■春の黄金週間:P・ Rösel レーゼルのリサイタル、独でチェロ四重奏の初演■
2018.5.7 中村洋子
★≪五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする≫ 朔太郎
風薫る5月のゴールデンウイークでした。
大輪の牡丹、花びらが散ったと思うと、
雌蕊がもう、ふっくらと孕んでいます。
★≪ちりてのち おもかげにたつ 牡丹かな≫ 蕪村
あでやかな花びらの残影が、散った後も、
まぶたから離れません。
★コンサートで、良い演奏に巡り合った時に感じる、
心からの幸福感と陶酔にも、同じことが言えそうです。
★五月を色に譬えますと、若草色。
牡丹の咲く前の四月は、淡い桜色かもしれません。
連休前に、山桜の花びらを塩漬けにしました。
★季節を先取するのも粋ですが、振り返るのも素敵です。
このピンクのガラス瓶を見ては「花の四月」を、
懐かしんでいます。
★塩漬けの桜の一片、
冬に向かう木枯らしの日、
この花びらを、白磁のお茶碗に沈め、
白湯をそっと注いでみましょう。
春が浮かび上がってきます。
★連休中に、Peter Rösel ペーター・レーゼル(1945- )の、
ピアノリサイタルに行きました。
曲目は、
・Mozart Piano Sonata 第11番 KV331 A-Dur
・Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)の 版画(1903)
・Mozart Piano Sonata 第13番 KV333 B-Dur
アンコールは、 Debussy 「Children's Corner 子供の領分」より
「Golliwogg's Cake walk ゴリヴッグのケークウォーク」。
★ドイツが東西に分かれていた頃、
VEB Deutsche Schallplatten Berlin シャルプラッテンの
レーベルで、旧東ドイツの音楽家の演奏を聴いていました。
Dieter Zechlin ディーター・ツェヒリン(1926- 2012)の
シューベルト Piano Sonata 全集は、かけがえのない
音楽体験でした。
★そのシャルプラッテンから、Peter Rösel ペーター・レーゼルの
CDも出されていたのを、記憶しています。
★今回、コンサートに出かけました最大の動機は、
私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫
http://diskunion.net/dubooks/ct/detail/1006948955
で書きました『 Mozart KV331 の自筆譜見つかる、
エレガントでなく、劇的な音楽だった』(P242~246)を、
確かめたかったためです。
★2014年秋、ハンガリーで発見されました KV331
(Piano Sonata11番、第3楽章は有名なトルコ行進曲)の、
自筆譜から分かりますように、
いままで、常識という"灰色のヴェール"に覆われていた
2楽章の3小節目、8小節目、24~26小節目の三ケ所を初めとする、
Mozart の「これぞ真実、真筆!」という、
作曲家本人の書いた音を、Rösel レーゼルは、
どのように演奏するか?という期待感でした。
★この三ケ所を Mozart 自筆譜による彼自身の意図通りに
演奏しますと、2楽章全体の設計図も変更されるはずです。
少なくとも、2楽章は全く新しい相貌を呈することになります。
★どのような相貌かは、P244~245の「従来の小奇麗で、
エレガントな曲ではなく、ドラマティックな音楽だった」を、
お読みください。
★P243に書きましたように、
「初版譜」では、 Mozart の自筆譜通りの革命的な音楽
でしたが、その後、校訂者により、ドンドン改竄されていった
のですから、罪深い話ですね。
★それはさておき、 Rösel レーゼルの演奏は残念ながら、
従来通りの "改竄version" でした。
「自筆譜の発見」で明らかになった
2楽章の3小節目、8小節目、24~26小節目の計三ケ所での
大きな改竄、さらに、
この三ケ所を含め、19、21、22、28小節目の計7か所は、
昔のままの "改竄version" 版による演奏でした。
★マエストロが率先して、 Mozartの意図に沿った
演奏がなされることを、楽しみに待ちたいと思います。
★面白い発見もありました。
KV331の第1楽章Variatio Ⅴ 第5変奏の108小節第2括弧の
最後の音(譜例の赤い枠)は、このようになっています。
★A-Durの主和音のソプラノ声部は、「根音a¹」
テノール声部は「第3音 cis¹」です。
★バス声部の「a」とアルト声部の「e¹」は、
8分の6拍子の4拍目に打鍵され、
そのまま6拍目まで、鳴り響いています。
★4拍目のバス声部は「A-Dur イ長調」の主音です。
4拍目のテノール「d¹」、アルト「e¹」、ソプラノ「gis¹ と h¹」
により、「A-Dur 」の属七の和音を形成します。
★主音と属七の第7音が11度音程を形成しますので、
