんだ。

                      終 

  

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