夢の世界も、あの世も記憶でつくられる世界。
記憶の現象であるために、
記憶に恐怖、不安、悪がつくられると、
それらが現象されるために、
夢の世界は恐い夢となって、嫌な夢となる。
死後の世界は、恐怖、不安、悪となって地獄となる。
記憶が現象されて世界が創られているために、
その記憶にできるだけ悪をつくらないこと。
悪を記憶としなければ、悪は現象されないために、
悪の無い世界が創られ、つまり、地獄となることがない。
人生のなかに悪いことをしない、これが悪を記憶としないということ。
人以外の動物は生きるために
獲物を捕らえて食す。そこには善悪はなく、
ただ自分が、種が生きるためだけを思って捕らえる。
特に弱っているもの、自分より弱いもの、力のないものを捕らえる。それは
情けもなく哀れと思うこともない、感情の動かないものである。
憎しみのないものであるために、悪が現象とならない。
だから、彼らには悪が記憶とならず、現象となることがない。
そのために地獄が創られる事がない。
死して、地獄となることがない。
人の常識では、なんと非情な事かと思うのだが、
人の常識では計れない善悪である。
恐怖や、不安、悪がつくられると、それが記憶となって
その縁の世界が創られてしまう。
想念に悪を思わないこと、これが心のあり方である。
救われる方便である。
人の常識では計れない識であるために、
智慧という識で持って計る。
記憶の現象であるために、
記憶に恐怖、不安、悪がつくられると、
それらが現象されるために、
夢の世界は恐い夢となって、嫌な夢となる。
死後の世界は、恐怖、不安、悪となって地獄となる。
記憶が現象されて世界が創られているために、
その記憶にできるだけ悪をつくらないこと。
悪を記憶としなければ、悪は現象されないために、
悪の無い世界が創られ、つまり、地獄となることがない。
人生のなかに悪いことをしない、これが悪を記憶としないということ。
人以外の動物は生きるために
獲物を捕らえて食す。そこには善悪はなく、
ただ自分が、種が生きるためだけを思って捕らえる。
特に弱っているもの、自分より弱いもの、力のないものを捕らえる。それは
情けもなく哀れと思うこともない、感情の動かないものである。
憎しみのないものであるために、悪が現象とならない。
だから、彼らには悪が記憶とならず、現象となることがない。
そのために地獄が創られる事がない。
死して、地獄となることがない。
人の常識では、なんと非情な事かと思うのだが、
人の常識では計れない善悪である。
恐怖や、不安、悪がつくられると、それが記憶となって
その縁の世界が創られてしまう。
想念に悪を思わないこと、これが心のあり方である。
救われる方便である。
人の常識では計れない識であるために、
智慧という識で持って計る。
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