このような和音を「Ⅰの11」と、言うこともあります。
主音上の属七という意味です。
これは、4拍目の属七の和音バス声部に、
属七によって解決するであろう主和音の根音(a)が、早くも、
滑り込んでいるのです。
Mozart の終止和音に、この「Ⅰの11」が使われることは、
とても多く見受けられます。
★4拍目のバス声部の「a」で、主和音を期待させ、
6拍目のテノール声部「cis¹」で、主和音に着地します。
今回、Rösel は、たまたまこの「cis¹」音を、少し弱く弾き過ぎたため、
この6拍目では、「a e¹ a¹」の三つの音しか、はっきり聴こえず、
「空虚5度」(3音が存在しない)のように、聴こえてしまいました。
★それが、2番目の曲目、 Debussy 「版画」の「空虚5度」に
つながって聴こえ、音楽史を音で聴く楽しさを、
偶然にも体験してしまいました。
★「空虚5度」が、なぜ空虚なのかと言いますと、
3度音程が不在のため、この場合ですと、長調(A-Dur)か、
短調(a-Moll)かを、規定できないからです。
★≪3度音程≫こそ、調性体系の根幹を成す音程です。
それを、Bachは「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の『序文』で、
高らかに、宣言しているのです。
★私が書きました「Bach序文の解釈」の
P2~8を、お読み下さい。
https://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/
★Rösel のリサイタル2曲目、Debussy 「Estampes 版画」は、
3楽章から成っています。
その2楽章 「Soirée dans Grenade グラナダの夕べ」の
冒頭4小節は、このようになっています。
★この4小節間は、音高はまちまちですが、嬰ハ音(cis) と、
嬰ト音(gis)しか、聴こえてきません。
★つまり、三和音の根音は嬰ハ音(cis) で、
第5音は嬰ト音(gis)ですが、
第3音がホ音(e)即ち短三和音なのか、
第3音が嬰ホ音(eis)即ち長三和音なのか、
耳で聴く限り、判断できません。
(楽譜を見ていれば、調号は♯三つですので、類推はできます)
5、6小節目も、依然第3音は顔を見せません。
★第3音がホ音(e)なのか、嬰ホ音(eis)なのか、分からない。
その≪もどかしさ≫が、スペイン・グラナダのアンニュイ(物憂い)な
夕暮れに、ピッタリの効果をもたらします。
★気をもたせた末、やっと「eis¹」が現れるのは、13、14小節です。
Debussyの優れた作曲技法です。
★アンコールの「Golliwogg's cake walk」も、楽しい演奏でした。
Rösel の演奏では、楽譜に書いていない音が随分とたくさん
"登場"したのですが、その書いていない音を基にして
作り上げた和音は、秀逸でした。
★和声、対位法がきちんと頭と心に入っているから
臨機応変に対応できるのです。
★≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫の、
『ドビュッシー「子供の領分」は、どこの何版を使うべきか」
(P269~274)を、是非ご一読ください。
★日本で楽しい連休を過ごしているとき、5月5日、
ドイツのNordrhein-Westfalen ノルトライン ヴェストファーレン
(ドイツ西部の州、州都はデュッセルドルフ)と、
Honnover ハノーヴァ―の、Celloの先生方約30人による、
会議が、Dortmundの音楽学校で、開催されました。
その会で、この度、Hauke Hack社 から出版されました、
私の「Zehn Phantasien für Celloquartett(Band2, Nr.6-10)
チェロのための10のファンタジー 第2巻、6-10番」から、
3曲が先生方によって、初演して頂けました。
・Ⅶ Abent dämmerung-Evening twilight
・Ⅷ Spanischer Garten- Spanaish garden
・Ⅹ Postludium,Krokusblüte-Crocus blossom
★この中の第8番「スペインの庭」は、
前回ブログでご紹介しましたように、
4月8日ドイツ・Mannheimマンハイムで、
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生のCello、
Ursula Trede-Boettcher ウルズラ トレーデ=ベッチャー先生の
のPianoによる、「Duo for Cello and Piano version 二重奏版」が、
初演されました。
★5月5日にお集まり頂いた先生方は、きっとこれから、
たくさんのお弟子さんたちと、私のチェロ四重奏を
楽しんでいただけると思います。
明るく楽しいゴールデンウイークも終わり、
五月の新緑は、日に日に濃くなっていきます。
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