音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■フォーレ最晩年の「ピアノ三重奏」、Trio George Sandoの名演■

2016-11-13 23:23:20 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■


■フォーレ最晩年の「ピアノ三重奏」、Trio George Sandoの名演■
~11月18日、カワイ金沢でイタリア協奏曲第2楽章・アナリーゼ講座~
            2016.11.13   中村洋子

 

 


★先週11月7日は、東邦音楽大学での公開講座でした。

Bach「Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集」、

「Inventionen und Sinfonien インヴェンションとシンフォニア」、

「Clavierbüchlein für Anna Magdalena Bach
           アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィア小曲集」、

それに、Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)の

「Piano Sonata No. 14  Cis-Moll Op. 27-2, "Moonlight"
                    嬰ハ短調 月光」 などについて、

参加者の皆さまに、「Manuscript Autograph 自筆譜」facsimile を、

見て頂きながら、お話をいたしました。


★実用譜のみでの演奏と、

自筆譜によって得られるものを活かした演奏が、どのように違うか、

実際にピアノの音で体験していただきました。


実用譜のみによる演奏を“お茶漬け”のように、

サラサラした演奏と名付け、一方、

自筆譜を基にした演奏、つまり、

各 motif モティーフががっちりと手を結び、引っ張り合う途方もない力で

構成されている演奏を、“杵で搗いた、グーンとよく伸びるお餅”に譬え、

解説しました。


★参加者のお一人が「私の演奏はお茶漬けね・・・」と、

おっしゃっていたようです。

自筆譜facsimileをお見せした時の、若い方々のキラキラと輝く目が

印象的でした。

余談ですが、最近の若い世代は、

お茶漬けをほとんど、召し上がらないそうです。

お餅も、機械搗きはギューとは伸びず、

比喩としては分かりづらかったかもしれません。

時代を感じます。


11月18日は、KAWAI金沢で、

「Italienisches Konzert イタリア協奏曲」の、

第4回目アナリーゼ講座です。

今回は、第2楽章を勉強いたします。

 

 


★その準備で忙しいのですが、逆にいい演奏のCDを聴きたくなります。

銀座「山野楽器」のクラシックCDフロアーに、

「女性作曲家コーナー」があります。

私の「無伴奏チェロ組曲全6曲」
 (Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏)や、
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/90dba19dc2add7098619b7d971f74fb7



ギター作品「Mars 夏日星」(斎藤明子、尾尻雅弘演奏)も、

http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/1e78896e6562f681fa405d88fb1fae60


置いていただいております。

 

★そのコーナーで求めましたCDがいま、お気に入りで、

何度も聴いております。

「RAVEL  FAURE  BONIS」 Trio avec piano / Trio George Sando
      ラヴェル フォーレ メル・ボニス 近代フランスのピアノ三重奏作品」
                トリオ / ジョルジュ・サンド
                                                                        (ZZT 120101)



★このうちMel Bonis メル・ボニス(1858-1937)の小品二曲:

「Soir Op.76」、「Matin Op.76」 (1907年)が、大変に美しく、

気に入りました。


★この Bonis ボニスの作品を挟んで、最初の曲は、

 Maurice Ravel モーリス・ラヴェル(1875-1937)の

「Trio pour piano,violon,violoncelle」Op.76 (1914年)、

そして最後は、 Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)の、

「Trio pour piano,violon,violoncelle」Op.120 (1923年)です。

この曲は、大変に素晴らしい演奏です。


Fauré後期の作品の演奏につきましては、

どこか“構え”て、サラサラと流れるような、

やや色彩感に乏しい演奏が多いように、見受けられます。

しかし、フォーレ後期の和声は、万華鏡のように、次から次へと、

新鮮で豊かな響きを湛えています。

それを臆することなく、歌っていけばいいと思います。

その点で、このTrio George Sandoの演奏は生命力が溢れ、

優れていると思います。

 

 


