スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

漱石の技量&第四部定理七〇と善悪

2023-06-03 19:05:45 | 歌・小説
 『こころ』は作者である漱石と,作品内作者であるわたしおよび先生との役割分担が,小説としてそうあるべき姿となっています。これは小説家としての夏目漱石の技量以外の何ものでもないと僕は考えます。
                                          
 『こころ』は漱石がいくつかの小説,とりわけ朝日新聞に入社して以降いくつかの新聞小説を書いてから書かれたものです。ですから,この卓越した技量というのは,必ずしも最初から漱石に備わっていたものではなかったかもしれません。実際に漱石が最初に書いた新聞小説である『虞美人草』は,別の意味ではありますが小説としては失敗作だったといえます。漱石はそれを反省材料としてそれ以降の小説を掲載していったのは間違いありません。そしてそのような反省を繰り返していったのが,『こころ』の成功に結実したとみることができます。いい換えれば,『こころ』を執筆する時点でようやく漱石は作品内作者を登場させるだけの技量をもつことができ,自分にそれだけの技量が備わったということを漱石自身も理解したので,『こころ』という作品内作者が登場する小説を書くに至ったという見方です。つまりこうした技量を漱石は実践の中で身につけていったという可能性は大いにあるでしょう。
 漱石は元々は小説家であったわけではなく,英文学者でした。ですから文学論を学び,また自身でも考えていました。そのことが小説家としての技量に生かされたと考えることもできます。この場合は漱石は小説家としてデビューする時点で,ある程度の技量を備えていたということになります。処女作である『吾輩は猫である』は,小説を書くというような気持ちよりももっと軽い気持ちで書いたものではないかと僕には感じられますが,少なくとも小説家として朝日新聞に入社したときには,漱石には小説家という自負はあったのは間違いありません。ですから,漱石は作家としてデビューした時点である程度の技量は身につけていたのであって,『こころ』よりももっと早い時点で作品内作者の作品を書いていたとしても,漱石自身と登場人物との間の役割分担をうまくこなせていたかもしれません。
 実践的なものだったのか理論的なものだったのかははっきりと確定させられるわけではありません。漱石がこの技量をいかに身につけたのかは,謎だといえそうです。

 第四部定理七〇は,自由の人homo liberは無知の人から親切にされることを可能な限り避けようとするという主旨のことをいっています。ここでいわれている無知の人とは,自由の人とは反対の人びとと解するべきです。よって,自由の人とは理性ratioに従う人のことですから,無知の人とは理性に従わない人,あるいは同じことですが,受動感情に従う人という意味になります。つまり自由の人は,受動感情に従っている人から親切にされることについては極力避けようとするのですが,それを避けようとするその判断は,自由の人の理性から生じているといわなければなりません。
 ですからこのことは,理性に従う人は,受動感情に従っている人から親切にされると,その後に何らかの悪malumが生じるからそれを避けようとすると解釈できないわけではありません。そしてこのように解釈するなら,自由の人は理性に従うことによって何らかの意味では悪というのを認識しているということになるでしょう。よって,第四部定理六八とか,その定理Propositioの証明にあたっての最大の根拠となっている第四部定理六四および第四部定理六四系を,文字通りの意味に解することによって,理性による認識cognitioによっては悪という概念notioは生じ得ないというのであるとしても,たとえば第四部定理七〇のような定理について,それを悪とは関連付けないで,悪と関連付けないということは同時に善bonumとも関連付けないということを意味しなければなりませんから,善悪とは関連付けなくてもよいのはなぜなのかということについては,説明する責務を負うと僕は考えます。
 これとは逆に,第四部定理七〇を,善悪と関連付けて考える場合には,少なくとも何らかの意味で理性は悪についての認識を有するということになりますから,第三部定理三九でいわれていることのうち,憎しみodiumによって害悪を与えることを断念することも,愛amorのゆえに親切をなすことを断念することも,受動感情だけから生じるわけではなく,理性からも生じる,少なくとも生じ得るといわなければなりませんから,さらに先へと探求を進めていく必要があります。そこでここからは,さらに歩みを進めていくために必要とされることを説明していきます。
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