漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

七枚綴りの絵/最後の絵/日輪の城郭・12

2007年02月14日 | 汀の画帳 (散文的文体演習)
 しかし、と私は言いながら、窓の外を見た。この列車がそんな速さで進んでいるようには、とても思えない。その説明は、素直には受け入れられない。
 時空は、伸縮するのです。彼女は言った。この列車は、少し歪んだ時空の中を、走っているのです。
 
 列車に乗って、目的地までの移動をしていたつもりだった。だがそれが何時の間にか旅になり、ついには生活になっていた。太陽は常に中空にぽっかりと白く輝いていたから、私たちは、空腹になったら食事をして、眠くなったら眠った。食事は、車内にある自動販売機で賄った。十種類ほどある弁当のメニューを、私たちは順番に食べていった。ローテーションも、数度目にもなると飽き飽きしてくるが、他に選択肢はなかった。食事をできるだけでも有難いと思うべきなのかもしれなかった。
 列車は変わらない風景の中を、単調に走り続けていた。停車する気配もなかった。ただ、時間だけが淡々と消費されていった。一日という尺度は、私の腕時計によってのみ、刻まれていた。
 私たちは目が醒めると顔を洗い、食事をした。それから洗濯をしたり、車内で軽い運動をしたりした。そして、私の腕時計が夜を指し示すと、私たちはシャワーを浴び、そして眠った。
 やがて、当然のように、私たちはどちらともなく互いを求め、結ばれるようになった。時計こそ夜を指し示しているものの、明るく心地よい車内のヴェルヴェットのシートの上で、私たちは愛を確かめ合い、蜘蛛のようにもつれあった。私たちの背中の上を、いつでもうっとりとする花の香りが通り過ぎていった。だが、彼女の、七色の指輪をした指が私の背中を這う、その冷たさだけは、いつでも私をはっとさせたのだった。