人にとってはどうでも良い話なのですが、この展覧会で「神奈川沖浪裏」を見てから、会場を出るまで、ずっとドビュッシーの交響詩「海」が頭の中をめぐりました。
この現象、ディラン効果とかイヤーワームなどと言うそうです。
ドビュッシーが交響詩「海」を作曲するに当たって、北斎の「神奈川沖浪裏」が基になったというエピソードは有名ですが、実際にそれを証明する資料は、この初版のスコアの表紙以外はありません。
ともあれ自分の曲の表紙に、いきなり縁も所縁もない絵を飾ったりはしないでしょう。美術好きで、自らも絵を描いたというドビュッシーですから、作曲している間にも、神奈川沖浪裏をイメージしていたのではないかな。
海からすぐのリューベック出身のトーマス・マンの小説を読むと、 スイスはアルプスのふもとのサナトリウムを舞台にした「魔の山」でさえ、波のどよめきが脳裏に響きます。源氏物語の「宇治十帖」では、全編を通して宇治川の流れと風の吹きすさぶ音が聞こえてきます。
水の響きは人体に直結しているので、イメージしやすいこともあるでしょう。
ドビュッシーの「海」が、北斎の「神奈川沖浪裏」からインスピレーションを受け、全曲にそれを反映されたというのは、何か個人的に感じるものがありました。
さて、ここからは広重の作品です。
▼永谷園で知られる「庄野」。こちらは雨音が聞こえくるような作品ですね。
▼こちらも永谷園のお茶漬けシリーズで人気の「蒲原」です。現在は静岡市の中にある蒲原ですが、温暖なこの地で雪の絵というのは、今でも謎です。大雪でもあったのか、それとも脳内再生された雪景色か?
▼ここからはベロ藍を使った富士山のシリーズです。鯉のぼりに富士山という、北斎のアイデアに対抗したかのような作品ですね。
ベロ藍は、絵の具でいうとプルシャン・ブルー。
1704年、現在のベルリンで発見された、フェロシアン化第二鉄を主成分とする人工顔料がこの色だそうです。当時のプロイセン王国の名を冠して、プルシャン・ブルーと呼ぶそうで、この時代の名うての浮世絵師はこぞって、この絵の具を使いました。
ただ、当時は高価だったので、有名絵師のみが使えた色でした。
海外ではホクサイ・ブルー、ヒロシゲ・ブルーなどと呼ばれるベロ藍ですが、ほかにもベルリン・ブルー、伯林青(べれんす)、紺青(こんじょう)などと、様々な呼び名があるのは、人気のシルシだったのでしょう。