音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■平均律第1巻「8番」の楽譜にショパンが記入した「謎めいた記号」の意味は?■

2020-01-02 17:40:34 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律第1巻「8番」の楽譜にショパンが記入した「謎めいた記号」の意味は?■
 ~ショパンは、作品の構造構築法を、バッハに学んだ~
~第4回アナリーゼ講座「平均律1巻」8番Prelude「es-Moll」とFuga「dis-Moll」~               

              2020.1.2   中村洋子


 

 


★新年明けましておめでとうございます。

≪何の菜のつぼみなるらん雑煮汁≫     室生犀星

我家のお雑煮は「小松菜」ですが、室生家は「何の菜」。

犀星らしい、いたずらっぽい表現です。

八百屋さんで売っている「菜花」の、鮮やかな黄色が目に浮かびます。


★冬の終わり、春の真っ先に咲く花は「蝋梅」

冬の淡い光を一身に受け止めた花びらは、透き通り、蝋を塗ったのよう。

黄色く、咲き誇ります。

趣ある爽やかな香りをかぎながら、新年を迎えました。


★このお正月は、1月18日のアカデミア講座「平均律第1巻8番・

Prelude es-Moll(変ホ短調) Fuga dis-Moll(嬰二短調)」の勉強です。

一昨年、名古屋カワイ講座で取り上げました曲です。

その際は、かなりこの曲の"正体"に迫ったように思ったのですが、

勉強を進めますと、さらに深くその"恐ろしい正体"が分かってきました。

講座では、新機軸を打ち出すことができると思います。


★その手掛かりは、「Bachの自筆譜」に在ることは言うまでもありません。

それに加え、二人の大作曲家による道標があります。

Bartók Béla バルトーク(1881-1945)による平均律校訂版、並びに、

Frederic Chopin ショパン(1810-1849)が所持していた平均律1巻の

楽譜に、Chopinの手によって記入されていた「書き込み」です。


ChopinとBartókの平均律に対する、読み込みの深さに、

改めて、驚嘆します。

 

 

 



★Chopinの書き込みの意味する事について、少し考えてみます。

Chopinが所持していたのはチェルニー版

練習曲で名高いCarl Czerny チェルニー(1791-1857)による版でした。

しかし、Chopinは自らの直観から、間違いの多いこの版に、

訂正を多数、書き込んでいます

時にはそれがフライイングとなって、いかにもショパン流の音楽にして

しまっているという箇所も、見受けられますが、微笑ましく思えます。


「平均律第1巻8番 Fuga dis-Moll(嬰二短調)」の3小節目に、

面白い実例があります。

ェルニー版の楽譜の3小節目は、このような奇妙な楽譜です。




3小節目1拍目に、音譜も休符も存在していません。

"やれやれ、またミスか"という、Chopinのため息が聞こえてきそうです。

彼は鉛筆でこのように校正しました。

それに加え、1小節目1拍目と3小節目3拍目に、

ある記号を書き込んでいます。

分かり易いように、鉛筆部分を赤で書いてみます。

 




3小節目は、チェルニーもショパンも、どちらも正確ではありません。

正しくは、3小節目冒頭音は2小節目4拍目の「gis¹」と、

タイで結ばれています。





★では、何故チェルニーはこのようなミスを犯したのでしょうか。

 



その答えは、Bachの自筆譜にあります。

自筆譜の右手部分は、ソプラノ記号で書かれていますが、

それを写してみます。

 

 



そうです!、Bachは2小節目4拍目の「gis¹」を、付点4分音符とし、

3小節目冒頭に、その「付点」をしっかりと書き記していたのです。


★当時、このような付点の記譜も見られました

もちろん、小節線でタイをつなぐ方法が圧倒的に多かったのですが・・・。

私の著作「クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!」の25~26頁を、

是非、ご覧下さい。

 

 

 



