漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

猫のゆりかご・・・序文(10)

2012年10月19日 | 猫のゆりかご

 「しないわよ」わたしは言った。
 「おお!立派だ!だがまあ、自分自身で判断する方がいいと思う」
 彼は引き出しを開けてフォルダーを引っ張り出し、タイプ打ちの原稿の束を抜き取って、それを手渡した。
 「そのテキストはミープから採録したものだよ――素敵な母猫であり、語り手なんだが、紅茶の時間に顔を合わせた様子では、君は彼女とは相性が悪そうだし、彼女にしてもそうみたいだ。ぼくは彼女を地方鉄道の踏切から拾ってきた。いちばん豊かな物語の泉を持つ猫を乳母にする必要があったから、それを見つけ出すために、ぼくは出来る限りたくさんの雌猫を集めようと歩き回っていたんだ。ミープの原本は、二つの他のバージョンと一緒に集めてあるが、そのうちの一つは、君も会ったことのあるバシリッサからのもので、もう一つは、チャンネル諸島からやってきた子供のトラ猫で、釣り船から連れてきた、ノイセットのものだ。ギリシャ、ノルマンフランス、東アングリア。君はさまざまな異本を目にするだろうが、その異同は非常に些細で、取るに足りないものだ」
 表紙にはオーディンの鳥が描かれていた。物語は、とても高級な、薄くて丈夫な紙に、たっぷりの余白をとってタイプされていた。注釈は、リボンの半分が赤いものが使用され、タイプされていた。訂正が、美しい手書きの走り書きで付け加えられていた。
 わたしがそれを置いたとき、彼は言った。
 「どう思う?特に気がついたことがあるか?」
 「これって、とても客観的ね」
 「そりゃね。猫は客観的だよ。だが、他には何か思いつかないか?」
 「当然、スカンジナビア風の要素があるわね。でも、それってトワ族のスコガラスの民間伝承じゃないかしら?それから、分布の疑問……東アングラ、チャンネル諸島、ギリシャ。最初は、そうした国々がとても離れているように思えたけれども、バイキングの船がその物語を運んでくるのに遠すぎるという距離ではないわね。ヴァリャーギ人はビサンチウムに侵攻したわ」
 「それで?」
 「ヴィンランドへも、多分、行ったわ。北アメリカからメス猫を手に入れることができるかしら――もっとも、メイフラワー号、ベイ・セトルメンツ号、そのほか色々な船に乗り込んで航海した猫たちが移民たちと共に舐めた辛酸を、あなたに示すことになるだけかもしれないけれど。それでも、わたしは新世界の猫は試す価値があると思う。ユカタンの猫、とかね。もっと言うと、グリニッジヴィレッジなら、ほとんどの民族を代表する、びっくりするほど素晴らしい猫だって見つけられると思うわ」
 わたしは心の中で少し考えて、いい考えだと思ったのだが、彼は顔にかかる前髪の向こうでしかめ面をしながら、その言葉を遮った。
 「私見だが、それはかなり的外れな意見だ。ぼくは人間主義的なアプローチの方法には興味がないし、それに、君は民族性というものに余りにも重きを置き過ぎているように思えるね。もしぼくの説が正しければ――確信は深まる一方だがね――猫の文化は、単なる民族的な問題というものを超越している。それをすべて、ヴァイキングがヴィンランディアに侵攻したかどうかと結びつけて考えようとするのは、ぼくにはひどく見当違いに思えるね。ぼくの見たところでは……」
 ドアベルが鳴った。彼は立ち上がり、窓の外を覗った。

"The Cat's Cradle-Book"  
Written by Sylvia Townsend Warner
(シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー)
Translated by shigeyuki




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