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廊下に通夜の客が並んでいた。
拍手でふたりを迎えてくれた。
「文葉さん、お帰りなさい」
美智子先生が彩音のとなりの女性にやさしく声を掛けた。
「義母さんごぶさたしています」
「彩音。お父さんだ」
麻屋先生のそばに拳銃を持った男のひとが立っていた。
「わたしの不肖の倅、源一郎だ」
彩音はすべてを悟った。
うれしかった。
わたしはずっと父方の祖父母と文美オバァチャンに守られていたのだ。
涙が頬を伝った。
とめどもなくながれ落ちた。
文葉と彩音は練習場の引き戸を開けた。
左手を取手に、右手をその下のほうに添えて優雅に開ける。
すでにして鹿沼流の舞がはじまっている。
「母への追悼をこめて四段『散華』を舞いましょう。彩音わたしと舞ってくれるわね」
彩音はまた涙をこぼしてしまった。
わたしはこんな泣き虫だったの。
でも、これってうれし涙よ。
「仏となった母への供養かを兼ねて、ふたりで『散華』を舞わせてもらいます。わたしはやっとこの四段までしか習得できず逃げ出した不出来な娘でした。でも彩音が『朽ち木』を伝授され流派が途絶えずにすみました。母、文美への追悼。『散華』……」
稽古場に集まった一門のひとたちか一斉に謡だした。
『散華』は舞踊というより能にちかかった。
まだ能とか舞踊とか別れるまえの素朴な所作がふくまれていた。
可奴麻の里に華と散る。
可奴麻の里に華と散る。
蓮のはなびら撒き散らし。
可奴麻の里を極楽浄土とするぞ嬉しき。
するぞ嬉しき……
日光は赤沢からかけつけた赤垣老夫妻が謡っている。
ひい孫、彩音。娘の美智子の息子の嫁、文葉の舞に涙ぐむ。
机司が彩音の美しさにうっとりと見入っている。
麻屋が息子源一郎と謡っている。
朗々とした謡に、このとき、謡曲ならざる高い顫音が混ざりこんできた。
そしで稽古場の中央に黄金色の噴水のように光が吹き上がった。
文葉と彩音、親子の舞と鹿沼流一門の『散華』の合唱にさそわれたようにその光の巨大な円錐形のなかに九尾の狐が現れた。
玉藻の前、お后さまだ。
再臨だ。再臨だ。
黄金の狐はなにかいいたそうな人の形をとっが一瞬のことできえてしまった。
「まだ再臨の時期が熟していないのだ」
赤沢玄斎が寂しそうにいった。
しかし、文葉と彩音。川端家直系の女には「よく純血を守りとおしてくれました」という、玉藻の声がこころにひびいていた。
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「文葉さん、お帰りなさい」
美智子先生が彩音のとなりの女性にやさしく声を掛けた。
「義母さんごぶさたしています」
「彩音。お父さんだ」
麻屋先生のそばに拳銃を持った男のひとが立っていた。
「わたしの不肖の倅、源一郎だ」
彩音はすべてを悟った。
うれしかった。
わたしはずっと父方の祖父母と文美オバァチャンに守られていたのだ。
涙が頬を伝った。
とめどもなくながれ落ちた。
文葉と彩音は練習場の引き戸を開けた。
左手を取手に、右手をその下のほうに添えて優雅に開ける。
すでにして鹿沼流の舞がはじまっている。
「母への追悼をこめて四段『散華』を舞いましょう。彩音わたしと舞ってくれるわね」
彩音はまた涙をこぼしてしまった。
わたしはこんな泣き虫だったの。
でも、これってうれし涙よ。
「仏となった母への供養かを兼ねて、ふたりで『散華』を舞わせてもらいます。わたしはやっとこの四段までしか習得できず逃げ出した不出来な娘でした。でも彩音が『朽ち木』を伝授され流派が途絶えずにすみました。母、文美への追悼。『散華』……」
稽古場に集まった一門のひとたちか一斉に謡だした。
『散華』は舞踊というより能にちかかった。
まだ能とか舞踊とか別れるまえの素朴な所作がふくまれていた。
可奴麻の里に華と散る。
可奴麻の里に華と散る。
蓮のはなびら撒き散らし。
可奴麻の里を極楽浄土とするぞ嬉しき。
するぞ嬉しき……
日光は赤沢からかけつけた赤垣老夫妻が謡っている。
ひい孫、彩音。娘の美智子の息子の嫁、文葉の舞に涙ぐむ。
机司が彩音の美しさにうっとりと見入っている。
麻屋が息子源一郎と謡っている。
朗々とした謡に、このとき、謡曲ならざる高い顫音が混ざりこんできた。
そしで稽古場の中央に黄金色の噴水のように光が吹き上がった。
文葉と彩音、親子の舞と鹿沼流一門の『散華』の合唱にさそわれたようにその光の巨大な円錐形のなかに九尾の狐が現れた。
玉藻の前、お后さまだ。
再臨だ。再臨だ。
黄金の狐はなにかいいたそうな人の形をとっが一瞬のことできえてしまった。
「まだ再臨の時期が熟していないのだ」
赤沢玄斎が寂しそうにいった。
しかし、文葉と彩音。川端家直系の女には「よく純血を守りとおしてくれました」という、玉藻の声がこころにひびいていた。
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