田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編小説 3 ドッぺルゲンガ―  麻屋与志夫

2015-03-01 16:45:46 | 超短編小説
3 ドッぺルゲンガ―

「こんばんわ」
いつも出会うパジャマ男だ。
老人だ。
サンダル履きで、ピタピタ魚のヒレが道路をたたくような音をたてている。
近寄って来る。
すれちがう。
「こんばんわ」
失礼なヤツだ。
いつものとおり挨拶もかえさない。
「魚か!! コイツ。感情がないのか」
宵の口なので、どの家の窓も明かりがともっている。
またあの窓から泣き声がする。
「嫁がイジメル。嫁ガイジメルヨ」
毎晩おなじことば。
おなじ泣き声。
気なるので、こつそりと玄関の扉に近寄る。
聞き耳をたてる。
「あら、オジイチャンお帰りなさい」
若い女が、扉をあけてくれる。
こっそりと忍びこまないで済んだ。
いつも施錠するのを忘れている。
でも、どうしてわたしが扉のそとに立ったのがわかるのだ。
襖を開ける。
老婆が泣いていた。
若い女がついてきた。
「いつものとおりよ。じぶんがなにをしているのか、わからないみたい」
「オジイチャン。また夜歩きですか。見て。わたしがお父さんに買ってもらった着物よ。この指輪はどうかしら」
満艦飾に飾り立てた老婆が鏡に姿を映している。
「わたし、お嫁に行くのよ」
老婆はわたしの妻だ。
ことばはしっかりしているのだが、時系列からはみだしてしまった。
退行して、いまは結婚前の娘でいる。
着ている着物も装飾品も全部わたしが買ってあげたものだ。
おとなしくて、ひかえめだった妻の思い出のなかで、それらの品物を買ったときの喜びはいまでも覚えている。
なんでも買ってあげたいとおもわせるほど、妻は喜び、感謝してくれた。
それが――、いまではわたしだけの記憶のなかにある。
すべての品物を身に付けた妻。
わたしは、装飾品をジャランと身にまとった妻をだきしめた。
男は年と共に、脱ぎ捨てた。
職場での役職。
働く誇り。
妻に対する見得――可愛い妻になんでも買い与えた。
でも、もう与えられるものは、なにもない。
お金も残っていない。
妻はなにも捨てない。
理想の容姿に――もっと美しくなろうと、化粧し、着飾っている。
夜毎の着せ替え人形。
老婆であることに気づいていない。
これで、しあわせなのかもしれない。
じぶんが、卒塔婆小町のように老いさらばえているとしったら……。

わたしはあすの夜も散歩に出よう。
だぶん、あの爺さんに会うだろう。
あれはわたしのドッペルゲンガ―だ。
それを見たものは死ぬとしいわれている。
わたしは、肉体というさいごの衣を脱ぎ捨てために、夜の散歩に出る。
ごめんな、お前、こんなことしかもうわたしはお前にしてあげられない。

わたしは生命保険にはいっている。
おまえには、秘密にしておいた。
わたしは霊となってもいつも側にいるから。
いつも一緒にいるから。
おまえが、すべてを脱ぎ捨てて、わたしのもとに来るまで見守っているから。
わたしの愛しいカミサン。
倫子さん。
愛しているよ。



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