★前回のアカデミア講座で、Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)の

「月光ソナタ」についての、付点のお話もいたしましたが、

Bachがこの3小節目冒頭に「タイ」を使わず「付点」を用いたことの意味は、

深く、考える必要があります。


★それはさておき、ここから得られる結論は、チェルニーは

「Bachの自筆譜」、あるいは、その「筆写譜」にあった3小節目冒頭の

「付点」を、見落としたまま、校訂版を作成した、ということです。

そして、チェルニーが「Bach自筆譜」を見ていた、という事実が分かる

と同時に、Chopinは、「Bach自筆譜」を見ていなかったという事実です。


★何故、それをここで問題にしたかといいますと、

実は、Chopinの書き込みに、謎めいた3つの記号があるからです

 



この3つのうち、

➀の×印は、既に私が書き写しました1小節目1拍目と、3小節目3拍目に

ありますように、重要な主題などの冒頭に目印として書き込まれています。



★それでは②の、菱形の中にバツ印を入れたような記号は、

一体、何を表しているのでしょうか。

これこそ、私が言いたかったことなのです。

この記号は、例えば6小節目1拍目

 

 

 



10小節目バス声部3拍目

 

 



14小節目バス声部4拍目

 

 



に、見ることができます。


★先ほど、「ChopinはBachの自筆譜を見ていなかった」と、

書きましたが、実は「この菱形の中のバツ印」記号は、

Bachの自筆譜のレイアウトと、ピタリと一致しているのです。

 

 

 




平均律1巻は、1頁6段で記譜されています。

(時に追加の1段が加えられることもありますが、この8番フーガは、3頁で

記譜され、3頁目は86小節目3拍目~87小節にかけての「1.5小節」が

追加の7段目となっています。この「1.5小節」も極めて、意味深です。


★さて、フーガ8番の1頁目は6段で記譜されています。

2段目は、6小節目から始まります。

3段目は、10小節目「3拍目」から始まります。

そして4段目は、14小節目「3拍目」から始まります。


14小節目は1拍違いですが、Chopinの「記号」と

Bachの「レイアウト」が、ピッタリ、一致しています。

そして、その記号の付された音は、主題や応答などの最後の

音であることも、事実なのですが、それだけではない

「ある基準」で、この印をつけています。

これについては、講座でご説明いたします。


Bachの「レイアウト」が意味していたことを、自筆譜を見ずに、

瞬時に読み取ったChopinの天才に脱帽です。

これらの記号が付いた音の意味は、

1段目はdis¹  dis-Mollの主音、

2段目はais¹  dis-Mollの属音、

3段目はdis       dis-Mollの主音、

4段目はAis       dis-Mollの属音となります。

 




★この4段で、Bachはこの複雑で大規模なフーガの4本の大きな骨組の、

柱を、打ち建てたといえます。

大相撲の土俵周囲を囲う4本の柱を想像してください。

この4本柱が、揺るぎなき盤石な土台を造った後、

8番フーガは、豊かに発展していきます。


★その後、この記号は22、26、30、32、38、41、47、60、75、84

小節に見られます。

 

 




★自筆譜の段落冒頭に付けられることは、もうないのですが、各々、

「成程!」と、膝を打つような音に付けられており、その位置を自筆譜で

確認しますと、ChopinとBachの意図が深く納得できるのです。


ショパンは何故、この印を楽譜に記入したのでしょうか?

これは、明らかに彼が作曲する際の「構造構築」を、

Bachから、学んでいるのです。

このため、Chopinは短い数頁の作品に、

宇宙のような深さを込めることが、できたのです。


★Bachが、平均律1巻、2巻を通して唯一この「8番」で

Prelude と Fuga の調を「異名同音調」としたことの意味も、

自ずと、理解できるようになります。

Bachが自ら書いた「序文」の示唆している世界が、

この8番で具現化している、とも言えます。

https://www.academia-music.com/products/detail/159893

続きは、講座で詳しくお話いたします。


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■バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」と、この「1巻を源泉とする名曲」(全4回)
第4回 バッハ「平均律1巻」8番プレリュード「es-Moll」とフーガ「dis-Moll」


    音楽史上に燦然と輝く「異名同音調」によるプレリュード&フーガ、
 「5度圏の調」の妙

    平均律1巻全24曲の中で「8番」の意味する重要性
 日時     2020年1月18日(土)14:00~18:00
 会場     エッサム本社ビル4階 こだまホール
          東京都千代田区神田須田町1-26-3
 定員     70名


https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture



 

 

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