心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

「よく頑張ったね」

2007-07-08 00:16:18 | Weblog
 わたしが高校生の頃、離れの一室で受験勉強をしていると、長い廊下にコトコトと可愛い足音が響きます。「オニイチャ~ン」。あぁ、またやって来たのかと振り向くと、くるりとした目を輝かせた甥が部屋に入ってきます。「ナニヲシテイルノ」。カタコトの話しができるようになった頃でした。ひとり、部屋の隅に座って、書棚の本を開いてみたり、ギターに触ってみたり、ラジオをいらってみたり。こちらが勉強に熱中していると、いつのまにか部屋の片隅でお昼寝をしているときもありました。
 そんな甥も、親の転勤で遠くに引越しました。数年が経って、そう、わたしが大学生の頃だったと思います。夏の暑い日に、彼は急に具合が悪くなって緊急入院しました。頭脳の大手術をすることになりました。当時、京都にいたわたしは、夏休み中のアルバイトを休んで帰省し、病院にお見舞いにいきました。頭を包帯でぐるぐる巻きにした痛々しい姿の彼に会いました。彼の照れ笑いが、今も印象に残っています。「よく頑張ったね」。これが私が言えた唯一の言葉でした。
 その後、彼は、元気になって、すくすくと育ち、東京の大学に進学しました。大学院にも進みました。奨学金受給その他の保障人にもなり、出来るかぎりのバックアップをしてきました。あれだけ大病をした彼が、めでたく工学博士の学位を得たときは、わが子以上に嬉しく思いました。そして社会人になりました。仕事も頑張っていました。時々、メールで仕事の相談を受けることもありました。遠くにいても、ずいぶん身近に存在を感じる彼でした。
 その彼が、40を過ぎたばかりの若さで、わたしより先に人生にお別れを告げました。昨日、急逝の知らせがありました。明日は、出雲にとんぼ返りです。そして、ふと浮んだ言葉、それは「よく頑張ったね」でした。
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