■バッハ「自筆譜」を読み解くために必要な基本的知識、臨時記号の読み方■
~第4回アナリーゼ講座「平均律1巻」8番Prelude「es-Moll」と
Fuga「dis-Moll」~
2020.1.15 中村洋子
★1月18日は「土用」。
辞書では「雑節の一つ。1年に4回あり、立春、立夏、立秋、立冬の前、
各18日間」とあります。
1月18日から18日経ちますと、2月4日の「立春」です。
★春を待ちわびるこの季節ですが、暖冬のこの冬は、
春への恋しさも少し薄れそうです。
しかし、1月20日は「大寒」、これが寒さの「底」なのでしょうか。
★≪冬の灯のいきなりつきしあかるさよ≫ 久保田万太郎
いまは、街中いつでもお昼のように照明が皓皓とついていますが、
私の小さい頃、商店街を歩いていますと、5時とか5時半とか、
決められた時間に、パッパッパッと一斉に街灯が点いたように
記憶しています。
★淡い冬の夕暮れに、いきなり射す人口の光。
そこに浮かび上がる人々の懐かしい暮らし。
私が幼い頃の、昭和の思い出に重なります。
★さて、その土用の入り1月18日(土)は、平均律1巻8番の
アナリーゼ講座です。
今回、じっくりと勉強いたしまして、やっと、
この8番の Preludeが「es-Moll 変ホ短調」、
Fuga が「dis-Moll 嬰二短調」であることの理由が、
確かな手応えで、つかむことが出来ました。
★ Fuga が「dis-Moll 嬰二短調」である理由について、
「Bachが過去の d-Moll 二短調の作品を、この8番に転用し、
それを半音高いdis-Moll 嬰二短調に移調したから・・・」という
お笑い種(おわらいぐさ)の珍説までありますが、
千歩譲って過去の d-Moll 二短調の Fuga を転用したとしましても、
Bachが d-Moll を Preludeの調の es-Moll に移調する能力がなかった
とでも言うのでしょうか?
★世の中に跋扈するBachに対する珍説を唱える先生方の身の丈が
よく分かりますね。
★そのお答えは、講座でじっくりとお話する予定ですが、
答えは「自筆譜」にあり、というのも、いつに変わらぬ真実です。
その自筆譜を、楽々読みこなすために必要な、
最低限の知識(約束事)、即ち、Bachが臨時記号をどのように
記譜していたのか、さらに、現代の記譜との違いについて
少し、書いてみましょう。
★まず、調号の書き方です。
Fuga 8番のdis-Moll の調号は「♯」が6つです。
現代の大譜表では、このように記譜されます。
★Bachは平均律クラヴィーア曲集を、右手部分は「ソプラノ譜表」。
左手部分は、現代と同じ「バス譜表」で書きました。
この場合
ソプラノ譜表、バス譜表ともに、「♯」が各々9個づつあります。
6個で済むはずですが、何故9個なのでしょうか。
まず、ソプラノ譜表で調性を表す「♯」の「ド」「レ」「ミ」について
見てみます。
★「ド」は第一線と第四間、「レ」は第一間と第五線、
「ミ」は第二線と上第一間に、「♯」が各々2回、重複して記されています。
ですから、合計して「9個」になってしまうのです。
後に、重複記入をせずに1回だけ記するようになりました。
それが現代の記譜です。
★同様にBachの時代、臨時記号は「その音のみ有効」でしたが、
現代は「1小節間有効」です。
★バス譜表も同様です。
調号の「♯」のうち、「ファ」「ソ」「ラ」は、ソプラノ譜表同様に、
2個ずつ書かれています。
★現代のすっきりとした調号の記し方と比べますと、
慣れないうちは戸惑いますが、慣れると何ということもありません。
ちなみに、7個の「♯」をもつ調号の「Cis-Dur 嬰ハ長調」は、
ソプラノ譜表の「♯」が10個、バス譜表(低音部譜表)の調号が
11個にもなります。
★臨時記号も、現在は当たり前のように使っていますが、Bachの時代は、
「ダブルシャープ」や「ダブルフラット」は、存在しませんでした。
例えば、 Fuga 8番の5小節目は、自筆譜ではこうなっています。
これをそのままト音記号の譜表(高音部譜表といいます)に
移してみます。
★上声の4拍目は「h¹」に「♯」がついて「his¹」になります。
しかし、下声の最後の音「gis¹」は、元々調号によって「gis¹」の
はずですのに、何故また「♯」が付いているのでしょうか。
実は、この音は「gisis¹」で、現代では「ダブルシャープ」が
付けられるべき音なのです。
現代の書き方では、こうなります。
★ですから原則として、本来幹音(おおまかに言いますと
白鍵のこと)であるべき音に、臨時記号として「♯」や「♭」が
付けられていましたら、現代譜として読み解く場合は、
素直にそのまま「♯」や「♭」を一つ付けましょう。
5小節目上声4拍目の実音は、「his¹」となります。
★調号によって、元々幹音ではなくなっている音、この譜例の場合、
「gis¹ 嬰ト音」ですが、ここに更に「♯」がついていますから、
現代のダブルシャープに相当します、
つまり実音は、「gisis¹ 重嬰ト音」です。
★この原則は、そのまま「♭」系調号にも、当てはまります。
★それでは、この8番 Fuga の6小節目はどうでしょうか。
赤い矢印の「ソ」の「♮」は、どのような意味でしょうか?
★5小節目も下声最後の音は、「ソ」のダブルシャープ
「gisis¹ 重嬰ト音」でした。
6小節目の赤い矢印の「ソ♮」は、何を意味しているのでしょうか?
現代の記譜では、「♮」を付ければ幹音「g¹ト音」を意味しています。
しかし、この場合は前の5小節目の「gisis¹ 重嬰ト音」を
本来の調性の音「gis¹ 嬰ト音」に戻しましょう、と言う意味の「♮」です。
つまり、「ソ」のダブルシャープを半音下げ、元の「ソ」のシャープに
しましょう、という意味です。
「g ト音」ではありませんので、気を付けましょう。
この6小節目を現代の記譜にしますと、このようになります。
★少々ややこしく感じられるかもしれませんが、
慣れてしまいますと、却って、心地よいこともあります。
それについても、講座でさらに掘り下げてお話いたします。
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