スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

文芸の哲学的基礎&愛の抑制と除去

2023-06-12 18:58:49 | 歌・小説
 『漱石文芸論集』と同様に,漱石の評論集を集めたものとしては,『文芸の哲学的基礎』があります。これは1978年に講談社学術文庫から発売されたもので,編者は瀬沼茂樹です。
                                       
 収録されているのは二編だけです。ひとつは文庫版の標題となっている「文芸の哲学的基礎」でもうひとつは「創作家の態度」です。それぞれが長いものですから,二編だけの収録になっています。この二編を挟むように,冒頭には「この本によせて」,末尾には解説が付せられています。これらは瀬沼が執筆しています。
 「文芸の哲学的基礎」の下になっているのは,1907年4月20日に,東京美術学校文学会で行った講演です。もうひとつの「創作家の態度」は,翌年の2月15日に,東京青年会館で行った講演に基づきます。漱石が朝日新聞に入社したのは1907年4月1日付ですから,いずれも朝日新聞の社員になってからの講演です。もしかしたら前者は入社以前から決定していたものかもしれませんが,後者はまさに朝日新聞の社員としての講演という一面があり,主催が朝日新聞社でした。
 朝日新聞に入社した漱石は,5月3日付で入社の辞を紙面に掲載しています。大学教授と新聞屋に商売としての上下はないという主旨のことが書かれたものです。そして28日には予告をした上で,6月23日から『虞美人草』の掲載を開始しました。しかしこの間に,漱石の文章がこれ以外に掲載されなかったのかというとそういうわけではありません。4月20日に行った講演は,入社の辞を掲載した翌日の5月4日から,27回にわたって「文芸の哲学的基礎」として発表しています。発表された文章は,講演の文章そのものではなく,漱石が加筆と修正を行ったものです。文庫版に掲載されているのはこの修正版です。
 「創作家の態度」の方は朝日新聞主催の講演だったのですが,文章としては1908年4月に『ホトトギス』に掲載されました。これも講演そのものの文章からは補筆が入っています。文庫版に収録されているのはこの補筆版の方です。

 このことから分かるのは,理性ratioに従うことによって何らかの感情affectusが生じ,その感情が受動的な愛amorを抑制するなり除去するなりしたことが生じたとしても,それは愛が一般的に合倫理的な感情であるということには何の影響も与えないということです。理性に従えば人は他人に親切にするのであり,そのことが合倫理性の規準とされているのですから,この場合は愛が抑制されたり除去されたりしたとしても,その人間が合倫理的であるということに変わりありません。いい換えればこの事象は,受動感情によって合倫理的であったのが能動感情によって合倫理的であるようになったと説明されるべき事象です。よって受動的な愛を感じていたその当人が合倫理的であったということが変化するわけではありません。なので愛は一般的に合倫理的な感情です。より正確にいえば,愛は能動感情であるか受動感情であるかを問わず,一般的に合倫理的な感情です。
 一方,もしも何らかの受動感情,ここではこれを愛以外の受動感情と限定しますが,そうした受動感情によって愛が抑制されまた除去されることによって,その人間が親切をなすことが抑制されまた除去されるのであれば,合倫理性の規準からしてこれは合倫理的でないことがその人に生じたといわなければなりません。したがってこれは合倫理的であった人間が合倫理的ではなくなったという事象として説明されるべきであって,その原因causaが愛の抑制ないしは除去とされているので,やはり愛は一般的に合倫理的な感情であるということになります。考察の過程で説明したように,たとえば不安metusという感情が過剰な愛を抑制して適切な愛にすることによって,過剰な親切を適正な親切にするということが現実的には生じるのですが,過剰であろうと適切であろうと,親切をなすことの原因となっている感情は愛の方なのであって不安ではないのですから,この事象が現実的に生じる場合にも,不安が合倫理的な感情であって愛は合倫理的な感情ではないということはできません。よって愛が一般的に合倫理的な感情であるということには何の影響もなく,不安というのは,第四部定理五四備考にあるように,有用であるというだけです。
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