Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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親の遺伝子診断の結果を子供に,いつ,誰が,どうやって知らせるか?知らせないか?

2016年02月06日 | 舞踏病
自らがハンチントン病の家系の一員であったウェクスラーは,ハンチントン病の遺伝子診断に関連して,the choice not to know nowという表現を用いて,ハンチントン病のリスクのあるひとにおいて,十分な事前のカウンセリングの後に,検査を受けるか,もしくは「今は知らないでおく」かの選択をすべきと述べた.つまり遺伝子検査の結果を「知らないでいる権利(right not to know)」は,症状を呈していない,遺伝性疾患を発症する可能性のある個人において,発症前の遺伝子診断によって,遺伝的リスクの有無を明らかにすることを選択しないでおく権利のことと言える(神経疾患の遺伝子診断ガイドライン2009).

私は大学院生時代,遺伝子診断係を担当し,CAGリピート病をはじめとする遺伝子診断を多数行った.そのなかで遺伝子診断が,本人だけではなく,その家族に大きな影響を及ぼすことや,発症前診断・出生前診断の倫理的問題について考える機会を得た.また自分なりに遺伝カウンセリングについても勉強し,遺伝子診断については理解したつもりであったが,最近,「知らないでいる権利」に関連して考える出来事があったので記載したい.

あるCAGリピート病が疑われる患者さん(孤発例)を担当した(図矢印).この疾患は,診断や発症の予測はできるが,治療法は確立していない.認知機能とBernard Loの基準を用いて「自己決定能力」は保たれていると判断し,ご本人と妻に遺伝子診断のメリットとデメリットを説明したところ,遺伝子診断の希望があった.結果は陽性で,その結果をご説明し,その後の療養について相談を開始した.そのあと,家系内のリスクのある個人(すなわち子供)に,父の遺伝子診断の結果を伝えるかを相談した.つまり遺伝病の家系の一員であるという情報を「いつ,誰が,どうやって知らせるか?」の相談である.

そのとき私は「そもそも子供に知らせなければいけないのであろうか?」と思った.若いころは,このようなことはあまり考えなかったが,今回は「そのリスクを伝えないという選択肢があっても良いのではないか?知らないで過ごしたほうが,幸せなのではないか?」「このような『知らないでいる権利』もあるのではないか?」と考えたのだ.

しかし確信は持てず,遺伝子診療および研究倫理のエキスパートである先生に連絡をとり,相談をしてみた.そして,以下を教えていただいた.
1.「知らないでいる権利」の前提は,「家系内に遺伝病があるということを知っていること」である.つまりこの権利はあくまでも遺伝学的検査の結果に対してのものである.
2.欧州やカナダでは,基本的に親から子供に発症のリスクを伝えるべきと考えられており,そのためのハンドブックもある.そのハンドブックには,まだ子供であっても,親が病気であることを教えることから始め,徐々に自分にもリスクがあることを説明をしていくこと,リスクを説明する際は医療者の支援を求めることが記載されている.
3.一方,日本では,「知らなかったお蔭で,何も考えずに青春を過ごせた」という意見もあり,家系員であることを伝えることは親の義務であるとまでは合意されていないものの,基本的には親から子供に話し,医療者がその応援をするという考え方が支持されている.ただし個々の事例によるという余地を残す必要があると考えられていること.

そもそも自分は「知らないでいる権利」の前提について理解してなかった.しかしそれでも,私が疑問を持ったような,遺伝性疾患の家系員であることを「知らないでいる権利」はないのだろうか?ただし,それを認めた場合,伝えないという判断を親がすることになり,本人の意思は無視されるという問題が生じることは容易に思いつく(そもそも権利とは言えないかもしれない).しかし子供の性格をよく知る親が,事実を知ることに耐えられないと思った場合,子供,もしくは成人であっても伝えないという選択肢もありうるのではないだろうか?

いずれにしても,現在,病気を予見する技術が,治す技術や患者さんを支援する体制より大きく先行している.遺伝病のリスクを抱えたひとを支える体制づくりをより充実させる必要がある.

参考となるホームページ
知らないでいる権利

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