音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■第1曲「Melodie」には、この曲集のすべてが凝縮されている■~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版続き Vol.3~

2021-01-31 23:19:25 | ■私のアナリーゼ講座■

■第1曲「Melodie」には、この曲集のすべてが凝縮されている■
~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版続き Vol.3~
         2021.1.31    中村洋子
         

 

 

 

★1月も終わり、2月2日は「節分」、そして翌3日は「立春」です。

寒さはまだまだ続きますね。

≪桐火桶無絃の琴の撫でごころ≫ 蕪村(1716-1784)

桐火桶は、桐の木をくり抜き、内側に金属板を貼った火鉢です。

骨董屋さんの店先でこれを見たことはありますが、

使ったことはありません。


★確かにこの桐に絃を張ったらお琴の感触に似ているかも

しれませんね。

蕪村先生のお宅にたった一つ(想像です)の桐火桶に、

わずかな炭をおこし、桶を両の手で抱きかかえるようにして

撫でて身体を温めたのでしょうね。


★貧しいとはいえ、うっとりとお琴を思い浮かべながら、

火鉢にあたっているとは、何ともエレガント。

貧乏の惨めさはありません。

 

 


★今回は、1月22日の前回ブログ「大切な音とのみに運指を付ける

ことで曲構造の核心を指摘」~シューマン「子供のためのアルバム」の

フォーレ校訂版~の続きです。

その前の2020年12月9日の「シューマンの指使いから、

Bachの対位法がこぼれ落ち、奏者の心を刻む」が最初です。


★3回のブログを分かりやすく理解していただくため、

前々回ブログ(2020.12.9)を第1回

前回ブログ(2021.1.22)を第2回、そして今回を第3回として、

≪シューマン・ユーゲントアルバムについて、Vol.1、Vo2、Vol.3≫

とします。

それではユーゲントアルバムVol.3を始めます。


★Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)の

「こどものためのアルバム Album für die Jugend Op.68」

(以下、この曲集の名前を「Jugend」と略します)の初稿である

「Klavier büchlein für Marie」(マリーのためにピアノ小曲集)

(以下、この曲集の名前を「Marie」と略します)は、

「Jugend」と、曲順が異なっています。


★譬えていいますと、Bach「インヴェンションとシンフォニア」の

初稿の入っている「フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集

Klavierbüchlein fur Wihelm Friedemann Bach」の曲順も、

「インヴェンションとシンフォニア」の完成稿とは異なっている

ことと、よく似ています。

 

 



「Marie」の曲順は、こうなっています。

第1曲「Schlatliedchen für Ludwig ルートヴィヒのための子守歌」

は、「Jugend」では、第3曲の「Trälerliedchen ハミング」

になります。

第2曲「Soldatenmarsch 兵隊さんの行進」は、「Jugend」でも

そのまま第2曲です。

第3曲「Ein Choral コラール」は、「Jugend」では第4曲です。

第4曲「Nach vollbrachter Schularbeit zu spielen

学校が終わった後の遊び」は、「Jugend」では

第5曲「Stückchen 小曲」です。


「Jugend」の曲順を「Marie」に当てはめますと、

3番-2番-4番-5番となり、第5番の次の曲は、

Schumannの作品ではなく Mozart モーツァルトの小曲を、

はめ込んでいます。

第6曲は、「Jugend」には入っていないSchumannの

「Bärentanz 熊の踊り」です。


★ここで驚くべきことには、「Jugend」の第1曲「Melodie」が、

「Marie」には、入っていないことです。

「Marie」では、第1曲の位置を占めていた「ルードヴィヒのための

子守歌」は、巻頭曲の重要なポジションを、新しく作曲された

「Melodie」に譲り、第3曲に後退しています。

 

 


Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)は、

この「Marie」曲集の存在を知っていたかどうかは、分かりません。

しかし、「Jugend」の1曲目と3曲目の関係を、深く考察していた

ことは、Fauré 校訂版の3、4小節目フィンガリングからも、

窺えます。


★Fauré 校訂版の第3曲「Petite chanson 小さな歌」

(Schumann原題:「Trälerliedchen ハミング」)の

3、4小節目のフィンガリングは、こうなっています。

 



 

この右手の3小節目1拍目の「4」と、4小節目3拍目の「1」の意味は、

「f²-e²-d²-c² ファ ミ レ ド」を、旋律の大きな骨格として、

意識しなさい、というFauré の提案でしょう。



 


★1、2小節目を思い出してみてください。

「e²-d²-c² ミ レ ド」と、「c²-d²-e²-f²-g² ファ レ ミ ファ ド」

という装飾されていない、むき出しの構造物としての旋律でした。



 


★それに対し、3、4小節目では、「f²-e²-d²-c² ファ ミ レ ド」

という旋律の骨格は、装飾されながらも、ゆったりと

2小節にわたって、流れていきます

ですから、Fauré はその「f²-e²-d²-c² ファ ミ レ ド」の最初と、

最後にフィンガリングを記し、注意喚起しているのです。


1~4小節の骨格は、こうなります。



 

 

1、2小節目の旋律の密度は、ぎゅっと濃いですね。

では、3、4小節目の左手下声は、どうなっているのでしょうか。

もう一度、冒頭の譜例を見て下さい。

「d¹-c¹-h-a レ ド シ ラ」に、「3 3 4 5」のフィンガリングが、

付いています。



 


「d¹-c¹-h-a レ ド シ ラ」とありましたら、その次は、どうしても

「g ソ」が、欲しいですね。

1~8小節の左手の旋律の主要なラインを、辿ってみましょう。

「g ソ」は、何とじらして、じらして、8小節目の2拍目まで

出現しません。



 


3、4小節目下声の「d¹-c¹-h-a レ ド シ ラ」は、このように、

「g ソ」を、待ち望ませる役割があると同時に、もう一つ重要な

任務を担っています。

それを、Fauré はフィンガリングによって、鋭く指摘しています。

 

 

 


★「Marie」には存在しなかった第1曲の「Melodie」の5小節目

見てみましょう。

 



 

5小節目上声には、この「第3曲ハミング」の3、4小節目下声(左手)

の「d²-c²-h¹ レ ド シ」の1オクターブ高い「d²-c²-h² レ ド シ」

があり、6小節目下声(左手)の「d¹-c¹-h レ ド シ」

カノンで追いかけています。


★このように、Schumannは第1曲と第3曲に、同じ旋律による

motif モティーフ(動機)を使って、有機的につなげているのを、

Fauré は、フィンガリングによって、指し示しているのです。

Fauré 校訂版「Jugend」の第3曲「ハミング」の22小節目の

右手のフィンガリングも、注目されます。

1拍目「e²」に注意喚起を促すかのように、

わざわざ「1」の指示が、あります。



 


★この曲は、全24小節の作品ですから、最後から2小節前の

この「e²」の「1」は、ちょっと気になります。

その答えは、第5曲の冒頭ではっきり分かります。



 


第3曲から第5曲への掛け橋となる

「e²-f²-g²-a² ミ ファ ソ ラ」を、Fauré はフィンガリングにより、

さりげなく、しかし、的確に指摘しています。

「Jugend」は、1、3、5曲の3曲が、何となく配列されている

のでは、全くないのです。

 

第1曲「Melodie」は、Schumannが練りに練って、

冒頭に据えた曲です。

そこには、名曲(名曲集)の必要条件である

"冒頭にすべてが凝縮されている"という共通点を備えています。


★そこを理解して演奏いたしませんと、焦点のぼけた、

バイエルもどきの曲となってしまいます。

Schumannの天才とはかけ離れた曲になります。

勉強は、尽きることがありませんね。

 




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