漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 ─どんなお仕事ですの?
 ─行商です。
 ─行商? 
 ─ええ。私は言った。そして、足元からアタッシュケースを持ち上げた。
 ─例えば、こういうものを扱っているのです。
 私は膝の上でアタッシュケースのロックを外した。そして中から、真空パックになった、乾燥した肉片を取り出した。
 ─これを何だと思いますか?
 ─さあ。彼女は言った。何かの乾燥肉だと思いますけれど。
 ─ええ。そうです。私は言った。でも、ただの乾燥肉ではありません。これは……。
 私はそこで思わせぶりに言葉を切った。そして、相手の反応を十分に確かめてから、声を潜めて、言った。
 ─これは、実は、人魚の肉なんです。
 ─人魚? 
 ─ええ。
 ─本物ですの?
 ─もちろんです。私は言った。信頼できる筋から、決して安くはない値段で仕入れたものです。
 ─もしそれが本物だとしたら、不老不死の妙薬ということになりますわね。
 ─まあ、そうですね。私は言った。ですが、正確には不老不死というわけにはゆきません。ただ、普通よりも遥かに長く、健康に生きることができるはずです。
 ─それほど素晴らしいものなら、あなたが試してみようとは思わなかったのですか?
 ─それは痛いところをつつかれました。私は言った。実は、少しだけ、齧ってみたのです。
 ─それで? 
 ─ええ。ですが、私はこの通り若いですから、その効果については、残念ながら、何の証明もできません。
 彼女は黙っていた。私は続けた。
 ─もし、興味があるようでしたら、私が少し齧ったことでもありますし、思い切った値引きをして、お譲りしますが……。
 彼女は、少し笑った。そして、言った。
 ─他には、どんなものがありますの?
 ─他にはですか?そう、例えばこれです。
 私は美しい絹の包みをとりだした。そして、大事そうに開いた。中から現れたものは、薄汚れた白い塊だった。彼女が覗き込んでいるのを確認して、私は言った。
 ─これは、ユニコーンの蹄です。煎じて、惚れ薬として使います。本当なら、角のほうが効果があるのですが、角は貴重すぎて、なかなか手に入らないのです。私がやっとのことで手に入れることが出来たのは、この蹄だけです。ですが、これでも相当の効果はある筈です。
 ─それは大変素晴らしい品ですが、私にはもう必要がないものですね。
 ─そうですか?そうとも限らないかもしれませんよ?
 彼女は微笑んだ。私はさらにアタッシュケースの中を探って、ケースに入った石を取り出した。 
 ─これは、隕石です。先ほどの二つの品物と比べると、特にこれといった効力があるものではありませんが、もしかしたら、大変な掘り出し物かもしれません。というのも、この隕石からは、相当量の宇宙線が放射されているようなのです。それがどんな効力を持っているのか、それは私にはわかりかねますが。
 ─ケースから取り出すことはできないのですか?
 ─ええ、私には怖くて、とてもそんな気にはなれません。
 ─そうですか。
 彼女は言った。そして、少し笑って、言った。
 ─つまり、どれ一つとして、この場で本物かどうか確かめる術はないのですね。
 ─まあ、そういうことになりますか。私は少し微笑んで、言った。
 ─もしかして、あなたは、私を詐欺師だと考えていますね? 
 ─そうは言ってません。彼女は愉しそうだった。ですが、どれもわたしには必要なさそうです。

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