■平均律第二巻14番の異例な Fuga こそ、 Fuga の究極の姿■
~第二巻14番と第一巻24番は、motif など通点が多く双子の関係~
2014.4.12 中村洋子
★4月 17日 ( 木 )は、カワイ表参道 で、
「 平均律 第 2巻 第14番 fis-Moll BWV883 Prelude & Fuga 」 の、
アナリーゼ講座を、開催いたします。
これまでの 平均律 第 2巻のアナリーゼでは、 分析する曲を、
その前の曲から、どのように紡ぎ出されてきているか、
それを探る手法が、主でした。
★特に、この第 14番 fis-Moll には、それ以前の曲が、
この曲を目指して、滔々と流れ込み、
ここで仰ぎ見るような頂点を、迎えます。
そのことは、これまで何度も、ご説明してきました。
★しかし、今回は少し、勉強方法を変えてみました。
14番以降の 15、16番などの曲から逆に、14番を俯瞰する形で、
分析してみました。
私の講座をお聴きになった方のアンケートで、 「 目からウロコでした 」 と、
お書きになる方が、多いのですが、
逆に見るこの方法は、私にとって 「 目からウロコ 」 でした。
★平均律第二巻 Preludeは、 「 Binary form 」 ( 二部構成 ) の曲が、
全 24曲中に、 10曲もあります。
15番 G-Dur の Prelude は、 「 Binary form 」 です。
そして、この 14番の Prelude は、 「 Binary form 」 ではありませんが、
全く 「 Binary form 」 とは、無縁ではないと思います。
★第二巻 14番 Prelude は、三部構成の曲です。
その第一、第二部は、 15番のような 「 Binary form 」 の曲における、
第一部と第二部との関係と、よく似ています。
14番の第一部冒頭は、主調の 「 fis-Moll 」 で始まりますが、
第二部は、その属調 「 cis-Moll 」 で、始まります。
15番も同様に、主調と属調の関係です。
★その部分を見ていました時、私はふっと、
平均律第一巻 24番 h-Moll が、
第一巻で唯一の 「 Binary form 」 の曲であることを、思い出しました。
そこで、 24番の楽譜を詳細に、再点検してみました。
★24番 h-Moll から見ますと、第二巻14番 fis-Moll は、
h-Moll の属調です。
逆に、 fis-Moll から見ますと、 h-Moll は、下属調となります。
Related Key 近親調なのです。
★実に、驚くべきことなのですが、
第一巻 24番と第二巻 14番について、使われている 「 motif 」 を
調べますと、同一であったり、酷似しているものが、
多く、見受けられるのです。
さらに、両方の Prelude が、室内楽の性格を有していることも、
よく似ています。
双子の関係である、ともいえるのです。
★14番の Fuga も、大変に個性的です。
70小節の、膨大な長さに加え、
“ 宇宙というものに形があるならば、こんな形なのかしら ” と、
思わせるほど、 「 秩序 」 、 「 調和 」 、 「 緊密さ 」 に、
満ち満ちています。
「 主題 」 は、Subject と Answer を全部数えましても、
わずか 10回しか、出てきません。
「 ストレッタ 」 すら、無いのです。
★10回しか出てこない 「 主題 」 の ≪ 調 ≫ は、
≪ 主調 ≫、 ≪ 属調 ≫、 ≪ 下属調 ≫ に限られています。
Bach ならば、いくらでも 「 調 」 を変幻自在に操り、
多彩な転調や、技巧的で華やかな多声部を、
いかようにでも、展開できるのですが、
この14番では、意図的にほとんど、
≪ 主調 ≫、 ≪ 属調 ≫、 ≪ 下属調 ≫ という
狭い世界に、閉じ込めているのです。
★ 「 Study Fuga 」 あるいは 「 Fugue d'école 」 と呼ばれる、
形が整った Fuga は、 Fuga を勉強するための、
≪ 模範的雛型 ≫ として、
Bach より後の時代に、作られたものですが、
14番 Fuga は、それとは大きく大きくかけ離れています。
「 Study Fuga 」 を、金科玉条とする人にとっては、
眼をむくような、異例中の異例な 「 Fuga 」 と、いえます。
★しかし、この ≪ 異例の Fuga ≫ こそが、
countepoint 対位法 の華であり、
Fuga の、究極の姿であるのかもしれません。
★Bach 晩年の平均律第二巻では、それ以前に見られた、
多彩な転調や技巧的な多声部は、影をひそめ、
逆に、厳しく制限された世界へと沈潜し、その結果、
より大きな自由の世界へと、飛翔したともいえます。
その奥深い構造、魅力について、
講座で、詳しくお話いたします。
★余談ですが、岩波書店の「 図書 」 2014年 4月号で、
作家の 「 赤川次郎 」 さんが、立派な随筆をお書きになっています。
≪ 知性が人を人間にする ≫ という題名、
共感するところが多く、あります。
★冒頭で、日本のマスコミの人権意識の低さを指摘した後、
アウシュビッツ収容所の体験を、語っておられます。
赤川さんは、二回訪問されたそうですが、
現地に住む日本人ガイドが、「どの国も、学校が生徒を連れて見学に来る中、日本だけは見学者が減り続けている」と、懸念を語っていた。
若いうちにこそ、「負の遺産」に直接触れる経験をすべきだと思うが、
しかし、そのためにはまず、歴史を学ぶことが大前提である。
(略)
