音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ショパン「Preludes Op.28」の驚くべき調性配置、そのお手本とは?■

2017-11-22 12:22:57 | ■私のアナリーゼ講座■

■ショパン「Preludes Op.28」の驚くべき調性配置、そのお手本とは?■
~カワイ表参道で≪ベーレンライター平均律1巻・解説本≫を大きく展示~
            2017.11.22   中村洋子

 


★日没がどんどん早くなります。

夏ならまだ散歩をしていた時間なのに、日はとっぷりと暮れています。

≪茶の花のわづかに黄なる夕べかな≫蕪村


★「お茶の花」は、山茶花に似て白い花びらに黄色い雄蕊、

白く可憐な花びらからこぼれんばかり。

淋しい秋の夕暮れに、

しなやかな黄色の絵の具を、一滴落としたようです。


★先月、出版しました私の

「ベーレンライター原典版・平均律第1巻楽譜」解説書が、

「カワイ表参道」1Fの楽譜売場でも、楽譜棚の1マスを使って、

展示されました。

初冬の一日、青山、表参道にお出掛けの折に、

どうぞ、お立ち寄りください。

 

 


★今日は、 Chopin の「24 Preludes Op.28」の自筆譜を見ながら、

ピアノを弾き、楽しみました。

そして、また新鮮な発見がありました。


1番 Agitato は、Bach「平均律第1巻1番」 Prelude の、

見事な賛歌 homage です。

 

 



★この1番「C-Dur ハ長調」 に続く2番は、何調でしょうか?

これは大変不思議な曲で、曲の開始は「e-Moll」で、

終止は「a-Moll」になります。

この不思議さについては、別の機会にご説明しますが、

曲の冒頭を聴いた限りでは、どなたも「e-Moll」と、

判断されるでしょう。

 

 ★「e-Moll」とみせかけ、6小節目で鮮やかに「G-Dur」に

転調します。

この「G-Dur 」は、第3番Vivaceの調でもあるのです。

Chopinの自筆譜は、見開き2ページの左ページに2番、

右ページに3番を記譜しています。

やや陰鬱な2番の6小節目を弾いているとき、否応なく、

右ページの初夏の太陽のような、晴れやかな3番が、

目に飛び込んできます。

2番の6小節目は、2段目冒頭にあり

それに対応する3番の2段目冒頭は、5小節目です。

そこを見ますと、3番5小節目下声部は、

あたかもBachの「無伴奏チェロ組曲第1番」の冒頭を思い起こさせる

ような、「G-Dur」の主和音です。

見事な対応です。

 

 


6小節目の「G-Dur」から見ますと、

冒頭「e-Moll」の主和音は、「G-Dur」の「Ⅵの和音」です

これは、Bachがよく使う転調の技法でもあります。

ここで、聴く人は「e-Moll」と思って聴き始めたところ、

するりと「G-Dur」に転調し、なんと最後は「a-Moll」に、

着地する、この技法は、まさに “Bachマジック”

そのものです。

 
★この2番には、1番「C-Dur」の3度上の「e-Moll」、

そして、3度下の「a-Moll」が含まれているばかりか、

属調である「G-Dur」すら内包されている、

非常に複雑な曲ですが、読み解き方としては、

平均律「序文」にある「3度の定義」に帰結します。

この冒頭の「e-Moll」を仮に、2番の調として考えますと、

下記のようなChopinのアイデアが、浮かび上がってきます。

 




★2番の調を、1番「C-Dur ハ長調」の主音「C」から

長3度上の「e」を主音とする「e-Moll ホ短調」と仮定します。

それでは、3番は?

