音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■バッハ「自筆譜」を読み解くために必要な基本的知識、臨時記号の読み方■

2020-01-15 14:24:25 | ■私のアナリーゼ講座■

■バッハ「自筆譜」を読み解くために必要な基本的知識、臨時記号の読み方■
~第4回アナリーゼ講座「平均律1巻」8番Prelude「es-Moll」と
                        Fuga「dis-Moll」~

         2020.1.15  中村洋子

 

 

 

 

 


1月18日は「土用」

辞書では「雑節の一つ。1年に4回あり、立春、立夏、立秋、立冬の前、

各18日間」とあります。

1月18日から18日経ちますと、2月4日の「立春」です。


★春を待ちわびるこの季節ですが、暖冬のこの冬は、

春への恋しさも少し薄れそうです。

しかし、1月20日は「大寒」、これが寒さの「底」なのでしょうか。


≪冬の灯のいきなりつきしあかるさよ≫ 久保田万太郎

いまは、街中いつでもお昼のように照明が皓皓とついていますが、

私の小さい頃、商店街を歩いていますと、5時とか5時半とか、

決められた時間に、パッパッパッと一斉に街灯が点いたように

記憶しています。


★淡い冬の夕暮れに、いきなり射す人口の光。

そこに浮かび上がる人々の懐かしい暮らし。

私が幼い頃の、昭和の思い出に重なります。

 

 

 



★さて、その土用の入り1月18日(土)は、平均律1巻8番の

アナリーゼ講座です。

今回、じっくりと勉強いたしまして、やっと、

この8番の Preludeが「es-Moll 変ホ短調」、

Fuga が「dis-Moll 嬰二短調」であることの理由が、

確かな手応えで、つかむことが出来ました。


★ Fuga が「dis-Moll 嬰二短調」である理由について、

「Bachが過去の d-Moll 二短調の作品を、この8番に転用し、

それを半音高いdis-Moll 嬰二短調に移調したから・・・」という

お笑い種(おわらいぐさ)の珍説までありますが、

千歩譲って過去の d-Moll 二短調の Fuga を転用したとしましても、

Bachが d-Moll を Preludeの調の es-Moll に移調する能力がなかった

とでも言うのでしょうか?


★世の中に跋扈するBachに対する珍説を唱える先生方の身の丈が

よく分かりますね。


★そのお答えは、講座でじっくりとお話する予定ですが、

答えは「自筆譜」にあり、というのも、いつに変わらぬ真実です。

その自筆譜を、楽々読みこなすために必要な、

最低限の知識(約束事)、即ち、Bachが臨時記号をどのように

記譜していたのか、さらに、現代の記譜との違いについて

少し、書いてみましょう。

 

 

 



★まず、調号の書き方です。

Fuga 8番のdis-Moll の調号は「♯」が6つです。

現代の大譜表では、このように記譜されます。

 




★Bachは平均律クラヴィーア曲集を、右手部分は「ソプラノ譜表」

左手部分は、現代と同じ「バス譜表」で書きました。

この場合

 

 



ソプラノ譜表、バス譜表ともに、「♯」が各々9個づつあります。

6個で済むはずですが、何故9個なのでしょうか。

まず、ソプラノ譜表で調性を表す「♯」の「ド」「レ」「ミ」について

見てみます。


「ド」は第一線と第四間、「レ」は第一間と第五線、

「ミ」は第二線と上第一間に、「♯」が各々2回、重複して記されています。

ですから、合計して「9個」になってしまうのです。

後に、重複記入をせずに1回だけ記するようになりました。

それが現代の記譜です。

★同様にBachの時代、臨時記号は「その音のみ有効」でしたが、

現代は「1小節間有効」です。



 



バス譜表も同様です。

調号の「♯」のうち、「ファ」「ソ」「ラ」は、ソプラノ譜表同様に、

2個ずつ書かれています。

 




★現代のすっきりとした調号の記し方と比べますと、

慣れないうちは戸惑いますが、慣れると何ということもありません。

ちなみに、7個の「♯」をもつ調号の「Cis-Dur 嬰ハ長調」は、

ソプラノ譜表の「♯」が10個、バス譜表(低音部譜表)の調号が

11個にもなります。

 




★臨時記号も、現在は当たり前のように使っていますが、Bachの時代は、

「ダブルシャープ」や「ダブルフラット」は、存在しませんでした。

例えば、 Fuga 8番の5小節目は、自筆譜ではこうなっています。

 



これをそのままト音記号の譜表(高音部譜表といいます)

移してみます。

 




上声の4拍目は「h¹」に「♯」がついて「his¹」になります。

しかし、下声の最後の音「gis¹」は、元々調号によって「gis¹」の

はずですのに、何故また「♯」が付いているのでしょうか。

実は、この音は「gisis¹」で、現代では「ダブルシャープ」が

付けられるべき音なのです。

現代の書き方では、こうなります。

 




★ですから原則として、本来幹音(おおまかに言いますと

白鍵のこと)であるべき音に、臨時記号として「♯」や「♭」が

付けられていましたら、現代譜として読み解く場合は、

素直にそのまま「♯」や「♭」を
一つ付けましょう。

5小節目上声4拍目の実音は、「his¹」となります。

 

 

 




★調号によって、元々幹音ではなくなっている音、この譜例の場合、

「gis¹ 嬰ト音」ですが、ここに更に「♯」がついていますから、

現代のダブルシャープに相当します、

つまり実音は、「gisis¹ 重嬰ト音」です。



★この原則は、そのまま「♭」系調号にも、当てはまります。



★それでは、この8番 Fuga の6小節目はどうでしょうか。

赤い矢印の「ソ」の「♮」は、どのような意味でしょうか?

 




★5小節目も下声最後の音は、「ソ」のダブルシャープ

「gisis¹ 重嬰ト音」でした。

6小節目の赤い矢印の「ソ♮」は、何を意味しているのでしょうか?

現代の記譜では、「♮」を付ければ幹音「g¹ト音」を意味しています。

しかし、この場合は前の5小節目の「gisis¹ 重嬰ト音」

本来の調性の音「gis¹ 嬰ト音」に戻しましょう、と言う意味の「♮」です。

つまり、「ソ」のダブルシャープを半音下げ、元の「ソ」のシャープに

しましょう、という意味です。

「g ト音」ではありませんので、気を付けましょう。


この6小節目を現代の記譜にしますと、このようになります。

 



★少々ややこしく感じられるかもしれませんが、

慣れてしまいますと、却って、心地よいこともあります。

それについても、講座でさらに掘り下げてお話いたします。

 

 

 



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