大学生の四割以上が「読書時間ゼロ」、ネット上で「自分に都合のいい」書き込みだけを見て、分かった気になる。--
「反知性」ですらない、知への無関心。これこそ独裁者にとっては理想的な若者たちだろう。
最近、インタビューに来た大学生たちに「若いうちにいい芸術に触れてね」と話すと、「でも、コンサートとか高いから・・・。五千円あったら、好きな歌手のライブに行く」という答えだった。
人間として成長し、成熟するために必要な「学ぶ」という感覚が失われていることに、愕然とした。感動することを知らずに育つことは恐ろしい。
ヘイトスピーチのデモなどに熱狂する人々を見ていると、「興奮」を「感動」ととり違えているとしか思えない。周囲とお互いに興奮をあおり立てることは、自己の内面に湧き出す感動とは全く、別のものだ。
(略)
人が人を力で支配する。
その快感こそが、世界で戦争が絶えない原因である。いま日本でも、権力をかさに着た様々な暴力が、広がりつつある。・・・止めなければならない。
★余談ついでにもう一つ、「図書」の同じ号に、
ピアニスト・随筆家の方が、随筆をお書きになっていました。
そこで、首を傾げざるを得ないような記述が、ありました。
★随筆では、 「 佐村河内事件 」 についての所感を、書かれています。
所感の内容についてはさておき、問題なのは、
クラシック音楽の基本的な理解について、
以下のように、書かれていることです。
★ドミソ、シレソ、ドファラという主要三和音にもとづく「調性音楽」が、
確立されたのは、ハイドンやモーツァルトの時代である。シューマンや
ショパンなどロマン派の時代にだんだん崩れて、十九世紀半ば、
ワーグナーの出現によって破壊され、フランス近代のドビュッシーによって
引導を渡された。新垣氏のいう「現代音楽」が始まるのは、二十世紀初頭、
シェーンベルクに代表される新ヴィーン楽派によって調性のない音楽が作曲され、十二音技法という新たなシステムが考案されてからである。それからは、偶然性の音楽とか図形楽譜とかミュージック・コンクレートとかコンピューター音楽とか・・・・・・革新的な実験をすすめるあまり、一般大衆をどんどんおきざりにしてしまった。
★上記の記述に、明確な誤りが多々ございますので、指摘します。
クラシック音楽に対する、誤った理解を与えてしまいますので、
あえて、列挙いたします。
★「 調性音楽の確立 」という場合の「 確立 」という語は、
かなり漠然とした概念で、確立というならば、少なくとも、
Bach 以前に、遡ります。
決して、≪ハイドンやモーツァルトの時代≫では、ありません。
調性音楽の確立はともかく、「 調性音楽を完成 」 させ、
その崩壊まで内包し、見据えていたのが Bach であることは、
厳然たる事実です。
私のこれまでのブログを、お読みいただいている皆さまは、
よく、お分かりでしょう。
これは、個人の感想云々ではありません。
★Richard Wagner リヒャルト・ワーグナー(1813~1883) も、
実に、豊かで分かりやすい 「 調性音楽 」 なのです。
Claude Debussy クロード・ドビュッシー (1862~1918) は、
「 調性音楽 」 の極致である、美しい音楽を創作しました。
Debussy は、深く読み込みませんと、
ただのムード音楽になってしまうことは、当ブログで、
指摘済みのことです。
★ Debussy や Maurice Ravel モーリス・ラヴェル
(1875~1937)が、同時代の “ 印象派風ムード音楽 ” と異なり、
歴史の審判を経て、生き残っているのは、
Bach の確立した調性原則に、揺るぎなく立脚しているからです。
★≪ シェーンベルクに代表される新ヴィーン楽派によって調性のない音楽が作曲され、十二音技法という新たなシステムが考案されてからである ≫
おそらく、シェーンベルクの作曲技法を、ほとんど理解されていないようです。
シェーンベルクの作曲技法の土台は、
Johannes Brahms ブラームス (1833~1897)に、あります。
そして、シェーンベルクの、いわゆる 「 12音技法 」 は、
Bach の 「 countepoint 対位法 」 の技法を、極限まで拡大したうえで、
どう創作するか、という作曲法です。
ですから、これは 機能和声の機能=function から、大きく離れますが、
厳然たる 「 countepoint 対位法 」 に基づいて書かれており、
調性から完全に離脱しているとは、いえないのです。
ときどき、考えるのですが、どのように調性から逃れようとしても、
例えば、オクターブを12に分割した音を、ピアノで奏している限り、
調性は、厳然と浮かび上がってくるものなのです。
★楽器を離れて、偶然性に身を委ねるならば、そこには、
harmony 和声も 、countepoint 対位法 も、存在しないでしょう。
荒涼たる、知の敗北の世界でしょう。
赤川次郎さんが先ほどの文章で、危惧している事態と、
共通点があると、思います。
★もっと細かいことですが、
≪ ドミソ、 シレソ、 ドファラ という主要三和音 ≫ と、
書かれていますが、
ドミソは、 C-Dur の主和音の 基本形、
シレソ は、C-Dur の属和音の 第 1転回形、
ドファラは、C-Dur の下属和音の 第 2転回形です。
★筆者は、おそらく 「 C-Dur の主和音、属和音、下属和音 」 を、
ドミソ、シレソ、ドファラと、されたのでしょうが、
なぜ、基本形と転回形をごちゃまぜにしているのか、
「 調 」 を設定しないで 「 音名 」 のみを書きましても、
何調の、どういう機能和声であるかが、確定できません。
