■大切な音のみに運指を付けることで曲構造の核心を指摘■
~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版~
2021.1.22 中村洋子
★新型コロナの「緊急事態」が、各地に対して宣言されました。
2021年は、籠りの年になりそうです。
★≪鍋敷に山家集あり冬籠もり≫ 与謝蕪村(1716-1783)
山家集は、西行(1118-1190)の歌集。
蕪村の貧しく小さな家には、冬ごもりするにも、
生活雑貨の鍋敷の脇に、格調高い西行法師の歌集が
鎮座していたのでしょうか。
富貴の家でしたら、鍋敷は台所、山家集は書斎にあるはず
ですものですね。
★蕪村の一世代前の歌人、(小西)来山(1654-1716)
≪眼ばかりは達磨にまけじ冬籠≫
たとえ家に籠っていても、カッと眼(まなこ)を見開き、
修行中でしょうか、格好いいですね。
私の冬ごもりは「蕪村流」です。
★さて、12月9日のブログでお話しましたように、
Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)の
「こどものためのアルバム Album für die Jugend Op.68」
の初稿は、「Klavier büchlein für Marie」です。
この初稿は、Schumann が長女のマリーちゃんのために
作曲しましたので、彼女のための指使い=Fingering が、
Schumann 自身によって書き込まれています。
★これについては、12月のブログで少しご説明しました。
今回は、この作品を大作曲家 Gabriel Fauré
ガブリエル・フォーレ(1845-1924)が、校訂している楽譜
「Album à ia Jeunesse」の、フォーレによる Fingering から、
彼がどのように、Schumann の一見単純にして、実は大変奥深い
この第3番「原題 Trällerliedchen ハミング」、
Fauré 版では「Petit chanson」を、分析しているか、
見ていきたいと思います。
https://www.academia-music.com/products/detail/130134
★皆さまは、12月9日のブログを参照しながら、お読み下さい。
それではFauré 校訂版を見ていきましょう。
まず、第1、2小節です。
Fingeringは、右手は1小節目1拍目の「3」のみ。
左手は1小節目1、2拍目の「3、1、4」と、
2小節目冒頭の「4」のみです。
★Schumann の第1、2小節は、こうでした。
(Schumann についての解説は12月ブログを参照)
数多くFingeringがつけられた作曲者 Schumann 本人の譜に対し、
Fauré は、あっさりと第1、2小節では、5か所のみ
Fingering を付けています。
しかし、Fauré の分析はさすがに鋭く示唆に富んでいます。
1小節目1拍目のFingeringにより、Fauré は「ここで C-Durの
主和音を確定しなさい」と、言っているかのようです。
この曲を学ぶ子供たちにとって、主和音「ド、ミ、ソ」は、
実に重要、大切で、そして大変美しいのです。
★実は、この「Album für die Jugend こどものためのアルバム」の
第1曲から第5曲にかけて、曲の冒頭1拍目だけを見ますと、
とても興味深いことに気付きます。
★各々を列記しますと、
第1曲 Melodie
第2曲 Soldatenmarsch 兵隊さんの行進
第3曲 いまお話している Trällerliedchen ハミング
第4曲 Ein Choral コラール
第5曲 Stückchen 小曲
★ここで第1曲から第5曲までの冒頭和音を順番に書きますと、
第1、3、5曲は、C-Dur で、その冒頭和音は皆同じです。
第2、4曲は、 G-Dur ですが、 G-Dur の主和音「ソ‐シ‐レ」は、
C-Dur のドミナントⅤと、同じ音です。
★いま、譜例で挙げました5つの和音は、
C-Dur の「Ⅰ-Ⅴ-Ⅰ-Ⅴ-Ⅰ」と、とらえることも可能です。
その C-Dur の根幹を成す主和音「Ⅰ」について、
Fauré は「主和音を確定するために注意深く、各音を聴き、
そして、弾きなさい」と、優しく諭しているかのようです。
★因みに、C-Dur の第1曲 Melodie、第5曲の Stückchen にも
Fauré は、冒頭和音にこのようにFingeringを付しています。
優れた校訂楽譜のFingeringは、必ず大切な音のみに、
付けられています。
凡庸な校訂版は、そうではなく、もっともらしく、過剰に
意味ありげにFingeringを付けていますが、ほとんどが
必要ないのです。
★Fauré は、この C-Dur の「主和音Ⅰ」がどれほど
重要であるか、見抜いているのです。
C-Dur の主和音「ド‐ミ‐ソ」の中で、
最重要な音は、もちろん主音「ド」です。
2小節目左手1拍目を、見て下さい。
「c¹」に「4」と記されています。
1、2小節目のFingeringを付した音のみを、取り出しますと、
このようになります。
★ここで分かることは➀冒頭の主和音という音の垂直の
関係とともに、②主音→導音→主音という音の横の方向性、
この➀②をFauré は、見事にFingeringによって
浮かび上がらせています。
★言われてみれば「当たり前」のことかもしれませんが、
C-Dur の機能がここで網羅されていると言っても過言
ではないのです。
Bachの 「Invention インヴェンション」に当たる曲集が、
Schumannのこの「Album für die Jugend」であるような
気がしてなりません。
音楽大好きな子供には、手を大きく広げて、
優しく迎え入れてくれる曲集ですが、
真剣に学ぶ大人にとっては、かなり手強いですね。
その良い先達が、「Fauré 校訂版」と言えるでしょう。
続きは次回のブログで。
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