非国民通信

ノーモア・コイズミ

子供の頃からの夢がサラリーマンであるなら話は別ですが

2016-03-02 23:40:39 | 雇用・経済

 ちょっと時機を逸した話題になりますが、厚生労働省の「地域若者サポートステーション」の広報用ポスターが悪い意味で注目を集めていました。なんでも無職の若者の就職を支援するとの触れ込みだそうで、そのポスターには「キミはまだ本気出してないだけ。」と掲げられていたわけです。これが「上から目線」ですとか、「無職の若者すべてが本気を出していないように誤解される」「本気かどうか他人が断定できるのか」云々と批判を浴びたとのことです。それはまぁ、もっともな話だと思います。

 ただまぁ、私がもう一言付け加えるとすれば「仕事ごときのために本気にはなれません」ってところでしょうか。仕事は所詮仕事であって、人生ではないですから。もちろんプロ野球選手や国会議員など、特別に高給であったり特権があったりするような職業であるならば、仕事に対する取り組みの真剣さが問われるのも致し方のないとは言えます。しかし、人並み以下の薄給の仕事に本気を出すなんて、実に馬鹿げた話です。本気は会社のためではなく、自分のために使うべきものでしょう。

 そもそも安い給与と非正規待遇なのに「本気」で働く人がいては、それこそ社会の害毒でしかないわけです。低賃金でも非正規雇用でも従業員が本気で働いてくれるのなら、企業は人件費を増やす必要はありませんし、そうなると社会全体の給与水準は上がらない、日本で働く人の所得が減って国内市場の購買力も落ちる、そうなれば国内企業の収益力も低下する負のサイクルに陥ってしまいますから。世の中は、我々が少しずつ欲張りになることで成長するものです。そんな薄給で俺たちの本気は買えないよと、そういう姿勢を保つことが大事です。

 名ばかり管理職ではなく、本当に部下を率いるような本物の出世コースを目指す人は、まぁ本気で働けば良いでしょう。しかし、現代は誰もが管理職になれる時代ではありません(それは世代構成がピラミッド型の社会でなければ維持できないものです)。多数派の人は「率いられる部下」としてのキャリアを送ることになります。会社はそんな人にも「本気」で働くことを当然視するものですが、別に偉くなるわけでもないのに仕事のために本気にならなければならないのかどうか。一握りのエリート以外は、もうちょっと「自分の人生」を優先して生きる、そういう社会に変わる必要があるのではないでしょうか。

 似たようなのでもう一つ酷いなと思ったのは、2014年の衆院選の時の民主党のCMで「夢は正社員」云々って奴ですね。私に言わせれば「たかだか正規雇用ごときを『夢』にしないで欲しい」わけです。夢ってのは、それこそ本気になって追い求める価値のあるものです。人にはそれぞれ夢があることでしょう。しかし、正社員が「夢」とはあまりにも惨めです。「普通にやってりゃ正社員」の社会ならば人それぞれの夢を追うこともできます。しかるに「夢は正社員」では「正社員」ごときのために必死にならなければいけません。まさに悪夢です。

 先月は某アイドルグループの独立問題で揺れまして、その絡みで「奴隷のしつけ方」という本が話題にもなりました。古代ローマ時代の奴隷の扱い方を研究、紹介した本でして、何でも奴隷にやる気を出させるためには「解放」という餌がよく使われたそうです。そして現代日本ですと、まさに「正社員」が餌になっているところがあると言えます。非正規雇用ばかりが増える中で、「社員登用」をちらつかせることで非正規社員を本気で働かせようとしている雇用主も多いのではないでしょうか。たかだか社員になるために本気にならなければならない社会ってのは、貧相な社会だと思うのですが。


コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「働かないおばさん」の作り方 | トップ | 都市部の声ばかりが伝えられ... »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (フロイド)
2016-03-03 12:26:48
労働から解放してくれるのなら、どんな仕事でも本気で取り組みたいです。叶わぬ夢で終わりそうです。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

雇用・経済」カテゴリの最新記事