ドミソは、 F-Dur の属和音でもあり、 G-Dur の下属和音でもあり、
いかようにも、解釈できます。
「 和声 」 の基本を、ほとんど理解されていないようです。
★「 岩波書店 」という日本を代表する出版社、
文化的、知的権威の象徴のような出版社が発行する、
「 図書 」 という雑誌。
そこに、赤川さんのような素晴らしい、
批評精神に満ちた随筆が、掲載される一方、
その隣りに、基本的な誤りが多過ぎる文章が、
普通の顔をして、並んでいる。
いまほど、立派な肩書、経歴、宣伝、レッテルに、
眼を眩ませられることなく、その真贋を、
自分の眼で、全身全霊で確かめる必要に、
迫られている時代は、ないのかもしれません。
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■日 時 : 2014年 4月 17日(木) 午前 10時 ~ 12時 30分
■会 場 : カワイ表参道 2F コンサートサロン・パウゼ
■予 約: Tel.03-3409-1958
■ 講師 : 作曲家 中村 洋子 Yoko Nakamura
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。
日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。
2003 ~ 05年:アリオン音楽財団 ≪東京の夏音楽祭≫で新作を発表。
07年:自作品 「 Suite Nr.1 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 などをチェロの巨匠
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー氏が演奏した
CD 『 W.Boettcher Plays JAPAN
ヴォルフガング・ベッチャー日本を弾く 』 を発表。
08年:CD 『 龍笛 & ピアノのためのデュオ 』
CD 『 星の林に月の船 』 ( ソプラノとギター ) を発表。
08~09年: 「 Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien
Analysis インヴェンション・アナリーゼ講座 」
全 15回を、 KAWAI 表参道で開催。
09年: 「 Suite Nr.1 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲第 3番 」が、
W.Boettcher 氏により、Mannheim ドイツ・マンハイム で、
初演される。
10~12年: 「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier Ⅰ
Analysis 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 アナリーゼ講座 」
全 24回を、 KAWAI 表参道で開催。
10年: CD 『 Suite Nr.3 & 2 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 3番、2番 』
Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
「 Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集 」 を、
ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。
11年: 「 10 Duette für 2 Violoncelli
チェロ二重奏のための 10の曲集 」 を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
12年: 「 Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
チェロ四重奏のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」を、
Musikverlag Hauke Hack Dortmund 社から出版。
13年: CD 『 Suite Nr.4 & 5 & 6 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 4、5、6番 』
Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 3番 」 を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
スイス、ドイツ、トルコ、フランス、チリ、イタリアの音楽祭で、
自作品が演奏される。
★私の作品の CD 「 無伴奏チェロ組曲 4、 5、 6番 」
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
全国の主要CDショップや amazon でも、ご注文できます。
★上記の 楽譜 & CDは「 カワイ・表参道 」 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/
「アカデミア・ミュージック 」 https://www.academia-music.com/ で販売中
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