★Ravelのトリオは、以前ご紹介しましたように、

Arthur Rubinstein アルトゥール・ルービンシュタイン(1887-1982)、

Piatigorsky ピアティゴルスキー(1903-1976)、

Heifetz ハイフェッツ (1901-1987)による“王道を往く”ような

良い演奏が、数多くあります。


★しかし、Fauré の最後期のこの作品は、なかなか良い演奏には

巡り会いません。

大昔のことですが、NHKの第1放送で、声楽家の故河本喜介先生が、

Fauré 最後期の「 L'horizon chimerique 幻想の水平線 Op. 118」を、

何度か取りあげ、詳しく解説されていたのを思い出します。


★この曲は、誰もが好きになるフォーレの若い頃の作品

「Lydia  リディア Op.4-2」、「Après un rêve 夢のあとに Op.7-1」

などとは異なり、極限まで切り詰めた少ない音で作曲され、

聴く人の胸をかきむしるように迫ってくる・・・、

優しい語り口の名解説が、いまでも耳に残っています。

そして、やはり、この曲の名演奏が少ないと、

河本先生は、嘆いていらっしゃいました。

私はこの曲を、Gérard Souzay ジェラール・スゼー(1918–2004)で、

愛聴しております。

 

 


★このフォーレ「Trio Op.120」の、第1楽章は、d-Moll 二短調で、

書かれています。

最初の2小節はピアノソロで「mezzo p」と指定され、

密やかな「a¹」と「f¹」のトレモロです。




★3小節目から、そのピアノを伴奏として、Celloが「mezzo p」と

「cantando(歌うように)」で、声をひそめるように、

歌い始めます。

そして、このCelloの“歌”は、22小節目まで続きます。


★23小節目からは、同じメロディーをこんどはViolinが

「mezzo p」と「cantando」で同様に、

密やかに歌います。


フォーレの晩年の作品は、「創作力が枯渇した」と、

よく誤解され勝ちですが、決してそうではありません。

全く新しい世界へと踏み出していった、といえます。

内面に尽きぬ火を灯しつつ、遥かかなたを凝視しているような、

静かで美しい世界です。


★この時期、フォーレは、Beethovenと同じように、耳の疾患に

悩まされていたのですが、作品に影響を与えているとは

全く言えないでしょう。


★3~6小節目のCelloの旋律を見ますと、

冒頭の「d」と6小節目の「d」により、この4小節目が、

双方から、あたかも万力によりギュッと締められているような、

イメージが浮かびます。

 




★Celloの旋律から始まる3小節目からは、

Celloの旋律の上方の音域に、さざ波のようなピアノの8分音符が

続きます。




★3小節目Celloは、「d」で始まり、

(d - a - b - g - f - d)を経て、

6小節目の付点2分音符「d」で、4小節から成るフレーズを閉じます。




★3小節目と6小節目の「d」で、両方から強い力がかかり、

圧縮されたようなフレーズです。

お餅のイメージです。




★7、8小節目の2分音符を「1単位」として、

9、10小節目は、それを5度上行で同型反復します。



★12小節目から始まる上行形は、13、14小節目で

半音階上行形となります。

物凄いエネルギーで、15小節目の頂点へと、向かいます。

まさに、お餅をグーンと伸ばしたようです。




★15小節目の頂点から、フォーレは、テノール記号で記譜しています。

それだけ、Celloにとっては高音域である、ということです。




★19小節目から、徐々に静まり、21小節目はバス記号(ヘ音記号)に

復帰します。




★23小節目からは、また、「mezzo p」「cantando」に戻り、

こんとはViolinが、Celloの3小節目からの旋律を引き継ぎます。



 

★以前は、Fauré の楽譜は選択肢が限られていましたが、

現在、この「Trio pour piano,violon,violoncelle」Op.120

の楽譜につきましては、

ベーレンライターの楽譜がベストと、思います。

https://www.academia-music.com/academia/search.php?mode=detail&id=1501647965







私はいつも、古い録音をご紹介していますが、

それは、古いものに良い演奏があるという、単純な理由に過ぎません。

しかし、このCDを録音した女性奏者のトリオ「George Sand」のように、

現代でも、素晴らしい奏者は当然、いらっしゃいます。


古い録音でいまでも残っているのは、淘汰された結果、

良い演奏のゆえに残った、ということです。

現代でも、コマーシャリズムに毒されていない演奏家を、

じっくりと探しますと、

このような素晴らしい演奏に巡り会うことができる、とも言えます。


★このCDは、解説も分かりやすいいい解説です。

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする