漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

七枚綴りの絵/最後の絵/日輪の城郭・6

2007年01月31日 | 汀の画帳 (散文的文体演習)
 ─こういう仕事をしていると、どこでもつい、こうして商売の話になってしまうのです。どうか、気を悪くなさらないでください。
 ─いえ、愉しいお話でしたわ。
 ─そう言っていただけると。
 私はそう言って、会釈した。それから窓の外を眺めた。
 麗らかと言っていい陽気だった。空気は甘く、挽きたての小麦粉のような香りがした。地平線まで、一面に広がる草原が、さわさわと柔らかく揺れていた。どこまで見渡しても、一つの山も、一つの建物も、全くなかった。そしてもちろん、人影もない。鳥も飛んではいないし、虫の姿さえ見えない。あるものはただ、一面の草と空、中空で白白と輝いている太陽、そして柔らかく吹く風だけだった。列車は、その中を真っ直ぐに進んでいた。こうしていると、列車は永遠にどこにも辿り着くことなく、進みづづけるのではないかと、そんな気がしてくるほどだった。
 実は、私はこの辺りには不慣れでして、と私は言った。
 ─ですから、何もかももの珍しく感じるのです。しかし、これほど漫然とした草原の風景が続くと、いったい自分の目的地に辿り着くまで、どのくらいの時間がかかるのか、不安になりますね。
 そうでしょうね、と彼女は言った。
 ─ですが、その不安は、故ないことではないかもしれません。きっと貴方は、思っているよりも遥かに長い時間を費やして、ようやく目的とする場所へ辿り着くことができるでしょう。
 ─デュモルチへは、それほど時間がかかるのですか?
 ─いえ、デュモルチまでは、それほどの時間を必要としません。
 彼女は俯いた。俯いた帽子の庇の下から、赤い口元が見えた。
 ─デュモルチまでは、すぐです。ですが、あなたにとっては、別です。あなたがデュモルチへ辿り着くまでには、そしてそのさらに先の、本当に目的とする場所に辿り着くには、ほとんど永遠とも思える時間が過ぎ去ってゆくでしょう。
 ─それは不吉ですね。それは……予言のようなものなのですか?
 ただの予感ですわ、と彼女は言った。
 眼のない口元が微笑んだ。その赤い色彩の中に、記憶が飲み込まれ、唐突に、途切れた。