スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

反対概念&個別の憎しみ

2023-06-16 19:03:13 | 哲学
 僕たちは善bonumと悪malumを反対概念だと解釈するのが普通です。このこと自体はスピノザの哲学の中でも成立します。ただ,スピノザの哲学で善悪が反対概念であるといわれることには独特の意味があるので,まずこれを確認しておかなければなりません。これを確認しておかないと,確知の矛盾は解消することができませんし,第四部序言および第四部定義一第四部定義二で,悪が善の否定という観点から記述されていることも理解することができません。
                                   
 一般的にあるものが反対概念を構成するときには,ふたつの条件があります。ひとつは少なくともふたつの事物,つまり複数の事物があるということで,もうひとつは反対概念とされる各々の事物が対等な関係を有するということです。このふたつの条件が成立しないと,それらのものは反対概念とみなすことができません。
 ひとつめの条件は,AとBが反対概念であるなら,一方がAで他方がBであるから反対であり得るということから明白です。もしもAだけがあってBがないなら,AとBは反対概念であることはできないからです。ふたつめは,もしもAとBが反対概念であるなら,Aの反対がBでBの反対がAであると規定されなければならないことから明白です。もしもこの関係が成立しないのであれば,AとBは反対概念ではあり得ず,何らかの関係を有するとしても,AはBの否定negatioであるとかBはAの否定であるというようにしか考えられません。たとえばBがAの否定でしかないのであれば,Aは積極的なあるものとして規定され得ますが,Bはそのようなものとしては規定することができませんから,AとBは反対概念であることができないのです。
 これらの条件を満たした上で,善悪を反対概念として規定している部分を『エチカ』の中に見出すとするなら,それは第四部定理八であるということになります。ここでは善が喜びlaetitiaの認識cognitioで悪は悲しみtristitiaの認識とされています。しかるに第三部諸感情の定義二第三部諸感情の定義三から理解できるように,喜びと悲しみは明らかに反対概念です。つまり喜びと悲しみが反対概念であるというのと同じ意味において,善悪は反対概念であると『エチカ』では規定されているということになります。

 現実的に存在する僕たちが感じる愛amorは,一般的な愛でなく個別の愛です。いい換えれば,第三部定理五六により,あの愛,この愛と区別される愛です。これと同じように,現実的に存在する人間が感じる憎しみodiumも,一般的な憎しみでなく個別の憎しみです。したがって,XのうちにあるAに対する憎しみとBに対する憎しみは別個の憎しみと解さなければなりません。ですから,XのうちにあるAに対する愛がBに対する愛を抑制したり除去したりすることがあるのと同じように,XのうちにあるAの憎しみがBに対する憎しみを抑制したり除去したりすることがあり得ます。あり得るというか,こうしたことは僕たちのうちでしばしば生じているといえるでしょう。
 『はじめてのスピノザ』では,第五部定理四二備考でいわれている,無知者が存在することをやめるということがひとつの事例で説明されていました。XのAに対する憎しみがBに対する憎しみを抑制しまた除去するというとき,実はこれと同じことが生じていると考えることができます。現実的に存在するある人間が何かを憎むとき,憎しみは悲しみtristitiaの一種ですから第三部定理五九によりそれは能動actioではありませんから,無知者としてそれを憎むのです。よってXのBに対する憎しみが抑制されるあるいは除去されるというとき,XはBを憎んでいるという意味での無知者であることをやめることになるのです。こうしたことが現実的に存在する人間のうちでしばしば生じるのであって,確かにある憎しみがそれとは別の憎しみによって除去されるのです。他面からいえば,僕たちはあるものに対する憎しみから別のものへの憎しみに,またそれとは別の憎しみへと移ろっていくのであって,そのたびにある無知者であるということをやめていき,それとは別の無知者となっているのだといえます。
 もしもXのAに対する愛がBに対する愛を抑制するということをもって,愛は一般的に合倫理的な感情であるとはいえないというのであれば,これと同じ理屈によって,XのAに対する憎しみがBに対する憎しみを除去することもあるのだから,憎しみは一般的に非倫理的な感情とはいえないといわなければなりません。
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