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『朽ち木倒し』
鹿沼の里で温かくうけいれられた巡礼。
彩音の遠い祖先。
が……。
土地の悪霊と刺しちがえて死ぬ。
温かくうけいれてくれた里びとへの報恩。
悪霊にしがみつく。
おのがからだを犠牲とする。
朽ち木が倒れるように悪霊とともに死ぬ。
鹿沼流の『終りの舞い』はそう呼ばれていた。
舞いの奥義がすべてこめられていた。
降りしきる雪のなかに朽ち木のように伏す舞い手。
話しには聞いているが彩音もまだ見たこともない。
「おばあちゃん」
なにいっているのかしら。
?????
彩音が文美に呼びかけた。
「どうしたの」
その瞬間だった。
彩音に飛びかかろうとする神田に文美が優雅な舞いの仕種のまま、しがみついた。
こうでもしないとコイツは倒せないのだよ。
彩音よく見てね。
文美の沈黙の声が彩音の頭に直接ひびいてきた。
文美の白刃が神田の首につきささった。
そのいきおいで、真一文字に切り裂いた。
首から青い血が飛び散る。
神田の首がくっとたれさがる。
とどめ。
とどめだよ。
彩音。
彩音は必死で神田の心臓に『鬼切り』を差し込んだ。
さしこんでおいて抉った。
青い血が吹き出している。
「バアチャン」
「彩音、彩音がこの技をつかうのは百年早いからね」
鹿沼の語り部。
文美の背中に神田の鉤爪が突き通っていた。
手術用のメスのように鋭い。
鉤状に曲がっている。
半月型の外側にもシャープな刃がついていた。
こんなもので、突き刺されては、助かるわけがない。
それを承知で文美は彩音のために神田にしがみついたのだ。
吸血鬼は首を切り離す。
心臓を抉る。
それで消滅させることができるのだ。
首を切られたのに文美の背中に生えた神田の腕は。
鉤爪は、まだひくひく動いていた。
「バアチャン。死なないで。わたしをひとりにしないで」
彩音の呼びかけに文美は応えられない。
震える手で、赤い柄の刀を彩音のほうへさしだした。
『朽ち木倒し』だよ……。
文美の最後の意識が彩音に流れ込んできた。
いつもこの『朽ち木』の剣と『鬼切り』はもっているんだよ……。
司は上沢の分家の男。仲よくしてね。
彩音には、甲源一刀流の太刀筋を司の剣さばきに認めたときから、もしやという予感があった。
ふたりで、この鹿沼を守って。
それが鬼と対立する守護師の務めだからね。
故郷の自然を。
鬼の蹂躙から。
鬼に踏みにじられることから。
……守るために。
彩音は生まれてきたのだから……ね……
わたしはおまえと一緒……だよ。
いつもいっしょにいるからね。
それで、とぎれた。
ながいこと彩音のそばに、いつもいた文美の意識がとぎれてしまった。
「バアチャン」
文美をだきしめて、彩音は泣いていた。
涙がとめどもなくほほを伝った。
まだみたこともない父と母にかわって、幼いころから育ててくれた文美オバアチャン。
彩音のそばを離れずいつも見守ってくれていたオバアチャン。
それなのに、もう彩音の呼びかけに応えてくれない。
鹿沼流の奥義『朽ち木倒し』を身を持って伝授してくれた。
ありがたい舞の師範でもある。
「彩音ちゃん。これからぼくらの戦いがはじまるのだ」
司が彩音の手をぐっとにぎった。
「文美さんは、体をはって、一子相伝の鹿沼流の奥義を伝えてくれたのだ」
「わかっているの。でもいまだけでいいから……泣かせて」
「涙が止まらないのよ」
文美の体から温もりが消えていく。
冷えていく文美を彩音はいつまでも抱きしめていた。
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『朽ち木倒し』
鹿沼の里で温かくうけいれられた巡礼。
彩音の遠い祖先。
が……。
土地の悪霊と刺しちがえて死ぬ。
温かくうけいれてくれた里びとへの報恩。
悪霊にしがみつく。
おのがからだを犠牲とする。
朽ち木が倒れるように悪霊とともに死ぬ。
鹿沼流の『終りの舞い』はそう呼ばれていた。
舞いの奥義がすべてこめられていた。
降りしきる雪のなかに朽ち木のように伏す舞い手。
話しには聞いているが彩音もまだ見たこともない。
「おばあちゃん」
なにいっているのかしら。
?????
彩音が文美に呼びかけた。
「どうしたの」
その瞬間だった。
彩音に飛びかかろうとする神田に文美が優雅な舞いの仕種のまま、しがみついた。
こうでもしないとコイツは倒せないのだよ。
彩音よく見てね。
文美の沈黙の声が彩音の頭に直接ひびいてきた。
文美の白刃が神田の首につきささった。
そのいきおいで、真一文字に切り裂いた。
首から青い血が飛び散る。
神田の首がくっとたれさがる。
とどめ。
とどめだよ。
彩音。
彩音は必死で神田の心臓に『鬼切り』を差し込んだ。
さしこんでおいて抉った。
青い血が吹き出している。
「バアチャン」
「彩音、彩音がこの技をつかうのは百年早いからね」
鹿沼の語り部。
文美の背中に神田の鉤爪が突き通っていた。
手術用のメスのように鋭い。
鉤状に曲がっている。
半月型の外側にもシャープな刃がついていた。
こんなもので、突き刺されては、助かるわけがない。
それを承知で文美は彩音のために神田にしがみついたのだ。
吸血鬼は首を切り離す。
心臓を抉る。
それで消滅させることができるのだ。
首を切られたのに文美の背中に生えた神田の腕は。
鉤爪は、まだひくひく動いていた。
「バアチャン。死なないで。わたしをひとりにしないで」
彩音の呼びかけに文美は応えられない。
震える手で、赤い柄の刀を彩音のほうへさしだした。
『朽ち木倒し』だよ……。
文美の最後の意識が彩音に流れ込んできた。
いつもこの『朽ち木』の剣と『鬼切り』はもっているんだよ……。
司は上沢の分家の男。仲よくしてね。
彩音には、甲源一刀流の太刀筋を司の剣さばきに認めたときから、もしやという予感があった。
ふたりで、この鹿沼を守って。
それが鬼と対立する守護師の務めだからね。
故郷の自然を。
鬼の蹂躙から。
鬼に踏みにじられることから。
……守るために。
彩音は生まれてきたのだから……ね……
わたしはおまえと一緒……だよ。
いつもいっしょにいるからね。
それで、とぎれた。
ながいこと彩音のそばに、いつもいた文美の意識がとぎれてしまった。
「バアチャン」
文美をだきしめて、彩音は泣いていた。
涙がとめどもなくほほを伝った。
まだみたこともない父と母にかわって、幼いころから育ててくれた文美オバアチャン。
彩音のそばを離れずいつも見守ってくれていたオバアチャン。
それなのに、もう彩音の呼びかけに応えてくれない。
鹿沼流の奥義『朽ち木倒し』を身を持って伝授してくれた。
ありがたい舞の師範でもある。
「彩音ちゃん。これからぼくらの戦いがはじまるのだ」
司が彩音の手をぐっとにぎった。
「文美さんは、体をはって、一子相伝の鹿沼流の奥義を伝えてくれたのだ」
「わかっているの。でもいまだけでいいから……泣かせて」
「涙が止まらないのよ」
文美の体から温もりが消えていく。
冷えていく文美を彩音はいつまでも抱きしめていた。
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