スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

中野カップレース&移動

2023-06-27 19:06:04 | 競輪
 久留米記念の決勝。並びは新山‐新田‐成田‐渡部の北日本,坂井に坂本‐津村の九州,脇本‐東口の近畿。
 成田がスタートを取って新山の前受け。5番手に坂井,8番手に脇本で周回。打鐘周回のバックから津村との車間を開けていた脇本が発進。誘導との車間を開けていた新山がこれに対応し,打鐘から突っ張りました。東口がうまく坂井の前に入ったので,行けなかった脇本が5番手に迎え入れられ,坂井が7番手の一列棒状に。バックから再び脇本が発進しましたが,これは勢いがなく,コーナーで失速。満を持して新山との車間を開けていた新田が踏み込んだのですが,マークの成田がさらに外から鋭い脚で新田を差し切って優勝。新田が8分の1車輪差の2着。渡部も1車身半差の3着に流れ込んで北日本勢の上位独占。脇本マークから渡部の外に進路を取った東口が半車輪差の4着で逃げた新山が半車輪差の5着。
                                        
 優勝した福島の成田和也選手は昨年12月の立川のFⅠ以来の優勝。グレードレースとなると2013年6月の高松宮記念杯以来。記念競輪はその直前の函館記念以来で5勝目。久留米記念は初優勝。このレースは新山が新田を連れて先行し,それを脇本が捲ることができるかということが焦点。脇本の最初の発進は新山が突っ張り,2度目は脇本自身が一杯になって失速ということで,新山と脇本の争いは新山に軍配が上がりました。成田はスタートを取りに行きはしましたが,道中は脇本を大きく牽制する必要はないような形に。その分だけ脚が残り,展開的には最も有利だった新田を差し切ることができたのでしょう。

 妹はPCRの結果で陰性でした。これは妹だけではなく,妹と同時にPCR検査を受けたグループホームの利用者は全員が陰性だったのです。しかし事実として妹が勤務している通所施設ではクラスターが発生していましたし,グループホームの利用者のひとりが新型コロナウイルスに罹患していました。こうした事情を鑑みれば,この時期に妹を移動させることはあまり好ましいこととはいえませんでしたし,グループホームの関係者にとっても,できればそれは避けてほしいところであったと思います。少なくともグループホームに滞在していれば,不特定多数の人と接触するというようなことは絶対に生じないからです。しかし,目薬はどうしても処方してもらわなければなりませんでしたから,このときは僕の方から無理を言ってこのような対応をしてもらいました。О眼科が入っているビルにはI歯科も入っています。僕はこのときに歯科にも立ち寄って,検診の予約を入れました。
 7月25日,月曜日。妹をグループホームに送りました。この時点ではまだ,通所施設の再開の目途は立っていませんでした。
 7月29日,金曜日。I歯科で歯科検診を受けました。この日は歯科の事情があって,10時15分の予約でした。歯茎のチェックをして,クリーニングをしました。
 8月4日,木曜日。午後1時すぎに父の元同僚であったSさんが来訪しました。これは予定されていたものではなく,急なものでした。この日は父の命日でしたので,仏壇に線香をあげて帰りました。Sさんは日野公園墓地にあった父の墓には何度も墓参りをしていたのですが,墓じまいをしてお寺の中の会堂に移骨しました。このことはSさんには伝えていませんでしたので,Sさんは日野公園墓地の方に向かってしまい,墓がなくなっていたので驚いたようです。お寺の中にあるということはこのときに伝えました。
 8月7日,日曜日。午後4時20分にグループホームの妹の担当者のSさんから電話がありました。グループホームの利用者は,翌8日から通所施設に出勤することになったという連絡でした。再開が8日からだったのか,グループホームの利用者の出勤が8日からだったのかは不明です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする