つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

思議の不要なこと

2020-12-06 | Weblog
神に通じるものがいるとするなら、通じるかもしれない。
この宇宙の存在は、自由である。
自由がすべての存在の根本と言える。
自らに由るである。
これがエネルギーである。自らに由るという性質のエネルギーである。
どうしてそうなのか?答えは、自由、(自らに由る)である。
日本語は非常に繊細で、事細かに言い当てることができる言語であるが、
それを理解するのも、自らに由る存在の性質であるために、それぞれである。
だから、自由とは限りなくあり、限りあることである。
この地球の総ての砂粒を集めても、宇宙の星々の数には及ばない。
その様な見解を知れる意識は、また自由であるために、同様である。
どの様に思考するか次第が自由である。‘’為せば成る為さねば成らぬ・・・’″ということのヒント。

私達の意識はエネルギーである。宇宙の存在エネルギーそのものからきている。
だから、自分と言い、そのために、有限の中の無限である。
全知全能という自由の存在エネルギーであるが、全知全能では存在を失ってしまう。
存在の瞬時にして、全知全能を忘れることをして存在の意味を作り、
忘れたことを忘れてしまい、探し求めて維持している。
ゲームという遊びにしている。何か特別な理由はない。
だから、常に進みゆく者であり、過去を辿って、行きつ戻りつを繰り返す。
自由とは、かくも不思議なことである。

コメント
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