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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳の性分化と同性愛

2012年03月18日 | その他
Pride Celebrationはサンフランシスコ最大のお祭りで,いわゆるゲイ・パレードのことだ.ゲイ(gay)とは同性愛の人々,とくに男性同性愛者を意味する.留学中,このパレードを見学に出かけたことがある.参加者全員がゲイというわけではないそうだが,非常にたくさんの参加者がいることと,みなさん陽気であることに驚いた.とても楽しかった覚えがある.

ゲイ・パレード(サン・フランシスコ)の雰囲気

1.脳の性的興奮は視床下部から

書店で興味深い本を見つけた.「同性愛の謎―なぜクラスに一人いるのか (文春新書)」というタイトルだ.動物行動学の著作で知られる竹内久美子さんの新著.まず面白かったのは性フェロモンについて.性フェロモンは昆虫で研究が進められた物質で,匂いとしては感じられないほどの低濃度であっても,脳を性的に興奮させる.何と人間におけるフェロモン候補物質は最近のPETを用いた研究で分かっているそうだ.ラベンダーオイルなど良い匂いをかぐと前梨状皮質,扁桃体,視床下部,大脳皮質嗅覚野といった嗅覚中枢の局所血流が増加する.しかし,男性ホルモンの代表格テストステロンの構造が少しだけ変化し,揮発しやすい性質を持つアンドロスタジエノン(AND)の臭いを女性異性愛者が嗅ぐと,上記部位の血流は増加しない代わりに視床下部の血流量が増加する(ProS One 5; e8651, 2010).この視床下部は,動物が性フェロモンにより交尾を始める際に重要であることが知られている部位であることから,性的興奮の中枢の1つである可能性がある.
そして,男性同性愛者が男性に惹かれるのは,男の性フェロモンであるANDに,視床下部が興奮するためらしい.その血流増加のパターンはANDに対する女性異性愛者とよく似ていた.逆に男性異性愛者や女性同性愛者にANDを嗅がせても視床下部の血流は増加しない.つまり性行動は性フェロモンに対する視床下部の反応で規定されうるというわけだ.一方,女の性フェロモンについても分かっていて,エストラテトラエノール(EST)が有力視されているとのこと.ちなみにANDは汗,とくに脇の下や下腹部などのアポクリン腺からの汗に多く含まれ,ESTは尿に多く含まれるのだそうだ.

2.なぜ同性愛者の頻度は保たれるか?

さてこれから本題.この本によると,生涯にわたり同性とのみ関係を持つ人の頻度は多くの調査で4%,つまりクラスにひとりはいる計算で,一定の割合を保っているのだそうだ.しかし男性同性愛者(バイセクシャルを含む)は男性異性愛者と比べ5分の1程度しか子を残さないという.同性愛者は子を残しにくいはずなのに,なぜ同性愛に関係する遺伝的性質が消え去らず,同性愛者が一定の割合を保ち続けているか? 本書では上記命題に対するさまざまな仮説が紹介され,最終章に一番有力な仮説が示される.わかりやすく書かれているので本を読んでいただきたいのだが,有力な説として,免疫説と遺伝説が紹介されている.

3.免疫説

まず免疫説のヒントはカナダで行われた「男性同性愛者には男性異性愛者と比べ兄の数が多い(Arch Sex Behav 25; 551-579, 1996)」という発見であった.この現象は西洋人以外でも確認された.「たくさん男に囲まれているとその影響で・・・」と考えたくなるところだが,この「兄の人数効果」は血のつながりのない兄弟(養子など)では認められないことから単に環境の問題ではないということが分かった.まだ証明はされてはいないが,おそらく母体が男の子をお腹に宿すと,男の赤ちゃんの成長に必要な物質(Y染色体関連蛋白,候補として一番有名なのはH-Y抗原※)に対して免疫反応,つまり抗体産生が起こる.H-Y抗原はY染色体のSRY遺伝子(sex determining region Y)上に存在する遺伝子により作られるタンパク質で,生殖腺原基を精巣として分化させる作用を持つ.男性から女性に臓器を移植する際には女性には存在しないこの抗原の存在により拒絶反応が起る場合があることが知られている.おそらく,男児を妊娠する回数が増えるほど,この免疫反応は強くなる.この抗体が男児の脳,おそらく性の決定に関わる視床下部に存在するに物質(H-Y抗原)に対し影響を及ぼすという説である.よって脳の男性化が十分に起こらなくなり,男性同性愛者は女性的なのかも説明できる.しかし,同性愛者の頻度は保たれる理由については説明できない.

4.遺伝素因説

もう一つの仮説は,男性同性愛に関係する遺伝子がX染色体上に存在するというもの.その男性同性愛遺伝子が女性に存在する場合,繁殖にとって有利な働きを持っているのであれば,たとえ男性の体に存在して,彼の繁殖に不利になる働きをしたとしても,その不利を十分補いうる.つまり,男性同性愛遺伝子は母方の女に対してのみ,よく子供を産ませる働きをするので,男性同性愛者の遺伝子は残るという仮説である(父方では増えない).実際に男性同性愛者の母と母方のおばでは,男性異性愛者の母と母方のおばよりも,子供の数が多いというイタリアの報告がある(子供の数;2.69,2.32 vs. 1.98,1.51;Proc Biol Sci 271:2217-21, 2004).この現象は別の調査でも確認されている.たしかにそう考えれば,同性愛に関係する遺伝的性質が減少しない(自然淘汰されない)説明がつくかもしれない.しかしそのような原因遺伝子が同定されたわけでもないし,レズビアンについては説明がつかない.

5.その他の仮説

「同性愛の謎・・・」はわかりやすいのだが,どうも話を単純化している印象がある.実際,最近のreviewを読んでみると免疫説,遺伝説のほかにもいろいろな説があり,そんなに単純明瞭ではないことが分かる.

遺伝説・・・双生児研究に加え,分子遺伝学的研究でも可能性が指摘されている.連鎖解析にてXq28が男性同性愛家系に連鎖したとの報告があるが,連鎖しないという報告もあり論争が続いていて,必ずしも確定したわけではないことが分かる.

ホルモン説・・・先天性副腎低形成の女児におけるバイないしホモセクシャルの頻度増加が知られており,成長過程における性ホルモンの影響も可能性がある.妊娠中にdiethylstilbestrol(DES;エストロゲン関連化合物)の妊娠中曝露も女児におけるバイないしホモセクシャルの頻度増加をもたらす.内分泌かく乱物質,例えばプラスチック品の可塑剤として使用されるフタル酸エステルも,男児を「女性化」させる可能性が指摘されている.胎児のニコチン曝露もレジビアンの頻度を増加させるという報告がある.

社会因子説・・・妊娠初期のストレスは男性同性愛者の出現増加をもたらす.

6.おわりに

脳の性文化の領域は重要でありながら,まだまだ未解決の問題が残っているように感じた.今後さらに研究が進みメカニズムが解明され,誤解や偏見をなくす方向に向かうのであれば素晴らしいと思う(逆のリスクもありうる).しかし「なぜ生まれてくるか」のメカニズムにこだわるより,同性愛者が過ごしやすい世の中を考えることのほうが本当は大事であろう.TV等で取り上げられるような興味本意なものでなく,同性愛についてきちんと考える機会を持つ必要があるように思う.その点,「同性愛と異性愛 (岩波新書)」はホモフォビア(同性愛嫌悪)の実情,カミングアウトの意味,同性愛者が肯定的に生きていくための取り組みなどを紹介していてとても考えさせられる.

同性愛の謎―なぜクラスに一人いるのか (文春新書)

同性愛と異性愛 (岩波新書)
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