 



「e-Moll ホ短調」から短3度上の「G」を主音とする

「G-Dur」です。


★1番と2番、2番と3番の調性は、「3度の関係」
にあります。

これは「ベーレンライター原典版・平均律第1巻楽譜」解説書の、

Bach「序文」の解釈で、ご説明いたしましたように、

Bachが規定した「3度」音程の意味を、

Chopinが、熟考したうえで、配置した調性です。


★その上、1、2、3番の調性の主音、即ち、「C-E(e)-G」を、

和音構成のように垂直に並べますと、

何と、「C-Dur ハ長調」の主和音が、形成されています。

2番の冒頭が「e-Moll」であると判断しました理由は、

ここにあります。

Chopinは、この1、2、3番で耳から、「C-Dur」の

主和音を聴き取って欲しかったのでしょう。

 





平均律第1巻を研究し尽した Chopin は、

自分の「24 Preludes Op.28」に、

その内容を反映させただけでなく、

配置をも、Bach「序文」の意味を踏まえた上で、

Chopinの天才を羽ばたかせながら、構想したといえましょう。


★それでは、続く「4番」は、どうなっているのでしょう。

 

 

Chopin自筆譜4ページ上半分に、

3番の21小節目から33小節目までが、大譜表3段にわたって、

記譜されています。

そして、4ページ下半分に、続く4番の全25小節が、

細かくびっしりと書き込まれています。

 

★このように1ページの中に、二つの曲が書き込まれているのは、

この自筆譜では、その他に「37ページ」があるだけです。

37ページは、上半分に23番の19~22小節目まで、

即ち、23番最後の4小節が書き込まれています。

更に、その下に、24番の1~11小節目が、ページを改めずに、

書かれています。


★この「3番から4番」、「23番から24番」以外の、

5、7、9、10、11、15(有名な雨だれ)、18、21番は、

曲が終わった後、五線紙に余白があっても、

次の曲を書き込んではいません。

次の曲は、次ページ冒頭から始めています。


★第18番にいたっては、自筆譜18ページで、

大譜表3段を使って、13~21小節を書き切った後、

その下の五線5段分を、余白として残しています。

そのうえ、19ページは全く空白になっています。


第19番は、次の20ページから始まります。

この気迫に満ちた18番を作曲して、書き切った(弾き切った)後、

大きな深呼吸をして(19ページすべてが空白)、

第19番「Es-Dur 変ホ長調」 Vivace を、

新たな気持ちで始めたのでしょうね。

 

 

 

★お話を「4番」に、戻しましょう。

自筆譜4ページの上半分が、3番の後半です。

そして、4ページの下半分に4番の全25小節が、やや窮屈そうに、

びっしりと、書き込まれています。


★Chopinは、紙を節約したのでしょうか?

しかし、もしそうであるなら、BachやChopinを筆頭に、

大作曲家は吝嗇家が多いということに、なりそうです。


★私は、吝嗇家であると思ったことは、全くありません。

知性が合理を引き寄せた結果であると、

思っています。


3番と4番の調性は、3番の「G-Dur」に対し、

4番は「e-Moll」、平行調の関係です。

もう一度、おさらいします。

1番 C-Dur  e-Moll  G-Dur  e-Moll です。

1、2、3番は、C e Gと、3度づつ上昇していきますが、

4番 e-Moll で後ずさりしたような印象です。

 

 

★1、2、3番が、3曲でがっちりと一組となっているのに対し、

4番は、どういう役割を担っているのでしょうか?


★その答えは、Bachの「平均律第1巻」の「序文」に、

見出すことができます。

そして、それを解き明かすヒントは、1番と4番の上声部にあります。





4番から、新しい1セットが始まったこと。

そして、新しいセットの出発点である4番は、実は、

「1番から生まれ出ている」、ということが分かります。

Chopinは、このような考え方を、Bachの平均律から、

学んでいるのです。


★そして、4番が新しい1セットの開始の曲であっても、

1番から途切れることなく、続いていることを、

何より、作曲家のChopinが強く意識しているからこそ、

3番が終わったそのページから、4番を始めたのでしょう。


 

 


★そうしますと、前回のブログでご説明しましたように、

平均律第1巻は、全24曲ではなく「全1曲」であり、

同様にChopinの Prelude も、全24曲ではなく、

「全1曲」ということになります。


★この平均律第1巻「序文」については、今回、出版しました

「ベーレンライター原典版・平均律第1巻楽譜」添付の「解説書」で、
http://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/

詳しく解説しました。

また、来年1月20日の「平均律第1巻1番」アナリーゼ講座でも、
http://www.academia-music.com/new/2017-10-26-151213.html

ピアノで実際に音を出しながら、この「序文」の意味を、

具体的に、更に深めていく予定です。

 

  

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